学芸大学らしい高架下を
東急東横線で高架下と聞くと、2016年に誕生した全長700mほどに40軒近い店舗が並ぶ中目黒高架下を思い出す人もいるだろう。飲食を中心に広い地域から人を集める人気のエリアだ。だが、学芸大学駅高架下のリニューアルを考え、担当の東急株式会社プロジェクト開発事業部で目黒・世田谷を担当する植松達哉さんが街の人たちにヒアリングしていく中で出てきたのは「中目黒みたいにはしてほしくない」という言葉。
中目黒高架下を否定しているのではない。中目黒高架下は遊びに行くには楽しいところと認識はしているが、中目黒と学芸大学は当たり前だが違う街であり、そこに生まれるものは当然に違うものになるはず。意見を聞いた多くの人たちが言いたかったのは、学芸大学(以下学大)らしい高架下を! ということなのだ。
「中目黒高架下は私が以前担当した施設です。30年ほど前から中目黒周辺が盛り上がってきているけれど、行くための目的となるような施設がなく、それを作ろうと考えたのが中目黒高架下。広域に集客できる、話題になるような施設をと考え、実際、メディアにも多く取り上げていただき、今も賑わっています。ですが、学大は中目黒とは違う個性のある街。そこで、まずは街の人たちの声を聞くことからどんな高架下にするかを考えることにしました」
企画がスタートしたのは2021年頃から。それにはいくつかの背景があった。直接的には高架下の老朽化に伴う補修工事の必要性だ。さらに高架下の一部が街に対して閉じていて有効活用できていないという課題もあった。
高架下は街の余白ともいえる副次的な空間で、駐車場や駐輪場に使っているだけでも一定の収入が挙げられ、管理もラク。だから何もやらなくてもよいといえばよいが、使い方によっては地域の価値の向上につながる可能性がある。
また、学大では高架下と交差する都市計画道路補助第26号線の整備が進行しており、その姿が見えつつある。これまで無かった道路と高架下が交わる場所が生まれるわけで、その空間をどう使うか。
もうひとつ、学大高架下の西端あたりには目黒区立碑文谷公園がある。同公園は公園の少ないこのエリアでは貴重な存在であり、しかもパークPFI(*)を模索する動きがある。この公園と連携できれば高架下の魅力は増す。そうしたあれこれをバックに学大高架下プロジェクトは動き始めたのである。
この街が好きな人、住み続けたい人多数
街の人と会話しているうちにまず分かってきたことがある。
「学芸大学駅は渋谷駅から4駅目にあり、すぐに都心に行ける距離ではあるものの、ほど良い距離感がある。1日の乗降客数はコロナ前で7万人、コロナ後で6万人くらいで、周辺住民の人口は約10万人と考えられます。このうちには都心との距離感のせいか、会社員のみならず、個人事業主が集積し、建築家や編集者、デザイナーその他クリエイター、プロフェッショナルが多いのが特徴です。また、幹線道路が駅前まで入ってきておらず、駅前にはそもそもバスロータリーがありません。タクシー利用には不便かもしれませんが、その分、大きな建物がなく、開発も行われてきていないため、街全体がヒューマンスケール。飲食店もチェーン店が一通り揃う一方で個人が経営する店もたくさんあります」
加えて、この街が好きだという人が多いのも大きな特徴だと植松さん。
「コロナ禍での行動制限で改めて地元の魅力を発見した人も多かったのではないかと思います。テイクアウトで馴染みの飲食店を買い支える経験をしてきた人も多く、この街が好き、ずっと住んでいたいという声を非常によく聞きました」
もっと街に関わりたい
街自体に不満、不足はなく、便利で何も困ってはいない。では、何を求めているかといえば、自分の住んでいるところを良くしたい、街に関わりたいということだと植松さん。
ところがその観点で考えると、現状、街に関わるには町会や商店会に参加するということになるが、多くの人が望むのはそれではないらしい。だとしたら、それ以外に街に関わる接点があったらよいのではないか。クリエイティブなプロフェッショナルが多いだけに、彼らが街に関わるようになれば街はもっと面白くなるのではないかと考えた植松さんは、施設の完成からではなく、施設を作る企画の時点から地域の人と一緒にやろうと考えた。
そのためにいくつか取り組んだことがある。ひとつはアイデアキャラバンと名付けた街の人の声を聞いて回る突撃ヒアリング。黄色い派手なカーゴバイクで平日、休日、昼間に夜間と時間帯、場所を変えて200件を超す声を聞いた。
路地裏文化会館と称する民間の複合文化施設C/NEを会場にしてこれまでに8回の学大未来作戦会議も開催した。地元住民、店舗オーナー、学大にオフィスを構える会社の経営者その他幅広い人たちが集まり、この街のこれからについて意見を交わしたという。
学大コモンというローカルメディアも発行した。ここで関わってくれるクリエイターを募集したところ、20人ほどが応募。その人たちも含め、建築、デザインその他を地元の人たちに依頼することにした。今後、テナントにも彼らの専門性を活用してもらうことを考えているという。
「プロジェクトが動き出して以来、地元で紹介できる人がどんどん増えており、ポテンシャルのある街だなあと感じています」
また、フリーマーケットやキッチンカーの出店、ワークショップや野外シネマなどのイベントで高架下を利用、どんな使い方ができるか、周囲の反応はどうかなどを実験もしてきた。
街に求められているものが変わってきた?
聞き取った街の声、アイデアからキーワードを洗いだし、さらにヒントを抽出する作業を行った。そこで出てきたのはまちに居場所がほしい、まちに関わりたい、まちの人とつながりたいという3点。
そこから、植松さんは街に求められている役割が変化しているのでないかという仮説を立てた。従来は家と会社の間に街があり、その意味するところは通過する場所(最寄り駅)、消費する場所(商店街)だったものが、家と会社が不安定になり、街にこれまでと違うものを求めるようになったのではないかというのである。
「最寄り駅としての機能だけでなく、共同体の受け皿、暮らしの主たる舞台として街を意識する人が増えたのではなかろうかと考えました。その結果が居場所や関与、つながりたいという言葉なのではないかと思ったのです」
学芸大学には東急東横線と東西に交差する商店街があり、賑わい、利便性を備えている。だとしたら、南北に伸びる高架下はそれとは異なる役割、つまり居場所や街との関わりを生む場として機能させられるのではないか。
そうした考えから生まれたのが、南北1kmの「まちの縁側」というリニューアルコンセプトだ。縁側は建物の内側と外側がほどよく混ざり合う中間領域であり、それになぞらえればまちの縁側は公と私がぼんやりと重なる場ということになる。住んでいる人たちの共有空間といってもいいだろう。
街にしみ出す「縁食」街区
では、具体的にどのようなリニューアルが行われるのか。都心に近い北側、祐天寺駅に近いところから順に見て行こう。
この一画では前述した都市計画道路補助26号線の工事が行われており、開通は2026年の予定。そのため、それまでは暫定的な利用法を探りながら、どのような活用法があるのかを議論していくとされており、現時点では使い方は未定。高架下ながら幹線道路沿いという立地であり、暫定的にも面白く使えそうである。
そこから学大の駅近くまで高架は人通りの少ない住宅街の間を通っており、現状の高架下は駐輪場。ここでは2階を利用、屋根裏スペースを作ってオフィス棟が作られる。地域、暮らしに近いスタートアップなどの入居を想定しているそうだ。
道路を渡ると駅も近くなり、高架下には学大横丁と呼ばれる2階建ての飲食店街が入っている。スナックも多く、こじんまりした気軽に立ち寄れる店が中心で、ここについては店舗等は変わらず。
ただ、照明を明るくすることなどにより、周囲の飲食店と利用者が交じり合う「縁食」街区に更新していくという。詳細は今後の調整にもよるだろうが、顔見知りを作りやすい、学大ファンを増やすような取り組みになれば面白いと思う。
広場や多様な人たちが混ざり合う複合空間も
学大横丁から通りを渡ったところが駅だ。東西の商店街と南北の高架下が交差する場所でもあり、リニューアルでは高架下への案内図や掲示板が新たに設置される予定である。
駅から公衆トイレを隔てて続くのはフードマーケット。シェアキッチン、飲食店、イベントスペースなどがあるスペースで、1年半前にリニューアルされていることから、今回はそのまま。さまざまな国の料理だけでなく、その国の雰囲気も味わえる店舗がある楽しい空間である。
そこに続くエリアは現在、以前の店舗が一部退店、空いた状態。ここは学大の中央広場と位置づけられており、ベンチが置かれるなど、リニューアルコンセプトであるまちの縁側がもっとも体現される場所になる。
学大の駅周辺は夜は飲食店が賑わって元気だが、昼、朝は手薄という印象がある。中央広場では特に朝に着目、朝食に利用できる店舗などを想定しているとか。また、文化にも触れられるような書店なども想定、学大らしさが味わえる区画になりそうである。
最後の、碑文谷公園に近いエリアはこれまで駐車場として使われてきた場所。ここは唯一の新築エリアになる。個店街、コワーキングスペース、クリエイターのアトリエ、オープンスペースなどと多様な目的、使い方の空間が混ざり合うものが想定されている。これまでほとんど人の来ない、知られていなかった場所が多くの人を集める場所になるわけで、2023年6月2日、3日には予定地で場所を地域の人に見てもらおうとマルシェが開かれた。
のりのいい地元の人たちも後押し
参加してみると高架下には80店近いという店舗が出ており、古着、アクセサリー、飲食、インテリア、グリーン、流木アートに各種ワークショップと多彩な内容。子ども連れのファミリー、カップルから高齢者まで幅広い年代が集まっており、立ち止まって顔見知りと立ち話している人たちが目についた。地元での付き合いがあるということだろう。
「周囲が第一種低層住居専用地域という住環境を重視する地域のため、テナントをリーシングする前に場所を見てもらいたい、周囲の反応も見ておきたい、また、イベントスペースを作る予定なので、そのための実験としての意味もあって開催しました」
「5月にも飲食イベントをやったのですが、17店が出店。大雨の日でしたが、1,600人が集まりました。この街は商店街、町会の人たちののりが良く、イベント開催を報告すると『いいじゃん、面白そう』と町会でチラシを配ったり、掲示板に貼ったりと新しい活動を応援してくれます。ここ100年ほどで畑を市街地化してきた地域なので、新しい取り組みを受け入れていただきやすい印象があります」
方向が決まったところで少しずつリニューアルがスタート。2023年秋から2024年春にかけて少しずつリニューアル、順次オープンする予定で、駅構内にはプロジェクトを告知するポスターも貼られている。
オレンジ色の目立つマークは地元のデザイナーによるもので、学の字の冠をモチーフとした一本の線、3つの点から成る。点が均等に配されていない、自由な感じが来るもの拒まず、去るもの追わず、鷹揚でさらりとした学芸大学らしい気がする。
(*)公募設置管理制度(Park-PFI)とは、都市公園において飲食店、売店等の収益施設(公募対象公園施設)の設置、管理を行う民間事業者を公募で選定する制度。 事業者が設置する施設から得られる収益を公園の整備・管理に還元することを条件に、事業者には都市公園法の特例措置が適用される
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