お土産を受け取る人にまで、まちの魅力を伝えたい

土産物店「ヒトツチ」が、愛知県瀬戸市・せと末広町商店街の一角にオープン土産物店「ヒトツチ」が、愛知県瀬戸市・せと末広町商店街の一角にオープン

2020年に取材した愛知県瀬戸市の宿泊施設「ますきち」オーナー・南慎太郎さんからメールをいただいた。“まちを伝える、おみやげ店”をオープンするとのこと。瀬戸市で人をつなぐ活動に尽力する南さんの新たな取組みについて、さっそく話を伺いに訪れた。

その土産物店「ヒトツチ」がオープンしたのは、2023年4月22日。場所は、ますきちから歩いて6分ほど、最寄りの名鉄瀬戸線尾張瀬戸駅からは8分ほどのところにある、せと末広町商店街の一角だ。

ますきちは、ゲストハウスから2022年3月にリニューアルし、ドミトリー2部屋と個室6部屋がある宿泊施設に。宿泊者以外も利用できるカフェバーの併設と、土産物も少し販売しながら“瀬戸を楽しむための宿”をコンセプトにする。また、2018年から瀬戸市の情報を発信するウェブサイト「ほやほや」を運営するライターの奥さま・未来さんが2022年に出版社を立ち上げた。

そうやって瀬戸について発信を続けてきたが、「それはもともと瀬戸に興味がある人が知ってくれるというものでした」と南さん。そこから「お土産として瀬戸のものをちゃんと紹介することで、土産を買ってくれた人から受け取った人へ、自分たちの届かないところにまで、まちのことが伝えられるかなと。今度は、その土産をもらった人が遊びに来てくれて、という流れをつくることができたら」というのが、ヒトツチを開業するきっかけだ。

ヒトツチは、南さんと未来さんが共同で行っていたPRチームの名称だったが、瀬戸が昔から「火の街 土の街」といわれてきたことに由来する。豊富な粘土が採れ、窯でやきものを作り、発展してきた瀬戸市。「火と土のまちを人につなげていく」という思いで、命名した。

宿の改装で培ったDIY力を活かして店づくり

ヒトツチ外観ヒトツチ外観

実は開業までは、さまざまな出来事が重なり合い、急ピッチで進んだという。

「宿をやりながら、いろいろな方にお土産を聞かれたり、手土産を何にしたらいいか迷われていることを知ったりという機会が、多くありました。自分たちが直接お会いしない、もっと先の方にも瀬戸のものを通じてまちを紹介してくことができたらとは考えていたのですが、自分たちでお店を開くことは考えていませんでした。2022年夏、隣のまちの岐阜県多治見市と瀬戸の有志メンバーで開いたイベントでディレクター兼デザイナーの山本真路さんと出会い、彼がブックデザインもできるのでうちの出版社と協力して何かやろうよという話になりました。そこから最初は本を作る予定だったのが、展示をしようになって、最終的には一緒にお土産屋さんを立ち上げることになり、今に至ります」

その一方で、仕事でつながりのあった不動産と建築の掛け合わせで地域の豊かな暮らしが持続するための仕組みをつくっている株式会社きんつぎが、せと末広町商店街にあった元洋装店の建物を購入。飲食店とシェアキッチン、DIY工房、ギャラリーやコワーキングスペースを備えた複合施設「瀬戸くらし研究所」をオープンすると聞いた。宿と提携していくことを考えていた南さんだが、一部をテナントとして貸し出すということで、借りることに。

2022年11月に出店を決め、瀬戸くらし研究所とヒトツチは同日にオープンという運びになった。

ヒトツチ外観外から見ると瀬戸くらし研究所(写真手前)とは別棟のようだが、同じ建物

古民家を活用したますきちの改装も手がけている南さん。ヒトツチもできるところは自分たちで行ったそうだ。「お店から瀬戸がちょっとでも伝わったらいいな」と入り口外観は、焼きものの窯を、内部の壁は漆喰をベースにしながら、瀬戸産の粘土を混ぜ込み、鉱山をイメージしたという。窯のイメージは山本さんのアイデアだそうで、DIYの技術が上がっていても「アーチを作るのは大変でした」と南さんは苦笑するが、美しい仕上がり。お店全体から、まちを伝えることができると思った。

ヒトツチ外観改装中の様子。入り口は、木枠でアーチ状を形作ってからレンガを貼りつけた(写真提供:ヒトツチ)
ヒトツチ外観店内の壁は、漆喰と瀬戸産の粘土を半々に混ぜ合わせて仕上げた(写真提供:ヒトツチ)

バッグに収まるサイズ感を中心にそろえる“せとモノ”

ヒトツチで扱うのは、カラーバリエーションを含めて約280種類の雑貨や食品。クラフトビールのみ瀬戸産ではないが、その2種類も瀬戸とつながりのある2メーカーのもの。これまでの関係性や取材をベースに南さんたち3人が「いいな」と思った窯元や粘土メーカーなどの商品をそろえる。

「地域性があるものということをすごく意識しています。日常的に買っていたり、自分たちが愛着を持っていたり、しっかりまちの人に愛されるものを、僕らは“せとモノ土産”と呼び、紹介していきたいです」と語る。

市内にある、焼きものの原料となる粘土を扱うメーカーや、焼きものの型に必要な石膏の会社が出している、子ども向けの製品コーナー。マシュマロのような感触で水性・油性ペンで色付けもできる粘土や、石膏で作るアロマストーンのキットなどがある市内にある、焼きものの原料となる粘土を扱うメーカーや、焼きものの型に必要な石膏の会社が出している、子ども向けの製品コーナー。マシュマロのような感触で水性・油性ペンで色付けもできる粘土や、石膏で作るアロマストーンのキットなどがある
市内にある、焼きものの原料となる粘土を扱うメーカーや、焼きものの型に必要な石膏の会社が出している、子ども向けの製品コーナー。マシュマロのような感触で水性・油性ペンで色付けもできる粘土や、石膏で作るアロマストーンのキットなどがある市内にある、ほかの商店街に店を構える鰹節は、南さん夫婦も愛用中とのことで、かなりおすすめとのこと

また「この商店街は、もともとまちの人の暮らしの商店街。まちの方が日常的に使う商店街として始まっているところなので、観光客の方にはもちろんなのですが、まちの人にまずは知ってもらって、ちょっとした手土産を選んでもらうところから広がっていったら」とのこと。

そのため、“せともの”として知られる器などの焼きものや焼き菓子、茶葉、鰹節など多岐にわたる取扱い商品だが、基本的には手土産としても持っていきやすいように、バッグに入りやすいサイズのものを選んでいるという。大きさも価格的にも、気軽に選びやすく、ちょっとした手土産にぴったりというわけだ。

市内にある、焼きものの原料となる粘土を扱うメーカーや、焼きものの型に必要な石膏の会社が出している、子ども向けの製品コーナー。マシュマロのような感触で水性・油性ペンで色付けもできる粘土や、石膏で作るアロマストーンのキットなどがある瀬戸で暮らす人の手土産として、また、瀬戸を知るきっかけやまちを訪れるきっかけにもなるお土産にと作ったヒトツチオリジナルの「せとセット」。ヒトツチからも近い人気パン店・aime le pain(エムルパン)の焼き菓子と、市内のカフェ・little flower coffee(リトルフラワーコーヒー)のオリジナルブレンドのコーヒー豆を組み合わせてある。箱の右下、黄色いシールに2店舗の名称が入っており、今後、他の商品の組み合わせが増えた場合は、箱はそのままでシールを変更するだけでOKなようにしている。また、箱にも印刷されている三角の連なりと、半円の連なりは、店名の由来でもある“火”と“土”をデザイン化したもの
市内にある、焼きものの原料となる粘土を扱うメーカーや、焼きものの型に必要な石膏の会社が出している、子ども向けの製品コーナー。マシュマロのような感触で水性・油性ペンで色付けもできる粘土や、石膏で作るアロマストーンのキットなどがある店舗中央に設置された台には、窯元のブランドがずらり。ほか、ニューヨーク近代美術館(MoMA)にも置かれているブランドもあり、海外や国内でも東京をメインの販路として地元でもあまり流通していない商品にも出合うことができる

瀬戸でつくられていることを知ってもらうきっかけに

南さんたちが「ここ!」と思った窯元や会社の商品ばかりというだけあって、1つ1つの説明を聞いていると本当に面白い。“せとモノ”のよさを知りながら、瀬戸というまちが浮かび上がってくる。

1965年に創業した、かしわ窯のマグカップ&ソーサ―とキャニスター。この窯元の近くにある、観光スポットにもなっている登り窯で使っていた窯道具を積み上げて垣根を作った「窯垣の小径」をモチーフにした作品シリーズで、瀬戸の情景が感じられる1965年に創業した、かしわ窯のマグカップ&ソーサ―とキャニスター。この窯元の近くにある、観光スポットにもなっている登り窯で使っていた窯道具を積み上げて垣根を作った「窯垣の小径」をモチーフにした作品シリーズで、瀬戸の情景が感じられる
1965年に創業した、かしわ窯のマグカップ&ソーサ―とキャニスター。この窯元の近くにある、観光スポットにもなっている登り窯で使っていた窯道具を積み上げて垣根を作った「窯垣の小径」をモチーフにした作品シリーズで、瀬戸の情景が感じられるパステルカラーがかわいい酒器や、陶器のアクセサリーも。それぞれの窯元について丁寧な紹介文が付けられているが、南さんたちスタッフからさらに深掘りした話を聞くこともできるのが楽しみの一つ

そのなかで、筆者にとっても新たに知見を広めることができたコーナーがあった。「せともりプロジェクト」というものだ。

南さんに教えていただいた。「瀬戸は焼きものの産地として、昔は登り窯などで木を燃料に焚いていたんです。その結果、“日本三大はげ山”の一つと言われてしまうほどに木がなくなってしまった時代があり、そこからあらためて植林がされました。

ところが、窯を電気やガスで焚くようになり、今度は木が過密になりすぎてしまいました。ちゃんと間伐をしていかなければならないということで、市内にある木工作家・わたり工房さんが立ち上がり、間伐材を使って木工製品を作ることに。さらに、木を燃料にした燻製、その燻製を作る際にできた灰で焼きものの釉薬にしたり、木工で出たおが屑をハンカチなどの草木染めで使ったりと、循環するような流れのプロジェクトになっているんです」

ヒトツチではこの取組みをパネルで紹介している。「焼きものとも文脈があるなかで、つながっているプロジェクトを、ちゃんとお伝えしていくことができたらなと思っています」

そして「ここは、お土産屋さんなんですけど、こういったことを知ってもらうきっかけの場所でもあると思っていて。もっと詳しく知りたいとなったら、間伐をしている会社が開いている森ツアーに行ってもらってもいいし、実際に製品を作られているところで見学可能な事業所さんや窯元さんを紹介します」とのこと。

ヒトツチは、瀬戸というまちの物語を知るスタートの場所にもなる。

1965年に創業した、かしわ窯のマグカップ&ソーサ―とキャニスター。この窯元の近くにある、観光スポットにもなっている登り窯で使っていた窯道具を積み上げて垣根を作った「窯垣の小径」をモチーフにした作品シリーズで、瀬戸の情景が感じられる「せともりプロジェクト」のコーナー。間伐材で作ったボールペン、一輪挿し、手軽に焚き火が楽しめるスウェーデントーチ、木染めのハンカチなど、木の温もりが感じられる商品が並ぶ

まちを知ってもらうための、たくさんの可能性

案内所コーナー案内所コーナー

“せとモノ”を通して、まちを伝える。ヒトツチでは、商品を売る以外に、案内所の機能も予定している。未来さんは瀬戸の案内本を出版しており、まちの情報を伝えるウェブメディアも運営している。それを活かし、まちの人にも、観光の人にも、ちゃんと紹介ができる場所になることを目指す。

面白い取組みとしては、インスタントカメラの機械を用意。お客さんが撮影したまちの風景をここでプリントアウトして、お土産と一緒に贈ってもらうことを想定する。「瀬戸ってこういうところだよと、ほかのまちの人たちに伝えることができたら」と南さん。写真があることで雰囲気が分かり、土産物が一層特別感のあるものになるのではないだろうか。

瀬戸で生まれたたくさんの魅力的なモノをギュッと集め、それを手渡す人を介してまちの魅力を伝えていく。人をつなぐ新たな形を始めた南さん。

「ただキレイなセレクトショップになっても意味がないと思っているんです。ちゃんとこの場所から、まちのことを伝えていくことが一番大切なので、一つ一つを丁寧に紹介し続けることもそうですし、いまはまだ仕上がりきれていない案内所としての機能もしっかり持ちたいです。もともとやっていた『ほやほや』というまちのメディアも、まちの人にもう少し参加してもらえるような連載をしたり、ツアーやトークイベントなど、この場所からいろんな可能性があると思うので、まちのことを知ってもらうというのを中心に置きながら、活動していきたいです」と結んだ。

取材協力:ヒトツチ https://hitotsuchi.jp

案内所コーナー左から山本真路さん、オーナーの南慎太郎さん、南未来さん

公開日:

ホームズ君

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