「町並み保存の拠点となる施設を」。重伝建地区の住民から寄せられた声
広島県の最東部・岡山県境の街・福山市は、広島県第2の人口を有する都市だ。その福山市の玄関口・JR福山駅から南へ約14kmの場所にあるのが鞆の浦である。
瀬戸内海のほぼ真ん中にあることから、古くから「潮待ちの港」として栄え、日本最古の歌集『万葉集』でも歌われている。江戸時代には朝鮮通信使が寄港し、「いろは丸事件」で坂本龍馬も訪れた。
現在も風光明媚な景観や歴史ある町並み、神社仏閣などが残り、一部が重要伝統物群保存地区(重伝建)に指定されている。さらに日本遺産やユネスコ「世界の記憶」にも指定されており、これら3つの評価を受けている街は国内で鞆の浦だけだ。また鞆の浦を象徴する風景のひとつである「雁木」や「常夜燈」のほか、「波止」「船番所跡」「焚場跡」といった近世港湾施設がそろって残っている。これは鞆の浦だけとされており、歴史的に大変貴重である。
そんな鞆の浦に2022年7月に誕生したのが、町並み保存の拠点施設「鞆てらす」だ。
「鞆てらすには、4つの役割があります」と語るのは、福山市役所 経済環境局 文化観光振興部 文化振興課の内田実(うちだ まこと)主幹。「それは『町並み保存の拠点』『地域住民と来訪者の交流の場』『観光の周遊拠点』『鞆の歴史や文化についての情報発信と継承』です」。
もともと地域住民から、町並み保存の拠点となる施設が欲しいという声が多くあったという。重伝建地区で住宅などを整備するには市の許可が必要になるが、市と相談する場合、10km以上離れた市役所まで行く必要があり不便だったのだ。
また地元の観光情報を発信し、観光の拠点となる施設も不足しているので整備して欲しいという声もあがっていた。「常夜燈や福禅寺対潮楼など、定番のスポットは足を運ぶ方が多いんです。しかし鞆の浦にはさまざまなスポットがあり、いろいろな切り口で楽しめます。一度だけでなく、何度も鞆の浦を訪れて楽しんでもらえるリピーターづくりが重要なんです。そのためには、鞆の浦の魅力を発信をする拠点施設が必要でした」と内田さん。
それらの問題を解決する複合施設として整備されたのが、鞆てらすなのである。
明治時代前期に建てられた旧松本家を修理・復原、歴史を伝える建物「鞆てらす」へ
住民の声を受け、福山市は鞆の浦の街中にある古い空き屋「旧松本家住宅」を取得。拠点整備へと動き始めた。
昭和20年代からほうき屋が所有していた旧松本家住宅は、明治時代前期の築造と推定されているが、柱や梁などは江戸時代中期の木材が使用されていたという。間口は三間半の2階建てで、切妻造平入の本瓦葺。1階の通りに面する部分に蔀帳(ぶちょう)が設置され、ネコ除けの格子が設置されている。蔀帳やネコ除けの格子は、現存している建物は少なく貴重である。そんな旧松本家住宅は、港町・鞆の浦の昔の景観を伝えており、町並み保存の拠点として適した建物だといえよう。
また拠点施設の整備は、「鞆・一口町方衆」応援プロジェクトという寄附金募集のシンボルプロジェクトに位置づけられている。同プロジェクトは4年目を迎えており、集まった寄付金は整備費用の一部に当てられた。
拠点施設は旧松本家住宅の建物を生かし、さらに同時に取得した隣接地に建物を増築して整備する計画となった。
内田さんによると「古い建物のうえ、長年空き屋だったこともあり、傷みが激しかったですね。柱の根元部分などは腐っていて、非常に危ない状態だったんです。使える部材は使い、傷んでいる部分は修繕しながら慎重に修復作業を進めました。また修復にあたり調査も行いましたので、作業期間は長くなりましたね。完成まで約2年かかりました」。
また歴史的建造物の修復のため、専門の知識と技術をもった県内の職人たちが作業にあたったという。このような歴史的建造物の修復作業は、ベテラン職人から若手職人へ知識・技術の継承の場としても重要なのだ。
なお「鞆てらす」という名前は公募により決定したという。鞆の浦の象徴のひとつ・常夜燈のように、鞆の浦の町並みと未来を明るく「照らす」施設という意味が込められている。
町並み保存の拠点であると同時に観光客へ鞆の浦の歴史・文化を伝える
鞆てらすは町並み保存の拠点として、地域住民の住宅の修繕などの相談窓口であると同時に、鞆の浦の歴史的建造物を未来に伝える役目がある。梁や柱などの部材を修理した部分は、一般的には修理した部分を同じ色を塗ることで目立たないようにする。しかし鞆てらすでは、修理箇所にあえて色をつけていない。
それは、修理箇所をわかりやすくするためだ。鞆テラスを訪れた人が、修理前の部材を生かしながらどのように修理をしているかを知り、歴史的建造物の建築技術・修復技術を後世に伝えるのである。歴史的建造物である旧松本家住宅を使用した鞆てらすの建物自体が、資料館の役目を果たしているのだ。
柱など構造材には、おもに栂(ツガ)材が使用されている。目が詰まった栂の大径材は、高級品だ。梁などには松も使用している。
鞆てらすの1階では、鞆の浦の文化を「潮待ちの港」「鞆と祭」「町並み保存」の3つのテーマに分けて紹介している。「潮待ちの港」エリアでは、壁から床にL字型に2面シアターを設置。日本遺産に認定された鞆の浦の29の構成文化財・特産品や、認定ストーリーなどを動画で紹介する。
「鞆と祭」エリアでは、鞆の浦に伝わる祭や伝統行事などを紹介する。スクリーンで動画を投影して紹介するほか、鞆の浦を代表する祭「お手火神事」で実際に使われる「大手火」を展示。また同じく鞆の浦を代表する祭「チョウサイ」で使われる山車(だし)も展示している。チョウサイの山車は迫力満点で必見だ。
「町並み保存」エリアでは、重伝建地区に指定された鞆の浦の町並みについて紹介する。「町並み保存」エリアは旧松本家住宅だった建物の中にあり、実際の建物を見ながら伝統的な建造物の特徴や工法などを知ることができる。
「鞆てらすのすぐ北側には、鞆の浦歴史民俗資料館があります。そのため鞆てらすでの紹介はあえてテーマを絞り、資料館と鞆てらすで役割分担をしました。鞆の浦の歴史について詳しく知りたくなったら、ぜひ歴史民俗資料館を訪れてみてください」と内田さん。
なお鞆てらすの2階は「鞆まちなみ再生活用相談所」となっており、伝統的建造物の修理や補助制度、空き屋の活用などに関する相談を受け付けている。
重伝建地区の真ん中に位置する鞆てらすを拠点に鞆の浦散策を
鞆てらす完成後、訪れた方からは「鞆らしい雰囲気のいい施設だね」「入った瞬間に木のいい香りがして気持ちがいい」といった声があり、とても好評だと内田さんはうれしそうに話す。今後の課題として「鞆てらすの建物は完成しましたが、コロナ禍の中でどのように観光情報を発信していくかを模索していかなければいけません」と語った。
鞆てらすは鞆の浦の重伝建地区のほぼ真ん中に位置し、地元と観光客が交わる拠点施設だ。観光で鞆の浦へ訪れた際には、まず鞆てらすに寄ってみて欲しい。鞆てらすで展示や建物を見て鞆の浦の暮らしや文化を知り、鞆てらすを拠点に町を周遊してみてはいかがだろうか。
公開日:

















