“昭和の亡霊”から街を守れ

“昭和の亡霊”から街を守れ。高円寺再開発計画に住民反発、反対署名8000筆超(画像はイメージ)“昭和の亡霊”から街を守れ。高円寺再開発計画に住民反発、反対署名8000筆超(画像はイメージ)

また都市計画道路問題か。正直うんざりする。

11月17日、X(旧ツイッター)で「高円寺純情商店街破壊計画に住民反発、数千筆の緊急署名集まる」がトレンド入りした。

【今回ピックアップするニュース】
東京・高円寺“破壊計画”にSNS騒然! 「再開発反対」「利益得るのは誰だ」――16m道路で街の個性は消えるのか?(Merkmal)


東京のあちこちで紛糾する都市計画道路、とりわけ補助線の問題は、1958年に策定された第一次東京都市計画街路網、いわゆる“58年計画”に端を発する。当時の東京は戦後復興から高度成長へ転じる局面で、自動車保有台数は急増し、道路は決定的に不足していた。放射状の鉄道網に対し、道路は細街路が入り組み、都市間交通を担う機能が弱かった。このため58年計画は、都心へ伸びる放射道路と、それらを外周で束ねる環状道路という都市骨格の理念にもとづいて、都市の大動脈となる「主要幹線道路」、都市内の主要動線を担う「幹線道路」、そして地区間交通を補完する「補助幹線道路(補助線)」の三層構造を一挙に線引きし、自動車都市への転換を前提とする巨大な道路網を定めた。補助第227号線もその一部であり、当時は中距離の自動車交通を処理する補助幹線として位置づけられたものである。

しかしその後の半世紀以上の時代の経過で、58年計画の前提は大きく変わった。公共交通の充実、車依存の減退、徒歩圏の魅力の再発見、既成市街地の成熟──。いまや国土交通省も“ウォーカブル”を都市政策の核に据えるなど、まちの価値は、交通量よりも、豊かな街路や個人店のにぎわいがつくりだす居心地の良さや界隈性など、生活者のセンシュアスな実感に根ざした質へと移っているのだ。にもかかわらず、58年計画の道路は都市計画決定という強い法的効力のもと半世紀以上凍結され、戦後の自動車都市モデルに基づく直線的な計画線が、いまも既成市街地に “昭和の亡霊”のように残存している。この計画線を令和の都市にそのまま適用すること自体に、都市思想の断絶が横たわっている。

さらに2012年、東京都は「木密地域不燃化10年プロジェクト」を開始し、木造密集地域の延焼危険に備えるため、都市計画道路のうち主要路線を「特定整備路線」として防災目的で優先整備する制度を創設した。補助227号線もこれに指定され、1958年の交通目的から一転して、防災のための“延焼遮断帯”として扱われるようになった。つまり同じ計画線でありながら、その目的や意義が交通から防災へとすり替えられているのである。
しかし、防災が本旨であれば、その手段は道路拡幅だけではないはずだ。建物の耐火化、建て替え支援、防火空地の創出、地区単位の面的な不燃化促進など、延焼防止には多様なアプローチが存在する。幅16m級の直線道路を既成市街地に貫通させることは、時間的にも財政的にも負担も大きく、不燃化の実現にはむしろ高いハードルになる。また、もし実現するとしたらコミュニティや街の文化に対する破壊力があまりに強い。

今回話題になっている高円寺北口の純情商店街と庚申通り商店街を削り取る補助227号線の計画は、“昭和の亡霊”たる都市計画道路の問題を象徴的に示している。高円寺はしばしば南口の古着店やライブハウスのイメージが語られるが、北口はそれとは対照的に、生活密着の“日常都市”としての性格が際立つエリアだ。駅北口広場に直接つながる純情商店街・庚申通り商店街の細街路は、戦後の焼け跡から人々の暮らしが立ち上がる過程で形成された生活動線であり、いまも八百屋、惣菜店、精肉店、居酒屋、ラーメン屋、ミニシアターなどが軒を連ね、地域の生活者が行き交う“暮らしの舞台”として、街の記憶と生活文化が積み重ねられた中心部分といえる。それは高円寺の街にとってかけがえのない財産だ。

補助227号線の計画線は、この北口の商店街の中心部を貫いて高南通り(青梅街道方面)へ接続する線形になっており、実現すれば街の心臓部を切り裂くことになる。「高円寺から練馬まで2車線の道路が直結する」ことで恩恵を受ける地元住民がどれほどいるのだろうか? それよりも駅を中心に広がるウォーカブルな一帯に、青梅街道から目白通りへの通過交通を増やすことによるディメリットのほうがはるかに大きいのではないか。これまでも全国の都市で繰り返されてきた道路拡幅による商店街の破壊を、東京都はここでまた繰り返すつもりなのだろうか。都市計画道路の歴史的文脈と現代の生活価値がずれ続けるなかで、私たちは「昭和の計画をそのまま令和の街に当てはめることの妥当性」を、根本から問い直す必要がある。

「島原万丈のリフォーム・リノベーションニュースピックアップ」とは?

LIFULL HOME'S総研 所長で、一般社団法人リノベーション協議会設立発起人・エグゼクティブアドバイザー、リノベーション・オブ・ザ・イヤー審査委員長の島原万丈が、「住」をテーマに独自の観点でニュースをピックアップし、豊富な経験に基づくコメントとともに伝えるコーナー。今回はまちづくりについて取り上げた。

公開日: