2024年4月1日から障害を理由とする事業者の「不当な差別的取扱い」を禁止
2021年に改正された「障害者差別解消法」は約3年の周知期間を経て、2024年4月から施行される。この法律は、障害者に障害があることを理由とした不当な差別的取扱いをすることを禁止し、障害者から申出があった際は、事業者から“合理的配慮の提供”が行わなければならない、と規定する。
これまで“努力義務”とされていた“合理的配慮の提供”が、今年4月からは事業者の義務となることは3年の周知期間を経ても残念ながらほとんど知られていないのが現状だ。
例えば、目の不自由なユーザーが住宅を借りたいとの意向を不動産会社に示した際に、目が不自由であることを理由として希望する物件への仲介や物件紹介を一律に制限することは、差別的な対応をしている可能性が高いから、合理的配慮をお願いしたいとの申出のあった障害者に対して、その義務である合理的配慮を提供しなければならないということになる。
このケースであれば、ユーザーの希望する住宅の条件を細かく聞き出して、その条件に適う物件を適切に紹介すること、また大家に対して「障害者差別解消法」という法律の改正によって、事業者が障害者をその障害があることによって不当な扱いをしてはならないこと、などを説明し、合理的な配慮を提供していることを障害者に認識してもらわなければならない。
この“合理的配慮の提供”とは、
①行政機関等と事業者が
②その事務・事業を行うに当たり
③個々の場面で、障害者から「社会的なバリアを取り除いてほしい」旨の意思の表明があった場合に
④その実施に伴う負担が過重でないときに
⑤社会的なバリアを取り除くために必要かつ合理的な配慮を講ずること
とされる。
より具体的には、障害者と事業者等との間の「建設的対話」を通じて相互理解を深め、共に対応案を検討していくことが求められており(建設的対話を一方的に拒むことはそれ自体が合理的配慮の提供義務違反となる可能性があるとされる)、実に様々なシチュエーションで、今後行政機関を含む事業者に“合理的配慮の提供”が義務付けられることになる。
なお、この法律には罰則規定も設けられており、直接的に法に違反すると1年以下の懲役、または50万円以下の罰金が課せられる(※)。また、事業者などが障害者への不当な権利侵害や差別的な対応について改善が見られない場合は、必要に応じて助言、指導、勧告を受けるべき旨も規定されている。
この「改正 障害者差別解消法」が施行される2024年4月以降、賃貸や売買を行う不動産事業者は、具体的にどのような“合理的配慮の提供”を行う必要が出てくるのか、参考として有識者にいくつかのケーススタディを示してもらうこととする。
※改正 障害者差別解消法 第二十五条による(第19条に対する罰則規定)
内閣府資料:令和6年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されます!
「改正 障害者差別解消法」施行への対応 まずは自らの判断と意思を持つ顧客を分け隔てないこと、対応マニュアルなど行動準備をすることから ~ 矢部智仁氏
矢部 智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中合理的配慮の提供とは何か。具体的にどんな場面で、どのような対処すればいいのか、対処のイメージをつけるためのケーススタディをいざ考え始めると、実はそれはなかなか難しいことだと改めて気付かされる。正直に告白すると筆者もヒントになる情報を探した。
たどり着いたものの一つに「障害者差別解消法【合理的配慮の提供等事例集】(令和5年4月、内閣府障害者施策担当)」 がある。そこで示されている想定ケースと対処例を見ると、例えば視覚障害者に対し「書類等にマーカーで線を引いて説明をする際に色が同じに見えてしまい判別できない相手に対して、該当箇所に数字や下線、波線等の印をつけて(形や記号で判別できるようにして)説明する。」とか、盲聾者とのやり取りで「難聴のため筆談をお願いしたが弱視でもあるので細いペンや小さな文字では読み取りづらいという場合に、太いペンで大きな文字を書いて筆談を行う」、あるいは肢体不自由者への対応に際し「申込書類に自分で記入することができず同行者もいないので代筆してほしいという依頼に対し、十分に本人の意向を確認した上で店員が代筆による記入を行うこととし記入内容について後で見解の相違が生じないよう複数の店員が立ち会う。」など50ページ以上にわたって示されている。
同時に同事例集には環境の整備事例として空間の段差解消やユニバーサルトイレの設置、タブレットやPC読み上げ機能の準備や会話をテキスト化するアプリの準備なども示されている。
準備や配慮に優先順位は難しいが、それでもまずは「障害を持っているが支援があれば自分の判断と意思で日常生活を送ることができ、自ら不動産取引の窓口に訪問あるいはそのやり取りに参加することができる」という方に対して店頭でどのような配慮をすべきか、の優先度は高そうだ。
「国土交通省所管事業における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針(令和5年11月) 」の合理的配慮の基本的な考え方にも示される「事業者の事務・事業の目的・内容・機能に照らし、必要とされる範囲で本来の業務に付随するものに限られること、障害者でない者との比較において同等の機会の提供を受けるためのものであること、事務・事業の目的・内容・機能の本質的な変更には及ばないことに留意」を受け、例えば契約行為を進める上で、タブレットやPC読み上げ機能の準備や会話をテキスト化するアプリの準備をすることで自分の意思表示をすることができる相手には、そのような配慮を提供するということなどは具体的でわかりやすい。
どこまで言及しても個別具体な例をもってこのような配慮をすべきだということは難しいわけだが、まずは考え方として、支援や手助けがあれば自分の判断と意思で不動産取引の契約に臨むことができる顧客を、健常者の顧客と分け隔てないという考え方を徹底浸透することが一番初めにやるべきことだ。
そして当然ながら先ほどの事例集もケースと対応を網羅しているものではないわけで、想定していないケースに直面した際に誰が何をどのように行うと予め決めておくことで障害を持つ顧客に対しても他の顧客と同様に扱う「準備」も肝心だ。
義務化される合理的配慮の提供、何が必要になる?〜 龔軼群氏
龔 軼群(キョウ イグン)2010年新卒で株式会社LIFULLに入社。賃貸事業部で新規サービスの開発を担う。2018年に新規事業提案制度「SWITCH」で優秀賞を獲得し、2019年11月、社会的弱者に対して包括的に住まい支援を行う「FRIENDLY DOOR」をサービスローンチし、事業責任者を務める。LIFULLの社会貢献活動委員。社外活動では、世界の貧困削減に取り組む認定NPO法人Living in Peaceの代表理事を務める。ケーススタディを示す上での前提情報として、障害者差別解消法の第五条の理解が重要になる。
この条項では、社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮に関する環境の整備として、下記の一文が記載されている。
第五条 行政機関等及び事業者は、社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮を的確に行うため、自ら設置する施設の構造の改善及び設備の整備、関係職員に対する研修その他の必要な環境の整備に努めなければならない。
これらの内容から、不動産事業者を含め企業に求められるものは大きく3つに分類できる。
1.施設や設備など物理的な環境への配慮
2.障害への理解やサポート・対応方法等に関する社員への研修
3.情報アクセシビリティの向上
それぞれ、不動産事業者における具体的なケーススタディで考えてみよう。
1.施設や設備など物理的な環境への配慮について
物理的な環境配慮として、まず大切にしたいことは、様々な障害のある方でも入店しやすい店舗づくりである。入り口でのポイントは、お店に入る際の段差がないか、入り口のドアが車椅子でもスムーズに入れるスライド式ドアであるか。
入り口で段差が存在すると、視覚不自由な方や足腰が弱い方が躓きやすかったり、車椅子の方の場合、車椅子の種類によって乗り越えられる高さが異なるため、入店できないことがある。そのため、段差がある場合にはスロープを設置するなど行いたい。
また、入り口ドアについては、開閉式のドアの場合、車椅子の方は前後の動きが求められるため、ひとりではなかなか開けることができない。そのため、スライド式の自動ドアが望ましく、もし開閉式ドアの場合は、車椅子の方が入店される際には、必ずスタッフの方がドアを開けるように心がけたい。
店舗内でのポイントは、車椅子が通り抜けられる幅をしっかり確保すること。観葉植物やウォーターサーバーやポップなどを通路に設置しているお店をよく見かけるが、車椅子が通る際に邪魔になってしまうことがある。
車椅子の規格は一般的に70cm以下とされているが、通路の幅として80cm〜90cmは確保し、余裕を持たせて通れるようにしたい。接客する際のテーブルも高さが合わない場合、接客しづらくなってしまうため、規格に合わせて約65~70㎝くらいの高さのものがよいと思われる。
2.障害への理解やサポート・対応方法等に関する社員への研修
物理的な環境配慮と同じくらい重要であるのが、障害のある方とどう向き合い、対応するかということ。障害への理解やサポート方法などの知識を得るには時間がかかるが、目の前の相手に真摯に向き合う姿勢で接することができれば、必ずしも知識が十分にある必要はない。
聴覚障害の方には、筆談やテキストベースでのコミュニケーションを行い、仮に同伴者がいたとしても、ご本人と会話することが信頼関係を構築することにつながる。視覚障害のある方には、口頭で詳細を丁寧に説明し、内見時などは物件の中を触ってもよいように、物件の設備をふける布巾を持参するなど配慮できるとよいだろう。
こういった接客や心がけについては、ユニバーサルマナー検定(不動産)を通じて学ぶことができるため、ビジネスマナー研修等と合わせて社員育成の観点で実施をぜひ検討いただきたい。
3.情報アクセシビリティの向上
情報アクセシビリティについては、接客時の心がけや配慮で情報を取得しやすいように工夫することが大事であるとともに、不動産事業者のホームページの情報、物件情報などを確認しやすくできるように改善したい。
たとえば、ホームページをアクセシビリティ対応を行い、視覚障害のある方がキーボードのみの操作で、読み上げられる機能にする。また、高齢の方、発達障害や知的障害のある方にとってもわかりやすいように文字を大きく記載することや、シンプルに箇条書きで説明するなどを意識できるとよいだろう。
上記のケーススタディでお分かりのように、障害のある方でも、健常者の方と同等に情報が得られ、接客が受けられる状態にすること、やりすぎない範囲で配慮するということが合理的配慮の提供で重要なのである。
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