断熱性能の高い窓・内窓は品切れ&納期延期を余儀なくされる事態に発展

先進的窓リノベ事業HP<br>
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補助金の交付条件や対象工事の詳細はHPを参照してほしい先進的窓リノベ事業HP
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補助金の交付条件や対象工事の詳細はHPを参照してほしい

経済産業省と環境省による共同事業として始まった「先進的窓リノベ事業」は、築1年以上経過した住宅で窓の断熱改修を行う場合に適用可能なリフォーム補助金制度だ。この事業は、既存住宅において熱損失が極めて大きい窓の断熱性を高めることにより、①昨今のエネルギー価格高騰への対応=光熱費の軽減、②2030年度の家庭部門からのCO2排出量約7割減(2013年度比)への貢献、③2050年ストック平均でZEH基準の省エネルギー性能確保への貢献、を目的としている。

予算上限はかなりの規模感が認められる1,000億円で、予算があるうちは申請可能となっているが、受け付け状況=予算に対する補助金申請額の割合が、国交省の「住宅省エネ2023キャンペーン」公式サイトに掲載されており、2023年3月末から始まったばかりのこの補助金制度は、6月上旬時点で早くも予算の約29%を消化している。このペースが続けば、2023年11月、早ければ10月中にも予算上限に達する可能性があるから、補助金申請は早ければ早いほどよさそうだ(申請期限は2023年末で、補助金申請は登録事業者のみ可能)。

なぜこのように急速なスピードで予算消化されるような事態に至ったのか。それは工事内容に応じて定額とされているが、一戸当たりの補助金の上限額は200万円と高額であること、請負工事契約が別でかつ工期も別である場合は、「長期優良住宅化リフォーム推進事業」、「住宅エコリフォーム推進事業(補助金)」、「住宅・建築物省エネ改修推進事業(交付金)」などの補助金制度と併用が可能であること(「こどもエコすまい支援事業」・「高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金」も補助対象が重複しない前提で併用可能)、さらには住宅ローン減税や住宅購入目的での贈与税の非課税枠とも重複しないという“大盤振る舞い”な制度設計となっているためだ。つまり、国からの実利的・経済的な支援であることが明らかであり、それが故の早いペースでの予算消化ともいえる。

本事業は2050年までにカーボンニュートラルを実現するため、国土交通省から1,000億円もの費用を投じても住宅の断熱性能を高めるという意味で、国が本腰を入れた施策であるといえるが、この事業単独で住宅の省エネ性能・断熱性能を大きく引き上げることはできるのだろうか。補助金の上限に達した時点で一過性の政策に終わる可能性も危惧される。果たして、ユーザーの意識は光熱費の削減という”現実”と、カーボンニュートラルの実現という”目標”の狭間のどの段階にあるのか、住環境および住宅性能に詳しい専門家の見解を質す。

先進的窓リノベ事業の効果を強固にするためにはさらなる啓蒙が必要 ~ 松尾和也氏

<b>松尾和也</b>:株式会社松尾設計室代表取締役。「健康で快適な省エネ建築を経済的に実現する」をモットーとした設計活動の他、様々なメディアでの執筆活動や講演を行う。2005年、建築環境省エネルギー機構の「サスティナブルTOKYO世界大会」でサスティナブル住宅賞等、受賞歴も多数松尾和也:株式会社松尾設計室代表取締役。「健康で快適な省エネ建築を経済的に実現する」をモットーとした設計活動の他、様々なメディアでの執筆活動や講演を行う。2005年、建築環境省エネルギー機構の「サスティナブルTOKYO世界大会」でサスティナブル住宅賞等、受賞歴も多数

既に始まっているが、3年にわたり既存住宅の窓の高断熱化に対して補助金が出る。これにより窓メーカーでは生産が追いつかない状況が発生しており、納期は3ヶ月待ちとなっている。LIXILの発表によると、この事業の影響だけで窓の売り上げが500億円増えたという。この会社の業界シェアは40%程度なので、単純に業界全体に割り戻すと1,250億円分の効果があったと推測することができる。仮に1軒当たり100万円、内窓化したとすると5万戸分に相当する。これが3年続くとすると15万戸が高断熱化されることになる。

かなり粗い想定ではあるが、2倍以上外れていることはないと考えている。今、日本全国には住宅が5,000万戸あるといわれている。そのうち2025年に新築住宅において義務化される水準に到達しているのは5%でしかない(250万戸程度)といわれている。残りの95%(4,750万戸)は低いレベルにあるといえる。

この状況で15万戸というと少なく見えると思うかもしれない。しかし、影響力というのは独特の伝搬スタイルをもっているものだ。経営コンサルティングの神様といわれた船井幸雄氏は「101匹目のサル現象」というのを謳われていた。これは1%の占有率が出てきた時点から社会現象的に広がる可能性が出てくるというものだ。例えば、人口1億3,000万人の日本において1%は130万人。昔からCDにおいてミリオンセラーというのは「誰もが知っている」という感じで認識されていた。15万戸が平均2人暮らしだとすると30万人が住んでいることになる。その30万人が「やってよかった!」と言うと100倍の3,000万人くらいに広がる可能性を秘めていることになる。

同様に「つながり 社会的ネットワークの驚くべき力 」という本がある。これは世界中の誰であっても5人の知り合いを経ていけば相当な確率で会うことができる。また知り合いの知り合いの知り合いの影響が自分に及ぶというものだ。例えば、知り合いの知り合いの知り合いが、とある方法でダイエットしたら自分もダイエットしたくなるみたいな内容だ。さらに深掘りすると、人間は「もっともよく会う上位5人の影響を非常に強く受ける」といわれている。これを3次の影響力に当てはめると5×5×5=125人となる。これはかなり強めの数字なので、半分に緩めて10人にすると10×10×10=1,000人となる。125人は上述の100倍とほぼ同じ倍率になる。しかし、1,000人となると3億人に影響が及ぶことになるので、日本中に知れ渡ることになる。

そのように考えると、今回の先進的窓リノベ事業は一定の効果を得る可能性が高いと思っている。しかしながら、その効果をより強固にするためには行った方の声をSNSなどで広く、強くばらまくことに関する誘導策が非常に重要な意味を持つと考える。

窓だけでなく、給湯や創エネルギーも組み合わせて環境性能は向上する方向 ~ 伊藤陽平氏

不動産ポータルサイト「アットホーム」を運営するアットホームが、不動産会社のスタッフに尋ねたアンケートによれば、50.9%が「環境に配慮した住まいにおすすめの条件・設備」として「複層ガラス」を回答に挙げた。実施したアンケートの中では、最多の回答を集める「おすすめの設備」となったのだ。外気を遮断して断熱性を高め、冷暖房の削減につながるというのが、その理由だ。

最近の新築マンションのモデルルームなどでは、以前のマンションの窓ガラスよりもガラス面を大きく取ることがある。断熱性能の高いLow-Eガラスを複層とした場合などは、サッシを小さくすることで採光性も省エネ性も高まるのだ。これに高効率な給湯器やエアコンを組み合わせると、一次エネルギー消費量について20%以上の削減を実現する「ZEH-M Oriented」基準を満たすマンションとなる場合も少なくない。それほど、窓の断熱性を高めることは環境性能の向上につながるといえる。

さて、今回の「先進的窓リノベ事業」は、「住宅省エネ2023キャンペーン」のサイトから進捗が分かるのだが、6月上旬時点で1,000億円の予算を既に29%消化している。交付申請の開始は3月末からだということを踏まえると、非常に速いペースで交付申請がされているのは間違いない。ただ、「この事業単独で住宅の省エネ性能・断熱性能を大きく引き上げることはできるのだろうか」という問いに対しては、無条件に首肯することはできない。真にカーボンニュートラルな社会の実現を目指すのであれば、将来的には住宅の創エネルギー機能がなければ「エネルギー消費に対する二酸化炭素の排出量が実質ゼロ」になりえないからだ。それはつまり、窓のような単一の設備の更新では不足が明白ということだ。

そもそも、1,000億円という予算は、非常に潤沢であると同時に、6,000万戸を超えるという国内の住宅の多くに配分するには到底無理のある金額だ。住宅事情を俯瞰してみると、ハウスメーカーの提供する新築住宅のZEH率が高まり、大手デベロッパーによる新築マンションが続々とZEH-M Orientedの基準を満たす水準になっていく時期に入った。そうなると、6,000万戸超のうち、圧倒的な大多数を占める既築住宅の環境性能を向上させない限り、「脱炭素」の実現など不可能だということは、よく理解できる。

先述の「住宅省エネ2023キャンペーン」サイトでは、「先進的窓リノベ事業」と同時の3月末に申請が始まった「給湯省エネ事業」も紹介している。エコキュートやエネファーム、ハイブリッド給湯器などの導入に補助金が支給される事業だ。こちらは、300億円の予算のうち、6月上旬時点ではまだ10%も消化されていない。半導体不足の影響で品薄の状態が続いているとも聞くし、「先進的窓リノベ事業」に比べると金額が限定的であることも影響しているだろう。しかし、カーボンニュートラルの実現を具体化させるなら、こうした設備について1つずつ着実に改めていくしかない。気の遠くなる作業で、国家レベルでの達成を狙うなら多額の投資も必要不可欠になってくるはずだ。そう仮定すると、「先進的窓リノベ事業」に関して仮にタイミングを逃したとしても、将来的には窓の設備を改めるなら当然に複層ガラスという時代がやってくるだろう。そして、その時は費用負担そのものが軽減できる状況になっていてもおかしくない。「脱炭素」という観点からいえば、住宅というハードの長寿命化も推進されている以上、余計に設備・仕様を順次更新していくことによる進歩が必須となる。今後も、環境性能の高い新しい設備の提案が持続的に行われていく社会になるのだろう。



伊藤 陽平:株式会社不動産経済研究所 編集部門通信ユニット所属 「日刊不動産経済通信」記者。不動産仲介業に携わる企業や団体、不動産テック系の企業などを主に担当している。これまで、鉄道系・商社系などのデベロッパーに加え、マンション・デベロッパーや分譲マンション管理会社などを担当してきた

規模感はまだ不十分だが、骨太で統合的な省エネリノベ事業として継続を ~ 島原万丈氏

<b>LIFULL HOME'S総研所長 島原 万丈</b> 1989年株式会社リクルート入社。2005年より リクルート住宅総研。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社LIFULLでLIFULL HOME’S総研所長に就任。他に一般社団法人リノベーション住宅推進協議会設立発起人、国交省「中古住宅・リフォームトータルプラン」検討委員などLIFULL HOME'S総研所長 島原 万丈 1989年株式会社リクルート入社。2005年より リクルート住宅総研。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社LIFULLでLIFULL HOME’S総研所長に就任。他に一般社団法人リノベーション住宅推進協議会設立発起人、国交省「中古住宅・リフォームトータルプラン」検討委員など

この事業のリリースを見た時は正直驚いた。1,000億円の総事業費もさることながら、窓のリフォームで最大200万円の補助はこれまで類を見ない手厚さである。

消費者として実際にどれくらいお得か、窓メーカーの特設サイトで補助率をシュミレーションしてみると目を疑うような数字が出てくる。例えば、南関東エリアで、マンションの中住戸で、引違いの掃き出し窓の2箇所にSランクの性能の内窓を設置する場合、補助額は16万8,000円、補助率は商品代金+施工費の50%前後(メーカーによって若干異なる)。一戸建てでも、4LDKを想定して掃き出し窓2箇所、腰窓4箇所、そのほか明かり取りの小さい窓2箇所に内窓設置の条件では補助額46万8,000円で50%以上の補助率となる。改修の範囲や程度にもよるので気になる方は自分でシミュレーションしてもらいたいが、おおむね30〜50%超の補助率が見込まれるだろう。大きな効果が期待できる温熱環境の快適さに加え、昨今の電気料金の値上げも考えれば、やらないと損と断言できるレベルだ。

さて、お題はカーボンリュートラルに向けての本事業の効果のほどは? というものだった。これについてはまず、住宅部門の脱炭素化の本丸は既存住宅の省エネ改修である、という大前提を確認しなければならない。国は2025年から新築住宅に省エネ性能を義務付けるが、完全に遅きに失した感は否めない。現在(2018年時点)、日本には約6,200万戸の既存住宅がストックとして存在する。それに対して新築住宅の供給は年に90万戸を下回って推移しており、この先の減少は確実である。これから建てられる新築住宅に省エネ基準を義務化したところで、住宅ストック全体でのCO2削減効果は焼け石に水だ。2050年までのカーボンニュートラルを目指すと言うなら、膨大な既存ストックの省エネ改修を一気果敢に進める必要がある。

そういう意味で、この太っ腹の補助事業の筋はいい。だが規模感については、これでもまだまだ十分ではないと言わざるを得ない。1,000億円という予算規模に議論はあるのは承知しているが、仮に一戸当たり平均25万円の補助による改修が行われるとすれば、1,000億円の予算で断熱改修がされるのは、せいぜい40万戸程度である。あと27年で約6,000万戸のストックのカーボンニュートラル化を目指すなら、新築への建て替えも含めて年に200万戸以上の省エネ化が必要になる。この計算を踏まえれば、現状の5倍のペースが必要なのだ。補助事業をきっかけに発生するリフォーム総費用の10%が消費税で国庫に戻ってくるとはいえ、実現するならまさに異次元の補助事業となる。

だが、防衛費や少子化対策の予算にすら議論百出するなか、そのような予算が認められる見込みは極めて薄い。だとすれば、少なくとも現状の予算規模は維持しつつ、ほかの規制や制度との合わせ技で統合的に考えていくべきであろう。

住宅の省エネ化にいち早く取り組んでいるEU諸国では、住宅の省エネルギー性能をラベリングし、不動産広告での表示を義務化することで市場での選別を後押しするとともに、一定以上の改修には固定資産税を減免したり、性能が低い物件の賃貸を禁止したり、将来的にリフォームの義務化を予告したりするなど、あの手この手で住宅の省エネ化を推進している。

さらに言えば、住宅のカーボンニュートラル化は窓だけではなく、外皮の断熱性能や気密性能、高効率給湯器や再生可能エネルギーの導入など、幅広い対策が必要である。既存住宅の省エネ化促進に関しては現在、「先進的窓リノベ事業」のほか、「こどもエコすまい支援事業」や「給湯省エネ事業」、ほかには各自治体で施行するものなど類似の補助事業が並走しており、消費者としては少々煩雑になっている部分もある。このあたりを分かりやすく一本化しつつ、EUのように不動産市場への働きかけと合わせて、骨太で統合的な省エネリノベ事業として継続を期待したい。

公開日:

ホームズ君

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