移動人口の流動化は既に始まっている
コロナ禍が始まってすでに3年余り、海外渡航や飲食店の営業時間の制限が解かれ、屋内で推奨されてきたマスクの着用解除や、コロナ自体が2類から5類へ移行されたことに伴って、ようやくコロナ前の日常を取り戻しつつある状況に至った。それでも2020年以降の“Withコロナ”で、我々は仕事とプライベート、オンとオフの過ごし方についてドラスティックな意識改革を迫られ、実際に居住ニーズおよびエリア選択にも大きな変化があり、仕事や生活全般に対する向き合い方も大きく変わったことには疑問の余地がない。首都圏ではテレワークの定着と居住コストおよび物価の高騰などの影響で居住ニーズは確実に郊外化したし、近畿圏では対照的に大阪中心部への一極集中が発生、中部圏ではさらにピンポイントに名古屋駅周辺、および岐阜、岡崎など名古屋市の“衛星都市”へも注目が高まった。結果的に圏域ごとの居住コスト自体の違い、テレワーク実施率の違いなどでこのような差異が発生したのだが、2023年に入って人流に更なる変化が生まれており、コロナ後を見据えた居住ニーズの動きを注意深く見守っていく必要がある。
2020年当時、コロナ禍で定着しつつあった生活スタイルはニューノーマルと言われ(既に死語となった感がある)、コロナ禍を前提とした生活環境の構築および変化が求められた。玄関に手洗い・洗面設備を設置したり、一戸建てでも宅配ボックスを付置したりするなど、住宅設備にもコロナ仕様とも言うべきものが急増したことは記憶に新しい。この間、都市圏に居住するユーザーがコロナ禍で住宅および生活スタイルについてどのように考え、その結果どのような対策を講じたのか。また、居住するエリアをどこに変えたのか、さらにはコロナ後を見据えてこれからどのように動くことが予測されるのか、ほかにも単身者とファミリー層では動きが異なるのか、それぞれどのような暮らしをイメージしているのかなどについて考えてみたい。
コロナ以前は都市圏とその中心部への移動人口一極集中が発生していた
人流の変化=居住ニーズの変化・動向を把握する上で重要な指標となるのが“移動人口”だ。これは人の生死による人口の自然増減とは別に、就職・入学などに伴ってある地域から別の地域へと転居する社会増減の人口を示したもので、住民票の記録を基に総務省統計局が月次および年次で公表している(外国籍を含むが、除外したデータも併せて公表)。
コロナ前の2019年以前は、三大都市圏や地方四市(札幌市/仙台市/広島市/福岡市)と言われる地方圏の政令市などに毎年多くの人が流入し続け、流出する人の数を大きく上回る“転入超過”が発生していた。例えば、2019年の首都圏(1都3県)では14万8,783人という大量の転入超過を記録し、わずか1年で新たに15万人もの人口が増えるということは、その受け皿となる住宅の供給・確保が常に課題となり、住宅を建てても新たに発生する需要に追い付かないという状況にあったと言える。また、近畿圏および中部圏では圏域全体の移動人口は増えていなかったが、その代わりに中心部である大阪市および名古屋市への流入が拡大し“中心部への一極集中”が発生していた。
コロナ禍に突入して首都圏の移動人口は大きく郊外化
しかし、2020年に入るとコロナ禍の拡大が本格化し、“緊急事態宣言”の発出などによって事実上の移動制限が実施されたことに伴い、移動人口の動きは大きく変化する。東京都も東京23区も2020年7月以降は6ヶ月連続の転出超過を記録し、東京都の年間転入超過数は3万1,125人(前年比▲62.5%)、東京23区は1万7,279人(同▲73.1%)に留まった。社会増は記録したものの、コロナ前の2019年から一転して、約7割減という転入者数の大幅減少を記録したことになる。さらに、2021年に入ると緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置が相次いで発出(合計252日間:年間日数の7割)されたことで、東京都への人口流入の動きも急激に鈍化した。2021年の移動人口は、東京都で5,433人(対前年比▲82.5%)、東京23区に至ってはー1万4,828人と年間を通じての転出超過となり、対前年比では▲185.8%という急減を記録し、全国23の政令市および特別区では社会増減の最下位となった。まさに都心からの人口流出に歯止めが掛からない状況が発生している。
近畿圏では大阪への一極集中に変化なし、中部圏ではコストプッシュによる郊外化
このように、首都圏においてはコロナ禍の長期化によって社会構造が大きく変化し、居住ニーズの郊外化が発生して都心部の賃料が頭打ちになっている状況が明らかだが、他の圏域では首都圏とは異なる推移を示している。
近畿圏(2府4県)ではコロナ禍に突入した2020年以降も、移動人口は大阪府および大阪市への一極集中が継続しており、その影響で兵庫県および京都府は年間を通じて転出超過が続いている。“大阪の独り勝ち”となった主な要因は、①首都圏と違ってテレワークの実施率が低いこと(推計で10%程度)、②首都圏では都心と郊外の賃料格差が2倍程度だが、それ以外の圏域では格差が平均で1.3倍程度に留まるため郊外化する経済的なメリットがわずかであること、③首都圏は圏域全体が広く、郊外方面に転居しても生活圏自体に大きな変化はないが、近畿圏は郊外方面に1時間程度転出すると生活圏自体が変わってしまうこと、などが挙げられる。
一方の中部圏(3県)では、中心地である愛知県だけでなく、名古屋市でも転出超過の傾向=郊外化が顕著になっている。ただし、これは消費者物価の高騰が始まった2022年春以降に目立つ変化であり、テレワークによる生活様式の変化によるものというよりは、生活コストの上昇が背景にあるものと考えるべきだろう。
2023年に入って移動人口に更なる変化が発生
2023年に入ると、前述の通り海外渡航やマスク着用などが緩和され、本格的に“コロナ後”に向けて日本の社会・経済が動き出した。高齢者や持病を抱えているなど重症化リスクの高い方は引き続きコロナへの注意が求められるものの、行楽シーズンを迎えて海外・国内を問わず観光客も各地で増加しており、コロナ禍では得られなかった自由で開放的な雰囲気に復調し始めている。
それに呼応するかのように首都圏に流入する人口も増加し始め、特に東京都では2022年5月以降8ヶ月連続して転出超過だった東京23区の移動人口が、2023年1月から大きく変化している。
首都圏の移動人口は2023年1月以降、明らかな転入超過傾向を示し始めている。
1月は5,044人、2月は6,149人、例年3月は大学や専門学校への新入学、および新入社員が大量に流入するため、今年も一桁多い6万8,987人の転入超過が発生した。これはコロナ禍(2021年)の5万7,970人と比較すると1万人超、19.0%の大幅増で、本格的に首都圏流入が回復したという見方ができるだろう。3月の転入超過数の内訳を見ると、東京都が3万9,305人(57.0%)で過半を占めており、次いで神奈川県が1万5,275人(22.1%)、千葉県と埼玉県がそれぞれ6,966人(10.1%)、7,441人(10.8%)となっており、大学や企業が集中する都内および京浜地区一帯への流入が8割に達しており、明らかに人流が回復していることがわかる。
年齢・世代別にみると移動人口は正反対の動きを示している!?
ただし、この転入超過の実態を年齢・世代別に掘り下げてみると、様相が大きく変わる。東京都では20~34歳の若年勤労層が3万7,419人の転入超過を示しているのに対して、35~59歳のファミリー層がー1,619人とわずかながら転出超過となっている。つまり、主に若年勤労層である単身者が新入学・新入社などで数多く流入しているのに対して、35歳以上の主にファミリー層は東京都から転出していることがわかる。東京都では親世代と一緒に動く0~4歳もー1,210人と転出超過を記録していることから、ファミリー層が住宅価格および賃料の高騰、消費者物価の上昇を受けて、相対的に生活コストが安価な郊外方面に積極的に転出している状況にある。その35~59歳のファミリー層は、対照的に神奈川県で395人、千葉県で740人、埼玉県では最も多い1,151人の転入超過を記録しており、東京都から専ら周辺3県に転出していることがわかる。
これらの結果は例年3月の転入大量増加に加えて、コロナ後を見据えた東京都での若年勤労層の居住ニーズが急激に高まったことも示している。コロナ禍では周辺3県での新生活を前提としていた若年層は、今年は東京都内に積極的に流入、それに対してファミリー層は賃料および物件価格の上昇、さらには円安による物価上昇もあって、結婚や出産をきっかけとして、安定した生活基盤を求めて郊外方面へと転出する状況になっているようだ。
近畿圏&中部圏、福岡県も首都圏と異なる動き
一方、近畿圏の移動人口は2023年3月にー563人と転出超過を記録した。大阪府が4,479人の転入超過となったものの、兵庫県ではー2,189人、京都府でもー677人と転出超過を記録している。同様に滋賀県、奈良県、和歌山県も転出超過となり、近畿圏全域で移動人口がマイナスとなった。
全国から人口が流入する首都圏とは異なり、近畿圏の行財政の中心地である“大阪”には一定の流入があっても、大規模政令市を抱える兵庫県・京都府からも東京、大阪に主に若年層が転出して移動人口がマイナスになる。大阪府では20~34歳の転入超過(2,779人)に加えて、35~59歳のファミリー層も174人とわずかながら転入超過となっているから、東京都とは違って消費者物価の高騰も大きな障壁にはなっていないようだ。
また、中部圏でもー3,835人と転出超過を記録している。愛知県では0~19歳の若年層が436人および20~34歳の若年勤労層が135人とわずかに増えているが、35~59歳のファミリー層はー534人と転出超過で、合計+43人と辛うじて転入超過となっている。隣接する三重県、岐阜県はともに転出超過で、愛知県および東京都を含む首都圏全域および大阪府への転出が目立ち、愛知県からも同様に専ら首都圏と大阪府への転出が発生している。
2023年3月には福岡県でも203人の転入超過が発生しているが、20~34歳はー1,703人と転出超過なのに対して35~59歳は573人の転入超過、0~19歳の若年層も1,247人の転入超過となっている。大学・専門学校に入学する学生が西日本全域から数多く流入し、ファミリー層も東京・大阪からUターンしているが、反対に若年勤労層の20~34歳は主に東京へ、それも主に男性が数多く転出している。
このように、移動人口の足元のデータを見ると、首都圏中心部では単身者向け、準近郊・郊外ではファミリー向けの居住ニーズが今後活性化する可能性が高く、近畿圏ではほぼ全世代にわたって賃貸ニーズが大阪一極集中、中部圏でも名古屋一極集中だが、若年勤労層が中心で、ファミリー層のニーズは限られそうだ。福岡県では学生とファミリー層の需要が共に高まることがほぼ明らかと言ってよい。
移動人口を詳しく分析することで、地域ごとにまた年齢・世代ごとにその転入・転出状況が異なる状況にあることが明らかとなった。エリアごとに流動化する居住ニーズを的確に把握し、例えば所有する賃貸物件の運営や、分譲物件の開発にも活用することができるだろう。コロナ後を見据えた居住ニーズの変化が既に始まっていると考えると、住宅市場にも必然的に変化が訪れることになる。今後住宅ローン金利の上昇や、資材価格の高騰によるコストプッシュ型の新築住宅の価格上昇が懸念材料ではあるが、背景にある居住ニーズの変化を意識して、コロナ後のビジネスと向き合う必要がある。
公開日:










