2020年平均を100とした消費者物価指数は104.7ポイントに上昇。今後も上昇可能性大
ウクライナ侵攻に端を発したサプライチェーンの逼迫は、資材・エネルギー価格、食糧価格を相次いで上昇させており、多くを輸入に頼る国内の消費者物価もその影響を直接に受けて明確な上昇基調で推移している。
2020年平均を100とした日本の消費者物価指数は、2021年には概ね99ポイント台で安定推移していたが、ウクライナ侵攻が始まった2022年春以降は毎月0.5ポイント前後の上昇を記録し始め、2023年1月に104.7ポイントにまで達しているから、消費者物価の上昇は誰の目にも明らかであり、また今後もこのまま上昇が続くことが想定される。
この間、日銀が定期的に公表している「生活意識に関するアンケート調査」(良くなった/悪くなったを聞いて差分を算出するDI調査)では、ー61.8ポイントと悪化し、体感での物価上昇率は10%が最頻値となっているから、生活に与える影響は実際の物価上昇率の数値よりもさらに大きい。
このように短期間で急激な物価上昇を30年以上経験してこなかった日本では、岸田首相が経済界に対して異例の賃上げの要請をするなど、当然のことながら混乱が生じており、住宅業界でも特に賃料水準の高い東京都心部での空室率が高まるのではないかとの懸念が出始めている。
足元では、都心の一部地域でこれまで好調に推移していた賃貸住宅の需要が低迷し、フリーレント期間の設定や家具・家電のプレゼントなど、賃貸住宅ユーザーに何らかの便宜を図らないとなかなか空室が埋まらないとの声も聞こえており、賃貸市場では急激な生活環境の変化への対応に苦慮する様子がうかがえる。
一方で、首都圏ではコロナ禍の長期化によって働き方が大きく変化し、規模の大小を問わず多くの企業で“テレワーク併用型”のワークスタイルが定着している。東京都の定期的な調査によれば(サンプル数は限られるものの)2022年12月現在でもテレワークは過半数を超える55%の企業で実施されており、毎日通勤しないことを前提とした立地にこだわらない家探し、街探しが広がっている。
LIFULL HOME’Sが毎年2月に公表している「みんなが探した!住みたい街ランキング」でも首都圏の“借りて住みたい街ランキング”は1位の本厚木を筆頭に、大宮、八王子、柏、三鷹と上位を都心から電車で30分以上離れた準近郊・郊外が独占しており、賃貸ユーザーの“郊外化”はテレワークと消費者物価の高騰によって当面継続する可能性が高い。
2022年の移動人口調査結果では東京都の転入超過が4万人弱に再び拡大しているものの、内容を見ると東京23区で5月以降8ヶ月連続の転出超過が記録されており、働き方および経済的な変調が賃貸ユーザーに大きな影響を与えていることが明らかだ。
果たして、これからの(特に首都圏)賃貸市場は、ニーズの郊外化がさらに進むのか、それともWithコロナで都心方面への回帰があるのか、賃貸ユーザーの動向に詳しい専門家に意見を聞く。
テレワークと物価上昇が賃料相場に与える影響はごく少ない ~ 北川友理氏
テレワークの普及と、物価上昇などのインフレが賃貸住宅の賃料に直接反映され、著しく変動する可能性は今のところほとんどない。確かに賃料は中長期的な視点で見るとゆっくりと上がっているし、物件単位で見ると相場と比べて高い賃料で入居率を維持しているケースもある。しかし賃料相場を決める主要な要因はテレワークでもインフレでもなく、入居者の収入の水準だ。賃料が全国規模で上昇するには国民の平均所得水準が上がる必要があるが、現在は停滞している。国は国民の所得を上げる方向を明示しているが、良い結果が出れば連動して賃料が上昇する可能性がある。
テレワークの普及は、賃料に影響を与える要因にはならなかった。首都圏を中心にテレワークはある程度進んだが、コロナ禍が山場を超えた昨年には頭打ちになった。実施率は首都圏で3~4割ほど、地方では1~2割にとどまるとの市場調査結果がある。定着率はさらに低い。コロナの収束が見えてきたことで出社を基本とする勤務体系に戻った企業が多い。東京都も一時期、人口の流出が流入を上回ったが、昨年から流入超過に戻った。企業がコロナ禍初期に減らした新卒採用の人数を通常に戻しつつあることが一因だ。加えて、コロナ禍での人の動きは都心部から郊外・地方への一方通行ばかりではない。テレワークに向かない業態や職種も多いことから、通勤時間を短縮するため都心部に移る動きも同時に生じた。
インフレ要因をみると、最も賃料に影響を与えるのは部資材価格の高騰による建築費の上昇だ。賃貸住宅を新たに建てるオーナーなどにとって最も重要なことは、築何年で投資を回収できるかだ。しかし、建築費の高騰分を賃料に直接反映するのは難しい。賃料は立地の周辺相場や平均世帯年収を基に決まる。価格上昇に見合う立地や物件の価値がなければ、空室率が高くなる。インフレのリスクを負うのは所有者の側だ。具体的には賃料を据え置いてより、長い期間で投資を回収するか、賃料上昇に見合った立地や物件の付加価値を加えるかのどちらかになる。実際に投資用物件を開発するデベロッパーや賃貸住宅を運用するアセット・マネジメント事業者は新規の開発や物件取得にかなり慎重になっている。賃貸住宅に入居している、または入居を検討している人たちがインフレの影響を直接被る可能性は低い。一方で、リスクを負う側は慎重な姿勢を余儀なくされている。中長期的に賃貸住宅の市況が停滞する一因になるかもしれない。
北川友理:不動産業界専門紙「日刊不動産経済通信」記者。京都市出身。1987年10月生。地方新聞記者を経て、2018年に不動産経済研究所入社。以降ハウスメーカー担当
不動産の売買業界も賃貸業界も底堅い動きをすると予測される ~ 谷崎憲一氏
公益社団法人 東京共同住宅協会会長 谷崎 憲一:昭和44年の創立以来、民間賃貸住宅経営者・入居者を支援しつづけている内閣府所管の公益団体東京共同住宅協会にて会長を務める。円滑な賃貸市場構築の為、賃貸経営者が抱える様々な問題の解決機関として、相談会やセミナーなど積極的な公益活動に携わっている。他、公益社団法人全国賃貸住宅経営者協会連合会副会長、NPO法人賃貸経営110番顧問を務めるコロナ禍によるテレワークの普及は、働き方改革も相まって企業のDX戦略のひとつとしてさらに浸透していくことが予想されるが、一方、実際の現場では労務管理の問題や社内連携に必要なコミュニケーション不足にもつながり、また、個人情報のセキュリティなど解決しきれていない課題も残されている。
企業としては、テレワークやフリーアドレス化、サテライトオフィスやシェアオフィスの活用も絡めて、オフィスフロアのダウンサイジングや経費節減効果を狙って推進したい経営陣と、新しいスタイルを嫌がる従業員との攻防も見受けられる。
最近軽井沢から帰ってきた不動産関係の社長から、「いま、軽井沢には人が集まり、不動産も活発に動いており、値段も上がっている」「ショッピングセンターの駐車場はテスラ(EV車)ばかりが目立ち、環境に対する意識高い系の人が増えている」という報告があった。また、鎌倉の不動産会社からも、「都市部からの移住者が増えており、不動産の値上がりばかりでなく交通渋滞がさらに深刻になっている」との声もあり、テレワークには課題は山積しているものの、ニーズの郊外化は顕著である。
働き方の変化により住まいを郊外や地方へと移す動きは、コロナ感染拡大期に連動して東京都の人口動態にもはっきり表れ、一時的な人口流出を起こしたが、その後は都市部への回帰に転じている。都市部回帰の理由のひとつとして、生活コストが安く、穏やかで自然豊かなロケーションに憧れて郊外や地方に転居された方たちが、不便さや閉鎖的な地域性に馴染めずに帰ってきていることが挙げられる。 例えば、東京郊外の奥地でも、コロナが始まった当初は値段の安さと自然の素晴らしさで多くの方が移住へと活発に動きだしたが、「実際に住んでみて、夜は真っ暗で怖い」「買い物もコンビニまで車で20分もかかる」など、都会生活の便利さを再認識したという切実な声もある。また、若いユーチューバーカップルも1年ほど郊外で生活した結果、不便さと、虫が苦手な彼女のために都会に戻る決断をしたと動画発信している場面もあった。
賃貸市場は、テレワークの普及により郊外化のニーズは間違いなくある一方、飲食店や小売店、建築関連など、人手不足により社宅を用意してでも地方から若い労働力を求める動きや、新卒の求人も内定者も都市部を中心に強い動きとなっており、アフターコロナにより活力を取り戻し始めた都会への回帰需要の方が郊外需要を上回る状況になっている。
今後は、民間の大手企業をはじめとした賃上げの動きも加速していることと、円安による海外勢の日本買い、長期的な低金利の展望を背景に、不動産の売買業界も賃貸業界も底堅い動きをすると予測される。
首都圏の賃貸住宅市場は堅調に推移すると思われる ~ 岡﨑卓也氏
岡﨑卓也:株式会社リクルート住宅総研、NGO国境なき医師団を経て、2014年から全宅連不動産総合研究所に所属。ハトマークグループビジョンの作成、住宅確保要配慮者対策や空き家対策に関する調査研究等を通じて中小不動産業者のこれから進むべき方向性を模索している2023年の賃貸住宅市場を展望するにあたり、まず2022年の動向を振り返ってみたい。
首都圏で見ると年間の成約件数は前年比+8%と、絶対数こそコロナ前の2019年の水準には達しなかったが増加した。2021年に前年比+89%と大幅に増えた在庫件数も+7%とその割合は減少した (※1)。一方、賃料は、2022年第3四半期と2019年第1四半期を比較すると、東京23区で3p上昇(※2) 。賃貸住宅の新築着工戸数は、2022年は前年比+7%と増えており (※3)、賃料の上昇に寄与したものと考えられる。このように数字を見る限りでは、2022年の賃貸市場は比較的順調だったと考えられる。
ただし、タイプや地域によっては差がみられた。ファミリータイプは好調だったのに対し、1R系は苦戦。実際、東京23区の賃料はファミリータイプが+6%と伸びたのに対し、1Rタイプは△1%だった。また、テレワークの普及に伴い、騒音の問題や広さを求めて都心から郊外への動きが見られた。東京都では30歳代以上の年代が転出超過に転じ、人口は2021年2月から17ヶ月連続して前年比で減少した (※4)。その結果、賃料も横浜・川崎+6p、千葉西部+7p、埼玉東南部+9pと、首都圏近郊では東京23区より上昇幅が大きいという現象が見られた。
さて、今年の賃貸住宅市場を考える上で、昨年と違う状況は2点ある。1つ目はコロナ禍の収束による働き方や人の流れの変化、2つ目がインフレとそれに伴う金利の上昇という経済的要因だ。昨年後半からテレワークの実施率は減少し(※5) 、オフィスの在籍人数や出社を求める意向も高まっているようだ(※6) 。また、昨年11月には外国人の受け入れのための条件も緩和され、東京都の人口も2022年7月から前年比でプラスに転じています。オンシーズンを迎えている現場の声として、1Rの空室率は底を打ったという話や法人の動きが活発化し始めたという話も聞こえる。
さらに、金利が上昇すると、賃料が相対的に安くなり、借りる方が購入するより優位に見える。実際に中古住宅の価格はコロナ下の不動産バブルで高騰し、首都圏の中古マンションの平均成約価格は昨年12月時点で4,000万円を超えている状況だ。景気の動向はまだ不透明だが、首都圏、特に東京は仕事とアメニティが充実していることから今後も転入人口は増えるだろう。従って、その受け皿としての賃貸住宅の人気は高まり、首都圏の市場は堅調に推移すると思われる。ただここ数年、賃料が上昇しており、インフレに賃料のさらなる上昇が伴えば需要は厳しくなる。先日も長い間空室になっていた都内の1Rを家具付きにすると(実質賃料の値引き)すぐに決まったという話を聞いた。このように、これからは、物件のタイプや築年、駅からの距離によって同一エリアでも人気・不人気の格差が鮮明になると思われる。その意味で、賃料はある程度調整局面に入り、客付けの厳しい物件は賃料の見直しなど早めに手を打つことが必要になるだろう。
※1 成約、在庫数字はいずれも(公社)東日本不動産流通機構「レインズシステム利用実績報告」
※2 アットホーム株式会社および三井住友トラスト基礎研究所「マンション賃料インデックス」、以降賃料に関するデータは全てこの情報による
※3 国土交通省「建築着工統計」
※4 総務省「住民基本台帳」
※5 株式会社パーソル総合研究所「第七回・新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する調査」
※6 株式会社ザイマックス不動産総合研究所「大都市圏オフィス需要調査2022年秋」
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