環境にも、健康にも良いからと自転車利用を促進するフランス

パリ市が世界に先駆けて導入した公共レンタル自転車。市内のあちこちで目に付く。それ以外の事業者も参入しており、どこでも、いつでも借りて返せるようになっているパリ市が世界に先駆けて導入した公共レンタル自転車。市内のあちこちで目に付く。それ以外の事業者も参入しており、どこでも、いつでも借りて返せるようになっている

パリ中心部では建物の建替えがほとんど行われないため、風景は大きくは変わらない。何十年かぶりに訪れても駅前や通りの風景はもちろん、かつて訪れたレストラン、カフェがそのまま盛況ということもよくある話だ。

だが、間違いなく変化はしている。そのうちでも大きな変化が路上だ。自動車、路上駐車場が減り、その代わりに路上のあちこちにレンタル自転車が並び、自転車レーンが場所によっては道路の中心を貫くように作られているのである。

この変化はパリ市が2008年に世界に先駆けて導入した公共レンタル自転車システム「Velib(ヴェリブ)」以降、着実に進められてきた。フランスの国自体の自転車政策は2018年から(2023年までが第一次自転車計画。現在は2023年~2027年までの第二次計画が進められている)始まっているのだが、パリ市はそれに先んじて2010年に第一次パリ自転車計画を策定。2020年までに自転車利用者数を倍増させるとした。

パリ市が世界に先駆けて導入した公共レンタル自転車。市内のあちこちで目に付く。それ以外の事業者も参入しており、どこでも、いつでも借りて返せるようになっている大通りのど真ん中を走るのは自転車、電動キックボード。ちなみにパリ市は住民投票でレンタルキックボードを否決、個人所有で乗られてはいるものの借りて乗ることはできない

ヨーロッパ諸国の中ではオランダが世界有数の自転車大国として知られているが、それに比べればフランスのそもそもの自転車利用率はさほど高くなかった。前述の2018年にスタートした計画の序文にはフランス人が日常的な移動に自転車を使う割合はわずか3%弱とあったほどで、世界最大規模と言われる自転車ロードレースの国だというのに毎日の生活の中に自転車は無かったらしい。

この時の計画で面白いのは「アクティブモビリティ」という考え方。各種の移動手段のうち、自転車と歩くという2つのやり方は自分の身体のエネルギーを使っており、外部からエネルギーを調達しない。自ら動く移動ということである。

それが脱炭素に繋がるのはもちろんだが、身体を使って移動することは生活習慣病や、認知症、フレイルなどの予防に繋がるとされる。通常、身体を動かす習慣のない人が自転車を通勤・通学などで利用するようになれば「時間がない」「面倒」という運動をしない言い訳は自然に消滅。自転車利用は環境にも、本人の健康・長寿のためにもプラスになる。自転車推進という施策で環境問題も、健康問題も解決しようというのだ。

パリ市が世界に先駆けて導入した公共レンタル自転車。市内のあちこちで目に付く。それ以外の事業者も参入しており、どこでも、いつでも借りて返せるようになっているパリ右岸のコンコルド広場からルーヴル美術館の北側を通る全長約3キロのリヴォリ通りは自転車専用となり、バス、タクシー、配送車、緊急車両、地域住民の車しか走行できない

パリが自転車化を必要とした理由

国全体より、パリ市のほうが自転車利用に舵を切ったのが早く、かつ熱心に推進しているのだが、それには脱炭素、環境問題に加えて、いくつかの理由がある。

ひとつは交通事情。さすがに日本の通勤時間帯のラッシュほどではないものの、パリでも朝夕の通勤時間帯には地下鉄、道路ともにかなり混雑する。

まず、地下鉄に関しては網の目のように張りめぐらされていて便利ではあるものの、同じ駅でも路線が違うと駅間が遠い、階段が多く、バリアフリー化がほとんど進んでいないなどの問題もあって意外に時間がかかる。

日本と違ってしばしばストライキ(以下スト)も起きる。2019年12月5日にはマクロン政権が進める年金改革に反対してパリの地下鉄、バスなどを運行するパリ交通公団(RATP)、フランス国鉄(SNCF)などが13年ぶりという大規模なストを決行。このストは年末を挟んで翌年1月までと長期に続き、通勤・通学に大きな影響を与えた。

この時にはRATPがホームページなどでシェアリング自転車やキックボードその他の代替サービスの割引クーポン等を紹介、いつもより自転車やキックボードなどを使う人が目についたという。ストで運営事業者の都合で運行が不安定になる乗り物より、自分で動かせる乗り物のほうが自由度が高いことに気づいた人も多かったはずだ。

カバーするエリアも広く、便利ではあるが、パリの地下鉄は階段が多く、ほとんどエレベーターなどがないなどバリアフリーとは言いにくいカバーするエリアも広く、便利ではあるが、パリの地下鉄は階段が多く、ほとんどエレベーターなどがないなどバリアフリーとは言いにくい
カバーするエリアも広く、便利ではあるが、パリの地下鉄は階段が多く、ほとんどエレベーターなどがないなどバリアフリーとは言いにくい坂が多く、道の多いモンマルトル界隈での渋滞風景。珍しくクラクションべた押しの風景を見た
モンマルトル界隈では道路から自動車を締め出し、歩行者専用にするべく工事が進められている。写真はその告知モンマルトル界隈では道路から自動車を締め出し、歩行者専用にするべく工事が進められている。写真はその告知

次に車だが、そもそもパリは車の普及以前の時代に作られており、道幅が狭い、駐車場が少ないなど車中心の生活には向いていない。渋滞が起きることも多く、細い路地では車と人のすれ違いが危険でもある。

そうしたことからパリ市では自転車利用の推進に加えて車の乗り入れを禁止する道路、エリアを増やしてきており、2025年3月に行われた住民投票ではあらたに約500の通りが歩行者専用道路になることが決まった。路上の風景の変化はまだまだ続くのである。

カバーするエリアも広く、便利ではあるが、パリの地下鉄は階段が多く、ほとんどエレベーターなどがないなどバリアフリーとは言いにくい狭い路地に配送車、たくさんの観光客。互いに分かっているのでそれほど危険ではなかろうとは思うが……

坂、そして土砂降りが少ないコンパクトなパリのまちは自転車が最適

パリ自体のコンパクトさも自転車中心のまちづくりに寄与している。パリ20区の面積は105km2ほどで、これは東京23区の約6分の1。半径は約5km。ママチャリと言われる自転車の一般的なスピードを時速12~18kmとして考えると、30分もかからずに横断できる計算だ。

ちなみにツール・ド・フランスでは平坦な場所で時速40~45km、スプリントでは時速60kmにも及ぶスピードで競われているそうで、彼らが走ったら10分以内で横断できる計算になる。あっという間過ぎてレースにはならなさそうだが、パリ横断のタイムを競うレースがあったら面白そうだ。

そうしたコンパクトさを踏まえてパリのアンヌ・イダルゴ市長は2選目となる2020年の選挙で「15分都市」をまちづくりのコンセプトに掲げた。これは買い物、仕事や学校まで徒歩あるいは自転車で15分以内で行けるまちを目指すというもの。自動車を必要とせず、100%自転車あるいは徒歩で移動できるコンパクトなまちということで、この姿勢が自転車化の推進の大きな原動力になってもいる。

訪れたことのある人なら分かるだろうが、市内中心部の有名観光地は歩いていける距離内にあるものも多い訪れたことのある人なら分かるだろうが、市内中心部の有名観光地は歩いていける距離内にあるものも多い

幸い、パリはモンマルトルなどの一部を除けば地形は平坦で自転車移動がそれほど辛くはないことも自転車化にはプラス。東京の場合、中心部に自転車には厳しい急坂が多いことを考えると、パリほどの自転車化は難しいかもしれない。

日本、東京との違いで言えば雨の降り方、対処方法にも違いがある。パリには梅雨も台風もなく、土砂降りも長雨もそれほど多くない。雨が降った時の心配をしなくて良いのだ。加えて雨が降っても傘をさすという文化自体がないため、雨具を着て自転車を利用する人も多い。かつ湿度が低いので濡れてもすぐ乾く。気候風土が自転車向きなのだろう。

こうした諸条件に加え、自転車利用を大きく推進したものとしてはコロナ禍とオリンピックがある。前述の大規模ストはコロナ禍直前に行われており、公共交通利用の脆弱さを感じていたところに密を避ける必要が生じたことになる。気持ちが自転車に向いたのは自然な流れだったともいえよう。

また、オリンピックではどこの開催国でも開催を機に国内の重要課題にテコ入れをするものだが、パリでも地下鉄などの延伸に加えて自転車レーンの拡大が行われている。

訪れたことのある人なら分かるだろうが、市内中心部の有名観光地は歩いていける距離内にあるものも多いパリ中心部は一部を除き、おおむね平坦。こうした坂道はあまりない
訪れたことのある人なら分かるだろうが、市内中心部の有名観光地は歩いていける距離内にあるものも多い雨が降っていても傘をさしている人はごくわずか。自転車も普通に走っている

インフラ整備、自転車所有促進、教育の三本柱の施策

では、どのような施策が推進され、成果を挙げてきたのか。

国の計画は2018~2023年、2023~2027年と2度にわたっている。第1次計画では
・650億円以上を投じて2万8000kmの自転車レーンを整備
・盗難防止のために自転車登録を推進、安全な駐輪場を整備
・電動アシスト自転車購入に100億円以上の補助金
・企業に走行距離手当を作らせ、その分を免税
・幼児期からの自転車教育を実施
などとなっており、非常に幅広い内容である。

現在進行している第2次計画では購入資金助成を中古車、カーゴバイク(運搬用自転車)などにも拡大、教育面は続行、さらに2030年までに2400億円近くをかけて自転車道路網を倍増させるとしている。また、サイクルツーリズムを推進するともしており、自転車利用を経済活性化に繋げようという意図も明確になっている。

車道以外にも歩道の一部が自転車レーンになっているなどあちこちが自転車のためのスペースとなっている車道以外にも歩道の一部が自転車レーンになっているなどあちこちが自転車のためのスペースとなっている
車道以外にも歩道の一部が自転車レーンになっているなどあちこちが自転車のためのスペースとなっているかつては車のものだったセーヌ川沿いの道も今は人と自転車のもの。かつてはアクション映画でこの道を車が爆走していたものだ

このうちでも本気度が分かるのが自転車の購入支援。どの助成にもそれぞれ所得制限はあるが、電動アシスト自転車に最大400ユーロ(購入費の40%まで。1ユーロ162円換算で6万4800円。以下同)カーゴバイク、自転車用電動トレーラーなどには上限2,000ユーロ(32万4000円)が補助される。普通自転車でも150ユーロ(2万4300円)である。

さらに自動車からの移行を促進するため、2006年以前に製造されたガソリン車、または2011年以前に製造されたディーゼル車を廃車にして新品あるいは中古の電動アシスト自転車などを購入する場合、世帯収入に応じて購入した同一世帯の各人に最大3000ユーロ(48万6000円)を補助する。

所得制限があるとはいえ、3人家族が車を手放し、各々が電動アシスト自転車を購入した場合を想定するとかなりの額になる。一部の助成金を除いて、日本の各種助成と比較すると桁違いといってもいいほどだ。

車道以外にも歩道の一部が自転車レーンになっているなどあちこちが自転車のためのスペースとなっている子ども達への自転車教育も地道に続けられている。ちなみに子どものほうがヘルメット着用率が高いように見えた

パリでは自転車通勤、通学が主流に

パリ市の場合は2010~2014年、2015~2020年、2021~2026年と3度にわたって計画がたてられてきた。
自転車ネットワークと駐輪場の整備、自転車取得支援、子どもたちへの教育など国と重なる部分も多いが、それ以外にも走りやすくするための標識の改善、自転車運送の推進、自転車利用者への安全教育、取り締まり強化などがあげられている。あの手この手で自動車から自転車へという動きを推進しているのだ。

その結果、パリ市内では1300kmほどもの長大な自転車レーンが生まれ、さらにそれが市外にまで繋がっていることから自転車で通勤・通学をする人が増えた。

2024年4月に都市計画と環境を専門とするパリ地域研究所が出した「イル・ド・フランス地域住民の移動に関する地域調査」は自転車はこのエリアに住む人達の通勤、通学の主要な手段になっていると結論づけたほど。

同レポートによると自動車で通勤する人が33%であるのに対し、自転車利用は45%となっており、通学では67%にも及ぶという。2018年の時点では日常的な自転車利用が3%に満たなかった国だというのに、それから数年後の2024年には9%。急激な伸びである。

パリ市庁舎。市は自転車利用推進、歩行者道路整備のほか、緑化にも熱心に取り組んでおり、市庁舎前の広場も今、緑化工事が行われていて塀が建てられているパリ市庁舎。市は自転車利用推進、歩行者道路整備のほか、緑化にも熱心に取り組んでおり、市庁舎前の広場も今、緑化工事が行われていて塀が建てられている
パリ市庁舎。市は自転車利用推進、歩行者道路整備のほか、緑化にも熱心に取り組んでおり、市庁舎前の広場も今、緑化工事が行われていて塀が建てられている平日午前中はあちこちで通勤、通学で走っていると思われる人達を見る

それに伴い、市内の環境も改善されてきた。2025年4月14日のワシントンポストはパリを中心としたイル・ド・フランス地域の大気質を監視する団体・Airparifが2025年4月9日に発表したレポートを紹介。年々、パリの大気汚染が改善されてきたと伝えた。

記事冒頭に掲げられているのは二酸化窒素の平均濃度だが、一目見ただけで大きく変化していることが分かる。数値で見るとほぼ半減。近年日本でも話題になっている微小粒子状物質(PM2.5)の平均濃度も半減超している。大気汚染はそこに住む誰もが逃れられない健康リスクだが、パリは車を排除、自転車利用を推進することでより健康的に暮らせるまちになりつつあるわけだ。

イダルゴ市長のスローガンのひとつに「Paris Respire」、直訳すると「呼吸するパリ」という言葉があるが、これはパリの空気をきれいにするという意味。パリの空気は変わりつつあるのだ。

パリ市庁舎。市は自転車利用推進、歩行者道路整備のほか、緑化にも熱心に取り組んでおり、市庁舎前の広場も今、緑化工事が行われていて塀が建てられているワシントンポストが報じたパリの空気がきれいになったという記事(研究所の記事の英語版が表出できなかったため、こちらの記事で紹介)

自転車で走るパリは爽快、短時間で遠くまで行ける

それほど変化しているなら体験してみようとパリ在住のインテリアデザイナー・坂田夏水さんのお誘いでサンジェルマン・デ・プレからバスティーユの朝市までレンタル自転車を利用、買い物に出かけることにした。

「平日は通勤、通学で使う地元の人が多く、自動車レーンも混雑しているので観光客が体験するなら週末、祝日がお勧め」という言葉に従ったもので、それでもけっこうな人たちが利用。久しぶりに自転車に乗る身としてはこわごわの体験となった。

利用したのは公共レンタル自転車システム「Velib(ヴェリブ)」。市内では約300mごとにステーションがあり、24時間365日利用可能で使いやすい。利用は事前に登録、アプリ上のマップで使いたい車両を検索して利用期間を選択、ロックを解除するという流れ。1回利用券、1日券、3日券などがあるので自分が使いやすいチケットを選択すれば良い。詳細については多くの人が利用方法を書いているので、検索してみて欲しい。

大事なことは壊れていない自転車、電動自転車ならちゃんと充電されている自転車を借りること。自転車自体はたくさん並んでいても、サドル、ペダルがなかったり、パンクしているものもあるので事前チェックは必須だ。

週末にはあちこちで朝市が開かれ、新鮮で安い食品が手に入ると買出しに出かける人が多い週末にはあちこちで朝市が開かれ、新鮮で安い食品が手に入ると買出しに出かける人が多い
週末にはあちこちで朝市が開かれ、新鮮で安い食品が手に入ると買出しに出かける人が多い事前に入れたアプリから自転車を選択、利用する。並べられた中にはサドルがない自転車も(撮影/坂田夏水)

だが、借りられさえすれば問題はない。分かりやすい交通標識が随所に出ているのでそれに従いさえすれば良い。ただ、注意すべきは右左折の時には後続の自転車に手を挙げて曲がることを知らせる、前かごに無造作にモノを入れないこと。右左折で手を挙げるのは日本でも教えられた記憶があるが、現時点ではあまり見かけない。が、自転車の交通量が多いパリでは事故を避けるために重要だ。

さて、最初はこわごわだった自転車だが、乗ってみると快適そのもの。セーヌ川沿いを風を切って走る体験は忘れられないものになった。道路がきちんと整備されているとストレスなく安全に走れることを実感、これなら自転車で通勤・通学する気になると思った。

脱炭素、大気汚染その他日本の都市もパリ同様の問題を抱えている。地形や気候など障壁になりそうな点はあるものの、学ぶべき点もあるのではなかろうか。

■参照資料
2023年から2027年までの自転車利用促進計画(フランス)
https://www.ecologie.gouv.fr/sites/default/files/documents/23100_DP-Plan-velo-2023.pdf

2021~2026年の自転車利用促進計画(パリ市)
https://cdn.paris.fr/paris/2021/12/08/2fc9cb8ad6db58b6bfde3e6ccfc4c48c.pdf

イル・ド・フランス地域住民の移動に関する地域調査 パリ地域研究所
https://www-institutparisregion-fr.translate.goog/mobilite-et-transports/deplacements/enquete-regionale-sur-la-mobilite-des-franciliens/?_x_tr_sl=fr&_x_tr_tl=en&_x_tr_hl=en-US&_x_tr_pto=wapp

ワシントンポスト 2025年4月12日
https://www.washingtonpost.com/climate-solutions/2025/04/12/air-pollution-paris-health-cars/

週末にはあちこちで朝市が開かれ、新鮮で安い食品が手に入ると買出しに出かける人が多いどこを走るべきか、路上のピクトグラムが案内してくれる
週末にはあちこちで朝市が開かれ、新鮮で安い食品が手に入ると買出しに出かける人が多い自転車レーン以外では自動車が入れない通りも目に付いた。緊急車両など一部を除き、車、バイクなどは入れない