北陸新幹線の延伸で便利になった加賀温泉郷
筆者の近刊『イラストで読む 湯けむり建築五十三次』(青幻舎刊)の中から、知る人ぞ知る“湯けむり建築の聖地”をお教えする企画。
今回は石川県の加賀温泉郷だ。
ここは関西、関東のいずれからも、頑張れば日帰りで行ける温泉街だ。大阪駅からは特急と新幹線で約2時間半、東京からは新幹線で約3時間半。「加賀温泉郷」というのは、片山津温泉(かたやまづ)温泉、山代(やましろ)温泉、山中温泉の総称で、いずれもJR加賀温泉駅が最寄駅となる。ご存じのとおり、2024年春に北陸新幹線が敦賀まで延伸されたので、とても便利になった。
もちろん時間があれば、1泊してゆったり回りたいが、その日の朝に突如思い立って、ここで紹介した3件すべて入りに行くことも可能だと思われる(試してはいないが…)。
まずは、山代温泉の「古総湯(こそうゆ)」からリポートしよう。
① 温泉街の再生を担う復元木造風呂──山代温泉 古総湯
■山代温泉 古総湯
[所在地]石川県加賀市山代温泉18-128
[交通]JR加賀温泉駅から加賀周遊バス(キャン・バス)で「山代温泉総湯・古総湯」下車
[日帰り入浴]可
[公式サイト]https://yamashiro-spa.or.jp/spa/
[完成時期]2010年開業
[設計]文化財保存計画協会
[施工]シモアラ
[構造・階数]木造、地上2 階
[延べ面積]287.35m2
山代温泉は1300年の歴史を持つ北陸最大級の温泉街だ。しかしバブル崩壊後の落ち込みは激しく、旅館の廃業が相次いだ。建築家の内藤廣氏は、温泉街の中心部を再生する町ぐるみのプロジェクトに10年以上関わってきた。
長い議論の末に生まれたのが「古総湯」。老朽化した鉄筋コンクリート造の総湯を明治期の木造に戻したもの。総湯は江戸時代から町の中心にあり、「湯の曲輪(がわ)」と呼ばれる広場の周りにぐるりと旅館が立ち並んでいた。既存の総湯を、入浴しながら温泉の歴史や文化が楽しめる“体験型温泉博物館” に建て替えることが決定。同時に新たな共同浴場も建設することになった。内藤氏は新総湯の設計を担当した。
復元する古総湯の設計は、内藤氏が助言しつつ文化財保存計画協会が進め、2010年にオープンした。2階の休憩所や、浴室の床、壁の九谷焼のタイルも当時のまま復元された。
② 脇役の外観の中に意外な開放感──山代温泉 総湯
■山代温泉 総湯
[所在地]石川県加賀市山代温泉万松園通2-1
[交通]JR 加賀温泉駅から加賀周遊バス(キャン・バス)で「山代温泉総湯・古総湯」下車
[日帰り入浴]可
[公式サイト]https://yamashiro-spa.or.jp/spa/
[完成時期]2009年開業
[設計]内藤廣建築設計事務所
[施工]日樽工業
[構造・階数]鉄骨鉄筋コンクリート造・木造、地下1階・地上2階
[延べ面積]1186.69m2
上で紹介した「山代温泉 古総湯」と対になる形で生まれた新「総湯」。町づくりに長く関わってきた内藤廣氏が自ら設計した。
内藤氏は設計に当たって、「古総湯が主役、新総湯は脇役」というコンセプトを定めた。敷地は古総湯と向かい合う老舗旅館「旧吉野屋旅館」の跡地。歴史を感じさせる吉野屋の門を活用。かつての旅館の外観を踏襲しつつも、「湯の曲輪」に対して目立ちすぎることを抑えた。屋根の割り方や瓦の色などに気を使った。外壁は石川県産のスギ張りで、景観になじむように屋上のタンクも木材で囲った。
抑え過ぎとも思える外観とは一転、浴室には天窓と庭から自然光が入り、意外な開放感。床は地元産の石張り。壁面は九谷焼のタイルやヒノキの板張りと、ぜいたくな仕上げ。浴槽のお湯は加水なしの100%源泉。清潔感もあり、高級旅館気分を味わえる。
ちなみに内藤廣氏の建築が好きな人は、ここから徒歩10分ほどの「九谷焼窯跡展示館」(2002年)もぜひ訪れたい。国指定史跡である九谷磁器窯跡を保護・公開するための覆屋。一切の無駄を削ぎ落した鉄骨の覆屋は凛として美しい。
③ 美術館の名手による絵画的ビュー──加賀片山津温泉 総湯
■加賀片山津温泉 総湯
[所在地]石川県加賀市片山津温泉乙65-2
[交通]JR加賀温泉駅からバス(温泉片山津線)で「加賀片山津温泉街湯」下車徒歩1分
[日帰り入浴]可
[公式サイト]https://sou-yu.net/
[完成時期]2012年開業
[設計]谷口建築設計研究所
[施工]熊谷組・ダイド建設JV
[構造・階数]鉄筋コンクリート造・鉄骨造、地下2階・地上2階
[延べ面積]1079.69m2
片山津温泉は、江戸時代に柴山潟の湖底で湯源が発見された。明治期に埋め立て工事が行われ、ようやく人々が温泉入浴できるようになると、周辺は温泉街として発展した。
しかし1990年代半ばから宿泊客が減少。加賀市は温泉街の中心にある廃業旅館の跡地を整備し、新しい総湯(共同浴場)によって再生を目指すことになった。設計を託されたのは建築家の谷口吉生氏。ニューヨーク近代美術館(MoMA)の増築なども担当し、“美術館の名手”として世界的に評価される建築家だ。
ガラスを多用した透明感のある外観は温浴施設には見えない。しかし、考え抜かれた浴室のデザインには風呂好きも納得するだろう。柴山潟側の「潟の湯」と、後方の森に面した「森の湯」。どちらも、横長に切り取られた風景が絵画作品のようだ。洗い場の削ぎ落とされたデザインにも注目。
なお、谷口吉生氏は2024年12月16日、肺炎のため亡くなった。享年87歳。片山津温泉に行くならば、ぜひ温泉街に1泊して「潟の湯」と「森の湯」、それぞれの美学を満喫してほしい。
■『イラストで読む 湯けむり建築五十三次』(宮沢洋著、2530円、青幻舎から2024年11月8日に発刊)
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