住民が生み出した路上の風景を冊子に

「金沢民景」を手に山本さん。取材させていただいた場所は空き家を改装したもので、アートイベントなどにも使われている「金沢民景」を手に山本さん。取材させていただいた場所は空き家を改装したもので、アートイベントなどにも使われている

建築家として金沢市内にオフィスを構える山本周さんは神戸の出身。大学進学で金沢に縁ができ、大学院修了後、しばらく東京で働いた後、金沢に移住した。

「80年代以降の住宅しかない場所で育ったので金沢の古い建物が残る街並みに強く興味を持ち、大学時代はちょうどデジタルカメラが手に入りやすくなっていた時期でもあり、写真を撮ってはまとめて展示をするというような活動をしていました。その後、また金沢に暮らすことになり、あの頃の散歩は楽しかったなとまた歩き始め、次第に同じような趣味を持つ仲間が集まるようになりました」

その仲間の中に日本各地のミニコミを集めるのが趣味という人がおり、そこからじゃあ、自分たちでも作ってみようかということになり、最初に作ったのが2017年の第1号、門柱である。

その後、2024年1月発刊の21号「暗橋」(暗渠化されてしまった川に残された橋の跡。辞書には載っていない、暗渠マニアックスの髙山英男さん、吉村生さんが作った造語)まで出ており、地道に続けられてきた活動なのである。

テーマは路上でみかける、住民が作り出した風景。

「当初は兼六園の冬の風物詩として見かける『雪吊り』は住民が作った風景とは異なるものと意識していました。が、街中には本来庭師がやるものとは異なる、個人が自由に作っている雪吊りがあることに気づき、そうした住民が作った雪吊りで1冊作りました」

金沢周辺のホームセンターでは雪吊りキットが売られており、季節になると塩ビのパイプや竹を使った手作り雪吊りが見られるようになるのだとか。

「雪から我が家の鉢植え、庭木を守るために自作している人も多く、中には父がずっとやっていたから、お父さんが亡くなってからは息子さんが見よう見まねでやっているというお宅も。それぞれにドラマや面白さがありました」

「金沢民景」を手に山本さん。取材させていただいた場所は空き家を改装したもので、アートイベントなどにも使われている手作り雪吊りのトップ部分。塩ビの柱を利用している(山本さん提供写真)
「金沢民景」を手に山本さん。取材させていただいた場所は空き家を改装したもので、アートイベントなどにも使われている手作り雪吊り全景。我が家の植木への愛情が伝わってくる(山本さん提供写真)

金沢ならではの風景、私有橋にピロティ

メンバーは10人くらいのゆるい集まりで、最初はLINEグループだったが、今はこういう写真がたくさんあるから作りたいなどと手を挙げた人が作るという形に。そのため、テーマごとに違う人が作っている。それもあってテーマは多岐に渡る。

「金沢らしいものとしては私有橋があります。わたしたちは“しゆうばし”と呼んでいますが、正式な呼び方はしゆうきょう。ご存知のように金沢市内にはたくさんの用水が流れています。用水を渡る自宅の橋は自己負担で架けることになっており、保全条例で守られている用水についてはデザインの制約があります。それ以外の用水ではそれぞれ好きなように作っているようですが、不思議と隣り合うものは似ています」

我が家専用の橋と聞くとなんだか楽しそうだが、自己負担で架けなくてはいけないのは大変。保全用水及び景観形成区域に指定されているエリア内の私有橋については一定の基準を満たした場合に予算の範囲内で支援があるそうだが、それ以外の用水に架かる橋はすべて自己負担。

「自分で払わなくてはいけないことに不満を持っている人がいたり、駐車場にしたいという声を聞くことがあります。用水上に作れるのは駐車場1台分だけなのです。一方で土地を買うなら用水沿いにしたいという人や景観に誇りを持っている方もおり、見方は人それぞれです」

今回取材をさせていただくまで市内で見かける橋の多くが私有物とは知らなかった今回取材をさせていただくまで市内で見かける橋の多くが私有物とは知らなかった

金沢らしいという意味ではピロティも金沢特有の事情を抱えているという。ピロティとは壁がなく、柱だけで構成されている吹き抜けの空間を指し、建物の1階部分に駐車場や倉庫、庭などを配した構造を意味することもある。どこの土地でもあると思うかもしれないが、金沢には金沢ならではの事情から生まれたピロティがある。

「金沢ではモータリゼーションの時代に町家の1階を駐車場にした例が多いのです。1階が全部駐車場になっている例もありますが、上を見ると格子窓のついた瓦屋根の町家だったり。家を壊さず時代に適合させた結果なのです」

金沢市内、特に中心部は昔から建物が立て込んでいて駐車場を作る余地がなかったのだろうが、柱だけになってしまった建物の強度はどうなのだろう。取材の後、市内でピロティを見るたびにいちいち考えてしまった。

今回取材をさせていただくまで市内で見かける橋の多くが私有物とは知らなかった1階全部を駐車場にした家。確かにこうすれば複数台の車が駐車できる(山本さん提供写真)

金澤町家とは何か、まち歩きから考える多様性

ピロティ以外に他の街にもありそうだが実はこの地ならではなのが腰壁、タイル町家。

「金沢市では金澤町家は建築基準法以前のものと定義されています。ところが、街中には外壁にタイルが貼ってあったり、腰壁がタイルだったりと一見すると町家には見えない住宅が多数存在しています。一方でいかにも町家のように見えるけれど、実は新しいものもあって、見た目だけでは判断しにくい状況です。

タイル町家は70~80年代に店舗化された町家に多く、タイルあるいはサイディングを貼って洋風にしたもの。腰壁は除雪車が回るようになって以降、住宅を保護するためにタイルが貼られるようになったのだとか。タイル以外にもモルタルが塗られているものも同時期に登場しています」

金沢市はタイルやサイディングの外壁を除去し、木材造の格子の町家に戻すことを補助金の対象にしているのだが、それだけが本当に金沢の町家なのだろうかというのが山本さんの疑問。

木造の壁を覆って洋風の建物に見せている(山本さん提供写真)木造の壁を覆って洋風の建物に見せている(山本さん提供写真)

「そもそも、格子自体がずっと前からのものではなく、過去に遡ればすだれが使われていた時代もありました。町家に限らず、住宅は時代で変化してきたもの。特定の時代の様式に絞るのは不自然な気がしていて、現代も含めたそれぞれの時代に魅力があると思っています」

また、これは令和6年能登半島地震からの復興にも関わる問題でもある。というのは能登の民家と聞くと黒い瓦屋根を想起する人が多いが、瓦屋根が庶民の住宅で一般的になったのは昭和になってから。それ以前は板や茅葺だったという。

「それを知った上で、でも、その地域にとって瓦屋根が重要であれば、そこに戻すという考え方はとても良いと思います。すべてを震災前の姿に戻す必要はないわけで、何を残すか、評価するか、きちんと議論をすべきだろうと考えています。金沢民景では金沢にこんな時代もあったのだと振り返えられるよう、現在をありのままに記録していこうと考えています」

木造の壁を覆って洋風の建物に見せている(山本さん提供写真)街中の店舗には腰壁、タイル民家も目に付く

石臼、あまど石など古いまちならではの風景も

それ以外のお題もいくつか紹介しよう。

歴史のあるまちならではのテーマとしては石臼がある。その昔はそれぞれの家で米、麦、蕎麦などの穀粒を引くためには欠かせない道具だったが、米粉、小麦粉など粉類が販売されるようになり、やがてはそれを加工したパン、蕎麦、うどんも手軽に買えるようになったことから石臼は無用の品に。だが、長年世話になった道具だけに捨てるわけにはいかないと考える人もいるのだろう。

「町家が多い、古いまちで見かけることが多く、金沢でいえば東山など。植木鉢の台になっていたり、重石代わりに使われていたり、最近ではソーラーパネルの台になっていたりします」

家の中で使われていたものが玄関先に置かれていることはよくあるが、そこに石臼が混じるとはさすがに歴史のあるまちだけのことはある。

植栽を置く台にするという、比較的誰もが考えそうな使い方例(山本さん提供写真)植栽を置く台にするという、比較的誰もが考えそうな使い方例(山本さん提供写真)
植栽を置く台にするという、比較的誰もが考えそうな使い方例(山本さん提供写真)左右に分けて配置、一方に太陽光のパネルを載せてある(山本さん提供写真)

歴史とは関係ないかもしれないが、他の街では見た記憶がないものがあった。あまど石だ。そもそも、言葉自体を始めて聞いたのだが、これは山本さんによるネーミング。古い家で側溝と雨樋がずれている場合があり、そこを塩ビの雨樋を伸ばして雨水を処理しようとすると踏まれるなどで割れてしまうことがある。そこで雨樋の延長として専用の石を置いている例があるというのだ。

「汎用品があるわけではなく、石屋さんでその家専用のオリジナル商品として作ってもらうもので、中にはその代わりに瓦を置いている家もあります。今は雨樋から直接側溝に雨水を流せないようになっているので、絶滅危惧種のひとつ。これを見つけたらかなりラッキーかもしれません」

言われて目を皿のようにして街中を歩いたが、残念ながら石臼もあまど石も見つけることはできず。金沢を訪れる皆さんもぜひ、トライしていただきたいものである。

植栽を置く台にするという、比較的誰もが考えそうな使い方例(山本さん提供写真)これは他の土地にもあるものだろうか、とりあえず私は初見(山本さん提供写真)
植栽を置く台にするという、比較的誰もが考えそうな使い方例(山本さん提供写真)こちらはちょっと大きめ。場所に合わせて作られている(山本さん提供写真)

全国の街角に見られる信楽焼のたぬき、バーティカル屋根もテーマに

玄関先に置かれているものとして全国共通の品もある。信楽焼のたぬきだ。

「昭和天皇が1951(昭和26)年に信楽を行幸された際、たぬきの置物が旗を持って陛下を出迎える姿を見て歌を詠み、それで信楽のたぬきがブームになったそうです。

この号を作った後に信楽まで行き、たぬきを作り始めた窯元の三代目に話を聞いてきました。また、金沢東警察署には大きなものから小さなものまで何体かのたぬきが飾られてもおり、地域のシンボルになっています」

石臼やあまど石が全く見つけられなかったのに比べ、たぬきはそこここに立っており、あっという間に何枚もの写真が撮れた。金沢市内だけでなく、ある程度古いまち、店頭などであればよく見かけるので、意識してみると数の多さに驚かれるはずだ。ちなみにたぬきに関しては日本たぬき学会という集まりすらあるのだとか。最近では従来型の徳利を下げたたぬき以外にもバリエーションがあるので、そのあたりも意識すると街歩きがいっそう楽しくなるはずだ。

一番多く、容易に見つけられたのが狸。だが、よく見るとサイズ、表情、持っているもの、頭数が異なり、かなりのバリエーションがあることが分かる一番多く、容易に見つけられたのが狸。だが、よく見るとサイズ、表情、持っているもの、頭数が異なり、かなりのバリエーションがあることが分かる

もうひとつ、全国共通のものだが、山本さんに指摘されるまで気づかなかったのがバーティカル屋根。これは70年代に喫茶店、美容室などが建物の佇まいを洋風にしたい、目立つようにしたいと作ったもので、看板代わりになるほぼ垂直な、色瓦で作られた屋根。

「瓦以外にもスレートや金属瓦なども使われています。ただ、こうした屋根は今時は流行らず。好んで作る人はいなくなっています」

これと似たもので付け庇(どちらも山本さんのネーミング)もあるそうで、これはビルの1階に和食など和風の店が入った時などに後から付けられる庇のこと。屋根としては機能していないものの、屋根っぽく、瓦が和風をイメージさせる存在で、バーティクル屋根が減少している一方でまだまだ現役。無くなりそうにない。

テーマの背景を聞いているだけでも面白い金沢民景は2024年時点で21冊作られており、オンラインでの購入も可能。大人なら全巻セット(といっても6300円+送料)をぜひ。眺めてから金沢を歩くとがぜんまちが面白く見えてくること請け合いである。

金沢民景ウェブストア
https://minkei.thebase.in/

一番多く、容易に見つけられたのが狸。だが、よく見るとサイズ、表情、持っているもの、頭数が異なり、かなりのバリエーションがあることが分かる確かに新しい建物ではほぼ見ない、バーティカル屋根(山本さん提供写真)
一番多く、容易に見つけられたのが狸。だが、よく見るとサイズ、表情、持っているもの、頭数が異なり、かなりのバリエーションがあることが分かる今見ると新鮮だが、流行らないのかあ、残念だ

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