商業地としても住宅地としても人気があった千里中央の変化

2024年8月、阪急阪神不動産株式会社が千里中央地区の一体的な再開発について発表した。現在、駅前の一等地にある巨大商業施設が数年にわたって空きビル状態となっているだけに、発表は話題を呼んだ。

再開発エリアの中心にあり、地元の人々の多くが親しみを込め“センチュウ”と呼ぶ「千里中央」駅(豊中市新千里東町1丁目)が開業したのは1970年のこと。この年に開催された国際博覧会への来場者の輸送を目的として造られた北大阪急行線にできた駅だ。博覧会開催中の千里中央駅は現在地より東に設けられた仮駅で、そこから博覧会会場に向かう会場線が運行されていたが、博覧会の終了とともに仮駅と会場線は廃止され、同時に現在の駅舎が千里中央駅となった。以降50年以上にわたり北大阪急行線の始発・終着駅として利用されてきたが、2024年3月、北大阪急行線の箕面萱野駅までの延伸に伴い、途中駅へと役割を変えた。

博覧会に合わせてまちびらきした駅周辺には「千里阪急」、「大丸ピーコック」(のちに「千里大丸プラザ」、さらにのちには「オトカリテ」へとリニューアルし現在は閉業)、「千里サンタウン専門店街」(現 せんちゅうパル)、「千里阪急ホテル」などが開業。1972年には独特な外観と巨大さが目を見張る「千里セルシー」が開業し、一帯は商業地としても多くの買い物客らを引き寄せた。

しかし年月を経て建物の老朽化が進み、耐震性に問題を抱えていたところへ追い打ちをかける出来事が発生する。2018年6月の大阪北部地震で建物が影響を受け、千里セルシーは一部の店舗を除いて2019年5月に閉館したのだ(2022年に完全閉館)。それ以降、駅前という好立地にありながら、この巨大商業施設は空きビルのままだった。また、駅の反対側(西側)にあったオトカリテも2023年4月に閉店、2024年夏現在すでに建物も解体されたほか、北大阪急行線の延伸に伴い、これまで千里中央駅を発着していたバス路線が箕面萱野駅を中心とした路線に再編されるなど、さまざまな要因から千里中央駅周辺の空洞化が心配されていた。

そんな千里中央地区では、北大阪急行延伸による影響や変化を予測し、2016年から官民共同の千里中央地区活性化協議会によって再開発の検討が進められていたが、コロナ禍の影響などで停滞していた。しかし今回の阪急阪神不動産の発表によって、時間はかかったが、ようやく将来像を見ることができたのだ。ここからは具体的な再開発の内容を紹介する。

現在の北大阪急行「千里中央」駅と駅上商業施設のせんちゅうパル現在の北大阪急行「千里中央」駅と駅上商業施設のせんちゅうパル

千里セルシー、千里阪急ホテルはどうなる? 注目の駅東街区の再開発

阪急阪神不動産が発表した再開発プランは、大阪府・豊中市・地権者など民間企業らが官民で進める「千里中央地区活性化基本計画 改定版」(2024年8月発表)の中で、「駅東街区」と、「公園南街区」に区分けされるエリアで実施されるものだ。空きビル状態のセルシーの敷地を含むエリアだけに、今回発表されたプランが大きな注目を集めることになった。

「千里中央地区活性化基本計画 改定版」(以下、基本計画)では千里中央地区の再整備コンセプトを次のように挙げる。

・都市格に適した高質で賑わいの絶えないまちを実現
・多様な魅力に富む競争力ある一大商業核を形成
・地区課題の解決にとどまらない未来志向のより良いまちづくり
・回遊しやすい歩行者中心のまち、来街者や周辺居住者のサードプレイスを提供

こうしたなかで、注目の駅東街区はどう変わるのだろうか。

●一体的な整備で大街区化

基本計画で「駅東街区」とされる千里中央駅の東側エリアには、「千里阪急」「千里セルシー」がある。これら2つの敷地の間にはバス停もある道路が通るが、これを廃止。新しいバス・タクシー乗り場は道路上空を利用して造られる予定だ。これにより敷地が分断されず一体的に利用することができ、大街区化が可能となる。

駅東街区にできる商業施設としては、千里阪急が入居する延床面積10万m2級の大規模なものが検討されている。百貨店のほかに、物販、飲食、サービス、エンターテインメント施設が入る予定だ。

千里中央駅の東側の位置図と大街区化のイメージ千里中央駅の東側の位置図と大街区化のイメージ
千里中央駅の東側の位置図と大街区化のイメージ現在の千里阪急。三角形の外装材で構成された外観が特徴的

●千里阪急ホテル敷地周辺は賑わい広場へ。歩行者ネットワークも強化

基本計画で「公園南街区」とされるのは現在「千里阪急ホテル」があるエリアだ。千里阪急ホテルは2025年度末に営業終了を予定している。

駅東街区の「千里セルシー」の敷地と隣接することから、「セルシー広場を継承する賑わい広場の整備・運営」(阪急阪神不動産プレスリリースより)が検討されている。かつてセルシー広場で開催された多くのイベントを楽しんだ人にとっては、懐かしさと新しさにワクワク感を覚えた発表ではないだろうか。こうした「駅東街区」との連携はもちろん、ホテル敷地の北側に隣接する広大な公園「千里東町公園」との連携も進められる予定で、駅から千里東町公園までの歩行者ネットワークのバリアフリー化も計画されている。

基本計画ではさらに、交流機能や都心居住機能、千里阪急ホテル敷地と千里東町公園との間での広場空間の整備が盛り込まれている。いずれの街区も、現時点では具体的なプランや日程は未定だ。

千里中央駅の東側の位置図と大街区化のイメージ千里阪急百貨店と千里セルシーの敷地を一体化して大型商業施設に再整備する(阪急阪神不動産 プレスリリースより)

オトカリテ跡地など、駅の西側でも商業施設などを再構築

千里中央駅を挟んで西側、千里阪急やセルシーとは反対側のエリア「駅西街区」の再整備も基本計画に含まれている。

「駅西街区」は2023年に閉店した「オトカリテ」があった場所だ。敷地所有者であるイオンモール株式会社のプレスリリース(2024年8月)によれば、駅からの歩行者動線を考慮したつくり、屋内アトリウムなどの整備により回遊性を高めること、また商業機能を中心に、業務機能、宿泊機能、高度医療機能等を導入した複合施設の建設を検討している。さらに、防災空間も設けられる予定だが、具体的なプランや日程は現時点では未定だ。基本計画によれば、駅西側では、オトカリテ南側にある第一立体駐車場も一部施設の改修や道路整備が行われる。

千里中央駅西側開発イメージ(イオンモールプレスリリースより)千里中央駅西側開発イメージ(イオンモールプレスリリースより)

北摂の中心として“センチュウ”の明日に期待

開業時にはプールやボウリング場、サウナなどを備え、各種イベントが開催されてはにぎわいを見せ、新人歌手がイベントを開催する場としてもよく利用されたほか、人気番組の収録もあり広く関西全域にその名前が知られていた「千里セルシー」。そんなセルシーがあり、北摂エリアの消費やエンターテインメントの中心であった“センチュウ”は今、上記に紹介したように、その性格を変えようとしている。

現時点での発表では未確定の部分も多いが、近隣の公園との連携など、これまでに培われた北摂ブランドにふさわしいゆとりのあるまちづくりを目指しているように見える。広域から多くの人を吸引する商業地としてだけではなく、住宅地として、地域住民にとっての価値を高めようとしているのだろう。

1970年の博覧会開催を契機に発展した千里中央。空港や新幹線へのアクセスが容易で、道路の便利もよく、まちびらきから50年超を経てもなお、そのロケーション価値は高い。今、生まれ変わろうとしている“センチュウ”に期待する声は大きい。

閉館した千里セルシー閉館した千里セルシー
閉館した千里セルシー生まれ変わる千里中央

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