延伸計画の背景
茨城県の中ほどに位置するひたちなか市は、県都である水戸市に隣接している。
約60万人を有する水戸・勝田都市圏内では水戸市に続いて第2位となる約15万人が居住しているエリアだ。このエリアで旧勝田市と旧那珂湊市を結ぶローカル鉄道線としてひたちなか海浜鉄道湊線が運行されている。
湊線は、すでに地域住民や同市への観光で来訪する方々の重要な交通手段として役割を果たしている。しかしながら、茨城県内最大の観光スポットである「国営ひたち海浜公園」までのアクセス性が悪いのが課題となっている。
現在、このアクセスを改善する延伸計画が進んでおり、湊線を運行するひたちなか海浜鉄道株式会社では、2024年3月11日に国対し延伸にかかる工事施行の認可申請(鉄道事業法第8条第1項に基づくもので国土交通大臣の認可を受けるもの)を行ったことを発表した。
湊線の現状と延伸計画の概要
湊線は、ひたちなか市(約15万人)内の旧勝田市(約13万人)と沿岸部の旧那珂湊市(約2万人)を結ぶ非電化路線で年間約112万人(2022年度実績)が利用している。
元々は茨城県内で主に乗合バス事業を展開している茨城交通株式会社が運行していたが、同社の経営再建の過程で地元自治体であるひたちなか市が株式の50%以上を取得するかたちで2008年から第三セクター方式により運行(運行者:ひたちなか海浜鉄道株式会社)が開始された。
沿線沿いには、毎週末多くの観光客で賑わう「那珂湊おさかな市場」をはじめ、夏には海水浴客で賑わう「阿字ヶ浦海岸」、パワースポットとして人気を集めている「酒列磯前神社」など、多くの観光スポットが点在しており関東地方にお住まいの方であれば訪れたことがある人も多いのではないだろうか。
また、同線の趣のある駅舎や車両などもローカル鉄道ファンの人気を集めており、移動手段である鉄道自体が観光客を集める集客装置として機能している。
海浜鉄道の社長は公募により選ばれた吉田千秋氏だ。富山地方鉄道出身というローカル線の運営に精通し、これまでにも経営再建を担ってきた方だ。
このこともあり、吉田社長就任後、右肩上がりで輸送人員が増加し就任時から最新統計である2022年度までに年間40万人増を達成しており、コロナ禍前には単年度黒字を達成している。
近年では沿線における中高一貫校の開校や新型コロナウイルス感染症の影響が小さくなってきたことを受けて、2022年度では過去最多となる約112万人の輸送人員を記録している。
しかしながら、同社によると2022年度の輸送人員は中高一貫校の開校による利用を除くと輸送人員が最大となったコロナ禍の水準に戻っていないとしている。これに加え、近年の物価上昇や燃料費の高騰の影響を受けて輸送人員としては過去最多にも関わらず2022年度決算では約1億4万円の赤字となった。
とはいえ、回復基調にあり、同社によると2023年度上期の輸送人員では対前年度比3.3%、営業収益では対前年度比9%増となっていることが昨年11月に示された。
このような中、以前から湊線ではローカル鉄道としては珍しい延伸計画の検討が行われていた。本格的に動き出したのは交通政策の実行計画である「ひたちなか市地域公共交通計画(旧網形成計画)」が策定された2017年頃からで、その後、2021年1月には国土交通省から延伸にかかる事業計画の許可(鉄道事業法第3条第1項に基づく鉄道経営許可)を受けた。
当初計画では、阿字ヶ浦駅から国営ひたち海浜公園の西口・翼のゲート付近までの延伸距離3.1km、総事業費78億円、2024年春頃の開業を予定していた。
しかしながら、新型コロナウイルス感染症拡大の影響や物価上昇の影響等を受け工事施行認定(同社が3月11日に申請したもの)を延期している状態であった。この動きに変化があったのが昨年で、新型コロナウイルスが収束してきたことや、沿線の工業団地への大規模工場建設など周辺環境を取り巻く環境が良い方向に改善してきたからだ。
変更計画では、当初予定していた延伸計画を2段階方式とし、阿字ヶ浦駅から約600mの位置に予定していた新駅を国営ひたち海浜公園南口ゲート付近(阿字ヶ浦土地区画整理事業の北部)に変更し、当新駅までの約1.4kmを先行的に整備することとなっている。また、コスト縮減も行われており、一部で高架方式を盛土方式にするなどの検討が行われている。開業目標は2030年春頃としている。
一方、西口・翼のゲート付近に予定の新駅までの残り1.7kmの開業時期は現時点では未定としている。
ひたちなか市によると、現時点での全体の総事業費は、物価高騰の影響で計126億円とされ先行開業区間は59億円であることが示された。
延伸によるメリット
現在の湊線は、ひたちなか市の主要駅である勝田駅(一日平均乗車人員:約1万2,000人)から旧那珂湊市の中心地を経由して阿字ヶ浦までの約14.3kmを結んでいる。那珂湊地区は江戸時代には水戸藩の主要港として栄え、現在は市場をはじめとした観光施設などが集客装置として機能し多くの観光客で地域経済を潤している。
一方で、年間180万人(コロナ禍前は200万人超)が来訪する「国営ひたち海浜公園」へのアクセスは路線バス(繁忙期は勝田駅または阿字ヶ浦駅からのシャトルバス)または自家用車、ツアーバスに限定されるため、勝田駅からの大量輸送手段がないことから、特に繁忙期である春のネモフィラや秋のコキアが見頃時には公園周辺は大渋滞が起きている。また、以前は毎年ロックインジャパンが開催されており激しい渋滞が起きていた。
*2024年度はROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKAが開催予定
こうした都市づくり上の課題を踏まえると、ローカル線とはいえ、鉄道輸送は路線バスや自家用車に比べて大量輸送が可能となることから渋滞緩和による経済損失を回避できるため費用対便益が高い傾向となることが考えられる。
また、一般的には移動手段の多様化は来訪予定者の来訪機会を促すことにつながるため、さらに公園利用者が増える可能性も高い。
加えて、延伸計画上、最終的には映画館やショッピングモールなどの大規模集客施設が集積している公園西口へ接続するためさらなる利用者増が期待できる可能性が高い。
ちなみに、私の母はひたちなか市在住なのだが、週末の常態化している自家用車の交通渋滞や、いつ起きてもおかしくない交通事故を懸念して、週末の来訪を控えており、湊線の西口ゲートまでの延伸に期待を寄せている住民の一人だったりする。
延伸計画地周辺の状況等
先行開業する新駅周辺には利用者が多く見込まれる海浜公園の他、JX金属が新工場建設を進めている常陸那珂工業団地、宅地整備が進められている阿字ヶ浦土地区画整理事業がある。
なお、阿字ヶ浦土地区画整理事業地内では保留地・宅地の販売が順次行われているので、5年後の開業前に向けて移住や不動産投資を予定している方は市の公式ホームページやLIFULL HOME'Sのサイトをチェックすることをおすすめしたい。
延伸計画に対する課題等
一方で課題もある。
さまざまな視点によって課題が異なるが一つ目としては、物価高騰の影響を受けた大規模な投資額だ。全体投資として従来の78億円を超えて126億円となったことだ。当然、一部では大規模投資することへの是非を問う声が出ている。
確かに金額のみを見れば新たに投資することに疑問を抱く人もいるだろう。
こうした疑問を持つ傾向があるのは、日本の公共交通行政の歴史として運賃収入のみでは存続が難しい地方線に対しても赤字路線を黒字路線で補うことを前提した政策を展開してきたことの影響が大きい。結果的に、現代までの多くの赤字路線であるローカル線や路線バスが廃線となっている。
ところが過去に廃線となった地域では超高齢化により移動手段が無くなったことで、ローカル線の維持費よりも大きい額の税を投入して高齢者の移動手段を確保する自体に陥っているケースもある。
私自身、地方都市にて公共交通政策を担当したことで実感したことだが、自家用車を運転することが困難となり移動手段がなくなったことで孤立に陥る高齢者は確実に増えており、それに伴い新たな移動手段の確保に予算と職員を確保しなければならない実態となっている。
ローカル鉄道は福祉的側面(健康保険制度)としての役割が大きく、輸送人員が少ない理由のみで安易に廃止すると、従来の鉄道よりも手厚い税投資が必要となることがあるため、廃線の是非や利便性を損なうダイヤ改正などは、市全体を俯瞰した上で都市づくり上どのような影響があるのか適切に評価する必要がある。
二つ目の課題は、公園閑散期の利用客減少だ。下図をご覧いただきたい。公園を管理する国営常陸海浜公園事務所によると、海浜公園の繁忙期は春と秋であり突出して訪問者が多いことが分かる。
このため、閑散期の利用客確保や、通勤・通学者の確保、さらには鉄道収益以外の利益を伸ばしていく取り組みが必要となりそうだ。
ちなみに、通勤・通学者から選ばれるためには速達性が重要な指標となるため、選ばれるためには線路のスピードアップや輸送量の増加を図る高規格化等が求められる可能性がある。このため、観光輸送と通勤・通学輸送とのバランス感覚も求められそうだ。また、繁忙期の輸送量に耐える設備として勝田駅のホーム改良などが必要になることが想定される。
今後と将来性について
これまでは工事施行を延期している状態が続いていたため、3月11日に工事施行認可申請を行ったことが明らかになったことから先行区間1.7kmが開業する算段が高くなったといえる。
もちろん、昨今の経済情勢により軽微な計画変更はあるかもしれないが、国営ひたち海浜公園へのアクセス方法の選択肢として新たに鉄道が加えられることになることは地域経済への影響が大きいのではと思う。
すでに繁忙期においては阿字ヶ浦駅からシャトルが運行されているが、バスへの乗り継ぎの不便さで観光時の立ち寄り場所から除外している層は一定数いる。そうした方々を取り込むとが可能となるため海浜公園自体の来訪者も増える可能性が高い。
なお、過去の統計調査(下図参照)をみると、海浜公園への自家用車来訪者に対して湊線延伸後に湊線を利用するかという問いに対しては全体の21%が利用するもしくは利用を検討するとしており、こうした鉄道を想定している方に適切にアプローチすることで輸送人員を大きく伸ばすことができるかもしれない。
また、あまり知られていない事実として、海浜公園は、都市公園の都市計画決定面積は約350haに対して供用開始面積は約215.2ha(東京ディズニーランド4個分の広さ)であり、未供用部分が約135ha(樹林エリア等)残っている。
この未共用部分については、2021年度に開催された国の事業評価監視委員会において、2028年度の全面開園に向けて事業を進めることが明らかにされている。このため将来的に来園者が増える可能性が高い。
一般的に公共交通を利用した観光地での消費行動は、自家用車利用に場合に比べて滞在時間が長くなる傾向にあるため一人あたりの消費額も多いことが知られている。鉄道の輸送機能という本来の機能に着目すれば数十億円の投資やそれに伴い増加する維持管理費用に対して疑問を抱く人の気持ちは理解できる。
しかしながら、当該鉄道は、多くの観光客が来訪する施設への有効な輸送手段となる上に、鉄道自体が価値あるものとして評価を受けておりそれ自体が集客装置にもなっている珍しい事例だ。
私は、このことに加えて、今後、将来的なインフラの維持管理の観点から首都圏近傍の地方都市でもネットワーク型コンパクトシティを形成していかなければならないと考えている。その形成過程では、鉄道を基軸にできることは合理的なまちづくりが可能となるため、まちの大切なツールとしての期待されていくものと考えている。
なお、鉄道を基軸したネットワーク型コンパクトシティ形成の推進に資する事業については、都市全体を俯瞰した場合に将来的なインフラの維持コストを低減できるため国から手厚い補助金・交付金が用意がされていることから、今後のさらなる物価上昇前に開業を前倒しして取り組むのを選択肢としてあり得るのではと考えている。
昨年8月に開業した宇都宮ライトレールに続き、ローカル鉄道とまちづくりが連携した先進事例として成功することが期待されている。
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