1931年に誕生した“神都”の鉄道駅

「伊勢に行きたい 伊勢路が見たい せめて一生に一度でも」とは、江戸時代に全国に広まった伊勢音頭の一節。この唄で称えられた伊勢(現・三重県)の地には、2000年以上の歴史を持ち、日本人の総氏神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀る伊勢神宮(正式名称は神宮)がある。“お伊勢さん”と親しみを込めて呼ばれ、昔も今も多くの人が参拝している。

神宮は、天照大御神を御祭神とした内宮(ないくう)と、天照大御神の食事を司る豊受大御神(とようけのおおみかみ)を御祭神とする外宮(げくう)という2つのお宮と、14の別宮、43の摂社など125社からなる。

お伊勢参りは外宮から内宮へというのが習わしとされているが、その外宮入り口まで徒歩12分ほどのところにあるのが近畿日本鉄道(以下、近鉄)の宇治山田駅。

名前は、当時の宇治山田市に由来し、同市は神宮への参拝客を迎える“神都(しんと)”と呼ばれていた。そんな神都にふさわしい建物をと、1931(昭和6)年に完成した駅舎は、国の登録有形文化財となっている。

2001(平成13)年に国の登録有形文化財に登録された近鉄「宇治山田駅」。1930(昭和5)年に開催された「神都博覧会」の跡地に建てられた。ちなみに、同博覧会は前年に行われた神宮の第58回式年遷宮を記念したもの2001(平成13)年に国の登録有形文化財に登録された近鉄「宇治山田駅」。1930(昭和5)年に開催された「神都博覧会」の跡地に建てられた。ちなみに、同博覧会は前年に行われた神宮の第58回式年遷宮を記念したもの

参宮客の“足”として求められた鉄道整備

開業当時の宇治山田駅開業当時の宇治山田駅

「神都にふさわしい、威風堂々とした感じを出すため、間口の大きな建物となりました」と、宇治山田駅駅長の佐藤守彦さん。その建物の魅力をお伝えする前に、まずは駅が開業されるまでの経緯に触れておきたい。

「おかげ参り」といわれる集団での伊勢神宮参拝が流行した江戸時代は、もちろん徒歩がメインの交通手段だったわけだが、近代化で鉄道が全国で整備されていくうちに、多くの参拝客を迎える当地でも必要性が高まった。

そんななか、近鉄の前身である大阪電気軌道は、大阪から伊勢方面への延伸を進めることに。1927(昭和2)年に設立した関連会社・参宮急行電鉄により、1930(昭和5)年12月に大阪・上本町駅から山田駅(現・伊勢市駅)までが開通、翌年3月に山田ー宇治山田駅の運行がスタート。

伊勢参りの終着駅、また始発駅としてにぎわうようになった。当時は市内を走っていた路面電車に乗り継いで外宮や内宮へ向かったという。宇治山田駅から神宮へと延伸する計画もあったそうだが、実現には至らなかった。ホームの伊勢市駅側のトラスは、延伸計画がされていたことによりほかとは違う構造になっているので、ホームに降り立った際に見ていただくと、その歴史を感じることができるはずだ。

開業当時の宇治山田駅ホームの北端から伊勢市駅方面を見た様子。写真左側の架線柱の接続部分(縦の柱と横の柱をつないでいる部分)が八角形になっており、この左側に鉄柱を伸ばして線路を増設できるように考えられていた

また、伊勢市から南方の鳥羽市や志摩市を結ぶ鳥羽線が開業したのが1970(昭和45)年となるが、1961(昭和36)年から1994(平成6)年まで宇治山田駅の1番線ホームのすぐ隣に鳥羽・賢島方面へのバスが乗り入れていた。1番線ホームにはバスが向きを変える転車台が残されている。

開業当時の宇治山田駅1番線のすぐ隣にあったかつてのバス乗り場。写真中央奥が車道から続く坂道となっており、バスが直接乗り入れていた
開業当時の宇治山田駅バスの転車台。中に入ることはできないが、ホームから見学できる

近代建築家・久野節が設計を担当

右端の近鉄の文字看板ある塔屋部分に、かつて宇治山田市消防本部があった右端の近鉄の文字看板ある塔屋部分に、かつて宇治山田市消防本部があった

伊勢市駅前の活性化を目的に再整備・再開発されたこともあって、外宮参拝には宇治山田駅より伊勢市駅が選ばれることが多くなった。だが、今でも天皇陛下をはじめとする皇族や内閣総理大臣が神宮を訪れる際は、宇治山田駅が利用される。

そんな「神宮の玄関口」としての宇治山田駅の間口は、120メートル。カメラで撮影しようとしても全体を収めることは難しい大きさだ。3階がホーム、2階に改札口や職員のための部屋や関連会社などが入居、1階は切符販売の窓口や土産物店などがある。

また、建物南側には塔屋が備わる。この塔屋部分には、1949(昭和24)年から1968(昭和43)年まで宇治山田市の消防本部が入っていた。前項の開業当初の写真を見ていただくと分かるように、当時は駅周辺に高い建物がなく、市内を見渡せる“火の見やぐら”の役割となっていたそうだ。

設計を担当したのは、鉄道省で初代建築課長を務め、同じ1931(昭和6)年に開業した東京の浅草駅や、大阪の難波駅に併設された南海ビルディング(現・髙島屋大阪店)などを手がけた久野節(みさお)。浅草駅も南海ビルディングも、宇治山田駅と同様に登録有形文化財に指定されており、日本の誇るべき近代建築家の一人だ。

テラコッタタイルで全面装飾された外装に、茶色のスペイン瓦が使用された屋根が全体を引き締め、美しさが際立つ。遠くから眺める洗練された外観もすてきだが、近くで見ると外壁に施された細やかな紋様のすばらしさに目を奪われる。

右端の近鉄の文字看板ある塔屋部分に、かつて宇治山田市消防本部があった外壁の柱に施されたレリーフ
右端の近鉄の文字看板ある塔屋部分に、かつて宇治山田市消防本部があった出入り口の上部など、随所にヨーロッパの薫りを感じる細工が

人々が集うコンコースでも近代建築の趣を体感

1階コンコースを案内していただいた際、「ヨーロッパの建築風で、天井もものすごく高いんですよ」と佐藤駅長。2022年夏にストリートピアノとして寄贈された昭和46年製のYAMAHAグランドピアノが置かれており、その天井高の影響もあってか、取材時も演奏が美しく響いていた。

八角形の窓がコンコースにやさしく明るさをもたらし、ベンチが一体となった柱の上を見れば、柱と天井をつなぐ部分が飾り細工で彩られている。

華美すぎない美しさで参宮客や観光客など多くの人々を迎え入れてきた駅舎は、歴史をまとい、さらなる趣を醸し出しているようだ。

ちなみに、1993(平成5)年に外壁の清掃などが行われた大改修では、現代の電気仕様に沿ったものにするためにコンコースのシャンデリアが取り替えられたが、現在の丸みあるデザインも歴史ある駅舎によく似合っている。

八角形のデザインの明かり取り窓などが美しく映える1階コンコース八角形のデザインの明かり取り窓などが美しく映える1階コンコース

歴史的建築物の魅力を堪能しながら、伊勢のまちを楽しむ取り組みも

取材にお答えくださった宇治山田駅の佐藤守彦駅長取材にお答えくださった宇治山田駅の佐藤守彦駅長

歴史的建造物として魅力ある宇治山田駅。佐藤駅長は「伊勢は昔からおもてなしのまちでした」と語られた。そんなまちの玄関口としてつむいだ歴史が、これからも続いてほしいと願う。

神宮への参拝だけでなく、以前筆者が取材した江戸時代の町並みが残る伊勢川崎エリアなど、ちょっと足を延ばすと伊勢のまちの魅力に出合うことができる。

電車に乗ってきて宇治山田駅からその周辺を巡るという佐藤駅長おすすめのハイキング企画をはじめ、伊勢のまちなみを見てもらうような“おもてなし”の取り組みも進めている。

また、近鉄電車ではサイクルトレインを実施している。サイクルトレインとは、対象列車であれば自転車を解体したり専用袋を利用したりしなくても、そのまま車内に持ち込んで移動できるというもの。平日は、宇治山田駅の隣、五十鈴川駅から志摩市の賢島駅間、休日は宇治山田駅を含む松阪駅から賢島駅間のラッシュ時を除いた時間帯で運行。佐藤駅長によれば「伊勢地区は2次交通が弱いところ」でもあり、自転車があれば活動範囲が広がる。伊勢市内では、伊勢市観光協会がレンタサイクルの貸し出し(有料)を行うなどしているそうだ。

そういったものを活用して楽しみながら、ぜひ宇治山田駅駅舎の魅力にも触れてほしい。

取材協力:近畿日本鉄道株式会社
参考:近鉄100年ストーリー https://www.kintetsu.jp/kouhou/History/A10004.html
サイクルトレイン https://www.kintetsu.co.jp/cycle/cycletrain/

取材にお答えくださった宇治山田駅の佐藤守彦駅長サイクルトレインイメージ(写真提供:近畿日本鉄道)

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