「愛」が最も似合う建築家、W.M.ヴォーリズ
この連載のタイトルにある「愛の~」という形容詞が最も似合う建築家の1人が、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880~1964年)ではないか。
「駒井家住宅(駒井卓・静江記念館)」は、ヴォーリズ率いるヴォーリズ建築事務所の設計で1927年(昭和2年)、京都市左京区北白川に完成した。2002年に、土地と建物が公益財団法人日本ナショナルトラストに寄贈され、曜日を限定して一般公開されている。
2014年から2015年にかけてNHKが放送した連続テレビ小説(朝ドラ)『マッサン』では、ヒロインのエリーが育ったスコットランド・グラスゴーの住宅として使われた。確かに、庭側から見ると外国に来たかと錯覚する。ドラマではスコットランドの設定だったが、外観は、建設時にアメリカで流行していたスパニッシュ様式をベースにデザインされている。
ヴォーリズは戦前だけで500を超える住宅を設計した。どれが代表作と甲乙つけがたいが、ヴォーリズらしさを発見しやすい“非豪邸”の好例としてこの住宅を取り上げたい。
ヴォーリズは伝道のため来日し、アマチュア建築家に
ヴォーリズは1880年に米国で生まれた。青年時代は建築家を志し、大学では建築科に進むことを決めていたという。だが、全米各地のクリスチャン学生が集まる大会で海外宣教師の講演を聞き、宣教師として海外に渡ることを決意する。
1905年に来日。滋賀県の近江八幡で商業高校の英語教師の職に就き、課外活動として聖書を教えた。教職の傍らでの伝道活動が批判を受け、2年で退職。だが、めげない。京都基督教青年会館の新築時に現場監督を依頼され、憧れだった設計事務所を開く。そして、設計報酬を伝道の糧とするために事務所の活動を広げていく。
つまり、ヴォーリズは正式な建築教育を受けていない。実務の経験もない。スーパー・アマチュアなのだ。
「愛の~」とは程遠いスピード感だった住宅設計数
先ほど「ヴォーリズは戦前だけで500を超える住宅を設計した」と書いた。
このペースがどれだけすごいかというと、例えば駒井家住宅が完成した1927年(昭和2年)には、1年に18件が完成している。月に1.5件ペース。最も完成件数が多い1936年(昭和11年)には34件が完成している。月に約3件だ。
ヴォーリズは住宅以外も設計しており、1936年には学校や教会などの非住宅も含めると完成数は88件。4日に1件だ。1日は施主と打ち合わせをし、1日はスケッチを描いて、1日はスタッフの図面をチェックし、1日は竣工式に出る…という感じだろうか。
「愛の~」とは程遠いスピード感の中で、どうやって施主の信頼を勝ち得ていたのか。
ヴォーリズが設計した住宅には、「頼みたい」と思わせる「隠し味」があった
ヴォーリズが設計した住宅には、教職者やキリスト教関係者などインテリ層の住まいが多い。この駒井家住宅は、敷地面積こそ約270坪と広いが、主棟の建坪は約30坪。どこにでもありそうな規模の建物だ。施主の駒井卓博士は、京都大学の遺伝学研究の権威。とはいえ、給与は大企業の経営者ほどではなかったろう。
だから驚くような高価な材料は使われていない。それでも駒井博士に自宅を案内された同僚たちは、「自分もヴォーリズに頼みたい」と思ったに違いない。
まず、間取りに無理がない。建物は木造2階建てで、南北に細長く、1階に玄関ホールと台所などの水回り、食堂(屋外テラス付き)、サンルーム、居間、和室。2階に2つの寝室とサンルーム、書斎。今でも暮らしやすそうな普通の間取りだ。
「頼みたい」と思わせるのは、いろいろな「隠し味」に気づくからだ。1つ目は屋外とのつながりをつくる工夫。例えば、1階居間の出窓。下部にソファが造り付けで設置されており、ここに座ると3方向が屋外の緑に包まれているように感じる。
「駒井家住宅(駒井卓・静江記念館)」の階段室を夕日色に染める色ガラス
2つ目は収納。この家には「収納探し」がしたくなるほど、デッドスペースの収納があちこちにある。2階の天井裏収納システム(ハンドルを回すと階段が現れる)には驚いた。
3つ目は夫人への配慮。例えば、階段の傾斜がこの時代にしてはゆったりしている。そして、洋風住宅なのに玄関の脇に畳敷きの和室がある。いずれも、着物で生活する夫人のための配慮と考えられる。
4つ目は「記憶に残るパーツ」。超高価な素材はないが、要所に見慣れない素材を使う。この住宅で特に印象的なのは、階段室の色ガラス。昼どきでも階段室を夕日色に染める。
こうした「ひと振りの隠し味」がヴォーリズの量産体制を支えていたことは間違いない。
■概要データ
駒井家住宅(駒井卓・静江記念館)
所在地:京都府京都市 左京区北白川伊織町64
設計:ヴォーリズ建築事務所
階数:地上2階建て
構造:木造
建築面積:154.4m2
竣工:1927年(昭和2年)
■参考文献
『ヴォーリズの西洋館―日本近代住宅の先駆 』(山形政昭著、淡交社、2002年)
公益財団法人日本ナショナルトラストのWEBサイト
http://www.national-trust.or.jp/protection/index.php?c=protection_view&pk=1490651710
公開日:









