生誕125年を迎えたアルヴァ・アアルトのドキュメンタリー
フィンランド出身の世界的な建築家&デザイナーであるアルヴァ・アアルト(1898~1976年)の人生と作品を追ったドキュメンタリー映画『アアルト』が10月13日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国で順次公開される。
本国では2020年に公開され、フィンランドのアカデミー賞といわれるユッシ賞で音楽賞と編集賞を受賞。以後、世界各地の映画祭を巡りながら、アルヴァの生誕125年という記念すべき年である2023年に日本で公開を迎えることになった。
本作の見どころと、幼いころにアアルトが設計したロヴァニエミの図書館に足繁く通い、その空間のとりこになったというヴィルピ・スータリ監督の来日記者会見でのコメントを紹介する。
“人に寄り添うデザイン”で愛される、偉大な建築家の足跡
アルヴァ・アアルトの作品というと、何を思い浮かべるだろうか。モダニズム建築の名作といわれるパイミオのサナトリウム(結核療養所)、首都ヘルシンキにある自邸、あるいは「スツール60」などの家具。生涯で200を超える設計をしたという建物は残念ながら日本にはないが、世界中で親しまれている家具を愛用されている方はいるだろう。当サイトで筆者は日本のみで発売された名作家具のガチャの取材記事を担当したとき、その再現性の高さとともに、オリジナル製品の美しさにあらためて魅了された。
本作では、代表的な建築物と家具が、その誕生秘話などを交えながら映し出されていく。建築家でハーバード大学の講師でもあるデイヴィット・N・フィクスラーは、20世紀モダニズムの巨匠と評しつつ、「その立ち位置は独特で、社会、心理、環境的な視点から最良の建物を目指した」と語っている。アルヴァは、住む者、あるいは利用する者のことを考え、光を取り込むなど自然との調和を図り、人と環境に優しく寄り添うデザインを手がけてきたのだ。
豊かな自然の中にたたずむマイレア邸(1939年)、資材や設備など建築のための工夫を試したムーラッツァロの実験住宅(1954年)、家具や調度品に至るまでアルヴァがデザインしたフランスのルイ・カレ邸(1959年)など、初期から晩年の作品まで、フィンランド国内や欧州、アメリカにある素晴らしいデザインが映像として次々に現れるのは、建築ファンとしては眼福のひと言だ。建物内をゆっくり歩いているかのようでもあり、その場で視線を動かしているようでもあり、時に上空から捉え、見るべきポイントに自然と視線を誘ってくれる流れるようなカメラワークもいい。
フィクスラーのほかにも、建築史家のニーナ・ストリッツラー=レヴァイン、アルヴァの友人であり美術史家のカローラ・ギーディオン=ヴェルカーらがナレーターとして、その見識とリアルな言葉でアルヴァとその妻の人となりや仕事を浮き彫りにする。アルヴァの人生と仕事には、“妻”の存在が欠かせないのである。
公私のパートナーであった妻アイノの存在
この作品でスータリ監督は、アルヴァの人生と仕事に欠かせない最初の妻・アイノに大きく焦点を当てた。
アルヴァより3歳上のアイノは、アルヴァと同じヘルシンキ工科大学(現アアルト大学)で建築を学んだ。1923年にアルヴァが建築事務所を設立すると、翌年からそこで働き始め、結婚。そして1935年に二人がデザインする家具や照明器具、テキスタイルを販売する「アルテック」を仲間と共に創業した。アアルト夫妻は1920年代後半から家具や照明器具などのデザインを始めており、アルヴァは3本足のイス「スツール60」や1933年に完成したパイミオのサナトリウムのために開発した家具「41アームチェア パイミオ」が注目され、アイノも1932年に発表した名前を冠したグラス「ボルゲブリック/アイノ・アアルト グラス」で広く知られるようになっていた。
アイノはアルテックで数百点ものデザインをしているという。愛情や才能でアルヴァを支え、料理人と子守を雇いながら子どもたちのケアをしつつ、仕事を続けた。彼女が生きた時代を考えれば、とても先進的な女性といえるだろう。
そんなアイノについて前述のナレーションで語られるほかに、より人物像を立体的にするのがアルヴァとの私信だ。映画はアルヴァが設計図を書く手元を映し出しながら、そのバックで「愛するアイノ」から始まる手紙を、アルヴァ役の俳優が読み上げるシーンから始まる。彼らの孫から提供されたという貴重な手紙の数々は、互いを慈しむ愛の言葉にあふれ、心を癒やすジョークや本音があり、一方でどこか苦しみもチラリと感じさせ、そして仕事に関するクリエイティブなやりとりがある。
それらの言葉が盛り込まれながら映し出される作品群を見ると、アアルト夫妻の息遣いが聞こえてくるようでいて、一つ一つの作品に命が吹き込まれているのだと感じる。アイノが1949年に病で亡くなるまで、お互いが尊重し合い、いくつもの作品を生み出したのだ。
映画は、アルヴァのその後も追う。アイノを失い悲しみに沈んでいたが、母校のヘルシンキ工科大学 オタニエミ・キャンパスなどのコンペを勝ち取り、仕事に邁進。そこには、1950年にアアルト事務所に入所した、24歳下のエリッサの存在も。アルヴァの作風をよくつかんでいたというエリッサは建築家として力になりつつ、1952年に再婚し、後年の公私にわたるパートナーとなった。
貴重な肉声での信念も聞ける
作中では、ラジオ出演時などのアルヴァの肉声も聞ける。そのなかで「松や白樺と同様、人間も自然の一部だ。人間を巨人や妖精にはできない。自然のサイズに従うべきだ」と、建築家としての信念を語っている。また、「今、身の回りにあるものの90%は機能主義が生んだ粗悪品だ」という大胆な発言も、デザインする側としての矜持があるからだろう。
アイノや子どもたちとのプライベートな時間を撮った8ミリフィルムや写真での笑顔に人生の優しく、深い愛のひと時を感じ、設計する姿やインタビューの言葉に仕事への取り組みを知る。晩年の苦悩まで、建築家・デザイナーとしての人生をつぶさに写し取り、男社会だといわれていた建築界で奮闘した2人の妻の存在も丁寧に描く。暮らしや自然、社会との調和という、現代でも愛され続けるデザインへとつながる、“アアルト”の源泉が垣間見える。
建築界やインテリア界に多大な功績を残した人物を追いつつ、人間ドラマとしても見応えのある作品になっている。
ヴィルピ・スータリ監督「アアルトの複雑な人間性という観点から映画を作りたかった」
映画公開にあたり、PRのため来日したスータリ監督。小さなころの経験もあり、ずっとアルヴァ・アアルトの映画を作りたかったそうだ。「アアルトの建築物は、非常に人間的です。建築物というのは、人間として何が必要なのかということを考えていかなければなりません。ただ、私は建築家ではありませんので、アカデミックな映画を作りたくはありませんでした。アアルトの複雑な人間性という観点から作りたかったのです」とのこと。そのスタイルは「プロフェッショナルとパーソナルな対話という形で織り込んでいきたかった」と話す。それが、アルヴァとアイノの関係性も取り込むことに。2人のことはフィンランド国民も詳しくは知らない物語があったという。
スータリ監督は、特に関心を寄せたアイノについて、「100年前にこのような女性がいたことは素晴らしいこと。とてもモダンで、戦争がおきていた間も建築家であり、妻であり、2人の子どもの母親であり、大工でもありました。そしてアルテックのアーティスティックディレクターで、のちにCEOになったのです」と魅力を明かした。そして「アルヴァはチャーミングな性格で、周囲を魅了していました。一方、アイノはおとなしく、静かでしたが、とてもすばらしい美的感覚を持っていました。アルヴァはアイノの意見と、落ち着いた性格を必要としたのです」と、アルヴァにとって必要不可欠な存在だったと語った。今回、入手できた手紙では、そんな2人のことを深く知るだけでなく、2人が過ごした若き日々である「1920年代、1930年代も反映している」ことも興味深い点だ。ちなみに、劇中でも紹介される、アアルト夫妻の友人でインスピレーションの源にもなったというハンガリー出身の彫刻家・画家・デザイナー・写真家のモホイ=ナジ・ラースローが、実はアイノに恋心を抱き、美しい手紙を残していたという秘話も教えてくれた。
本作は、7ヶ国で撮影し、先に紹介したナレーターたちによる7つの言語が使われている。「通常のカメラだけでなく、ドローンも使って、建築物の違う面、違う形状を撮影しました。この映画はいろいろな意味で美的であり、シネマティックであります。そして、もう1つの特徴として、ナレーションの人の顔は映しておらず、ただ声だけです。語り手の顔を映さないことで、流れるような、生き生きとした映画の雰囲気を作りたかった」とのこと。「歴史的な映画を撮るとなると、埃っぽいつまらなさが出てくることがありますが、それをなくし、シネマティックな作品」を目指したという。
歴史的な人物を対象とすることで、監督いわく「古い時代のほこりをとっていかなくてはいけない」と、編集と音響効果に力を入れる挑戦をしたというが、それが大きな賞に結びついた。
最後に、好きなアアルト建築について質問を受けると、「子どものころにひんぱんに通った図書館もですが、映画にも出てきたマイレア邸です」と監督。「一部が一般公開されていますが、私は滞在することができました。ピカソの絵がある部屋を寝室として利用したのですが、興奮して眠ることができませんでした(笑)。ここでは、たくさんのアアルトの側面を知ることができました。日本庭園風のガーデンもありましたし、リビングルームは使われている木材の印象からまるで森のようでした。草の屋根のサウナにも許可を得て入ることができました」と思い出を振り返った。
「アアルトの典型的な建築物の構造として、外にいると家の中にいるような、家の中にいると外にいるような、そうした特徴があります」と監督が言うように、映画ではすばらしい建物を旅するように見せてくれる。実際に見に行きたくてウズウズしてきた筆者に同意してくださる方もきっと多いことだろう。
■『アアルト』https://aaltofilm.com/
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※トップ画像のクレジット:(C)Aalto Family











