よくある越境問題が改正に
不動産の身近な問題として、「お隣さんとの関係」がある。例えば、自分の土地の測量を行うときに隣地に入ってよいのか、ガス管を隣地の下を通して引き込めるのか、伸びてきた木の枝を勝手に切ってよいのかといった問題だ。これらの「お隣さんとの関係」のことを、民法では相隣関係と呼んでいる。相隣関係は身近な問題であり、実は隣りから伸びてきた木の枝の切除に関しても、従来から民法に定められていた。
枝の切除も含む相隣関係に関しては、民法が改正され2023年4月1日より新しいルールがスタートしている。
改正の背景
民法の相隣関係の規定が改正された背景としては、本サイトでも紹介しているが、所有者不明土地の増加がある。
所有者不明土地対策の現状は? 全体像や特別措置法を解説
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所有者不明土地とは、「不動産登記簿等の所有者台帳により、所有者が直ちに判明しない、または判明しても所有者に連絡が付かない土地」のことである。2016年度(平成28年度)に行われた地籍調査では、所有者不明土地は全国で九州本島(約367万ha)をも超える約410万haにも及ぶとされている。
全国で所有者不明土地が増えており、お隣さんが所有者不明土地となっていることもあり得る。以前の民法の規定は所有者不明土地の存在を想定していなかったため、時代に合わなくなってきた。
そこで、今回は所有者不明土地が増えているという時代背景に合わせて、相隣関係の規定を改正する運びとなったのだ。ただし、相隣関係の問題は隣地の所有者が不明であろうがなかろうが発生する。実際問題として、木の枝が伸びてくるようなケースは隣に人が住んでおり、隣地所有者は判明しているケースが多いと思われる。民法の相隣関係の規定は隣地所有者が判明しているケースでも使えるようになっており、隣地所有者が不明か否かにかかわらず新しい民法に基づいて対処することが適切である。
改正前の民法の規定
民法の改正内容を知るために、まず改正前の民法の規定を紹介したい。ここでは2023年3月31日以前の民法を「改正前民法」、2023年4月1日以後の民法を「改正民法」と表現する。改正前民法の相隣関係の「竹木の枝の切除及び根の切取り」に関しては、民法第233条に規定されている。
改正前民法の規定は以下の通りである。
【改正前民法233条】
1.隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
2.隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることができる。
まず、以前より1項の規定により隣地から伸びてきた枝は、隣地所有者に切らせることができるという規定があった。お隣さんがいれば、お隣さんに「切って欲しい」というのは以前から法律で認められていた正当な権利だったのだ。
次に不思議なのが、2項の規定である。根に関しては、自分で切ることができると規定されている。「枝」はお隣さんに切ってもらわないと切れないが、「根」なら勝手に切れるのだ。
法律の制定当時の考え方としては、枝の切除は竹木に影響を与えるため、枝は竹木の所有者の利益に配慮していたという発想があったらしい。しかしながら、根も切ったら竹木に影響を与えるため、近年はこの規定には合理性があるのかと疑問視する声が多くを占めていた。
改正前民法では、仮にお隣さんが枝を切ってくれない場合、裁判を提起する必要があった。根なら裁判をしなくても勝手に切れるのに、枝は裁判をしないと切れないという点もバランスを欠いているという批判があった。
また、改正前民法では所有者不明土地のケースが想定されていない。改正前民法は隣地所有者に切らせることはできたが、そもそも隣地所有者が不明であれば切ることを依頼できない。所有者不明土地は、裁判をする相手も分からないということであるため、裁判もできない。つまり、改正前民法では隣地が所有者不明土地の場合には、枝をどうにも切除できなかったという問題を有していた。
改正後の民法の規定
改正民法も「竹木の枝の切除及び根の切取り」は、民法第233条に規定されている。
改正民法の規定は以下の通りだ。
【改正民法233条】
1.土地の所有者は、隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
2.前項の場合において竹木が数人の共有に属するときは、各共有者は、その枝を切り取ることができる。
3.第1項の場合において、次に掲げるときは、土地の所有者は、その枝を切り取ることができる。
一 竹木の所有者に切除するよう催告したにもかかわらず、竹木の所有者が相当の期間内に切除しないとき。
二 竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき。
三 急迫の事情があるとき。
4.隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることができる。
まず、大きな構成としては改正前民法と共通部分がある。改正民法でも枝は隣地所有者に切ってもらう必要があるのに対し、根は勝手に切れるというルールは改正前と変わらない。
ただし、枝の切除に関しては大きく前進しており、3項の規定によって一定の場合には裁判を起こさなくても自分で切れるようになっている。また、2項では、竹木が数人の共有に属するときの規定が追加されており、共有者なら単独で枝が切れることが明文化された。わざわざ共有の扱いが規定されたのは、民法には以下のような規定があるからである。
・共有物の変更行為は共有者全員の同意が必要
変更行為とは、物理的損傷や改変、売却等の処分行為を指す。
・共有物の管理行為は持分価格の過半数の同意が必要
管理行為とは、共有物の利用・改良する行為を指す。
・共有物の保存行為は共有者の単独で行うことができる
保存行為とは、現状を維持する行為を指す。
ここで、枝の切除は果たして変更行為なのか、または管理行為なのか、もしくは保存行為なのか不明確となっていた。枝の切除は物理的損傷ともいえるため、仮に変更行為だとすれば共有者全員の同意を得てもらわないと切れないという問題も存在した。
しかしながら、改正民法では枝の切除は共有者が1人でできると明確化されたため、切除してもらえる可能性が飛躍的に上がったといえる。
枝を切っても問題ないケース
改正民法第233条3項では、自分でも隣の木の枝を切ってもよいケースとして、以下の3つを挙げている。
【第233条3項】
・竹木の所有者に切除するよう催告したにもかかわらず、竹木の所有者が相当の期間内に切除しないとき。
・竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき。
・急迫の事情があるとき。
1つ目は、頼んだのに切ってくれないケースだ。
催告したにもかかわらず、相当の期間内に切ってくれない場合には、自分で切ることができるとしている。
ここでいう「相当の期間」とは、2週間程度と考えられている。つまり、催告して2週間たっても切ってくれない場合には、自分で切ってよいということになる。
2つ目は、隣地が所有者不明土地であるケースだ。
隣地が所有者不明土地の場合は、自分で枝が切れるとしている。
3つ目は、急迫の事情があるときのケースだ、
急迫の事情があるときとは、例えば台風で枝が折れてすぐに切除しないと被害が出る危険があるといった状況が想定されている。
ただし、自分で切ってもよいケースで、隣地に入らなければうまく切れない状況も考えられる。そこで改正民法では、自分で枝を切るケースにおいて隣地の使用を認める新たな規定を設けている。
民法における「隣地の使用」
「隣地の使用」は改正民法の第209条1項に以下のように記載されている。
【改正民法209条1項】
土地の所有者は、次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる。ただし、住家については、その居住者の承諾がなければ、立ち入ることはできない。
一 (略)
二 (略)
三 第233条第3項の規定による枝の切取り
1項3号の「第233条第3項の規定による枝の切取り」という部分が先ほど紹介した自分で切ってもよいケースとなる。
隣地が「更地」や「所有者不明土地」であれば、隣地に勝手に入って越境した枝を切ってよいことになっている。
ただし、隣地に人が住んでいる場合には、その居住者の承諾がなければ立ち入ることはできないとしている。なお、改正民法はスタートしたばかりであり、判例もないことから判断が分かれる部分がある。例えば、隣地が空き家の場合、勝手に入ってよいかどうかは明確にはなっていない。判断がまだ固まっていない部分があるため、隣地の枝を切る場合には自治体が行っている弁護士の無料相談会等を利用し、事前に弁護士に相談することをおすすめする。
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