「まずは建物の省エネを徹底する」がベースの町
世界的なスノーリゾート地として知られる北海道ニセコ町が今、先進的な「環境のまち」としても注目されている。二酸化炭素(CO2)排出量を2050年までに86%削減することを全国に先駆けて表明し、さらにはゼロカーボンの達成を目指す。そんなニセコ町では、国内最高水準の断熱性能を持つ街区の開発やアパートの建設が進んでいる。
それらのベースになっているのは、「創エネの前に省エネ」「まずは建物の省エネを徹底する」という哲学。そしてその象徴が、まちの顔である役場庁舎だ。全国の行政庁舎で、トップクラスの省エネ性能を誇るという。
実現の裏には町としての思いに加えて、伴走するスペシャリストの存在があった。ドイツの持続可能なまちづくりを日本に普及させようと活動する「一般社団法人クラブヴォーバン(CV)」が間に入り、町民の声を吸い上げながら、建物の躯体性能を高めることでCO2排出量を減らすというアクションプランを策定した。
基本設計を練っている時点では、再生可能エネルギーなどを生み出す設備に投資する計画だったが、ライフサイクルコストを考え、断熱性能の向上にシフトした。
ニセコ町内で集合住宅の建設に携わる住宅メーカー、株式会社WELLNEST HOME(ウェルネストホーム、本社・愛知県名古屋市)が2023年3月、ニセコ町への視察イベントを開催した。そこから浮かび上がった、ニセコ町の未来やポテンシャルを紹介する。
多雪地帯ならではの対策と、採光と風通しを考えたレイアウト
役場庁舎を巡る議論は、2011年の東日本大震災をきっかけに始まった。建設から50年以上が経過した旧庁舎は耐震性に問題があると判明したため、防災機能を強化し、歩いて暮らせるまちの拠点として新築移転が検討されることになった。
2021年3月に竣工した新庁舎は高い耐震性能があるRC造で、地下1階、地上3階建て。延べ床面積は約3,300m2。外観上の最大の特徴は、1階屋根の積雪と2階の窓の干渉を避けるために中央が盛り上がった「凸型」の断面形状だ。
日本有数の多雪地帯にあるため、屋根の雪がせり出す「雪庇(せっぴ)」対策が必須。2階と3階部分をセットバックさせて1階部分より小さくした。これにより、3階の屋根の雪を1階の屋根で受け止め、歩行者に危害が及ばないようにした。
新庁舎に一歩足を踏み入れると、暖房器具で強力に加温しているのとは違った、包み込まれるような暖かさを感じた。ガスを燃料として発電と暖房利用などができるコージェネレーションシステムを採用しているが、プラス1桁の外気温でも窓下のパネルヒーターからは微かな熱しか感じられなかった。
内装には町の木であるシラカバがふんだんにあしらわれ、木の温もりと、大型の窓から外の光がたっぷり差し込む明るさが印象的だった。外部に接するサッシにはシラカバ材を使い、アルゴンガスを入れた高性能トリプルガラス仕様。消費エネルギー量を抑えるため採光にも配慮し、高い位置に窓を置いたほか、夏場は風が抜けやすいレイアウトにした。
町民窓口は1階に集約され、見通しがよく開放感のある空間だ。2階には町長室や災害対策室などが入り、3階は議会やイベントに使われる「町民ホール」やフリースペースがあった。
町民ホールは議会が開催されていない時は多目的に使われ、演奏会にも活用できるように音響面での工夫がなされている。フリースペースは長さ40mにもなるパノラマウィンドウが目玉で、一年を通して羊蹄山などを一望できる。窓沿いのテーブルは自習やテレワークに活用できる。
ドイツの環境先進都市発。「持続可能なまち」の知見をインストール
断熱性能を優先的に高めるという方向性を打ち出したクラブヴォーバン(CV)は、ゼネコンの技術者を経て、環境先進都市として知られるドイツのフライブルク市で環境ジャーナリストとして活動した村上敦さんが代表を務める。
フライブルク市の「ヴォーバン住宅地」では、住宅を高断熱・高気密の省エネ仕様にすることが義務化され、低炭素型の熱供給の集約システムや、住民同士が協力し合う仕組みなどが構築されている。これに衝撃を受けた代表の村上さんはCVを立ち上げ、日本国内の自治体などと手を携えてきた。
村上さんは今回の視察イベントで、全国の建築やまちづくり関係者20人に役場庁舎を案内した。エントランス近くの展示コーナーで、「断熱材は北海道の標準的な建物だとグラスウール15cm、ネオマフォームなら5cm相当ですが、この庁舎はネオマフォームが23cm入り、飛び抜けた性能です。外気温が氷点下にならなければ暖房は必要ないほどで、躯体のコンクリートを暖めたら2日程度はボイラーの追い焚きがいりません」と説明した。
断熱が最優先。再エネの導入は将来の課題として見送った
ウェルネストホーム創業者であり、CVの理事でもある早田宏徳さんも、「熱」へのこだわりを語った。
外部に逃げ出す熱量を示す「外皮平均熱貫流率(Ua値)」は0.18W/m2Kに達し、北海道の省エネ基準の0.46W/m2Kをはるかに上回る性能という。執務中の職員やパソコンに由来する熱量も計算したうえで、必要以上に暖房に頼らない「とんでもない性能」(早田さん)を解説していた。「旧庁舎の平米数は新庁舎の半分でしたが、職員の皆さんは冬の期間、震えながら仕事をしていました。電気代は新庁舎のほうが安いです」
庁舎建設にあたっては、当初は高性能な設備に数億円を投資し、太陽光や地中熱といった再生可能エネルギーの創出により、年間の一次エネルギー消費量が正味ゼロまたはマイナスになる建築物「ZEB」を想定していた。
だが2019年3月にCVが策定した町の「環境モデル都市第二次アクションプラン」に沿うよう、役場の方針が大きく転換した。同プランでは、町内でのエネルギー消費の7割は建物由来であるとして、ゼロカーボンの達成に向け、建物での省エネ化を最重視。設備系は将来の技術革新や価格低下をにらんで検討するという方針にシフトした。
村上さんや早田さんは、設備は高額なうえに15年ほどで更新が求められ、長い目でコストを精査する必要性を訴えていた。早田さんは「設備を最小にするために最優先は断熱で、2番目に設備の高効率化、3番目に再エネの導入です。町の予算は限られているので、後からでも導入できる再エネ設備は見送りました」と明かした。
「ニセコらしさ」も取り入れた。町民講座やワークショップで住民の声を反映
新庁舎の計画では、「ニセコらしい」整備手法も活用された。1990年代から続き、ニセコの開かれた行政の代名詞的な存在だった「まちづくり町民講座」を2回開いたほか、ワークショップも2回開催。町民と話し合いを重ねた。
ワークショップでは町民から「日の光が入る、明るい雰囲気の庁舎にしてほしい」「談話室からバスが来るのが見えると利用しやすい」といった要望が寄せられた。旧庁舎の問題点としては「夏は暑く、冬は寒い」「暗い」といった声が上がった。新庁舎は全国トップクラスの高気密・高断熱となったことで寒さは解消され、バスの待合スペースとしても使える展示コーナーも設けられた。
今回の視察イベントでは、片山健也町長もまちづくりの考え方や経緯を紹介した。町長室や応接室のパネルヒーターはこれまで1度も稼働させておらず、厳しい冬でも十分な性能を感じているという。
片山町長は「ライフサイクル全体のコストで選ぶことが、将来のためになる。高気密高断熱を徹底している例はあまりなく、環境省をはじめ国にも関心を持ってもらっています」として、庁舎で得た手応えをベースに、住宅政策に反映させることも狙う。
「経済的な余裕がなく、寒い部屋で健康を害しているお年寄りも多くいるので、省エネと健康の増進につながる取り組みを積極的にやっていきたいです」
庁舎の建設を足がかりに、新しい街区づくりにも挑戦
町では職員を定期的にドイツに派遣するなど、新庁舎のプロジェクトが終わった後も、持続可能性や環境に配慮したまちづくりについてインプットを重ねている。
これらの知見と経験を基に、独自の哲学と手法で新しい住宅政策を展開している。
現在進んでいるのは、国内最高水準の断熱性能を持つ集合住宅を核にした街区の開発だ。片山町長の「すべて行政がやる時代から、多様な住民が活躍する時代になっている」という考え方から、町出資のまちづくり会社「株式会社ニセコまち」を設立し、既に40回以上の町民説明会を重ねて声を吸い上げてきた。移住による人口増加と住宅不足という課題の解決に挑み、町全体でアウトプットさせている。
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