造船業で栄えるまちを支えてきた銭湯と病院
商店街の中で一際目立つ高い煙突、暖簾をくぐると風呂桶の音。銭湯という存在は、なぜこんなにも懐かしい気持ちにさせるのだろう。銭湯が全盛期だったという1968年を経験していなくても、日本人なら誰でも同じように感じる心を持っているに違いない。最近、銭湯を題材にしたWEBドラマや映画も多く、その存在に興味を示している若者も増えている。
南港病院を運営する社会医療法人三宝会は、南港病院・社会福祉法人健成会・NPO法人トロワ・アルブルをグループとする。北加賀屋エリアで、小規模多機能型併設グループホームやデイサービス施設などを複数展開し、医療・介護・福祉を包括して行っている。画像提供:南港病院老若男女に愛される存在でありつつも、減りつつある銭湯の数。そんな中、閉業寸前の1963(昭和38)年創業の銭湯を同じ地域の病院が運営を継承し、2023(令和5)年2月にリニューアルオープンさせた、というニュースが飛び込んできた。その銭湯とは、大阪・北加賀屋にある「寿楽温泉」だ。北加賀屋といえば、昭和初期から造船業が盛んで、高度成長期には約2万人が働き暮らしていたエリアだ。
1963年に開業した寿楽温泉は、造船業で栄えるまちの労働者たちの生活を支えてきた銭湯だ。一方、運営を引き継いだ「南港病院」は、同エリアで1971年に外科の病院として開院。当時、造船工場では事故も多く、運び込まれた労働者の骨折や怪我を治療することも多かった。まさに寿楽温泉も南港病院も、地域に寄り添ってきた施設だといえるだろう。
地域とともに生きていくこと。まちの活性化に医療法人ができること
「理事長がたまたま寿楽温泉の前を通りかかったとき、解体作業が始まりかけているところでした。寿楽温泉のある北一本通商店街は、昔栄えていた想い出深い場所。歴史のある古いものがまちから消えていくのは寂しい、という想いから、その場に居合わせたオーナーさんに思わず名刺を渡したそうです。突然のことでオーナーさんはきっと驚かれたと思います」と、社会医療法人三宝会 南港病院・顧問の三木順子さんは楽しげに笑う。
銭湯の運営を行っていた店主夫婦(浜田さん)は70代となり、閉業の時には夫が一人で運営する状況となっていた。銭湯運営は体力が必要となる仕事。70代超えの男性一人で切り盛りするには厳しい状態だった。先祖代々銭湯を経営していたオーナーさんはなんとか残したいと委託運営先を探すなど奮闘していたが、施設の老朽化や駅から離れていることなどを理由に、なかなか引き受けてもらえるところがなく、仕方なく閉業を決断したところだったそうだ。
「私たちが地域医療に携わる中で、変わらない思いとしてあるのが、地域と共に生きていくということ。生まれてから亡くなるまで寄り添いたい、そのために自分たちの強みである、医療・介護・福祉の分野以外にも、まちの活性化に貢献できこともあるのではないかと考えました」
独り身の高齢者を地域で支える場に
「孤独」は国を挙げて取り組む社会問題である― ―英国政府が2018年に打ち立てた、世界で初めての「孤独担当大臣」の設置。その情報を数年前に知っていた理事長は感銘を受けていたのだという。一人にさせないために、地域で何ができるのか? 行政ではなく、まちのお医者さんだからこそ、地域でできることもあるかもしれない...。
高齢化の進む地域では、お風呂がない家で暮らすお年寄りも多い。北加賀屋もしかり。お風呂がなくなると困る人もいるだろう。それだけでなく、銭湯に訪れるために、家の外に出て、挨拶を交わして、風呂上がりには休憩がてらに雑談をする。それだけでも、銭湯は心の拠り所になっているのかもしれない。
「銭湯は地域コミュニティのひとつの拠点。医療とは全くの別業態だけれど、地域を支える生活基盤であるという意味では同じです」。南港病院の理事長の思いとオーナーさんの思いが偶然の出会いによってつながり、寿楽温泉を事業の継承をするという形でリニューアルオープンが叶うこととなった。
初心者マークからの銭湯の自社運営
寿楽温泉は、木造2階建て。リノベーションは地域の工務店が担当した。外装や内装も一部を残して、当時の雰囲気をそのまま残している。広さ約50平方メートルの浴室の床面には、北加賀屋のアイコンでもある黄色いアヒルがタイルで描かれている。中庭の縁側部分も空間を広げて、くつろげるスペースとした。もともと店主夫婦が暮らしていた2階は、和室の内装をそのままに残してオープンな休憩スペースに。風呂上がりにゆっくりくつろげる空間が生まれている。
銭湯運営も委託をせず、南港病院内で新しい部署を立ち上げて社員が行っている。「何からはじめていいのか最初は戸惑いました(笑)」と三木さん。日本中の銭湯をいくつも巡って下勉強をして、店主の浜田さんにお湯の沸かし方や掃除の方法などのレクチャーを受けたという。こだわったのは、ガスではなく、薪をくべてお湯の温度を上げること。南港病院が一般社団法人 大阪府木材連合会のワクチン接種を請け負っていたご縁から、ごみになっていた小さな木材を貰えることになり、廃材が生かされるシステムが出来上がった。今では他の企業や個人にもこの話が伝わり、不要な木材が集まることもあるのだという。
「浜田さんも非常勤で運営に携わってくださっています。当時は一人で行っていた作業を今は3〜5人のチーム体制で行っているからか、とても楽しそうですよ。もうひと頑張りできる! と気概を持って運営をもり立ててくださっています」
まちの人とゆるくつながれる、ひとつの接点に
今後はこの場を生かして、さまざまな企画も進められていく。「2階の休憩所を使って、健康診断を定期的にやろうと考えています。地域医療に携わっていて悩ましいのが、病院は病気になってから来られる方が多いこと。健康診断やがん検診を簡単にでも受けていれば、早期発見できることも多いので、ハードルを低くして、気軽に受けられる機会になればと思います」
寿楽温泉を始めることで、これまでにはなかったさまざまな地域の人たちとの交流も広がっていると三木さんは話す。「私たちが運営する施設は、病院だと治療、介護施設だと介護、と訪れる目的がはっきりしています。この場所は間仕切りがあまりなく、境界線がないのが魅力。地域と一緒になってみんなの生活を見ていこうとする、そういう意味での地域包括ケアが叶いやすいのではないでしょうか」
はやりのサウナや駄菓子もないが、中庭、縁側や2階の休憩室がある。商店街の外れにあって、隣にはコインランドリーがある。下町感の残る、ほっとできる時間が過ごせることがこの銭湯らしさだ。そしてまた、暮らす人たちを見守ってくれる大切な居場所となりつつある。
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