「さかんまち」での安全安心な暮らしのために
まちの至る所に坂道がある長崎。オランダ坂やグラバー通りなどは坂そのものが観光名所となり、観光客にとっては坂を歩くことそのものが楽しみの一つだろう。長崎ならではのすり鉢状の地形が生み出す立体的な景観は、1,000万ドルと呼ばれる夜景も生み出している。
「さかんまち(坂の町)」という愛称で呼ばれる長崎市のまちの約7割は斜面市街地だ。近年この斜面市街地に暮らす居住者の高齢化と、空き家の増加が深刻な課題となっている。空き家の老朽化による倒壊や景観の損失を防止し、市民の安全と安心を確保するために、長崎市では斜面地市街地のための対策事業を長年行ってきた。
「これまで行ってきた取り組みは、大きく2つあります。ひとつは移動手段としてエレベーターなどを用意して、斜面市街地の環境整備を行う『歩行者支援システム整備事業』。もう一つは斜面市街地の一部で生活道路などを整備する『斜面市街地再生事業』です」と長崎市まちづくり部都市計画課市街地整備係 係長 中村和久氏は話す。
長崎市が取り組んでいる斜面市街地の対策のこれまでとこれからついて紹介していく前に、斜面地に人々が住む「さかんまち」がどうして形成されたのか、歴史を少し振り返ってみたい。
戦後に広がった斜面市街地が、モータリゼーションの発展で郊外流出へ
さかのぼるは江戸時代、埋め立てによって形成された長崎のまち。段々畑だった山際も、戦後の人口増加に伴って住宅地化が無秩序に進んでいったが、1960年代に入ると、市街全体が膨張していき山を駆け上るように斜面地が住居市街地化された。長崎らしい「さかんまち」はこの頃に確立したといえよう。当時は、主な交通手段として自動車が登場していなかったため、歩行を主な交通手段とする細い道路とともに居住地が形成されていくこととなる。
1970年代後半に入ると自動車網の発展と道路整備が進み、北部や南部の方に海岸線から2kmの水平距離で標高220mの郊外部にも団地が開発されるようにもなった。主に1960年代から1970年代の高度成長期に形成された斜面市街地は、移動手段をバスや路面電車などの公共交通機関か徒歩に頼っていた頃には、まちの中心部に隣接する居住区として便利な生活の拠点だっただろう。
しかし1980年代になるとモータリゼーションが急激に発展したことから、若年層を中心に郊外への流出が進み始め、斜面地に空き家が生まれるようになってくる。斜面市街地は次第に居住者の高齢化が目立つようになってきた。
近年の調査でも斜面市街地(密集地)の人口は、2016年の2万462人から2019年の1万8,780人へと減少しており(減少率8.2%)、市全体の減少率を上回っている。また空き家が発生する理由についても、「別の住宅へ転居した」が41.9%で最も多く、次いで「死亡した」が40.1%と続いている(※)。社会構造の変化に伴い、人口減少と空き家の増加が進んでいる。
※参照:長崎市空き家等対策計画・令和3年3月
長崎市が行ってきた、斜面市街地とまちなかをつなぐ移動支援
斜面市街地の住民には高齢者が多く、移動手段のサポートが続けられてきた。前出した「歩行者支援システム整備事業」がそれだ。南大浦地区に設置されている「斜行エレベ―ター」は、2002年から市道として建設・維持管理されてきた。このエレベーターは観光拠点であるグラバー園とも結ばれ、観光ルートとしても使われてきた。また2003年からはそれに連携する高低差20mの「垂直エレベーター」も運行。エレベーターで昇登った先の南大浦地区にある大浦小学校へ、小学生たちが通学に利用するのは日常の風景でもある。
また斜面市街地には階段が多く、狭い道路に車が入らないため、長崎市では要支援・要介護認定などで移動に介助が必要な人を手伝うサービス・移送支援サービス事業「いこ~で」も行っている。高齢者がデイサービスに通う際や買い物などをする際に利用されている。
そのほかにも、天神町、立山地区、水の浦地区の3ヶ所には吊下型簡易移送機器(リフト)が設置されている。これは、高齢者を中心とした交通弱者が斜面道路を安全かつ快適に移動できる機器の研究・開発を目的に行われた長崎市と民間企業との共同事業だ。
約30年間続いてきた斜面市街地再生事業は、事業見直しの段階に
もう一つ斜面市街地で問題になっているのが、1995年から積極的に行ってきた「斜面市街地再生事業」である。選定した8地区において斜面地の住環境整備と防災性の向上を目的に、生活道路及び緑地・広場の整備、老朽建物の建替えを促進するというものだ。
「長崎市では標高20m以上か、平均傾斜度5度以上を斜面市街地と定義しています。そのなかで、斜面市街地を車が通れる道路があるかないか、住居が密集しているかどうかで4つに区分けしたうえで、“車が通れる道路がなく、かつ密集している”斜面市街地を選び出し、整備の必要性などを勘案して8地区を選定しています」と中村氏は説明する。
しかし、用途取得に難航しており、2018年時点で予定の半分程度しか進んでおらず、事業が長期化しているという現状がある。道路が広くなるのはいいが、自分の家を手放すのは嫌だという声も住民アンケートなどで寄せられることもあるという。現状着手している部分に関しては、整備を進めていくが、未着手の場所に関しては再検討を余儀なくされている。
斜面市街地対策にまつわる、新たないくつかの取り組み
近年、長崎市では安全・安心で快適な暮らしが続けられる都市を目指した基本方針「都市計画マスタープラン」を示しており、それに伴い「立地適正化計画」が2018年に策定された。これは「ネットワーク型コンパクトシティ長崎」の実現に向けた取り組みで、地域の活力を維持するとともに、医療・福祉・商業等の生活機能を確保し、高齢者が安心して暮らせるように地域公共交通と連携して、コンパクトなまちづくりを進めることが重要だとしている。具体的には、平地部分を「居住誘導区域」として、区域外にあたる斜面地での一定規模以上の建築行為には届け出が必要となる。時間をかけて徐々に居住エリアを斜面市街地から緩やかに都市部へと誘導していこうとしている。
これにのっとって、斜面市街地の対策も変化している。積極的に進めているのが、斜面地に車が通る道路を造る「車みち整備事業」だ。狭い道路に救急車や消防車などが入れないことへの住民の不安を解消するため、生活道路整備を行うもので、用地は寄付が前提で、地元からの要望による事業のため、事業スピードの速さが特徴だ。
同時に、「老朽危険空き家対策事業」も進められている。これは、所有者が建物や土地を長崎市に寄付するなどの条件を満たした空き家を除去して、道路や広場に転用するものだ。解体費用は、市が全額負担する。対象区域も2020年には既存市街地の全市域へと広がった。
「立地適正化計画の中で、長崎市は斜面市街地について、安全で快適な居住地としての再生を果たすことは難しいと述べています。しかし平地である長崎駅周辺の地価は、毎年5%ほどずつ増加しています。マンションも増えていますが、賃料は高め。斜面地から中心部に移動したくても、なかなか難しいという方も多いのではないでしょうか。斜面地での安全な暮らしは守りつつ、長崎の目指す都市の形につなげていきたいです」と中村氏は話す。
西九州新幹線開通に伴い、長崎駅周辺は再開発の真っ最中だ。そんななか、戦後復興の象徴ともいえる「さかんまち」はどう守られ、どう変わっていくのだろうか。











