2001年に始まり、営々と造られてきた鶴岡サイエンスパーク
最近の話をする前に鶴岡市と、ヤマガタデザイン株式会社が注目を集めるようになるまでを簡単におさらいしておこう。
始まりは2001年の慶應義塾大学先端生命科学研究所(以下、先端研)の開設。それ以前の鶴岡市は若年層の人口減少が続き、高齢化が進展するという他の地方都市同様の悩みを抱えていた。空港にも近く、鶴岡市内には工場は多く立地しているものの、撤退の懸念もあり、企業誘致を進めても優秀な若者は地元には戻ってこない。そこで当時の鶴岡市長・冨塚陽一氏は地元に新しい産業を生み出す、若い人が帰ってきたくなる街を目指そうとサイエンスパークの構想を立ち上げる。
市はそれにあたり、市北部の21.5haの土地を庄内地方拠点都市地域基本計画の拠点地区であるサイエンスパークとして位置づけ、先端研の誘致に成功する。先端研は「統合システムバイオロジー」という世界最先端の生命科学のパイオニアで、2003年以降、同研究所からは複数のベンチャー企業が生み出されてきた。
それによってサイエンスパークは徐々に拡大。2017年には国立がん研究センター・鶴岡連携研究拠点が開設するなど関連企業や研究機関、学術機関も進出するように。現在では600人弱が働く研究開発・産業エリアに成長している。
この新しいエリアのために鶴岡市は先端研のための施設整備の35.5億円のほか、研究教育費補助金、その他の少なからぬ額を20年間以上にわたって投資してきたが、それがようやく成果を生みつつあるというわけである。
地元企業から集まった23億円余りの投資
さて、もう一方のヤマガタデザインは、サイエンスパークが始動し始めて13年後の2014年8月に誕生した。サイエンスパーク全体21.5haのうち、7haは研究開発設備等のために行政が開発してきたが、まだ残りの14.5haがある。これをどうするか。
郊外で大学を中心に研究機関、ベンチャー企業が集まって都市ができるのは海外ではよくある話。だとしたら鶴岡でも集まってきた研究者たちのために都市機能、教育環境、ホテルその他を整備する必要があるのではないかという話になった。
そこに登場したのがヤマガタデザインの社長となる山中大介氏。1985年生まれで慶應義塾大学を経て三井不動産で大型ショッピングセンターを造るための土地買収を手がけていたが、そろそろ大型ショッピングセンターも飽和状態。地元に雇用を生まないショッピングセンターを造るより、自分の力で社会に役立つことをしたいと考え、2013年に親友の父親である先端研を率いる冨田勝教授を訪ねたことが転機になった。
サイエンスパークとホテルなどとの位置関係(広報つるおか 2022年1月号https://www.city.tsuruoka.lg.jp/shisei/kohojigyou/koho/kouhoureiwa3/koho202201.files/202201P2-9.pdf より)最初にホテルを造ることにしたのは、人を集めるきっかけになると考えたため。そこで儲けるというより、地域に経済を回すことを考えた結果である。計画は地元の山形銀行をはじめ、地域企業から23億円余りに及ぶ投資を受けてスタートした。
個人的にはここに鶴岡の変化の秘密があるように思う。サイエンスパークの部分でも市が少なからぬ額の投資を長年続けてきたことを書いたが、ヤマガタデザインにも若い、東京から来た人間にこれだけの額が投資されている。まちづくり会社の多くが資金不足の中でスタートすることを考えると、ここにひとつ、何かがあるのではなかろうか。
2018年からは農業など取り組みは多角化
世界的にも有名な建築家、坂茂氏の設計による『SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(スイデンテラス)』が開業したのは2018年9月。「地域の人たちからは田んぼにホテルを造っても誰も来ないと言われたそうだが、最近ではわざわざ遠くからお客さまにお越しいただけるようになりました」と説明するのは取材で山中氏と会い、その熱さに感銘を受けて2016年に入社したという広報担当の長岡太郎氏。
「メディアに取り上げられて人が来るようになったものの、理想で建物を造ったため、オペレーションが回らず、最初の2年くらいは苦労しました。中央に共用棟、周囲に宿泊棟を配しているため、掃除その他の効率が悪すぎ、初期の頃の連休シーズンには山中も私も客室清掃に駆り出されていたほどです」
ヤマガタデザインは観光、教育、農業、人材の4つを柱に事業を行っているが、2018年には観光=ホテル以外の事業も立ち上げている。以下ではそのうちの農業についてご紹介していきたい。ホテル開業の初期がてんやわんやだったのと同様、農業も最初から専門家ばかりが集まって順調に進んできたわけではない。
「最初はホテルで出すために自分たちで葉物を作ろうとベビーリーフやミニトマト、オカヒジキなどを手がけることにし、養豚が盛んな土地なので豚糞を発酵させて土を作って有機資源循環農法をと考えたのですが、初めのうちは苦難の連続。ハウスひとつが全滅したこともあったほどですが、試行錯誤を繰り返すことでノウハウが蓄積されてきました」
手がけているのは有機農業。これは収益性の観点から。近年は有機市場が世界的に伸びているものの、有機栽培を行っている農地は日本国内の総耕地面積の0.3%ほど。それを増やし、より高く売れる、品質の高い農業を手がけ、農村を振興しようというのである。
有機栽培を基本に3つの事業を展開
有機栽培を基本とし、農業部門では3つの事業が動いている。ひとつはグループ内のヤマガタデザインアグリで取り組む、生産販売を行うSHONAI ROOTS。成長する有機市場で生産した野菜の販路を開拓するのはもちろん、数々の失敗から蓄積したノウハウ、資材、肥料などを販売、それらの活用方法についてもアドバイスするという事業である。
もちろん、自社だけでなく、地域の生産者、JAなどと組んでの事業だが、2018年に野菜の栽培を開始してからで考えるとわずか4年。2022年5月に発売された「週刊ダイヤモンド 儲かる農業2022」では面積当たりの収益性などが評価され、「中小キラリ農家ベスト20」の1位に山形県内では初めて選ばれており、成長の速さには驚くしかない。
「ロシアによるウクライナ侵攻で肥料、農薬、資材が高騰していますが、幸い、私たちのビジネスではほとんど影響が出ておらず、そのノウハウと資材その他を売っていきます」と長岡氏。
有機農業の生産性向上では音楽家・小林武史氏がプロデュースする千葉県木更津市にあるサスティナブルファーム「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」に自社の農業生産の知見などを提供し、それによって有機農業の生産性向上を目指すという。
2つ目の事業は農業経営者の育成。鶴岡市とともに2020年に設立した就農支援施設、鶴岡市立農業経営者育成学校(SEADS)である。農業について座学、実習で学ぶほか、農家のコミュニティとつながるようにするなど、非常に実践的なカリキュラムが提供しているうえに、きちんと経営として農業を見られるようになるのが特徴だ。
有機米栽培の課題、雑草駆除を行うロボットを開発
もうひとつは、これもグループ内の別会社である有機米デザインで取り組む有機米のマーケット拡大に関する事業。これについては有機米の流通販売網の構築など誰もが想像できそうな事業のほかに、意表をついた商品の販売が予定されている。
それがアイガモロボ。もともとは除草剤を使わずに稲作を経験した元日産自動車のエンジニアが除草の大変さを聞き、だったらそれをテクノロジーでなんとかならないかと2011年から開発を始めたもの。12年から同社のエンジニア2人が中心になり、ボランティア活動としてロボットの試作、実験を繰り返してきた。
その開発者2人が2018年に山中氏と出会ったことから急展開。2019年にはヤマガタデザイン、東京農工大の出資で設立された有機米デザインにエンジニア2人が移籍、本格的な開発に向けてスタートすることになったのだ。現在はロボットの工学開発ではTDK、販売体制では井関農機と提携、全国33都道府県100町村で実験を進めているという。
たまたま、訪れた野菜集積施設に実物が置かれていたのだが、これが優れもの。
「農薬を使わないことで雑草が繁茂しやすくなりますが、アイガモロボは水面を走り回って水を濁らすことで種を発芽させない、雑草が光合成させないようにし、雑草繁茂を防ぎます。走ることで稲にぶつかりますが、稲は刺激を受けることで強くなり、収量が増えます。背中に載せた太陽光パネルで動くので電気代その他はかかりませんし、動くのは昼間だけです」
野菜の集荷施設でアイガモロボの実物にお目にかかったが、本体は推進装置、水を濁らせる細長いスクリューがセットされたシンプルな四角いもので、そこにアイガモを模した透明のプラスチックケースが別売りでセットされる。
実用面で考えるとケースをアイガモにする必要は全くないのだが、そこがこの商品のうまいところ。おそらく、アイガモロボを導入した農家さんたちはその姿に癒やされ、勝手にうちのピーちゃんとか名前をつけてかわいがるのだと思う。よく働いてくれるなと田んぼを見に行くことにちょっとした楽しみを感じるようになるのだと思う。
産業の振興にはそういう喜びを付加することも大事だろう。人は機械ではなく、感情を持つ生き物。感情が動くことで仕事の見え方も変わってくるはずだからだ。
失敗、チャレンジが成功を生む
アイガモロボの発売は2023年1月が予定されており、2023年の田植えに間に合うようにとりあえずは500台限定で販売をスタートする。各地で補助金も活用できるようにして、農家が導入しやすい価格にし、広く使ってもらうようにすると長岡氏。全国の水田にピーちゃんとか、かもちゃんとかが走り回る日が楽しみである。
ヤマガタデザインが取り組む事業のうち、農業についてご紹介した。取材をしてみてひとつ、強く思ったのはチャレンジと失敗が、成功を生むのだということ。失敗、チャレンジを許さない組織であれば動線を考えずに造ったホテル、ビニールハウスひとつ全滅などあり得ないだろう。だが、その分、思わず写真を撮りたくなるほど美しいホテル、販売できるようなノウハウも蓄積されない。
2014年に資本金10万円でスタート、2016年時点で社員10人だったヤマガタデザインだが、取材時2022年10月時点では従業員は160人程度(うち正社員は90人ほど)に増えており、そのうち、U・Iターン者は約8割。平均年齢は35歳。若い人たちが集まっているわけだが、そこにもこの失敗、チャレンジできる風土という点があるのではなかろうか。
今、若い人たちが地方に目を向けていると聞くが、その人たちに何に魅力を感じて地方を見ているかと聞くと、余白という答えが返ってくることが多い。余白とは若い人でも何かができるチャンスであり、失敗やチャレンジが許される場でもある。それがあるからこれだけの人がここに集まってきていると言えるのではなかろうか。
そしてさらに言えば、それが許されるのは前出のように最初の段階で大きな投資が集まっていたことにある。その背景には江戸時代以来のこの土地の教育の在り方の影響がうかがえる。ヤマガタデザインを取り上げる次の記事ではそうした点も含め、彼らが今取り組んでいる新しい教育についてご紹介したい。
ヤマガタデザイン
https://www.yamagata-design.com/
SHONAI ROOTS
https://shonai-roots.com/
鶴岡市立農業経営者育成学校(SEADS)
https://tsuruoka-seads.com/
有機米デザイン
https://www.ymd1122.com/
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