直木賞を受賞した原作小説を「全裸監督」の監督が映画化
映画を見ることで、それまで意識していなかった建築タイプについて考えさせられることがある。2020年に公開された邦画「ホテルローヤル」はその1つだ。タイトルからは王宮のような高級ホテルを想像するかもしれないが、舞台となっているのは郊外の「ラブホテル」である。
建築や住宅、それを設計する建築家は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(BUNGA NET編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。
2013年に直木賞を受賞した桜木紫乃の短編集「ホテルローヤル」を、「百円の恋」や「全裸監督」で知られる武正晴監督が映画化したもの。北海道の釧路湿原を背に立つ小さなラブホテル「ホテルローヤル」を舞台に、さまざまな人間模様を描く。
実は「直木賞受賞作」ということを知らずになんとなくネット配信で見始めた。舞台となっているラブホテルのリアリティーに引き込まれ、あっという間に見終わっていた。
ラブホテルの一人娘を演じるのは波瑠、創業者の父はヤスケン
主役はホテルローヤルの一人娘、田中雅代(演じるのは波瑠)。ホテルをつくったのは父の田中大吉(安田顕)だ。もとは塗装作業員だったが、愛人のるり子(夏川結衣)が雅代を身ごもったときに、一念発起してホテルを開業した。
雅代はラブホテルの娘であることに反発して育ってきた。しかし、美大の受験に失敗し、母親であるるり子が突如蒸発したことから、やむなくホテルの経営を継ぐことになる。雅代は2人のベテラン清掃員と、日々の仕事を黙々とこなす。利用客の様子を他人事のように眺めながら……。
映画は、8割がたラブホテルの中だ。経営者や清掃員の家族、複数の利用客のエピソードが描かれるので、客室、廊下、事務室、従業員室、機械室、住居部分など、あらゆる場が描かれる。建築の裏側だけでなく、客が出た後にどうやって清掃をするのか、どのくらいの忙しさなのか、“器具”の仕入れはどうするのかといった、運営の裏側も描かれる。
取材ではなく、桜木紫乃の実体験がベース
この映画は、関係者に相当取材しないとつくれない。……と、思ったのだが、そうではなかった。原作者の桜木紫乃の実際の体験に基づいているのだ。
桜木紫乃は1965年、北海道釧路市生まれ。実家は理容室だったが、15歳のときに父親が釧路町に「ホテルローヤル」というラブホテルを開業。部屋の掃除などで家業を手伝っていたという。なんと、ホテル名まで実在なのか!
全体を通して、ハッピーなエピソードはほぼないが、原作者である桜木のラブホテルという家業への愛は端々から伝わってくる。それを一番感じたのは、雅代が生まれる前に、父親の大吉が母るり子に、ラブホテル建設の夢を語るシーン。
「おれはよ、いつかでっかい会社の社長になって、お前に楽させてやりたいと思ってるんだ。男になりてえんだよ」
「いいか、お前はラブホテルの女将(おかみ)になるんだ」
かつて(おそらく70年代後半)、ラブホテルは一代で財を成す可能性のある夢のビジネスだったのだ。
そして、完成したホテルローヤルの、釧路湿原を見下ろす壮大なシルエット。夫婦の思い出である「高級みかん」から採った、シンボルカラーのオレンジ色。雅代の目に映るホテルローヤルに、恨み節は感じられない。むしろ愛に満ちている。
「ラブホテルは日本独特」って本当?
原作小説の「ホテルローヤル」(集英社文庫)は、巻末の解説を作家・評論家の川本三郎が書いている。その中に、こんなことが書いてあって、「なるほど」と思った。
「ラブホテルは、日本独特のものだろう。日本の住宅事情の悪さから生まれた一種の生活の知恵である。寝室を貸すだけで商売をする。英米にラブホテルがなかったことは、往年のイギリス映画、デヴィッド・リーンの『逢い引き』や(1945年)、アメリカ映画、ビリー・ワイルダー監督」の『アパートの鍵貸します』(1960年)を見れば分かる。不倫の男女は日本のラブホテルのような隠れ家がないために、忍び合いの場所を探すのに苦労する」
そうか、アメリカにラブホテルがあったら、あの名作コメディは生まれなかったのか……。ちなみに、『アパートの鍵貸します』は、ニューヨークの保険会社に勤めるバドが、昇進のため、上司と愛人の密会用に自分のアパートの部屋を時間貸しすることで起こるドタバタを描いた映画である。
でも、ラブホテルが「日本独特」って本当なのか。ネットで調べてみると、確かに日本独特だという記事がたくさん出てきた。特に、こちらの記事に、研究者である金益見神戸学院大学准教授の見解が載っていて面白かった。
要約すると、
・かつての日本の住宅は、少ない部屋を多目的に使っていた。日中は居間、食事のときはちゃぶ台を出して食堂、夜は布団を敷いて寝室。
・夫婦二人ならともかく、子どもがいて、親も同居だと、二人きりになれる場所は家の中に全くない。
・加えて家に風呂がないのが普通だったので、夫婦水入らずで風呂に入れることも魅力だった。
なるほど、川本三郎が「日本の住宅事情の悪さから生まれた」と書いていたのはそういうことか。
“夫婦の日常”としてのラブホテル
映画の中のエピソードの1つに、家で親の介護をしている中年夫婦が、初めてホテルローヤルを利用するシーンがある。
妻:「こんなふうに2人で過ごすのって何年ぶりだろう」
夫:「なんだよ、泣くなよ、お前」
妻:「いつも子どもたちとおばあちゃんのことでいっぱいいっぱいで…」
夫:「もういいから」
妻:「私、パートで5000円ためたら、またお父さんをここに誘う……」
なるほど、ラブホテルというと独身カップルか不倫カップルを思い浮かべてしまうが、そういう“夫婦の日常の延長”としての使い方も、かつては当たり前だったのだ。
大学の建築計画学では、ラブホテルについては教えないだろう。こういう映画は脱少子化に向けての1つの建築教材になるかもしれない。ぜひ最新のラブホテルを舞台にした「ホテルローヤル2022」もつくってほしい。
■■ホテルローヤル
2020年11月公開
原作:桜木紫乃『ホテルローヤル』
監督:武正晴
脚本:清水友佳子
キャスト:波瑠(田中雅代)、松山ケンイチ(宮川聡史)、安田顕(田中大吉)、夏川結衣(田中るり子)、余貴美子(能代ミコ)
104分
公開日:





