主役は強烈キャラの3人、建築濃度もかなり高し

この連載では初めての「ネット配信限定」コンテンツである。
素人の日常を追いかけるリアリティ・ショーと呼ばれるものだ。“素人”といっても、「芸能人ではない」という意味であって、主役の3人はいずれも“不動産のプロ”。それも、オーストラリアでトップクラスの住宅売買実績を誇るプロ中のプロたちだ。

建築や住宅、それを設計する「建築家」は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(href="https://bunganet.tokyo/" target="_blank" rel="nofollow">BUNGA NET<a 編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。

今回取り上げる「ラグジュアリー・シドニー~超高級住宅ドキュメンタリー~」は、Amazonが展開している動画配信サービス「Prime Video」で2021年6月から配信されている動画コンテンツだ。1話50分ほどで、第1シーズンは全6話。

ドラマは不動産売買をめぐる人間模様を描くものだが、各回とも50分のうちの半分くらいが、売買対象となる「高級住宅」の中で展開される。物件の説明シーンも多く、建築濃度はかなり高い。

主役は強烈キャラの3人、建築濃度もかなり高し

3人の主役は、女性のドレーン、男性のサイモンとギャビン。それぞれが不動産エージェント(代理人)の会社を経営している。3人は売り上げを競うライバル関係であり、ときには売り手と買い手として手を結ぶこともある。

第1シーズンの6話を一気見した。なるほど、中毒性があって、途中でやめられなくなる。主役の3人のクセがとにかく強いのだ。制作側でキャラクター設定したのではないかと思うくらい違うベクトルを向いている。第1話の中から、それぞれの姿勢を特徴づけるセリフを拾うとこんな感じだ。

まず、業界トップの座を10年以上守り続ける、負けず嫌いのドレーン。
「業界に入ったときに言われたわ。若い女性には無理だと。冗談じゃない」
「私と働く人は、みな燃え尽きてしまうの……」

続いて、ひょうひょうとした性格ながら、自分に絶対的な自信を持つサイモン。
「私に任せてくれれば、何の心配もいりません。私は一流のエージェントですから」

3人の中で最も若く、個人の能力よりもチームでトップを目指すギャビン。
「過去の遺産は乗り越える。仲間が勝利する姿を見たい」
「捨て身で挑んでやる!」

およそ庶民の日常では聞かないような闘志むき出しの発言の連続に、まんまと見続けてしまう。

「あらゆる手」を尽くさずとも、20億円の家があっさり売れる

中毒的になる人間模様の面白さは番組を見ていただくとして、この連載の主眼である「建築」がらみでいうと、大きく2つの発見があった。

1つは、「シドニーでは高級住宅を売るのに“買い手の人生”は背負わない」ということだ。Amazonの紹介文にはこう書かれている。

「シドニーの象徴的なビーチに豪華な物件の数々。シドニーは不動産市場において世界で最も競争の激しい都市の一つだ。オーストラリアでもトップクラスのエージェント3人が、数百万ドル規模の高級住宅をめぐり激しい攻防戦を繰り広げる。3人は忙しい私生活と過酷な仕事を両立させながら、要求の多い顧客のため結果を出そうとあらゆる手を尽くす」

この紹介文、9割はその通りだが、1割は実際と違うように感じた。それは最後の一文、「要求の多い顧客のため結果を出そうとあらゆる手を尽くす」という部分だ。

筆者が番組を見た印象としては、3人は買い手候補を住宅に連れていって案内するだけだ。それで500万ドル、1000万ドル、1500万ドルという高級住宅があっさりと売れる。ざっくり日本円でいうと、7億円、14億円、20億円だ。ひええっ。

3人とも買い手候補を案内しながらぺらぺらと実によくしゃべる。だが、話している内容は見ればわかるような建物の特徴ばかりで、びっくりするような着眼点や使い方の提案があるわけではない。カメラが入らない部分では言えないようなすごい交渉があるのかもしれないが、少なくとも番組内では「あらゆる手を尽くす」さまは描かれない。

北川景子演じる三軒家万智は買い手の人生を背負っていた

これを見ながら頭に浮かんだのは、日本のテレビドラマ「家売るオンナ」だ(日本テレビの2016年7月期水曜ドラマ)。
こちらはフィクションではあるものの、主人公の「あらゆる手を尽くすさま」が見どころだった。北川景子演じる不動産営業マン、三軒家万智(さんげんやまち)は、クールな性格とは裏腹に、買い手の人生を深く掘り起こし、その人だけに価値を持つ物件を探し出す。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

一方の「ラグジュアリー・シドニー」は淡々と建物の特徴を説明するだけで売れる。それはなぜか。
見始めるとすぐに分かるが、登場する買い手たちはそこに「一生住むつもり」などさらさらないのだ。虚栄と投資のために、通過点として家を買う。そして売る。エージェントにとっては、いかに多くの富裕層を顧客リストに並べているかと、市場に出回る前の物件情報をいかに早く彼らに伝えるかが勝負なのだ。

エージェントとして成功している3人のクセがあれほど強いのは、売る技術よりも彼らの“上昇志向”そのものが買い手のマインドと共振するからなのではないか。家を売る度に買い手の人生を背負ってしまう三軒家万智にはたぶん、こんなペースでは売れない。

日本の投資対象物件は集合住宅だが、シドニーでは戸建て

「建築」的発見の2つ目は、「シドニーではモダニズムデザインの住宅が“様式化”しつつある」ということ。やや説明が回り道になるが、こういうことだ。

まず前提として、シドニーでは高級住宅の売買の中心が「戸建て」であるという違い。日本の三軒家万智が売っていたのも主に戸建てだったが、それは中小規模で、どこか難ありの低額物件だった。

これは日本の現実とも合っている。日本では高級住宅として頻繁に売買されるのは主に集合住宅だ。「億ション」という言葉はその象徴だろう。なぜなら集合住宅は、誰にでも住める平均的なつくりになっているので価値が減じにくく、売買しやすい。一方、戸建て住宅はその家族に合わせてつくられるので、売るときに購入者が限られる。競争が生まれにくいので、建てたときよりも高くなることはまれだ。結果的に高く売れたとしたら、それは建物の価値ではなく、土地の価値がすごく上がったということだ。日本では、戸建て住宅の建物そのものに大した価値はない。

「ラグジュアリー・シドニー」では、建物代・土地代という区分けはされないものの、やりとりを見ていると建物にも大きな価値を見ているようだ。最初はなぜ建物の価値が低下しないのだろうと思いながら見ていたのだが、3話目くらいで「これか!」と気づいた。

50代~80代の富裕層にプールは必要?

売買される高級戸建て住宅はどれも斜面地に立っていて、地上3~5階建て。どのフロアも海に面して大きなガラス窓を設け、複数の屋外テラスがある。間取りは、テラスのある階にオープンキッチンがあり、他の階には「ベッドルーム5、バスルーム4」といった小部屋をたくさん設けている。そんな大家族なわけがないので、パーティー対応なのだろう。

3話目くらいで何に気づいたかというと、登場する住宅に必ず「屋外プール」があるということだ。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

買い手は富裕層なので、若くて50代。80代に見える人もいる。そんな人たちがプールで毎日泳ぎたいのか? 実際、シーズン1ではプールで人が泳ぐシーンは1度もなかった。そうか、これは「高級」というステイタスを示すための「様式」なのか。

プール以外も、建築的なつくりはどれもほぼ同じ。「そこでしかできない造形」とか、「立地のマイナスをプラスに変える工夫」とかはほぼない(番組を見る限り)。筆者はかつて建築雑誌で編集長をやっていたが、「自分の雑誌に載せたい」と思う住宅は、6話の中に1つもなかった。

デザインがカッコ悪いかというとそんなことはなくて、それぞれが水平垂直を強調したしゃれたモダンデザインではある。しかし、それは「必要な機能を形にする」という本来のモダニズムではなく、物件データに示しやすい要素をそつなく並べた「モダニズム風」という様式なのだ。窓をアーチ型にしたり、柱の上に草みたいな装飾をつけたりするとレトロっぽく見えるのと同じことだ。

歴史を振り返ると、様式建築は王侯貴族などの富裕層が進化させてきたわけなので、今、シドニーの高級住宅デザインが富裕層によって再び様式化しつつあるというのはけっこう深い視点かもしれない。こういう物件を三軒家万智だったら依頼主にどんな提案付きで仲介するのか、スペシャル版とかで見てみたい気がする。

■■ラグジュアリー・シドニー~超高級住宅ドキュメンタリー~
Amazonが展開している動画配信サービス「Prime Video」のオリジナルドラマ。第1シーズンは全6話。日本での配信は2021年6月23日から。
出演:ギャビン・ルビンステイン, サイモン・コーエン, ドレーン・ルイス

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