実は身近な自治体の財政問題

2021年12月に出版された『自治体の財政診断入門』(鈴木文彦著/学芸出版社)2021年12月に出版された『自治体の財政診断入門』(鈴木文彦著/学芸出版社)

新しく一戸建ての家を買いたい。マンションを買って引越したい。さて、新しい暮らしはどこの街ではじめよう? 自然や教育の環境、利便性も大事だ。街の持つイメージを大切にする人も多いだろう。

不動産物件を購入し、その街に暮らし始めると、自治体に税金を納めさまざまな行政サービスを受ける。いわゆる基礎自治体と呼ばれる市区町村が行う行政サービスは、私たちの暮らしに深く関わるものだ。そんな行政サービスの裏付けとなる財政政策について、関心を持っている人は少ないのが現状ではないだろうか。

2021年12月、株式会社大和総研 金融調査部主任研究員 鈴木文彦さんが上梓した「自治体の財政診断入門」。地方財政を、企業経営の視点で診断するノウハウを解説し、現状と課題を抽出。持続可能な自治体運営へのヒントが書かれている。

もともとは、地方公務員や地方財政の研究者のために書かれた同書だが、鈴木さんは、「行政はますます財政運営が難しい時代になります。持続可能な自治体運営のためにも、一般の方にもっと財政運営に関心を持ってほしい」と語る。

そこで、「自治体の財政診断入門」に書かれた内容をベースに、自治体に住む私たちが知っておきたい、地方財政の現状や、課題解決のための処方箋など、幅広くお話を聞いた。

企業会計の手法で、地方の財政を診断する

<b>鈴木文彦さん</b>:株式会社大和総研金融調査部 主任研究員。仙台市出身 立命館大学卒業後七十七銀行入行、財務省出向等を経て08年から大和総研。日経グローカル「自治体財政 改善のヒント」財務省広報誌ファイナンス「路線価でひもとく街の歴史」連載中鈴木文彦さん:株式会社大和総研金融調査部 主任研究員。仙台市出身 立命館大学卒業後七十七銀行入行、財務省出向等を経て08年から大和総研。日経グローカル「自治体財政 改善のヒント」財務省広報誌ファイナンス「路線価でひもとく街の歴史」連載中

鈴木さんは元銀行員。財務省に出向し地方財政や公営企業経営について研究した経歴を持つ。そのなかであらためて感じたのが、行政にも企業と同じく収入と支出があり、損益計算書を作成すればその財政診断が見えてくるというもの。

「ただし損益計算書といっても銀行が審査で尊重するのは現金収支。自治体特有の歳入・歳出決算が問題という見方もあるものの、キャッシュフロー計算書と読み替えることもできます。これは持続可能性の視点で考えれば自治体版の損益計算書として使えるのではないか、との思いに至りました」(鈴木さん)

企業におけるキャッシュフロー計算書は、営業活動、投資活動、財務活動に分類される。この営業活動の部分が、行政における行政サービスにあたり、その行政収支を整理したものが行政キャッシュフロー計算書。これが現金ベースの損益計算書となり、財政診断の道具となる。

<b>鈴木文彦さん</b>:株式会社大和総研金融調査部 主任研究員。仙台市出身 立命館大学卒業後七十七銀行入行、財務省出向等を経て08年から大和総研。日経グローカル「自治体財政 改善のヒント」財務省広報誌ファイナンス「路線価でひもとく街の歴史」連載中民間企業を診断する手法で、自治体の財政診断を行うと…

地方財政の問題点。財務省による診断で浮かんでくる、3つの病気

さまざまな指標が示す自治体の財政リスクとはさまざまな指標が示す自治体の財政リスクとは

地方財政の今は、どうなっているのだろうか。

「足下を見れば基本的には悪くはないです。しかし、橋や道路、水道管などのインフラ老朽化が進むことや、現役世代の減少による税収減を考えると、将来に向けての課題は山積みです」(同)

財務省では決算年度ごとに、地方自治体の財務状況をモニタリングしている。このモニタリングに際して使用されるのが、前出の行政キャッシュフロー計算書だという。財務省は、行政キャッシュフロー計算書からさまざまな指標を導き出す。指標とは、人間に例えるとドクターによる健康診断のようなもの。つまり、血圧、血糖値、コレステロールなどの数値を出し、病気に至るまでのリスクを評価していることになる。

その診断結果から同書では将来、自治体が罹患する3つの病気を指摘している。

1つ目は「借入過多」、つまりお金を借り過ぎている状態。2つ目が「収支悪化」、収入がどれだけ返済原資を生み出しているかという指標で、赤字の状態。3つ目が「資金不足」、要するに貯金が少ない状態を指す。これらの指標が悪い状態が続けば、将来的に財政の病気を招くという話だ。

地域の「稼ぐ力」で財政を立て直す

自治体にも「稼ぐ力」が求められている自治体にも「稼ぐ力」が求められている

コロナ禍の財政出動で、貯金ともいえる財政調整基金を大きく取り崩している地方自治体。今後危機的状況に陥らないために、どのような財政運営が求められるのだろうか。地方財政への処方箋とは。

鈴木さんは著書の中で「あれもこれも型」から、重要性と緊急性で優先順位をつけた「あれかこれか型」への転換が必要だと説く。やめることをみつけることが、これからの自治体経営の勘所というのだ。

さらに、「地域経済の活性化こそが大事なのは明らかです。地域の稼ぐ力は自主財源としての税収になります」と鈴木さん。

「なかでも、国や都道府県からの補助金や交付金への依存度が高い産業ではなく、依存財源に頼らない、自主財源である地方税収を増やす産業の活性化しか道はありません。
特に、地域内に閉じた内需型の産業よりも、製造業や卸業、農林漁業等、幅広い販路を持つ外需型の産業を育てることが地域経済の自立を高めるカギとなります」(同)

地域経済の活性化こそ、地域所得の向上と同義語であり、自治体財政、特に経常収支増収の王道であるという。

住民はオーナーの視点で、自治体の自立した経営を促そう

地方自治や財政は特有の専門用語も多く一見難しい。しかし、同書によく目を通してみると、その解釈には例え話も多く納得し理解できる内容だ。

自治体に暮らしていると、公立病院の存続や、学校の統廃合など、政策議論にともなって住民間の軋轢が生まれるケースもある。しかし、財政への理解を深め、“持続可能な自治体経営”を踏まえて議論した場合、納得感も違ったものになる可能性もある。

財政状況によって、行政サービスに差が生まれる可能性も

これからの時代、限られた財源の中で行政施策が取捨選択されていく。もっと言えば、これらを踏まえた健全な財政運営を行う自治体と、そうではない自治体の間で、格差も生まれる可能性があるのだ。北海道夕張市は2007年に財政破綻し「財政再建団体(現在の、財政再生団体)」に。国の同意なしに予算の計上もできなくなり、小中学校は統廃合、文化施設の多くも閉鎖した。最近では、京都市が深刻な財政難に直面しており、地下鉄の運賃の値上げや保育料の値上げが取りざたされている。これらを考えると、例えば災害時に、自治体の財政状況によって隣接する自治体間で対応に差が生じる事態だって起こりうるかもしれない。

これまで私たちは、財政再生団体にでもならない限り、居住する自治体の財政状況には無関心でいられたが、状況は変わっていくかもしれない。これから長く住む街を選ぶ。そんなときには、財政状況を知っておいても損はないだろう。これからも住み続ける街の納税者としても、行政施策の議論はもちろん、財政への理解も深めておく必要がありそうだ。

自治体の財政状況によって、いざというときの対応に差が生じる可能性も自治体の財政状況によって、いざというときの対応に差が生じる可能性も