「流域」と「総合的」が地域課題を考えるキーワードに
2021年8月6日、東京大学の社会科学研究所と生産技術研究所の共催によるシンポジウム「流域に着目して未来を考える」がオンラインで開催された。近年、各地で頻発している河川の氾濫や浸水被害への対応を考えるもので、副題が「地域社会の危機への総合的なアプローチ」となっている。
流域とは、降った雨や雪がその河川に流れ込む範囲のことであり、集水域とも呼ぶ。シンポジウムは、その「流域」単位で未来を考えようという趣旨だ。
冒頭、東京大学生産技術研究所教授・社会科学研究所特任教授の加藤孝明氏は、「従来の河川単位での治水では、もはや十分ではなく、より広域の流域で考えることが必要です。地域には水害以外にも、人口減などのさまざまな課題があり、それらを総合的に解決することが求められています」と、タイトルの意味を説明。「流域」と「総合的」は、地域の課題を考える上で重要なキーワードだというのだ。
さらに加藤氏は、「流域」や「総合的」の反対にあるものが「縦割り」だとして、「自治体や学問領域といった縦割りを乗り越える連携と発想が求められる」と説く。シンポジウムを社会科学研究所と生産技術研究所の共催にしたのも、文系と理系の領域を横断することで、新しいものが生み出せるのではないかという考えに基づくものだ。
社会科学研究所准教授の中村寛樹氏も、流域は「自然域」と「都市域」とをつなぐ存在で、流域圏は市区町村の上位にある概念だと解説。その「流域」での「総合的」な地域活動の事例として、筑後川流域でのふたつの取組みを紹介した。
筑後川流域で展開されているユニークな地域活動
中村氏の紹介を受け、一般財団法人筑後川コミュニティ財団理事長の宮原信孝氏と、一般社団法人筑後川プロジェクト協会代表理事の駄田井正氏、筑後川ビジネス株式会社代表取締役の西本英雄氏が登壇。それぞれの取り組みを語った。
筑後川コミュニティ財団は、筑後川流域の地域で、災害復興・子どもの貧困・障がい者や高齢者・外国人などに関する問題に取り組んでいる市民や団体を支援する組織だ。宮原氏は「地域の課題を解決し、持続可能な社会にするには、民間で資金を回す仕組みをつくることが大切です。地域の強靱化には、つながりをつくることが欠かせません」と、自らの活動を説明する。
また、外務省の職員としてパレスチナやアフガニスタン、ベトナムなどで国づくりを支援した経験から、地域での活動がうまくいくポイントを4つ挙げた。第1は地域の特徴をつかみ現場重視の姿勢で臨むこと、第2はマトリックスをつくって包括的に取組むこと、第3は地域にレジリエンス(対応力)があること、第4は地域の課題を自分ごととして考えるパッションのある人がいることだ。地域の課題の解決に主体的に取組む人を見つけ出し、効果的に支援することが重要ということだろう。
続いて、駄田井氏と西本氏が携わっている「筑後川プロジェクト」が紹介された。「筑後川プロジェクト」は、1987年に福岡県大川市で行われた「筑後川フェスティバル」がきっかけで始まったもの。駄田井氏によると、大川市でのフェスティバルが成功したことから、流域の他の自治体も開催を希望するようになり、現在まで34年間にわたって続いているそうだ。
フェスティバルでは歌やダンスなどのステージイベントに加え、流域全体の情報の提供と共有を行う「筑後川新聞」の発行や、筑後川の自然・文化・歴史・産業などをありのまま伝えたり、学んだりする「筑後川まるごと博物館」の運営などを行う。事業は久留米大学、国土交通省、自治体、NPOなどが連携して展開している。駄田井氏は、「質のいい生活とは、生き生きと楽しく暮らせることであり、そのためには遊びと学び、仕事が必要です」と話すように、プロジェクトのすべての事業はその精神に沿って行われているようだ。
西本氏は、今後の課題として「筑後川プロジェクトを経済的な価値に転換すること」をあげる。地域の価値を伝えるために、多様なメディアを活用することや、地域づくりに資金をより有効に使うために、筑後川コミュニティ財団とコミュニティバンクを設立して地域通貨を発行するなど、流域のつながりをさらに強めるプランを検討しているという。
東京都葛飾区が策定した「防災【も】まちづくり」の構想
「流域治水+防災【も】まちづくり」をテーマに講演を行ったのは加藤氏。気候変動が進む中で、河川単位の治水から流域治水への転換が必要だと改めて訴えるとともに、防災と地域の繁栄や持続性をセットで考えるべきだと述べた。
「防災【も】まちづくり」とは「防災も考える総合的なまちづくり」の意味で、その実行には防災やまちづくりを含む総合的な視点が必要だ。事例として、加藤氏が策定に関わった東京都葛飾区の「浸水対応型市街地構想」を紹介。この構想は、海抜0メートル地帯が広がる同区において、広域避難と垂直避難を組み合わせることで、まずは命を守る避難ができ、さらには水が引くまでの間、許容できる生活レベルを担保するまちづくりの構想で、「生き延びることができる」「容易に復旧することができる」などがキーワードになっている。この構想は住民の間で先に議論が生まれ、それを自治体が認める形で成立した。加藤氏は「地域住民が動くと社会は変わります」と評価している。
地域づくりに多様な視点を提供したパネルディスカッション
シンポジウムの後半では、加藤氏や中村寛樹氏、講演の登壇者が出席してパネルディスカッションが行われた。
まず、加藤氏から国際経験豊かな宮原氏に「国際貢献の手法を、国内の地域づくりに利用するポイントは何か」という質問。宮原氏は「故・中村哲氏の活動で知られるペシャワール会や青年海外協力隊がそうだったように、現地の人の話を聞き、一緒に作業する姿勢が大切で、それは国内でも通用します」と回答。
さらに筑後川流域で取組んでいる、マトリックスで課題を整理する手法の利点を尋ねられた宮原氏は、「マトリックスで官が枠組みをつくり、必要な活動を民がするという形は、きめ細かな支援に活用できます。官民連携に必要ではないでしょうか」と述べた。
一方、「筑後川プロジェクト」が長く続いている秘訣を問われた駄田井氏は、「大切なのは楽しくやることです」と強調した。「防災ばかりではダメで、地域づくりにもなることが必要です」と話し、「防災【も】まちづくり」に賛成した駄田井氏。防災も地域づくりも、住民が自発的に取り組めるようにすることが重要という点では、駄田井氏も加藤氏も同意見だった。
中村氏も「ディズニーランドの機能が魅力だからと行く人はほとんどいません。楽しいから行くわけです」と語り、楽しさなどの情緒的価値を重視することが、今後の地方には必要と提案。西本氏は「経営者として、地域貢献事業を継続することが重要」と訴えた。最後に加藤氏が今後の地域の「防災【も】まちづくり」について、「確固たる経営の仕組みをつくる」「既成概念から外れたところに宝がある」「考える力も必要だが、感じる力も必要」の3つがポイントになるとまとめて、パネルディスカッションが終了となった。
シンポジウム後に行ったインタビューで、加藤氏は「地域活動において、官のトップダウンはきっかけにはなりますが、なかなか続きません。住民が自発的に活動を始め、それを行政が柔軟に支援するという形が有力です」と語り、「市民先行、行政後追い」が「防災【も】まちづくり」には適しているという意見だった。また、中村寛樹氏は「地域活動には資金集めにかかっています」と話し、地域通貨やクラウドファンディングなどは、「活動に参加できない人でも、資金集めには協力できる方法です」と、適切な活用に期待を寄せていた。
市民が自ら考えて行動することが実効を上げるという点では、新型コロナウィルス感染症対策も似ているのではないかと、緊急事態宣言がなかなか効果を上げない現状の中で、考えさせられたシンポジウムだった。
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