創業の地に誕生した複合商業施設「鹿猿狐ビルヂング」
近鉄奈良駅を降りて、興福寺や東大寺に向かう途中に多くの人が寄り道をするのが、通称「ならまち」だろう。この奈良市元林院一帯は、もともと花街として栄えたエリアで、江戸時代の末期から明治時代にかけての町家の面影を今に伝えている。迷い込むような細い路地を抜けた先に、町並みに溶け合うように静かに立つ、ガラス張りの近代的な建物が見えてくる。株式会社中川政七商店(以下、中川政七商店)が開業した初の複合商業施設「鹿猿狐ビルヂング」だ。
3階建てのこの施設のコンセプトは「路地を巡り出会う、触れ、学び、味わう奈良」。中川政七商店 奈良本店・飲食店3軒・コワーキングスペースが併設され、買い物や食事が楽しめるだけでなく、工芸にまつわる常設展示や体験ワークショップなどさまざまなコンテンツが用意されている。
工芸を感じながら楽しむ奈良観光
「中川政七商店 奈良本店」では、日本の工芸に根差すオリジナル商品約3,000点や奈良在住の作家の作品が販売されるほか、一刀彫や赤膚焼、奈良筆などの奈良の伝統工芸品も展示されている。工芸に触れられるきっかけとして、手績み手織り麻の道具に触れながらものづくりが体験できる「布蔵」(※予約制)やガイドツアー、麻はがき作りなどのプログラムも実施される。
初の小売直営店「旧 遊中川 本店」もこの機にリニューアルオープン。かつて麻織物を検品する際に使用していた竹竿や当時の電話ボックス、1925年のパリ万博での賞状や鹿避けの格子などが店内で見つけられ、奈良晒の卸問屋として創業し歩んできた歴史を感じられる。
併設されている飲食店にもこだわっている。スペシャルティコーヒー専門店「猿田彦珈琲」では「ならまちブレンド」が楽しめ、すきやき店「㐂つね」には大和牛を奈良産の大きな揚げで包んだお重など、奈良にちなんだメニューもいただける。奈良に住まう人も国内外から訪れる観光客など、誰もが立ち寄れる奈良の憩いの新名所だといえるだろう。
まちづくりの拠点である「JIRIN」
この施設の大きな特徴は、まちづくりの拠点としての機能を併せ持っているところだ。3階にある「JIRIN」は、中川政七商店による初のコワーキングスペース。魅力的なスモールビジネスを生み出すことで奈良を元気にすることを目的に、同社が取り組んでいる「N.PARK PROJECT」の拠点となっている。今後学びのプログラムやイベントを通じて、共に働き(co-working)、共に学ぶ(co-learning)場として、スモールビジネスをサポートし実戦へと導く場として機能していく。
2021年4月24日に、鹿猿狐ビルヂングオープン特別講演がJIRINで開催され、会長の中川政七氏が登壇した。
「日本の工芸の発展を産地単位で考えることが、これからの時代には大切。まずは自分たち自身が創業の地でそれを実践していきたいと考えています」と中川氏は話す。
「N.PARK PROJECT」が目指すのは、「産業観光」の実現。
低迷する工芸産業。工芸を復活させるために今必要なのは、産地自体が潤うこと。産地へ人が足を運びたくなるような「産業観光」が必要だと考えている。そのためには、まちの魅力が必要。そしてその土地で営まれる小売店や飲食店(スモールビジネス)こそが、まちの魅力を生み出す重要な役割を担っていると中川氏は続ける。
同社は近年、工芸メーカーの経営コンサルティングや合同展示会の開催などに力を入れ、多方面から工芸に携わってきた。製造小売業を営んできた歴史と経験を生かしつつ、スモールビジネスの起業支援などを通して、奈良を盛り上げていこうと考えている。
この場所から始まった。この場所から始める
この鹿猿狐ビルヂングは、まさに「産業観光」のひとつを体現した施設だ。創業当時の町家と近代的なビルヂングを行き来するなかで、日本の工芸に関わってきた中川政七商店の歴史と今、奈良と工芸に触れることができる。さらに、ならまちの町並みのなかで楽しめる食事や買い物、体験で奈良観光をより深く、魅力的にしてくれる。
「私たちは、“日本の工芸を元気にする!”というビジョンを掲げています。産地単位で物事を考えないと工芸が生き残れない現実がある。まず自分たちがやってみせなければいけないと感じています。奈良で産業観光のモデルケースをつくりたい。まちづくりとは、時間軸の長い、気の長い話。自分たちができること、いいと思うことをコツコツとやることが、未来へつながるまちづくりなのではないかと考えています」と中川氏。
産業観光という新たなまちづくり。これから鹿猿狐ビルヂングを起点に、奈良のまちにどう化学反応が起こっていくのか、気長に楽しく待ってみたい。















