起業家が挑む最先端の家創り
住宅産業は長らく日本の経済成長の推進役であった。しかし2030年には、新築住宅の着工戸数は63万戸の水準にまで落ちると推測されている。人口減少に伴うマーケットの縮小によって、住宅産業の将来には大きな課題が突き付けられているといってもいい。
そんな市場環境の中にあって、世界最先端の住宅を創ることで、日本の住宅・不動産の新しい価値を創造しようと、商品開発に全力で取組む一人の起業家に出会った。
大分県日田市天瀬町を拠点に、3Dプリンターで作る家「Sphere(スフィア)」の開発、商品化を手掛ける、セレンディックスパートナーズ株式会社のCOO(執行責任者)飯田國大(はんだくにひろ)さんだ。
世界最先端の家「スフィア」とは。「スフィア」 がもたらす住宅の新しい価値観とは。話を伺った。
3Dプリンターで作る家「スフィア」とは
「以前、私は海外で不動産開発の仕事に関わっていたのですが、いろいろな人との出会いがあって、その中に最先端の電気自動車を創った人物がいました。その人物と何か事業をやりたいと考えたとき、次は世界最先端の家を創ろうと考えたわけです」(飯田さん:以下同)
「まずは、IoTの家です。最新のデジタル技術が満載の住宅です。でもよく考えると、この分野で勝負すると最終的には世界の大資本に負けそうだと思いました。そこで、3Dプリンターで作る家を考えました」(同)
当時も3Dプリンターで作る家はあったが、躯体や構造体はコスト面で既存の建造物と変わらない鉄筋コンクリートだったという。そこで、3Dプリンターから一体成型でできるデザインを、アメリカの著名な建築家 CLOUDS Architecture Office 曽野正之氏に依頼。「スフィア」のデザインができあがった。球形とすることで、鉄筋を用いることなく剛性と耐震性を維持できるといい、作業も3Dプリンターから出力するだけの、24時間でできる家の目途がたった。
橋やトンネルを見るまでもなく球形は構造的に一番強く、災害にも強く、災害の多い日本の家としても適しているという。NASAの火星移住プロジェクトにも参画する建築家 曽野正之氏による、「スフィア」の球形デザインは意匠登録もされている。
日本では建築物を建てようとすれば、建築基準法によって建築確認申請が必要になる。建築物としての適法性はどうなっているのだろうか。
「建築基準法では、床面積が10m2以下の建築物には確認申請は不要とされています。そこで、まず居住空間が10m2以下の建物を作ります。3坪ほどですね。これだとトイレやキッチンなどは入りませんから、これらは外にまとめます。自然の中のグランピングサイトのイメージです」(同)
キャンプサイトのように、共用部空間を中心に集まる小さな「スフィア」の家、プロジェクトのスタートは、そこから始まる。
「もちろん将来的には、大きな居住空間を持つ家も合法的に製品化していく予定です」(同)
300万円で建つ。24時間で建つ家
「私は海外からの帰国時に家を探していました。当初は便利な都心の住宅も考えましが、大分県日田市天瀬町にある1,700坪の敷地に出会いました。価格は300万円。家を購入するにあたっては、住宅ローンも当然考えたのですが、この場所なら不要です。この場所を選んだことにより住宅ローンから解放され、自由も得ました。両親も呼んで一緒に暮らせ、広大な敷地では農業もなんだってできます。都心の狭い敷地ではできないことをすべてかなえてくれるのが、ここで得た自由なのです」(同)
家を取得するために長期にわたる住宅ローンを組む。家を手に入れた後はそのローンの返済に縛られる。言い換えればその見返りに失うものは自由だ、と飯田さんは言う。
「自由に生きることを阻害しているのは、家です。住宅ローンです。スフィアが目指すものは、300万円で手に入る、24時間で建つ家です。家は人生の装置で、主役は我々です。1回しかない人生をもっと自由に生きていいと思います」(同)
住宅ローンから解放される家、それがスフィアだというのだ。
土地も家も、もっと自由に。コロナ後の日本
飯田さんの日常のビジネス拠点は、福岡市にある。
「通勤は車で90分です。空飛ぶ自動車が実現すれば15分くらいで移動が可能です。このくらいの時間距離なら十分ここで暮らしていけます。もう地価の高い都心にみんなが集中して暮らす時代ではない。大自然に囲まれた安い土地に、手軽に建てられる家があれば、得られるものは大きいと思います」(同)
通勤も時間距離で考えれば土地の選択も大きくその自由度が広まるという。新幹線や高速道路など高速移動手段があれば、100kmを超えても通勤できる。地価の高い都心から離れて、地価の安い広い土地で暮らしを考える。これからは住宅にかけるコストを低くして、住宅ローンから解放され自由に生きていく。そんな新しい価値観のためにも、スフィアプロジェクトがある。
「300万円という価格はちょうど、クルマを乗り換える感覚です。家もそんな風に手軽に建て替えられるようにしたいと考えています」(同)
仕事が変わる、勤務先が変わる、家族構成が変わる、人は生きていくうちにその環境はどんどん変化する。そのたびごとに、住む住宅も変えていけるようになれば、もっと充実した暮らしを営んでいける。スフィアが目指すのはそんな住宅だ。
住宅産業の将来を救う3Dプリンター技術
コロナ禍は日本の住宅産業にも大きな課題を残した。躯体となる木材だけでなく、住宅設備も海外生産品が多く使用され、サプライチェーンや輸送コスト、為替問題まで、大きな影響を受けた。
また、近年は人の問題も大きくクローズアップされている。建築施工現場では、若年の労働者が減り続け、大工をはじめとする職人の技能を受け継ぐ人がいなくなってきている。現在においては、木造であれ鉄筋コンクリートであれ、多くの住宅資材や部材の工業製品化が進んだとはいえ、現場での職人による技能労働は欠かせない。つまり、技能を持った職人がいなければ、家は建てられないのである。
「3Dプリンターによる家づくりは、建築のロボット化でもあります」(同)
将来にわたって不足することが目に見えている建築労働者に代わって、住宅の供給を維持していくための手段が、3Dプリンター住宅だともいえる。
プロジェクトの今後を聞いてみた。
「2021年の8月か9月ころ、アメリカから実際のプリンターを持ってきて、実証実験を行います。この実験には、ゼネコンや住宅メーカーも参画します」(同)
既存の住宅の概念を打ち破る3Dプリンター住宅。今は「住宅」の枠組みには当てはまらないが、業界での注目度の高さは、今の日本の住宅産業の危機感の表れとみることもできるのではないだろうか。
3Dプリンター住宅が実用化され、普及するとき、暮らし方の多様化はますます加速するだろう。この新しい「住宅」が、私たちの生活を革新させる装置となりうるかもしれない。
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