極めて珍しい「女性建築家」を描いた物語
フィクションの映画で「女性建築家」を描いた作品を初めて見た。それぞれのエピソードがリアルで面白い。そして、考えさせる。2016年に日本公開されたイタリアのコメディー映画「これが私の人生設計」だ。
建築や住宅、それを設計する「建築家」は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(BUNGA NET編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。
序盤はこんな展開だ。国際的な建築系企業の設計スタッフとして各国で活躍していたセレーナ・ブルーノ(パオラ・コルテッレージ)。ロンドンでも複数のビルを掛け持ちしていた。忙し過ぎる毎日の中で、ふと自分を見つめ直し、新たなステップを踏み出そうと故郷のローマに帰ることを決意する。
まず、印象的なのが、セレーナがそれまで勤務していた会社を「辞める」と、同僚たちに伝えるシーン。
ロンドンのビッグプロジェクトが終わり、集まっていた各国のエリートたちが「次はどうする?」「オレはニューデリー」「ドバイが建設ラッシュだ」などと話して盛り上がっている場面。セレーナが「私はイタリアに帰るつもり」と言うと、その場が凍りついたように静かになる。どうやら、イタリア建築業界での女性活躍度は、彼らの中では最低ランクであると分かる。
イタリアの男女格差はこんな調査にも
筆者は、「イタリアの男性は女性に優しい」=「イタリアは女性が仕事をしやすい社会である」と、短絡的な図式を描いていた。しかし、この映画を見るとだいぶ違うようだ。
セレーナはローマに戻って就職を探すがなかなか能力を生かせる職場はない。ようやく大手の会社から採用内定をもらうも、契約書の中に「妊娠したら解雇」という文面があり、それに異議を唱えると採用は取り消しになってしまう。
これは、「建築業界」だからなのか、「イタリア全般」の傾向なのか。筆者にはイタリア人の知人がおらず、詳しいところは分からない。だが、国全体としてその傾向があることは否めないようで、ちょうど最近、こんな調査を目にした。毎年、世界経済フォーラムが発表している「ジェンダー・ギャップ(男女の違いにより生じる格差)指数」だ。2021年3月末に発表された最新版を見ると、イタリアは調査対象156カ国中の63位。上位は1位アイスランド、2位フィンランド、3位ノルウェーと北欧が占め、ヨーロッパということで見ると、10位スイス、11位ドイツ、16位フランス、23位イギリスと、おしなべて順位が高い。イタリアの63位はヨーロッパ諸国の中ではかなり低いといえる。
男女格差だけでなくLGBTもさらりと描く
物語に戻ろう。セレーナは生活が厳しくなり、仕方なく、カフェでアルバイトしながら生計を立てることにする。そのカフェのオーナーであるイケメン男性フランチェスコ(ラウル・ボヴァ)と心を通わせていくが、彼はゲイだった。
ある日、老朽化した大規模住宅団地が改修案を募集していることを知ったセレーナは、夜な夜な設計を進め、提案書を作成。案は採用されるが「提案者は男性」と勘違いされる。やむなくゲイのフランチェスコを架空の上司に仕立ててプロジェクトを進めるが、さてさてどうなる……という、ドタバタ劇だ。
企業内での男女格差を浮き彫りにするために、ゲイの男性を絡めて物語を進めるのがうまい。セレーナから「女の建築士なんて誰も認めないわ」と懇願され、できる建築家のふりをすることになるフランチェスコ。見ているうちに、ゲイカップルの日常についてもいろいろと知り、ゲイの人たちを身近に感じるようにもなる。
「輝く都市」を目指した大規模団地の荒廃
「建築」の面で勉強になったのは、イタリアの大規模住宅団地の“度を超えた巨大さ”だ。物語のカギとなる団地は、10階建て規模で、複数棟がおよそ1kmにわたり一直線に連続している。どう見てもCGとは思えない、リアルな老朽化ぶりだ。
調べてみると、やはり実在する建物だった。ローマ郊外に立つ「コルヴィアーレ」という公営住宅で、1970年代から80年代初頭にかけて建設された。その威容から「セルペントーネ=大蛇」と呼ばれているという。デザインといい、規模といい、明らかにモダニズムの巨匠ル・コルビュジエの影響を受けていると思われる。
「輝く都市」(コルビュジエの著作名)を目指して建設された大規模住宅団地「コルヴィアーレ」。その荒廃した様子を見て、セレーナは建物の中間層1層分を「緑の空間」とすることを提案する。フィクションとは思えない秀逸な提案! と思ったのだが、これも調べてみると、実在する女性建築家(グエンダリーナ・サリメイ)が実際に提案したアイデアをもとにしたのだという。フィクション映画ではあるが、彼女の体験が物語のヒントになっているようだ。だからリアリティーがあるのか……。
ジェンダー・ギャップ指数、日本は何位?
映画のラストが「大逆転」で終わらないのは、ハッピーエンド好きな筆者としてはやや残念。それでもセレーナが最後までポジティブなので、後味はいい。そして、男女格差、LGBT、ニュータウンの再生……と、本当にいろいろと考えさせる。
うまいなあと思うのは、これが「コメディー映画」という形式での発信であること。全く説教くさくない。真正面からこうしたテーマを扱うドキュメンタリーであったら、遠い日本にいる筆者が見ようと思うことはなかっただろう。
ところで、前述の「ジェンダー・ギャップ指数」。日本は何位かというと、156カ国中120位だ。イタリアよりもずっと下。うーむ……。
建築分野はそんなことはない、と言いたいところだが、確かに建築系企業の部長クラスで女性に取材する機会は滅多にない。そんな状況を早く変えたいと思っている建築業界の方は、ぜひこの映画を見ていただきたい。
■■映画「これが私の人生設計」
劇場公開(日本):2016年3月(イタリア公開は2014年)
原題:SCUSATE SE ESISTO!/DO YOU SEE ME?
監督:リッカルド・ミラーニ
脚本:ジュリア・カレンダ、パオラ・コルテッレージ、フリオ・アンドレオッティ、リッカルド・ミラーニ
出演:パオラ・コルテッレージ、ラウル・ボヴァほか
103分/イタリア
公開日:





