信長の心をつかんだ無名の棟梁
映画「火天の城」は、織田信長の命を受けて、「安土城」の築城に挑んだ棟梁の物語である。「戦国時代の『プロジェクトX』」「第11回松本清張賞を受賞した歴史小説を完全映画化!」──。そんな触れ込みで、2009年に公開された。物語の面白さはさておき、「建築」の視点で見ると、正直、評価に迷う映画である。
建築や住宅、それを設計する「建築家」は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(BUNGA NET編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。
棟梁というのは、「建築家」兼「現場所長」の仕事である。日本はもともと棟梁の文化であった。建築家という仕事が「デザイン」「技術」「法規」(戦国時代であれば兵法)とオールマイティーさを求められる仕事であるうえに、棟梁にはさらに「施工計画」や「現場のマネジメント」が加わる。そんな棟梁という複雑かつ魅力的な仕事を真正面から捉えたという触れ込みのこの映画、ここで取り上げないわけにはいかない。
序盤はぐいぐい引き込まれる。1575年(天正3年)、長篠の戦いで武田勢を破った織田信長(椎名桔平)は、天下統一事業を象徴する巨城を、琵琶湖を臨む安土の地に建設することを決意。岡部又右衛門(西田敏行)に設計と建設の指揮を執るように言い渡す。又右衛門は熱田の宮大工で、全国的には有名ではないが、信長が十数年に渡って才能を評価してきた男だ。
信長が建てようとしているのは、誰も見たことがない五重の城だ。
信長:「五重の櫓(やぐら)が天下を従えてそびえ立つかどうか、その1点を答えよ」
又右衛門:(少し間を置いて)「建てまする」
信長:「ようゆうた!」「何年かかる?」
又右衛門:「5年はかかりまする」
信長:「3年で建てろ」
強引な信長を演じる椎名桔平がいい感じだ。
命をかけた火災実験
そんなやりとりで信長は又右衛門に築城を命じながらも、後になって「指図(さしず)争い」にすると言い出す。指図とは図面のこと。つまり、指図争い=設計コンペだ。又右衛門と提案を競うのは、金閣寺を建立した京都の池上家と、奈良の大仏殿建造を担った中井一門。信長は名門2者の顔を立てながら、地方都市の宮大工・又右衛門の優秀さをアピールさせ、誰もが納得する形で建設を進めようと考えたのだ。
信長は「五重の櫓」という条件のほかに、「内部に大きな吹き抜けを設けること」を加える。城の視覚的インパクトを増すためだ。
そして、指図争いの当日。信長の前に3つの模型が並べられ、それぞれの棟梁がプレゼンをする。ところが最後に登場する又右衛門の案には「吹き抜け」がない。現在のコンペであれば要項違反=失格で済むが、信長の意にそむくことは死罪を意味する。
「吹き抜けはどうした?」と詰め寄る信長に、又右衛門は「親方さま、これを!」と言い、3つの模型に火をつける。すると池上家と中井一門の模型は、全体がたちまち大きな炎に包まれる。だが、又右衛門の模型はなかなか火が上っていかない。中に吹き抜けがないからだ。
これは、よく聞くかもしれない「煙突効果」という現象で、窓が少なく、空気が下から上に流れる空間では、室内がかまどのような状態になって一気に燃え広がる。
又右衛門はこう叫ぶ。「その道(吹き抜け)は、炎の道となりまする。親方さまの命を守る城をつくる務めにてございます!」。又右衛門の命をかけた要項違反は信長に認められ、正式に安土城の建設リーダーに指名される。
次は命をかけてヒノキを探しに
なんて、科学的な棟梁! と、序盤の火災実験で思い込んでしまう。だが、中盤以降、「おや?」と感じ始める。
中盤の山場は、親柱となる巨大ヒノキの調達だ。親柱は建物の中心に立つ柱。一般には「心柱(しんばしら)」と呼ぶことが多いので、この記事でも心柱と呼ぶ。
又右衛門は、5重の屋根を支えるためには、内部は7層の構造(5重7層)にすることが必要で、その中心に立つ心柱は巨大なヒノキがふさわしいと考える。誰も見たことのない「天下一のヒノキ」を求めて、木曽義昌(笹野高史)の領地である木曽の山中にヒノキを探しに行く。義昌は織田信長の配下ではない。ここでも、命をかけて材料探しに出かけたわけだ。
義昌の領地に入った又右衛門は、あっけなく義昌の下に連行される。又右衛門は義昌に向かって、「この命と引き換えで済むならば、差し上げまする。代わりに、御領内のヒノキを頂戴いたしとう存じまする」と懇願。面倒ごとを避けたい義昌は、ヒノキの匠である甚兵衛(緒方直人)に、「適当なヒノキを見せて、追い返せ」と命じる。
甚兵衛はその命令に従って森を適当に案内するが、又右衛門は甚兵衛が寝ている間に、勝手に森の中を探しまわり、樹齢400年のヒノキの巨木を発見。甚兵衛が、「この木は、この山が2000年をかけた育てたご神木である」と言うと、「その2000年、風雪に耐える城をつくりたい。頼む」と懇願する。
結局、甚兵衛はその熱意に打たれ、義昌の許可を得ずに、巨大ヒノキを又右衛門に送ってしまう。そして、それが発覚し、甚兵衛は義昌に斬られる。
いいシーン!と思う人が多いのかもしれないが、「え?」と思った。冒頭の火災実験のエピソードと2つの点で矛盾している。
1つは、甚兵衛がこっそりヒノキを送ることは、すなわち主君(義昌)にそむくことで、死罪を意味する。そんなことは当然分かっていながら、ヒノキをくれと甚兵衛に迫るのは、「命を守るお城をつくる」を掲げる「人命第一主義者」とは対極だ。自分の命をかけるのはいいが、他人の命を城と秤にかけるのはどうなのか。
もう1つの違和感は、「城の実現には巨大な心柱が必要」という判断が、あの火災実験を行った科学的センスの持ち主とはとても思えないこと。「5重の屋根を支えるためには、内部は7層の構造(5重7層)にすべき」と、ここまでは非常に科学的。それだけの構造設計の力があるならば、絶対に、細い柱を複数立てて荷重を分散するか、何本かの柱を束ねて組み柱にするはずだ。
そんなことは承知のうえで又右衛門が「天下一のヒノキを」と言ったならば、それは「構造的に不可欠」ということではなく、「意匠のシンボルとして必要」という意味であろう。甚兵衛の命はその代償となったのである。
山本兼一の原作小説は別物
終盤のエピソードも、「えっ、その選択?」「2000年持たせるんじゃないの?」と思った。だが、それを書くと、あらすじを全部書くことになってしまうので、後は映画なり、原作の小説なりをご覧いただきたい。
振り返ってみると、この映画は、少なくとも「戦国時代の『プロジェクトX』」ではない。序盤の火災実験は確かにその雰囲気だが、信長に建設リーダーとして正式任命されて以降は、「誰も見たことのない建築をつくること」に取りつかれた棟梁の「業(ごう)」、あるいは「乱心」を描いた物語として見た方がしっくり来る。
原作は、山本兼一(1956~2014年)が7年をかけて書いたという同名の原作小説だ。私も、映画を見た後で読んでみた。あれ、映画と全然違う……。小説の中の又右衛門は、それほど清廉潔白な人間ではない。クリエイターらしい業を持つ人間として描かれている。だから、それぞれのエピソードもしっくり読める。原作では、映画は安土城の完成で終わるが、小説は安土城がわずか6年で焼失するシーンまでを描いている。
あなたが建築関係者ならば、小説を先に読んだ後、「えっ、そうする?」と突っ込みながら映画を見るのがいいかもしれない。こういうシブいテーマを豪華キャストで映画化してくれたことに感謝しつつ……。
■■映画「火天の城」
劇場公開:2009年9月12日
原作:山本兼一
監督:田中光敏
脚本:横田与志
出演:西田敏行(又右衛門)、大竹しのぶ(妻・田鶴)、福田沙紀(娘・凛)、椎名桔平(織田信長)、緒形直人(甚兵衛)、笹野高史(木曽義昌)ほか
配給:東映
139分/日本




