パリは都市を改造して感染症を克服した
19世紀半ばまでのパリは、街路が複雑に入り組んでいた。
両側に多層の建物が迫り、光が十分に届かない狭い路地は、王政に反旗を翻した人々によってバリケードが築かれ、二月革命を支えた。し尿を都市空間に垂れ流す不衛生な環境は感染症を蔓延させ、1832年のコレラの大流行では約1万8,000人の死者を出した。
1852年に皇帝となったナポレオン3世は、この状況を受けパリの大改造を決意。セーヌ県知事のジョルジュ・オスマンによって、明るく広い放射状の街路、清潔な水と公衆衛生をもたらす上下水道、建物の高さ制限と街路照明の整備がなされ、今日に続くパリの景観の原型をつくった。感染症は、都市の姿をも変えるきっかけとなるのだ。
世界的なパンデミックとなり、2021年4月現在も未だ収束が見えない新型コロナウイルス感染症は、これからの都市を変えるきっかけとなるのだろうか。
公益社団法人日本都市計画学会が年に1度主催する「都市計画セミナー」は、都市計画・まちづくりに関する最新情報の研修会と位置付けられ、国の施策やそれを受けた最新の動向が共有される。今年は「コロナ禍により変化が加速する都市・社会の姿を展望し、これからの都市計画を考える」というテーマで、2021年1月22日~2月5日のうち4日間、オンラインで開催された。本記事では「加速するデジタル化社会とスマートシティ」と題して行われた2日目の内容をレポートする。
未知数だからこそ、データの活用が必要
スマートシティとは、交通や人流、気象、建物などのさまざまなデータを重ね合わせ、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などの技術を活用することで、市民に安全で安心な生活や効率的な都市サービスを提供するまちづくりのことである。
セミナーの冒頭、国土交通省都市局の筒井祐治氏によって、国のスマートシティ政策の概要が説明された。
コロナで加速したオンライン化・リモート化は「イエ」の重要性を高める一方「マチ」の必要性を引き下げる可能性があり、それが未知数である点、また人口減少や高齢化に伴う政策需要は、これまでの経験則が通用しない点から、これまで以上にデータに基づくまちづくりが必要であるとし、スマートシティの推進を説いた。
また、2018年には安倍晋三首相(当時)からも「スマートシティをまちづくりの基本」とするよう指示があり、省庁を超えて連携するとともに、官民連携でスマートシティを実証・実装するモデルプロジェクトを各地で実施していると説明。その成果を基に、2021年度にはガイドラインを公開し、さらなる普及を目指すという。
パソコンのようにビル機能をアップデートする“建物OS”
前半の事例報告では、4つのモデルプロジェクトが紹介された。
大田区の羽田空港跡地第1ゾーン「HANEDA INNOVATION CITY」では、区内に点在する町工場等の先端産業の振興や、文化産業の発信といった同区が目指す姿を実現するためのスマート技術の実証を目指す。
プロジェクトでは、自動運転のスマートモビリティや、自動清掃や自動配送をするスマートロボティクスなど、最先端技術による生産性向上の実証実験を行うとともに、それらの効果検証を行うための3次元空間情報データの連携基盤など、スマートシティを支えるデジタル基盤の構築に取組んでいる。
江東区の「豊洲スマートシティ」では、東京BRT(バス・ラピッド・トランジット)の交通結節点となる「豊洲MiCHiの駅」で、平時には「遊ぶ」「食べる」などの賑わいの拠点として、一方災害時には防災の拠点として、デュアルモードの都市インフラづくりを目指す。
ひとつの都市をフィジカル(現実)空間とサイバー(仮想)空間に分けたデジタルツインの考え方のもと、建物OS「DX-Core」の開発にも取組む。建物OSとは、建物版の「iOS」や「Windows」をイメージしてほしい。さまざまな機器と連携した建物OSをビルに入れることで、パソコンと同様、OSをアップデートするだけでビル機能をアップデートできるという技術だ。
混雑状況を見える化し、密の回避を促す
ネットワーク型コンパクトシティの切り札となる芳賀・宇都宮LRT(次世代型路面電車システム)の開業を控えた宇都宮市では、大谷資料館(採石場跡地)など観光資源が多い大谷地域での観光型MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)や、AIを活用したオンデマンドの乗合い交通配車システムなど、LRTを軸とした交通のスマート化を進める。
他にも、通りや店舗毎に混雑情報を見える化し、混雑情報に応じてクーポンを発行する。混雑していない店舗への回遊を促すサービスは、コロナ禍での密を避けるニーズにも応える。この技術は、同市の名物である餃子を目的にやってきた観光客を、待ち時間に他店舗へ回遊させるなど、目玉となる観光資源の集客効果を他に波及させる役割も担う。
岡崎市では、国土交通省が進める「居心地が良く歩きたくなる」まちなかウォーカブルを支える手段として、スマート技術を実装する。
アプリを活用したサイクルシェアや、駐車場の混雑情報の提供で、ウォーカブルを補完。また、顔認証による通行人属性推定技術や人流動線把握技術は、沿道のテナント構成や賃料の検討のほか、実施したイベントやキャンペーンの効果検証にも活用できるという。
まちづくり活動の成果を、リアルタイムデータで検証することができれば、需要に対して即応性のある施策が可能となり、来街者にとってはニーズにすぐに応えてくれる魅力あるまちなかとなるだろう。コロナ禍においてはこれらの技術を活用し、混雑状況を来街者に共有して密の回避を促している。また、これらの技術を応用してマスク着用率を算出し、安心を提供できるようなサービスの実験も行っているという。
いずれも、これまで効率的なまちづくりの手段として取り入れたスマート技術が、コロナ禍で思わぬ力を発揮した格好だ。
スマートシティは目的ではなく手段である
日本都市計画学会スマートシティ特別委員会の中には、3つの小委員会がある。セミナー後半は、スマートシティ特別委員会幹事で東京大学教授の小泉秀樹氏のコーディネートのもと、それぞれの小委員会から幹事が登壇してトークセッションが行われた。
「都市のあり方と制度小委員会」からは、東京大学准教授の村山顕人氏が話題提供を行った。コロナ禍では、密を避けて人が郊外に分散する動きがある一方で、職住近接など、集積する向きもあることを指摘。現在の都市計画ではその両方を考慮しなければならない段階にあるとし、リアルタイムにデータを分析できるスマート技術が、今の可変的な都市のマネジメントを支えられるよう、技術の整理が必要だとした。
また、村山氏は、スマートシティは目的ではなく手段であると強調する。スマートシティのために都市施設をつくり替えるのではなく、既存の都市施設を使い倒すための手段であるべきだという。ナビゲーションシステムで自動車を特定の駐車場へ誘導・集約して、空いた駐車場をマーケットなど別の用途で使う施策を例に挙げると、あくまでそのナビゲーション技術は、土地利用の有効化という目的を実現するための手段であるということだ。しかし、ツールをつくってしまったがゆえ、当初の目的に影響を与えてしまうということもあるという。例えば、自動運転という技術をつくったために、分散した居住を可能にしてしまい、その結果、エネルギー効率の悪化や、財政への負荷を増やしてしまうというケースだ。スマート技術を有意義に活用するためには、課題解決型のアプローチであることが原則だ。
都市計画過程のスマート化で、真の市民参加を実現
都市計画の方法論を検討する「プランニングプロセス小委員会」からは、同小委員会幹事でUDCK(柏の葉アーバンデザインセンター)副センター長の三牧浩也氏が、都市計画の過程そのもののスマート化について話題提供を行った。
スマート技術を使い、計画の予測精度が上がることや、予測をわかりやすく可視化する技術によって、市民への都市計画の根拠の説明が行いやすくなるという。また、市民が意見を言いやすいデジタルプラットフォームをつくることによって、これまでの、住民説明会のような市民参加の方法から、計画段階からの、より本質的な住民参加が期待できると説明した。
また、三牧氏が参加者のある質問に対して、都市計画過程におけるスマート化を、過去の手法との対比で象徴的に説明した場面は印象的だった。
これまでの都市計画は、縮尺10万分の1の図面、1万分の1の図面、2,500分の1の図面と、別々の紙の上で、それぞれのスケールで検討すべきことを考えてきたが、スマート化した計画過程では、それらを連続的に拡大・縮小できるようになる。これまで横に並べて見比べていたマスタープランや基本計画、交通計画などの別々の計画も、一つの図面に取り込み、シームレスに検討することができると説明。これらは、他で進むプロジェクトの中に、目の前の自分たちのプロジェクトを位置付けやすくなり、個別の計画のシナジーを生みやすくなるとともに、固定された枠組みの中での計画検討ではなくなる。その究極は、連続的に見る中で、その時々で見えてきた関係者が適宜プロジェクトに参加する、フルオープン型の都市計画過程だというのだ。
スマートシティをどうマネタイズするか
「プロジェクトスキーム小委員会」からは同小委員会幹事で国土交通省都市局の筒井氏が登壇。スマートシティをマネタイズするための3つのビジネスモデルを説明した。
第一に、エリア価値向上による受益を基にしたエリアマネジメントモデル。第二に、公共的なサービス提供に対する対価を基にした、自治体サービスモデル。第三は、未知数としながらも、収集したデータの販売対価を基にしたデータ流通モデルだ。
それらの財源としても、行政の普通財源、会費、プラットフォーム利用フィー、サービスフィー、SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)のような成果報酬、受益者となる民間の負担など、現時点ではさまざま考えられるというが、誰がどれだけの費用を負担するのが適正かを導くことができるのも、スマート技術のなせる業だという。
コロナ禍で、人々の働き方や暮らし方は大きく変容している。例えば、外出自粛に伴う結果としてEコマースの伸長があるが、それは一方で都市での買い物需要にマイナスに働く可能性もある。オンライン化・スマート化した都市では、中心市街地の価値はどう残るのであろうか。国土交通省の筒井氏も予見は避けたものの、「わからない」のが実態だという。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展などで、都市は既存の都市計画が予期しない速度で変化する可能性がある。変容する都市の政策需要に対して、データというエビデンスに基づいた計画ができるのは、スマートシティの強みである。
また、スマートシティは、人流データなどの客観的なデータだけでなく、人々の想いや感情といった主観的情報も収集できる可能性をもっている。どのような都市空間で人々が幸せを感じるのかを学習することで、これまでの機能主義的な都市計画から、人々の幸せを主義とする都市計画へ変わっていくかもしれない。
パリは、都市改造によって花の都と呼ばれる美しい都市を手に入れた。都市計画を司る国土交通省の筒井氏は、セミナー中何度も「都市計画は人々のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=人生の質)を上げるためのもの」と口にした。この言葉を現実にするスマートシティの可能性に期待せずにはいられない。
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