始まりは農機具造りから

前回、【家族団らんの場に温もりを届ける“鉄の仕事屋”の手造り薪ストーブ】の記事で、愛知県安城市で溶接業を営む杉浦熔接の工房主、杉浦章介さんに薪ストーブについて伺った。今回は、杉浦さんが薪ストーブを造ることになった経緯について話を聞いた。

杉浦熔接のルーツは1950年代に鍬鍛冶を始めたのが最初だったそうだが、この頃にはまだ薪ストーブは造っていなかったという。

1955年頃のこと、溶接技術を教えるためにドイツの溶接技術士が日本にやって来て名古屋で講習を開いた。杉浦さんのお祖父さんはその講習に参加して溶接を覚え、鍛冶屋として鍬やリヤカーなどの農機具造りを始めた。

1960年代、安城市で自動車産業をはじめとする製造業が栄えだした頃、杉浦熔接の稼業も2代目である杉浦さんのお父さんに引き継がれたが、工場部品の修理・加工などが仕事の主流で、やはりまだ杉浦熔接で薪ストーブは造っていなかった。そもそも、日本で薪ストーブを造っているところなど、ほとんどなかったのである。

杉浦さんの話によると昭和初期の頃(1930年代)、軽井沢に1軒、外国人宣教師が持ち込んだものを参考にして薪ストーブを造っている専門店(板金屋)があったそうだが、日本ではその後、ガス・石油ストーブが普及したため薪ストーブの需要は伸びなかったという。

日本で、しかも寒冷地ではない安城市で薪ストーブに出会う確率は高くないはずなのだが、杉浦熔接の現在の工房主である3代目の杉浦さんは、1990代に偶然にも薪ストーブと出会うことになる。

杉浦さんのお祖父さん手造りの溶接道具。真っ赤に焼けた金属をつかむときに大活躍していたとか杉浦さんのお祖父さん手造りの溶接道具。真っ赤に焼けた金属をつかむときに大活躍していたとか

手造りの焚き火台「タンク団十郎」

「僕がうちの稼業を継ぐんだろうな、と漠然と考えていました」という杉浦さんは大学卒業後、杉浦熔接で働き始めた。2代目がまだ現役で活躍していたため、杉浦さんは仕事が終わったあとにも余力が残っていたようで、趣味のアウトドアで使うためのバーベキューコンロなどを手造りしていたという。

あるとき、アウトドア仲間たちとキャンプオフ会をしようという話になり、鹿児島・東京・鳥取・大阪・四国などから20人ぐらいが岐阜県のキャンプ場に集まった。そのとき杉浦さんが持っていったのが「タンク団十郎」と名づけた、トラックのホイールを利用して手造りした焚き火台だった。

焚き火台の周りにカウンターを付けて炉ばた焼き風に仕立てたところ、仲間たちから大絶賛。この調理機能を備えた手造りの簡易ストーブが、のちの手造り薪ストーブの原型になったとも言える。タンク団十郎は商品化まではしなかったが、仲間に欲しいと言われれば無償で造って提供していたそうだ。

杉浦さんに「薪ストーブを造ってほしい」という依頼があったのは、そんな頃だったという。豊田市に住むキャンプ施設を運営している知り合いから、家を新築するので薪ストーブを設置したいと相談された。

左は溶接専用の「電気溶接トーチ」、右は溶接と切断ができる「ガス溶接溶断トーチ」左は溶接専用の「電気溶接トーチ」、右は溶接と切断ができる「ガス溶接溶断トーチ」

今も現役、手造り薪ストーブ第1号

杉浦さん自身、依頼を受ける以前から薪ストーブに興味は持っていた。

「昭和の始めから薪ストーブを造っているという、軽井沢の専門店のストーブがテレビに写ったのをたまたま見て、カッコイイ! と思っていたんです」。

知人からのたっての頼みで薪ストーブを造ることになった杉浦さんだったが、造り方どころか薪ストーブ自体の資料さえほとんどない時代。もちろんインターネットもまだ十分普及していない頃である。そこで、杉浦さんは職人の人脈を駆使して「どこかで薪ストーブを見たら教えてほしい」とあちこちに声をかけた。すると、すぐに「隣町の喫茶店に薪ストーブがある」という情報が入った。行ってみると、運のいいことにその薪ストーブは、杉浦さんがテレビを見て一目惚れした、あの薪ストーブを造った専門店が製造したものだった。

杉浦さんはさっそく店主に事情を話し、何度も店に足を運んで、薪ストーブの外観から中の構造まで細かくスケッチし写真を撮った。そうして作成した手書きの図面をもとに、2ヵ月もの月日をかけて商品としての手造り薪ストーブ第1号を完成させたのである。現在は1台を約25日で完成させるというから、見よう見まねで仕上げた第1号の製作がいかに大変だったかがよくわかる。

ちなみに、その第1号薪ストーブは今も現役で稼働している。下の写真がそれである。

杉浦さんが初めて手掛けた手造り薪ストーブ(2013年撮影)と手書きの図面杉浦さんが初めて手掛けた手造り薪ストーブ(2013年撮影)と手書きの図面

汗をかきながら薪を割るのも、いいもんだ

今から20年程前、薪ストーブを造り始めたばかりの頃はあまり売れていなかったというが、現在では杉浦熔接のメイン商品となっているという。

「実際に使ってくださっている方の意見を参考に、形を変えたものや、調理機能を外したストーブだけのものなど試作品をたくさん造りました。より安全で使いやすいものになるよう、今も部分的な改良をしています。最近では薪ストーブだけでなくロケットストーブも人気が出てきたので、これももっと良いものにしていきたいですね」

ロケットストーブというのは、わずかな燃料を高速で燃やして使うストーブ。分解して保管でき、女性2人ぐらいで簡単に組み立てられる。震災のときに厨房機器として活用されたことで話題になり、広く知られるようになった今では、自宅の庭やキャンプ場などで使う人が増えているそうだ。

杉浦さんに、ここ数年、薪ストーブやロケットストーブの人気が高まってきているのはなぜだと思うか尋ねてみた。

「近代化が進んでスイッチ一つで何でもできるようになって、家庭の中から家事労働がずいぶん消えているじゃないですか。それを取り戻したいのかな、と思います。お父さんが家庭で汗をかきながら薪を割ったり料理をしたりする姿っていうのも、いいじゃないですか」

薪を割ったり火を起こして料理をするのはラクではないが、「気持ちにゆとりを持ってひと手間かかる生活を楽しみたい」という人が増えているのかもしれない。そして、そんな人が増えているから、薪ストーブやロケットストーブの魅力が見直されているのかもしれない。

【取材協力】
■鉄の仕事屋 
http://www.katch.ne.jp/~showsuke/index.html


【関連リンク】
■鉄の仕事屋の薪ストーブ造り 
https://wp021.wappy.ne.jp/ironstove.com/index.html#id1


■安城市 
http://www.city.anjo.aichi.jp/

分解して保管でき、持ち運びができて値段も手ごろなロケットストーブは人気が高まっており、杉浦熔接への問い合わせも多いという。ダッチオーブン愛好家からも注目されているとか。料理は杉浦家の庭でロケットストーブを使い杉浦さんが作ったもの分解して保管でき、持ち運びができて値段も手ごろなロケットストーブは人気が高まっており、杉浦熔接への問い合わせも多いという。ダッチオーブン愛好家からも注目されているとか。料理は杉浦家の庭でロケットストーブを使い杉浦さんが作ったもの

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