「宇都宮ライトレール」とは

延伸などを除く路面電車路線の新設は国内では1948年に開業した富山地方鉄道伏木線(現 万葉線)以来75年ぶり延伸などを除く路面電車路線の新設は国内では1948年に開業した富山地方鉄道伏木線(現 万葉線)以来75年ぶり

2023年8月26日に栃木県宇都宮市と芳賀町で新たなLRT路線、芳賀・宇都宮LRT宇都宮芳賀ライトレール線(以下、宇都宮ライトレール)が開業する。本稿では、開業までの経緯や期待される効果をまとめるとともに、現時点での不動産市場への影響を紹介する。

また、従来の路面電車とは似て非なるLRT(Light Rail Transit:ライトレールトランジット)というシステムについては、その歴史と要件を以下の別記事で紹介しているので参照いただきたい。

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宇都宮ライトレールの概要

宇都宮ライトレールを運営するのは、行政と民間が出資した宇都宮ライトレール株式会社。運営に必要となる施設や車両は宇都宮市と芳賀町が整備・保有し、宇都宮ライトレール社に貸し付ける公設型上下分離方式を採用する。運行ルートはJR宇都宮駅東口から芳賀・高根沢工業団地までの14.6kmで、起終点を含み19ヶ所の停留所が設置される。初乗り運賃は大人150円で、全線を乗り通すと400円だ。

開業当初は全便が各駅に停まり、全線を48分で走破する。また、運転間隔はピーク時で約8分間隔、日中と土休日は約12分間隔を予定するが、これらは「暫定ダイヤ」とされており、開業翌年以降に利用実態を踏まえてダイヤ改正を実施するという。なお、将来の快速運転に備えて途中の平石停留場とグリーンスタジアム前停留場に電車の追い越し設備を設けている。

延伸などを除く路面電車路線の新設は国内では1948年に開業した富山地方鉄道伏木線(現 万葉線)以来75年ぶり運行ルートはJR宇都宮駅東口から芳賀・高根沢工業団地までの14.6km(出所:宇都宮市HP)

開業までの経緯

宇都宮市のLRT計画は、1990年代前半、市東部の清原工業団地に向かう道路が慢性的に渋滞することに対し、当時の栃木県知事が新交通システムの導入に意欲を示したことが発端とされる。1993年に民間による新都市交通システム研究会が立ち上がり、1997年には県と市が新交通システム検討委員会を設置。調査を経て2003年に出された報告書で、導入システムをLRTとすることが明記された。その後計画は停滞するが、2013年に市がLRT整備の基本方針を策定し2015年には運営会社を設立。2018年に着工した。

なお、当初2022年3月の開業を予定していたが、2021年1月に新型コロナウイルス感染症の影響などで開業の1年延期を発表。その後、工事の遅れからさらに開業が遅れることとなり、2023年8月26日の開業となった。

延伸などを除く路面電車路線の新設は国内では1948年に開業した富山地方鉄道伏木線(現 万葉線)以来75年ぶり鬼怒川に架かるLRT専用の鬼怒川橋梁

宇都宮市の課題と、目指す都市の姿

宇都宮市民の交通手段は自動車への依存が高く、1975年に37.6%だった自動車の分担率は2010年には66.2%にまで増加。低密度な都市が広域に広がり、生活に車が欠かせない“車社会”となった結果、鉄道やバスなどの公共交通利用者は減少している。

一方、宇都宮市の人口は2017年の52万人をピークに減少に転じ、同年に24.1%だった高齢化率は2050年には36.3%に上ると推計されている。運転免許の返納者も増えていることから、宇都宮市は、このまま公共交通が衰退すると、車の運転ができない市民の日常の足がなくなり、外出が困難になる市民が増えると懸念。そこで、都市機能を市域内のいくつかの拠点に集約し、それらを結ぶ階層性を有する交通ネットワークを作ることで「ネットワーク型コンパクトシティ」を形成し、すべての市民が都市機能や施設に便利で快適にアクセスできるまちづくりを行うこととした。
宇都宮市は、LRTがその交通ネットワークの柱になると期待しているのだ。

ネットワーク型コンパクトシティのイメージ(出所:宇都宮市HP)ネットワーク型コンパクトシティのイメージ(出所:宇都宮市HP)

宇都宮ライトレールを支えるシステム

LRTは、ヨーロッパを中心に車両の床を地面から300mm程度の高さとした超低床電車が使用され、さらに日本では「次世代型路面電車」と訳されることも多いため、超低床電車とLRTが同義と誤解されることがある。しかしLRTとは車両ではなく、あくまでシステム全体の概念だ。以下、宇都宮ライトレールを支えるLRTのシステムを紹介する。

超低床電車(LRV)

全幅2.65mと従来の路面電車より幅が広く、軌道法の制限に近い全長29.52mの連接車両を導入し、定員160人とバスよりも大きい輸送力を確保する。また、ホームから段差なく乗り降りでき、車内にも段差やスロープのない100%低床車両とすることで、道路からスロープでアクセスできるホームと合わせてバリアフリーを実現している。さらに、今後の速度向上(軌道法では最高時速40kmが上限だが、軌道運送高度化実施計画に基づく特例が認可されている)を見込み、最高時速70kmでの運転が可能な設計としている。

乗降の容易性はLRTの大切な要件のひとつとされる乗降の容易性はLRTの大切な要件のひとつとされる

トランジットセンター

宇都宮市は、LRTを交通ネットワークの柱と位置づけ、LRTと接続するバスや、タクシー車両などを使用した「地域内交通」と合わせて交通ネットワークを築くとしている。そのため、LRTと他の交通機関の乗り換えの利便性が大切になるが、宇都宮市ではライトレール開業を機に、LRTと鉄道、バス、地域内交通、自動車、自転車の交通結節点となるトランジットセンターを5ヶ所に設置する。これにより、わかりやすく、スムーズな乗り換えを実現するとしている。

セルフ乗車

従来の路面電車は、運賃支払いの確認のために乗務員のいる扉からしか下車できないことがほとんどで、そのために発生する車内移動や運賃支払いの時間が速達性の向上を阻害していた。しかし、信頼できる交通機関であるためには所要時間の短さと定時性が求められるため、宇都宮ライトレールではICカードでの運賃支払いに限り、どの扉からも乗り降りできる「セルフ乗車」を導入し、乗降時間の短縮を図る。

乗降の容易性はLRTの大切な要件のひとつとされる地域連携ICカード「totra(トトラ)」のほか、全国交通系ICカードが使用できる

不動産市場への影響(沿線と沿線以外での比較)

宇都宮ライトレールの開業によって、沿線では交通利便性の向上が見込まれることから、居住ニーズの上昇が想定される。そこでLIFULL HOME'Sでは沿線の賃貸市場動向を調査した。

問合せ数

引越しシーズンである2023年3月にLIFULL HOME'Sに掲載された居住用賃貸物件へ寄せられたユーザーからの問合せのうち、宇都宮ライトレール沿線(※1)の物件への問合せは、前年同月比で+54.0%となった。一方、宇都宮市・芳賀町の沿線以外の町域(以下、沿線以外 ※2)では同-1.9%となっている。掲載物件数は沿線で同+7.6%、その他で同+5.1%の増加にとどまっていることから、地域内においてライトレール沿線の居住ニーズが増加しているといえそうだ。

また、新築賃貸物件に限ると、2023年3月にライトレール沿線の物件へ寄せられた問合せは、前年同月から+587.5%となった。沿線では掲載された新築物件の数も同+142.7%となるなど、例年より多くの新築物件が供給されているが、問合せ数の増加幅は物件数の増加幅と比べても大きい。なお、沿線以外の2023年3月の新築物件への問合せ数は前年同月比+8.1%、新築物件の数は同-16.7%となっている。

※1 宇都宮ライトレール沿線:軌道敷から2kmの範囲に町域をもつ町丁のうち、一定数以上の物件が掲載されている町丁(宇都宮市ゆいの杜1~8丁目、越戸1~4丁目、下平出町、刈沼町、宮みらい、元今泉1~ 8丁目、宿郷1~3・5丁目、城東1・2丁目、清原台1~5丁目、石井町、川向町、泉が丘1~7丁目、竹下町、中久保1・2丁目、中今泉1~5丁目、東今泉1・2丁目、東宿郷1~6丁目、東峰町、東簗瀬、板戸町、氷室町、平出町、平松町、平松本町、峰1~4丁目、峰町、野高谷町、陽東1~8丁目、簗瀬3・4丁目、鐺山町、芳賀町大字下高根沢、大字東水沼)
※2 沿線以外:宇都宮市・芳賀町のうち、「宇都宮ライトレールの沿線」をのぞく町丁

宇都宮ライトレール沿線 賃貸物件問合せ数の推移宇都宮ライトレール沿線 賃貸物件問合せ数の推移
宇都宮ライトレール沿線 賃貸物件問合せ数の推移宇都宮ライトレール沿線 新築賃貸物件問合せ数の推移

家賃相場

宇都宮ライトレール沿線では賃料水準にも上昇がみられる。2023年4月の沿線の平均賃料は6万7,626円で前年同月比+10.9%となった。一方、沿線以外の町域は平均賃料5万8,100円で同+4.8%にとどまり、沿線で賃料の上昇幅が大きくなっている。
また、前述のとおり開業が当初予定より遅れることとなり、2022年8月に地元新聞が、2023年8月の開業を報じている。沿線の平均賃料も、最初の開業延期が判明した後下落に転じたものの、再度開業月が報道された2022年の夏以降は上昇を続けている。

なお、新築物件に限ると平均賃料は2020年10月から2023年4月にかけてライトレール沿線では31.9%上昇、沿線以外では19.6%の上昇となっていて、沿線では供給される新築物件の賃料水準がその他町域よりも上昇している。沿線での賃料水準の上昇には、こうした新築物件の供給が増加したことも影響していると考えられる。

また、海外の研究では、LRTの駅近くの住宅とそれ以外の住宅を比較したとき、価格の変化が判明した11都市中9都市でLRT駅近くの住宅賃料(または価格)の上昇が大きかったという報告もある(※3)。

※3:Carmen Hass-Klau, Graham Crampton and Rabia Benjari(2004). Economic Impact of Light Rail: the results of 15 urban areas in France, Germany, UK and North America, Environmental and Transport Planning

宇都宮ライトレール沿線 賃貸物件問合せ数の推移宇都宮ライトレール沿線 家賃相場の推移

不動産市場への影響(沿線の各町丁の動向)

続いて、宇都宮ライトレール沿線の賃貸市場動向を、町丁別に調査した。ここでは問合せ増加率のトップ10と、家賃相場上昇率のトップ10を紹介する。

問合せ増加率

宇都宮ライトレール沿線の町丁のうち、引越しシーズンである2023年1~3月の賃貸物件への問合せ増加率が前年比で最も高かったのは、宇都宮駅至近の「元今泉1丁目」で、前年比+410%となった。

また、2位の「陽東2丁目」(前年比+320%)は、町域が大型商業施設ベルモールに隣接し、ライトレール開業後は宇都宮大学陽東キャンパス停留所が最寄りの停留所となる予定だ。同停留所には他交通機関との結節点となる「ベルモール前トランジットセンター」が併設され、宇都宮大学峰キャンパスや岡本駅方面に向かうフィーダーバス路線とLRTが連携することから、さまざまな交通モードを利用した便利な暮らしが期待されるエリアといえる。

宇都宮ライトレール沿線 問合せが増えている町域ランキング宇都宮ライトレール沿線 問合せが増えている町域ランキング

賃料相場上昇率

ライトレール沿線のうち、直近1年で賃貸物件の平均賃料の上昇率が最も高かった町丁は「中久保1丁目」で前年比+63%となった。次いで「峰町」「陽東5丁目」と続くが、1~3位の各町丁はいずれも前年比で新築物件の供給数が大きく増加していることも、平均賃料を押し上げた要因と考えられる。

4位の「清原台1丁目」は、新築物件の供給はなかったものの平均賃料は+39%となった。清原台1丁目にはライトレールの停留所こそ設けられないが、交差点をオーバーパスする軌道が町域の北端をかすめ、付近にゆいの杜西停留所が設置されることから、清原台で最もライトレールの停留所に近いエリアとなる。また、清原台で運行される地域内交通「清原さきがけ号」も清原地区市民センター前停留所に併設される「清原工業団地トランジットセンター」でライトレールと連携することが予定されている。

また、8・10位にランクインした「ゆいの杜」エリアは宇都宮テクノポリスセンター土地区画整理事業により1997年から造成されたニュータウンで、人口が増加しているものの、これまで宇都宮駅へ向かう公共交通は日中1時間に1本(所要時間50分前後)の路線バスのみだった。しかしライトレール開業後は域内に、ゆいの杜西・ゆいの杜中央・ゆいの杜東の3つの停留所が整備され、公共交通の利便性が大きく向上することが期待される。

宇都宮ライトレール沿線 問合せが増えている町域ランキング宇都宮ライトレール沿線 賃料相場が上昇している町域ランキング

今後の展望

前述のとおり、開業後しばらくは「暫定ダイヤ」であり、今後は増発や快速運転の実施のほか、最高時速の向上や長編成化を含めて、速達性・輸送力が強化される可能性がある。

また宇都宮市はLRTのさらなる延伸も計画している。JR宇都宮駅東口停留所から西側へ5km(教育会館付近まで)の区間を「整備区間」として、2030年代前半の開業を目指すほか、さらに西の大谷観光地付近までを「検討区間」として整備の検討を進めるとしている。


宇都宮市がLRTをネットワーク型コンパクトシティを形成する交通ネットワークの柱と位置づけるように、LRTは都市のシステムのひとつだ。市は、LRTを中心に公共交通を充実させることで、消費の維持や企業活動の活性化が起こり、市の財政を安定させることを目指している。
日本の公共交通機関は、単体での採算性が重視されるケースが多いが、LRTの導入が進む欧米では運賃収入のみで運営費用の全額を賄っている例は稀だ。宇都宮ライトレールは開業4年目で1.5億円の黒字を見込むとはいえ、都市のシステムである以上、LRTが街にもたらした外部効果を含めてその成否を判断することが必要だろう。

宇都宮駅東口に開業した「ライトキューブ宇都宮」宇都宮駅東口に開業した「ライトキューブ宇都宮」

■参考
新潮社 市川嘉一著『交通崩壊』2023年5月発行
新潮社 宇都宮浄人著『鉄道復権』2012年3月発行

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