街選びの基準は、「交通利便性」から「街の充実度」へ

新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの生活スタイルを変えた。
在宅時間が増えたことで、住まいに求める役割も大きく変化している。寝食だけでなく、働く、勉強する、趣味に没頭する、といった時間もストレスなく過ごせるかどうかが、住まい選びのポイントになりつつある。

もう一つの暮らしの舞台となる「街」選びはどうであろうか。コロナ禍以降、「住みたい街」にも変化が見られるようだ。
最寄り駅ごとに2020年の実際の物件検索・問合せ数を集計した、LIFULL HOME’Sの「住みたい街ランキング2021」では、賃貸部門の1位が本厚木、2位が大宮となるなど、郊外の街が躍進。一方で、例年上位を占めていた池袋、荻窪、三軒茶屋、吉祥寺などの都心・近郊の街は軒並みランクダウンとなった。

私たちが住む街を決める要素に「家賃」と「利便性」があり、多くの人は家賃と利便性のバランスを考えて住まいを決めている。コロナ禍でもその視点は変わらないはずだが、「住みたい街ランキング」の変化は、そのバランスと定義が変わっていることを表している。

通勤頻度が下がった人にとって、交通利便性の重要性は低くなっている通勤頻度が下がった人にとって、交通利便性の重要性は低くなっている

コロナ禍以前の「利便性」とは、主に自宅と職場の2地点の移動の利便性のことを指していた。自宅から職場まで距離と時間を要すれば、それは「利便性がよくない」ということであった。しかし、リモートワークの導入が進んだことで変化が生まれる。

国土交通省の調査(※1)によれば、2020年8月時点では、東京都内に本社を置く上場企業のうち約8割がテレワークを導入している。さらにその約7割は、コロナ終息後もテレワークを拡大・維持する方針と回答。テレワークの導入で通勤のアクセスの利便性は一定数、重要度が下がったといえる。

代わって注目されているのが、自宅周辺の施設の充実度だ。例えば、これまでは自宅の近所に食材を購入するスーパーマーケットがなかったとしても、職場からの帰り道にあれば、問題はなかった。しかし、テレワークや在宅勤務の実施、外出自粛によって、自宅周辺にスーパーマーケットがなければ不便になった。これまでとは住まい選びの「利便性」の定義が変化している。

賃貸物件に設定されている家賃の多くは、従来の需要と供給を基準に設定されている。従来は交通利便性に重きが置かれ、都心にアクセスしやすいエリアの家賃は高く、その逆は家賃が安かった。
しかし探してみると、家賃は安いながら、駅周辺の施設が充実している街もある。住む街の利便性の定義が変わりつつある今、そのような街が注目されるのではないだろうか。

この企画は、ウィズコロナ・アフターコロナ時代を見据え、「家賃の割に繁華性の高い街はどこか」を調査したものである。
都心へのアクセスではなく、駅徒歩圏内の繁華性の高さ(スーパー、コンビニ、公園、飲食店、カフェ、文化施設、子育て施設等の充実度)を数値化し、「家賃が安い割に駅前の繁華性が高い街」を、「コストパフォーマンスが高い街」としてランキング化した。対象は、テレワーク利用率の高い関東一都三県(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)である。今後の街選びの、ひとつの参考指標となれば幸いだ。

※1:国土交通省 企業等の東京一極集中に関する懇談会「企業向けアンケート調査結果」より

理論家賃よりどれだけ安いか、をランキング化

ある地点の、徒歩圏の利便性を示す「Walkability Index」を使用ある地点の、徒歩圏の利便性を示す「Walkability Index」を使用

ランキングの調査方法は、東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県に所在するすべての駅の家賃相場と利便性スコアを散布図で表示。次に、家賃相場と利便性の関係性を表す近似直線を導き、「この利便性なら、この家賃になるべきだ」という理論家賃を算出。理論家賃と比べて実際の家賃相場が低く、その差が大きい順にランキング化した。

家賃相場は、2021年7月9日時点でLIFULL HOME’Sに掲載されている、各駅徒歩10分以内、築年数10年以内の、賃貸居住用物件(マンション・アパート・一戸建て)の平均賃料(管理費・駐車場などを除く)データとする。
利便性スコアは、株式会社日建設計総合研究所が、国立大学法人東京大学 空間情報科学研究センター 不動産情報科学研究部門(清水千弘特任教授)監修のもと開発した「Walkability Index」のスコアを使用。市街化区域を対象として、ある地点とそこから徒歩(※2)でアクセス可能なアメニティ(施設)の充実度を100点満点でスコア化したものだ。

他に、ランキング表には参考指標として平均専有面積を記載しているが、ランキングの算出には用いていない。

ある地点の、徒歩圏の利便性を示す「Walkability Index」を使用徒歩圏の利便性(Walkability Index)と家賃相場の関係性から、理論家賃(図の直線)を導く

※2:徒歩圏は、対象地点の所在地を含む50mメッシュ範囲から、株式会社ゼンリンの保有する歩行者ネットワークデータを用いて歩行者経路に基づく徒歩圏範囲を算出し、徒歩15分(1.2km)までの領域とし、その領域内の各アメニティ(施設)を建物から近いほど高いスコアとして評価している。

シングル(単身世帯)向けランキング1位は「立川」。中央線沿線がTOP3を占める

シングル向けランキング。※「立川」には、「立川北」と「立川南」を含むシングル向けランキング。※「立川」には、「立川北」と「立川南」を含む

早速ランキングを見てみよう。まずは、シングル(ワンルーム、1K、1DK)ランキング。
「借りて住みたい街ランキング2021」で前年46位から26位と、20ランクアップとなった立川(立川北・立川南を含む)がランキングの1位となった。立川駅から徒歩10分以内の物件の家賃相場は6.8万円、徒歩15分圏内の利便性を示すWalkability Indexのスコアは92.2を示す。一都三県全駅から算出した、利便性に対する理論家賃は13.1万円。つまり、6.3万円安いという計算だ。

ちなみにWalkability Indexは、生活の便利さ、商店の充実、教育・学びなどの分野別に、例えば商店なら「大型商業施設」「コンビニ」「弁当・惣菜」「パン」など、細かくスコアが出る。今回の調査では駅を起点としたWalkability Indexを採用したが、LIFULL HOME’Sの不動産アーカイブでは、物件単位のWalkability Indexを見ることができる(2021年9月現在、関東一都三県のみ)。同じ駅でも、北口の物件と南口の物件では異なる結果となることも多く、気になる物件がある際はぜひ物件単位のスコアを見ていただきたい。

商店の充実度では、駅北口に並ぶ伊勢丹と髙島屋や、ルミネ、IKEA立川など大型商業施設の印象も強い立川だが、駅付近の物件のWalkability Indexを見ると、弁当・惣菜のスコアが最も高い物件が多い。教育・学びの面では、子育て施設よりも習い事教室のスコアが高くなっており、子育て世帯だけでなく、実は単身世帯にとって住みよい街の可能性がある。立川に転居すれば、安くなった家賃と減った通勤時間を、趣味や習い事に充てるということもできそうだ。

2位は吉祥寺。家賃相場は8.4万円、利便性は95.5とどちらも立川より高い。しかし理論家賃14.4万円に対して差額は6.0万円となり、差額の大きさでは立川に軍配が上がった。吉祥寺は東急百貨店やマルイなどの大型商業施設のほか、北口のサンロード商店街をはじめ小さな商店も多く立地する。また、吉祥寺の特筆すべき点は、商店のうちパンのスコアが100である物件が多いこと。ランチには近所のパン店をめぐるという生活もできそうだ。

3位は八王子で、トップ3はすべてJR中央線沿線となった。同線では他にTOP50に三鷹(24位)がランクイン。三鷹が新宿まで最短14分なのに対し、ランキング1位の立川は最短27分と、従来の都心への通勤の観点では三鷹のほうが利便性の高い街といえたが、徒歩圏内の利便性という見方をすれば、三鷹のスコア88.6に対し、立川は92.2。立川のほうが便利な街ということになる。ところが賃料は、三鷹のほうが7,000円高い。都心アクセスが重要ではない人は、立川を選んだほうがコストパフォーマンスが高いというわけだ。


立川駅のシングル世帯向け賃貸物件を探す
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八王子駅のシングル世帯向け賃貸物件を探す

シングル向けランキング。※「立川」には、「立川北」と「立川南」を含む立川駅北口は、米軍立川基地の跡地など広大な土地を活用した大型商業施設が充実。2020年4月にオープンしたGREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)は、ホテルや保育園、オフィスなどを備え、「ウェルビーイングタウン」を謳う複合施設だ

DINKs(共働き世帯)向けランキングでは都心のターミナル「池袋」も健闘

DINKs向けランキング。※「立川」には、「立川北」と「立川南」を含むDINKs向けランキング。※「立川」には、「立川北」と「立川南」を含む

続いて、DINKs(※3)向け物件(1LDK、2K、2DK)を見ていく。
こちらはシングル向けとは1位と2位が逆転。1位吉祥寺、2位立川となった。利便性95.5の吉祥寺は、理論家賃25.3万円に対して実際の家賃相場は13.1万円と、12.2万円安い。一方利便性92.2の立川は、理論家賃22.7万円に対して実際の家賃相場は10.6万円と、12.1万円安い。わずかな差だった。

駅至近の物件のWalkability Index を比較すると、2位の立川よりも1位の吉祥寺のスコアが低いのは、コンビニ、公園、弁当・惣菜の3項目。一般的に、DINKs世帯のコンビニや弁当・惣菜店の利用頻度は、シングル世帯と比べて下がることを考えると、大きなデメリットとはいえないかもしれない。残る公園についても、吉祥寺駅から南に徒歩2分ほどで、約4万2,000m2の広さを誇る井の頭恩賜公園があるので、不満を感じることはないだろう(「Walkability Index」は、施設の充実度をその数で測っている)。ただし、都心に近い分、平均専有面積は立川と比べて2.5m2小さくなる。

また、シングル向けランキングで3位だった八王子は、DINKs向けランキングでは11位となった。代わって3位に食い込んだのが、池袋。コロナ禍以前の住みたい街ランキングでは4年連続1位と人気の街だったが、コロナ禍の2020年の同ランキングでは5位に順位を落としていた。しかし徒歩圏の利便性に対するコストパフォーマンスでいうとその魅力は健在であり、同じく山手線のターミナル駅である新宿は、利便性こそ95.5と池袋(同96.0)と互角だが、家賃は18.1万円と池袋より4万円近くも高くなる。ちなみに、池袋と同じく家賃相場が14万円台の街としては、中野や大森など、ターミナルから郊外に数駅離れた駅が並ぶ。

※3:DINKsとは、Double Income No Kids の頭文字を並べたもので、共働き夫婦のみの世帯を指す。


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DINKs向けランキング。※「立川」には、「立川北」と「立川南」を含む吉祥寺駅周辺は、大型商業施設のほか商店街が縦横に広がり、多くの個人商店も集積するエリアだ

東京以外では神奈川が頭一つ抜ける。埼玉vs千葉の行方は?

建て替え工事を経て、2016年11月にリニューアルオープンした千葉駅。商業施設も併設する一大拠点となった建て替え工事を経て、2016年11月にリニューアルオープンした千葉駅。商業施設も併設する一大拠点となった

コロナ禍で、地方移住が注目された。総務省の「住民基本台帳人口移動報告」を基に集計すると、2019年に約8万2,982人であった東京都の転入超過は、コロナ禍の2020年には3万1,125人と大幅に減少。しかし実際の地方移住の動きは限定的で、東京都からの転出超過となった15道県の転出超過数の85.5%を神奈川県、埼玉県、千葉県の3県が占めるなど、東京からの転居先の多くは近隣の県であった。

東京から近隣3県に転出するとして、徒歩圏の利便性の観点でコストパフォーマンスの高い街はどこだろう。まずシングル向けランキングでは4位藤沢、5位川崎と、トップ3に次いで神奈川県の各エリアがランクイン。4位の藤沢は、東京新聞の調査によると、2020年の1年間で東京23区からの転出者が最も増えた市区町とされ、実際に転出者からの支持も厚いようだ。また、DINKs向けランキングでは、5位関内、6位伊勢佐木長者町と、一転して横浜の都心が上位に食い込んだ。だがしかし、そこはやはり“都心”である。部屋の広さという面では、上位に入る他の郊外エリアと比較すると、どうしても小さくなる。

埼玉県と千葉県の各エリアに目を向ける。シングルでは10位に京成千葉、12位に千葉と、千葉県の県庁所在地千葉市の中心駅がランクイン。DINKsでも千葉が8位、千葉中央が9位となった。
同じく埼玉県の県庁所在地であるさいたま市の大宮(シングル17位、DINKs24位)や浦和(シングル34位、DINKs52位)は千葉の後塵を拝した格好だ。徒歩15分圏内の利便性だと、どちらもWalkability Index は80台後半と大差ないが、賃料は千葉のほうがわずかに低い。東京までのアクセスでは大宮・浦和の2駅に軍配が上がるが、その点を考慮しなくてよいのなら、千葉のほうがコストパフォーマンスが高いということになる。

徒歩圏の利便性は、街選びのニューノーマルとなるか

これまでは「通勤」つまり「都心アクセス」に比例するように賃料が設定されていた。
しかし、コロナ禍でテレワークを利用する人にとっては、「利便性」の定義に変化が見られた。コロナによって、さまざまな価値観の変化が「ニューノーマル」と呼ばれ、新時代の標準となりつつあるが、街選びの価値観も変わり、今後は「徒歩圏内の利便性」で街を選ぶことがひとつの「ニューノーマル」となるかもしれない。このランキングが、新たな街選びの基準の一つとして参考になればと思う。

最後に、LIFULL HOME'S総研所長の島原万丈氏に今回のランキングについてコメントをいただいた。島原氏は、2015年に「Sensuous City[官能都市] ―身体で経験する都市;センシュアス・シティ・ランキング」で都市のアクティビティにも触れた調査データをリリース。2021年9月には新たな調査レポート「地方創生のファクターX 寛容と幸福の地方論」をリリースしたばかりである。

シングル向けランキングでは、中央線沿線や東海道線沿線の、拠点性のある街が上位を占めたシングル向けランキングでは、中央線沿線や東海道線沿線の、拠点性のある街が上位を占めた
シングル向けランキングでは、中央線沿線や東海道線沿線の、拠点性のある街が上位を占めたDINKs向けランキングも、シングル向けランキングと傾向は似ているものの、比較的都心の街もランクイン

ランキングの発表に寄せて~LIFULL HOME'S 総研所長 島原 万丈氏

LIFULL HOME'S総研 所長 島原万丈氏LIFULL HOME'S総研 所長 島原万丈氏

住まい選びはある種のゼロサムゲームである。
通勤利便性、駅からの距離、部屋の広さ、建物の新しさ、設備の充実などなど、家に求めるさまざまな希望条件を天秤の片方に載せ、もう片方に家賃を載せてバランスさせなければならない。希望条件を載せた皿が重くなれば当然反対の皿に載る家賃も重くなる。かと言って毎月払える家賃には限界がある。あちらを立てればこちらが立たないゲームなのだ。

筆者はこれまで多くのアンケート調査を実施してきたが、首都圏のような大都市圏では特に、都心への交通利便性を最重要視する人が多く、そのためほかの条件が妥協もしくは軽視される傾向が強かった。
ところがコロナ禍でテレワークが急速に浸透することで、自分の住環境の質に向き合う機会が増えた。都心の職場への通勤回数が減り自宅でのテレワークが増えたため通勤利便性の重視度が下がり、もっと暮らしやすい街、もっと広い部屋やもっと手頃な家賃の物件を選ぶ選択肢が拡がったのである。それが賃貸住宅市場で顕著にみられる郊外の再評価(住みたい街ランキングの変動)につながっている。
その時、悩ましいのがどの街に住むか、駅の選択である。首都圏の鉄道網は都心から放射状に拡がっているので、都心への利便性の重視度を下げると選択可能なエリアは格段に増える。都心へ行く回数が減り自宅周辺での生活時間が増えれば、これまであまり重視されなかった街の生活利便性や楽しさの重要性が高まるだろう。

この記事で紹介された「Walkability Index」は、徒歩圏内の商業や飲食、レジャー、教育・学びなど都市のアメニティ施設の充実度を数値化したものであるので、これまで感覚的に判断していた街の暮らしやすさや楽しさを客観的に比べるうえで参考になるだろう。その生活環境をいくらで手に入れるのか、家賃相場との兼ね合いで決めればいい。
とはいえ、居住地には静寂さや穏やかさなどを求める気持ちもあり、アメニティ施設が多ければ多いほど暮らしやすいというものでもない。また、インデックスで分かるのは施設の量的な充実度であり質的なものは分からない。そういった限界を知りつつ参考にしてもらうのがいいと思う。

大切なのは、どんな街のどんな空間でどんなふうに暮らせば自分の幸福を高められるか、住まい選びにおける自身の価値観を見直すことである。

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今後も社会や人々の価値観の変化に伴い、住まいや街選びの軸も変わっていくだろう。
編集部では、時代の変化に合わせ、ヒントとなるような調査・ランキングデータをこれからもお届けしていきたい。

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