アズハイム大田中央の誕生

2023(令和5)年7月に誕生した「アズハイム大田中央」。大田区の西馬込駅から徒歩13分の場所にある、総居室数71室の特定施設入居者生活介護 有料老人ホーム(介護付き有料老人ホーム、以下ホームとする)である。施設の運営をするのはシニア事業や不動産事業を展開する株式会社アズパートナーズ。

このホームの驚く点は、神社の敷地内に建設されたことだ。つまり神社と施設が一つの土地の中に共存しているということだ。

事業体に関わるのは4社で、株式会社アズパートナーズ、事業主の荒藺ヶ崎(あらいがさき)熊野神社と大和ハウス工業株式会社、開発事業者・施設所有者として関わった株式会社チャーム・ケア・コーポレーション(現在は別の所有者に譲渡している)そのうち、運営を担当しているのがアズパートナーズという訳だ。本施設は25年間の運用を想定している。

アズハイム大田中央 正面からみた外観アズハイム大田中央 正面からみた外観

ここに至るまでの話は、2016(平成28)年までさかのぼる。黒鶴稲荷神社は、「等閑森」と呼ばれている森の中の一角にあり、氏神が鎮守されていた。しかし森自体が崖地のような傾斜角度があるエリア。さらには原生林のようになっており、手入れが難しい状況であった。

神社の宮司は従前より土地が荒廃していることに悩んでいたものの、神社周辺の土地の手入れは容易ではなかった。なぜなら手入れをする人手の確保はもとより、管理費用が莫大にかかるからである。自分だけでは作業面でも費用面でも対処のしようがない状況だったのだ。

レッドゾーン解除の難しさ

造成前の様子 引用:Googleマップ(https://maps.app.goo.gl/WzcGqZpCXfEnmqf9A)造成前の様子 引用:Googleマップ(https://maps.app.goo.gl/WzcGqZpCXfEnmqf9A)

2018(平成30)年には神社の境内地が土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)に指定され、井上さんの悩みは輪をかけて深まった。大田区の当該地域は、勾配が多く、対象地はちょうど坂の中腹にあり、土地そのものも30度以上の傾斜角度があった。

昨今、国内の地域のあちこちで、異常気象現象による崖崩れなどが頻発している。こうした災害により、多くの人が怪我や命を失うといった事故が増えており、喫緊の社会の課題として取り上げられていることは誰もが知ることだろう。当然ながら土砂災害地域ではこうしたリスクをはらんでおり、他人事ではすまされない状況だ。

アズハイム大田中央相談室にはかつての神社の様子をうつした写真が飾られているアズハイム大田中央相談室にはかつての神社の様子をうつした写真が飾られている

造成前の森の様子を地図アプリの写真で見てみると、なるほど沿道にかかりそうなほど木々が伸びているのが見て取れる。生垣に支えられた土地や木々が今すぐ崩れるわけではないが、四方には住宅が迫る。有事の際にこれらが崩れたらひとたまりもないのは想像できる。地域住民もそのことを理解しており、不安に思っていたそうだ。

国土交通省もレッドゾーン解除要件を明示

国土交通省は、2017年(平成29)年9月に土砂災害警戒区域等の適切な警戒避難体制の整備や土地利用規制の実施を支援するため、基本指針を補完するものとして「土砂災害警戒区域等の解除等の考え方や要件」を明確化して各都道府県へ通知をしている。国としても危険性を感じているからこその対応だろう。

要件のうち主要部をかいつまむと、以下のように記されている。
・盛土や切土等により地形的条件が改変され、指定の条件を満たさなくなった場合には土砂災害警戒区域を解除する。
・土砂災害防止施設が段階的に整備されるなど、全体計画の完成までに多くの年数を要する場合には、全体計画中の基幹的施設の完成など、部分的な解除の要件を満たすと確認できた場合に、区域の一部について解除を検討する。

現在、全国的に多くの砂防基礎調査が発注され、土砂災害警戒区域(イエローゾーン)、土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)の区域設定が急ピッチで進められているが、これらを解除するためにはさまざまな課題が山積みであり、一筋縄にいかないのが現状だろう。

出典:国土交通省 土砂災害警戒区域等の解除等のタイミングや確認事項 別紙2出典:国土交通省 土砂災害警戒区域等の解除等のタイミングや確認事項 別紙2

民間事業者と手を組むことで造成工事費用を確保

課題解決のためには、土地造成を行うというのが一つの手段だが、多額の費用が必要である。神社のみでの費用負担は困難であった。そこで宮司はこの問題を解決するために、事業者とタッグを組み、良き解決策を探そうとしていた。ハウスメーカーなどをはじめとした大規模事業者、デベロッパーなどと意見交換、相談を重ねた上で、行き着いたのは地域との共存ができるホームの開発であった。それを実現できる大和ハウス工業と共に進めることを決めた。

では一体どういう形で実現したのか。

冒頭にあるように、4社で事業体を組んだ後、神社の土地のおよそ3分の1程度の土地は境内地のままとして現在も活用し、残り3分の2の土地は、当時の開発事業者が借地契約を結び、介護付きホームを建設したのだ。

このようなスキームを展開すれば、土地を賃貸借する際に発生する権利金が賃借人のもとに入る。権利金を事業資金として用いる形で、土地の造成工事を行うことが可能になった。企業ならではだ。最終的にはレッドゾーン解除へと至り、2024年度グッドデザイン・ベスト100を受賞したが、この事業体の取り組みは評価ポイントのひとつであった。

もしかしたら神社の土地の一部を売却するという手段もあったのかもしれない。なぜ宮司はこのような形態にしたのか。それは、「等閑森」の歴史と、地域の人たちに対して開く場として神社が存在する意義を大切にしていたからだ。

地域の憩いの場を残したい 施設との境目をシームレスに

アズパートナーズ 不動産事業部の西川義久さんアズパートナーズ 不動産事業部の西川義久さん

神社と施設の共存を大切にしていたのは、井上さんの強い思いがあったからだ。「宮司は『この土地の歴史を何かしらの形で残せないか』『これからも地域に対して”ひらく神社”でありたい。場を開放して、地域の人たちとの活動を増やしていきたい 』と話してくれました」とアズパートナーズ 不動産事業部の西川義久さんは言う。

地域の人たちには「ここに何ができるのか」を理解し、安心してもらうためにも施設開発計画の段階や工事中に近隣住民が知る機会を積極的に設けた。例えば工事中の地層を見学する「地層見学会」を行い、その様子を多くの近隣住民が眺め感心したそうだ。長年この地に住む人が多く、こうした見学のタイミングで昔のことを懐かしみ、街の歴史や自身の思い出話を語ることもある。

古くからなじみのある場所が変わっていくことで、場への思い出やコミュニティを失うと寂しく思う人は多い。だが、失うのではなく、手を加えて共存することで新たな活動やつながりの契機となると実感する。

アズパートナーズ 不動産事業部の西川義久さん施設の屋上からは、神社の様子や街の様子が望める

また、広場は町会・宮司の要望により、神社の境内地と施設の庭の敷地の境界には塀や囲いなどを設けないデザインとし、ホームの居室・リビングのバルコニーからは広場の様子を眺められる設計にした。

一体感のあるつながりを生み出したことで、互いに共存しているかのような空間が広がった。ホーム利用者たちが、神社での祭、イベントなどを眺めることができるため、入居者がバルコニーに出て楽しんでいるそうだ。このように、近隣住民と入居者が近すぎず離れすぎずの距離で接することができるように工夫をしている。

アズパートナーズ 不動産事業部の西川義久さん施設と神社の境目はなく、共同の庭のような仕様になっている

既存の良さを生かしつつ、課題を解決

生垣の部分も開発に合わせて整え直した(写真提供:アズパートナーズ)生垣の部分も開発に合わせて整え直した(写真提供:アズパートナーズ)

レッドゾーンの指定を解除する際には、当該区域において土砂災害を防止するための対策工事を完了する必要がある。

対策工事パターンとしては

・土砂災害防止法に基づく特定開発行為の完了
・要望者による対策工事の完了(対策工事の計画段階で所管事務所に相談する必要がある)

と2つある。

その後、各行政による現地確認、(所管事務所による解除範囲の確認)、基礎調査(測量、図面作成、建築物に作用する力の計算等)、告示図書作成、関係市町村への意見照会、告示(都道府県公報への登載)という流れを経ていく。

黒鶴稲荷神社と同様に悩む人々にとって救いの一手になるのかもしれない。

公開日: