地方の過疎化とテレワークの普及によって注目度が高まる「二地域居住」
2024年(令和6年)10月29日に「全国二地域居住等促進官民連携プラットフォーム」が設立された。同プラットフォームは、地方公共団体を中心に構成された「全国二地域居住等促進協議会」を母体としたものである。
現在、地方では過疎化が進行し、生活や生業の存続に関わる問題に直面している自治体が多い。また新型コロナウイルス感染症の流行(コロナ禍)によりテレワーク・リモートワークなどが普及し、働き方が多様化してきている現状がある。そのような中で都市部と地方部の双方に拠点を構え、テレワークなどを活用して働くライフスタイルである「二地域居住」に関心を持つ人が増えている。
二地域居住の普及により、人口減少地域での担い手の確保、交流や観光などを通じた市場の拡大、新たなビジネスの創出などを促すことで、地方部の魅力や潜在能力を引き出せる可能性がある。そこで行政では、二地域居住の推進に力を入れている。たとえば、2024年に震災と豪雨災害により大きな被害にあった石川県の能登地方では、復興プランの中で二地域居住による復興を推進。また、2024年11月1日施行の「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律の一部を改正する法律」では、二地域居住の重点テーマである「住まい」「生業」「コミュニティ」などの課題の解決を目指す。
しかし、二地域居住をより浸透させていくためには、行政だけでなく、地域の生活や生業に関わる民間の力も必要だ。そこで官民の協力によって二地域居住推進を加速させるために設立されたのが、「全国二地域居住等促進官民連携プラットフォーム」である。母体となった「全国二地域居住等促進協議会」を構成していた国土交通省(以降「国交省」)や地方公共団体に加え、民間団体も参加する組織となっている。
同プラットフォームでは官民双方による、二地域居住等推進のさまざまな施策・事例等の情報の交換・共有・発信、課題の整理、対応策の検討、官民のマッチング等が行われる。また行政と民間の交流の場やイベントの開催も予定する。
全国二地域居住等促進官民連携プラットフォーム設立同日に、同プラットフォームの設立記念シンポジウムを開催。シンポジウムは2部構成で、1部がキックオフイベント、2部が国土計画シンポジウムという内容であった。
※参考:
全国二地域居住等促進官民連携プラットフォーム
https://www.mlit.go.jp/2chiiki_pf/index.html
ニ地域居住を促進するため各省庁がさまざまな施策・支援を実施
二地域居住を実践するにあたりネックとなるのが、居所が複数になることによるコスト増である。居所が増えれば、それだけ家賃や水道光熱費など、住まいに関わる経費も増加。また、二地域間を移動するための移動経費もかかる上、移動時間という時間的なコストも発生する。このような二地域居住におけるコスト増を軽減し、二地域居住を推進するため、国はさまざまな施策や支援を展開している。
2024年11月1日施行の「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律の一部を改正する法律」は、二地域居住の「住まい」「生業」「コミュニティ」という3つの課題を解消するための環境整備を進めるものだ。
国交省では以下のような施策・取り組みを実施する。
● 空家改修・工事費の補助
● 使われなくなった公共施設等を活用し、コワーキングスペースやテレワーク拠点の整備に対する補助
● 広域的地域活性化法に基づく交付金(二地域居住の拠点施設へのインフラ整備等の補助)
● 二地域居住の支援法人の取り組みへの補助
● 二地域居住の課題解決のモデル事業
続いて観光庁からは「第2のふるさとづくりプロジェクト」という取り組みが展開された。
● 関係人口の増加、再来訪を促すための仕組みづくり
● 企業と地域が共同して地域課題に取り組むワーケーションプログラム
● 個人と地域の関係づくりと企業と地域の関係づくり
さらに総務省でもさまざまな施策を実施しているが、その中に「地域活性化起業人」という制度がある。
● 三大都市圏等にある企業の社員を6ヶ月〜3年間地方公共団体が受け入れ、ノウハウや知見を生かして地域活性化につなげる
● 地域活性化起業人を派遣する企業への関連経費の補助
● 地域活性化起業人を受け入れる地方公共団体への関連経費の補助
● 地域活性化起業人が提案した事業への経費補助
このほかに、地域おこし協力隊の増員も行うという。
また農林水産省では、二地域居住を通じて農村関係人口の拡大に関わる施策を実施し、農山村漁村振興交付金を活用した二地域居住の推進を行う。たとえば地域の魅力発信、農村に触れる機会の提供、農業に関わる仕事の提供、農村の暮らしづくりなどといった施策を展開する。
基調講演:限界費用ゼロによりコモディティ化する場所を活用する二地域居住の可能性
シンポジウムの2部では基調講演として、雑紙『WIRED(ワイアード)』日本版の編集長・松島 倫明(まつしま みちあき)氏が登壇した。テーマは「関係資本が循環するコミュニティづくりと二地域居住の可能性」。WIREDはアメリカで創刊された雑紙で、「未来を実装するメディア」として、生活や社会・カルチャーなどさまざまな分野についての記事を掲載する。なお松島氏自身も、東京都内と神奈川県鎌倉市の二地域居住を実践しているという。
松島氏によると、これからの社会のキーワードとなるひとつが「多元性(Plurality)」とのこと。現代社会は多元的で複雑な社会であるが、今はその複雑な社会を単純化して生きているという。これからは「複雑な社会を複雑なまま生きることが可能かどうか」「そのためのテクノロジーを確立できるか」が鍵になるそうだ。二地域居住はまさに「多元的で複雑な社会」のひとつであり、テクノロジーによって二地域居住がいっそう広がる可能性がある。
また、松島氏は別のキーワードとして「限界費用ゼロ」を挙げる。現代はデジタル化・ITの発達により、さまざまな限界費用がゼロに近づいており、今後もさらにゼロに限りなく近づいていくという。その代表的なものが「運輸・交通」「エネルギー」「コミュニケーション」の3分野だとのこと。そして限界費用ゼロに近づくことによって、「場のコモディティ化」が起こる。
そして「再生成(Regenerative)」がキーワードになるという。これまで経済が発達すると、その分だけ外部不経済も生まれた。これからは経済活動によって、自然資本や文化資本・関係資本など、さまざまな資本も増やしていくことが重要だとのこと。
松島氏は限界費用ゼロによってコモディティ化した場を活用し、さまざまな資本を増やす再生成的な事業を展開することが、今後の二地域居住に求められる視点だという。
パネルトーク①「仕事・はたらく」:二地域居住の成功の鍵は「自分らしくいられる場」
2部では、パネルトークも行われた。最初のパネルトークのテーマは「仕事・はたらく」で、タイトルは「地域との関係性を深める二拠点ワーク」。一般社団法人熱意ある地方創生ベンチャー連合の代表理事で、元・横須賀市長の吉田 雄人(よしだ ゆうと)氏をモデリストとし、一般財団法人 塩尻市振興公社の代表で塩尻市役所職員でもある三枝 大祐(さえぐさ だいすけ)氏、株式会社 クラウドワークス 取締役執行役員の大類 光一(おおるい こういち)氏の3名により行われた。
三枝氏は福岡から長野に移住し、塩尻市の職員をしながら「シビック・イノベーション拠点 スナバ」を運営。人・事業・場の3つをつくる取り組みを行っている。三枝氏は「自分らしくいられるコミュニティ」により「自分らしい生業」と「自分らしい暮らし」を目指す。その中で移住や二地域居住が進んでいる理由として「多様性の実現」を挙げ、「その人らしくいられる状態」を選択できるからと仮説を立てている。
大類氏が取締役執行役員を務める株式会社クラウドワークスは、クラウドソーシングをはじめ、インターネットを活用した新しい働き方に関するサービスを展開する。ワーケーション事業への協力をしているという。大類氏によると「都市部に住むワーカーは、他地域に貢献したいという思いで仕事を探している人が多い。"貢献感"をやりがいとしている人が多い印象」とのこと。
二地域居住者を受け入れる地域の注意点として、三枝氏は「二地域居住者自身が、その人らしくいられる場をいかに準備できるかが鍵。地元の人も二地域居住者も緩やかにつながれる場所・コミュニティがあれば、さまざまな人が入ってきやすい」と話す。そして、さまざまな人をつなげていける人が地域にいるかどうかが重要だと語った。
大類氏は「遠慮をせずに、どんどんと地元の人とコミュニケーションを取ればいいと思います。実際にワーケーションで地方を訪れた人の話では、地元の人がたくさん話しかけてきたことがすごくうれしかったそうです」と話す。
また三枝氏は「二地域居住によるテレワークでは、仕事の生産性を評価軸にしがち。その人自身が地域でどのように生活しているか、仕事以外でどのようなことに参加しているかなども含めて評価すべきだと思います。地域での暮らしを通じて人として成長し、業務をする上でプラスになって返ってくる。そのように総合的に見ていくべきと考えています」と続けた。
続けて三枝氏は「テレワークなどのためのネットワーク整備など、インフラの整備を早急に進める必要があります」と二地域居住を推進する上での課題を述べると、吉田氏・大類氏もそれにうなずく。
大類氏は「都市部で、自分の力をうまく発揮できていないと感じる人が多いように思います。そのような方たちをどんどん地方が受け入れて、二地域居住を活用して、自身の力を発揮していってほしいですね。私たちはそのような方たちのお力になれるよう、サービスを提供しています」と語った。
パネルトーク②「住まい」:地方の空家問題を解決するための枠組みづくり
次のパネルトークは「住まい」をテーマにして、Code for Japan フェローの藤井 靖史(ふじい やすし)氏をモデリストに迎え、埼玉県横瀬町 町長の富田 能成(とみた よしなり)氏、株式会社LIFULL 代表取締役会長の井上 高志(いのうえ たかし)氏の3名で行われた。タイトルは「二地域居住の住宅コストを下げるチャレンジ」。
井上氏は「デジタル・ITの力で移動・エネルギー・コミュニティのコストが徐々にゼロに近づいており、10年後とか近い将来には、ほぼゼロになるんじゃないかと予想しています。仕事の面でもAIの進展で、どこででもできるようになる可能性が高いです。そうなると自然が多いなど、地方の方が魅力的になりますよね。だから、これからの地方はチャンスだらけだなと感じます」と語る。
富田氏は「空家問題は都市部と地方部では、問題点が異なります。地方の空家問題は、有効活用していくことが焦点だと感じています。たとえば、まだ使える空家が活用されていなかったり、相続問題がこじれていたりすることです。空家をデータベース化し、それをモニタリングする作業が最低限必要で、これは行政がするべきこと。そして空家にまつわる問題を解きほぐし、市場に出していくことが重要です。そのために、空家の関係者の方々に寄り添っていく必要があります」と話す。
「空家になった事情は、人それぞれです。それに絡んだ問題を解決するための枠組みやネットワークをどう構築していくかが課題ですね」と井上氏。
藤井氏は「空家は改装が必要だが、価格が安いのが魅力だと感じます。有効に活用すれば可能性が広がるのでは」と話す。井上氏によると、半年ほどで施工が終わるリフォーム技術も生まれており、空家活用の可能性は今後も広がる可能性があるとのこと。
さらに富田氏は「二地域居住のポイントは、コミュニティだと思います。コミュニティがあり、二地域居住者が活躍できる"余白"があるどうかという点です。私は行政の者のとして、行政がそこをサポートし、拠点を含めてトータルコーディネートしていくことに力を入れていきたいですね。あとは二地域居住は移動が必ず伴います。私の町だと、民間の鉄道会社と連携して、移動のサポートをしています」と語る。
また井上氏は「このプラットフォームのキックオフの後もつくって終わりではなく、官民が連携できるコミュニケーションの場を定期的につくっていきたいなと思います」と話した。
パネルトーク③「コミュニティ」:二地域居住における"つながり"は魅力であり課題でもある
続いて「コミュニティ」をテーマにしてパネルトークが行われた。登壇したのは一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事で全国二地域居住等促進官民連携プラットフォーム 共同代表理事の石山 アンジュ(いしやま あんじゅ)氏、石川県企画振興部長の高橋 実枝(たかはし みえ)氏、株式会社 雨風太陽の取締役・大塚 泰造(おおつか たいぞう)氏の3名。タイトルは「災害時の共助と二地域居住、平時からのつながりが生む地域の活力」だった。
石山氏によると「二地域居住において"つながり"は最大の魅力であると同時に最大の課題です。どのように交流していくのかが、二地域居住の大きなポイントだと思います」とのこと。
高橋氏の勤める石川県の能登地方は、2024年に震災と豪雨災害という二つの大きな自然災害に見舞われた。「私どもも、つながりをつくるための仕組みづくりは大きな課題と感じています。石川県は高等教育機関が集積しているのが特徴です。そこで地元の大学と連携し、他地域の学生に"復興留学"という形で受け入れ、学業や文化活動とともに復興のお手伝いをしてもらっています。そして地元の事業者の方に、受け入れた学生と地元の交流の場をつくるなどの協力をしていただいています」と高橋氏。
また大塚氏は「家でいうとリビングルーム的な場所や、ダイニングルーム的な場所が必要かなと思います。フードコートやカフェ、コワーキングスペースなど、集まりやすくて居心地のいい場所をつくることが大事。そうじゃないと人が来ないんじゃないかと考えています」と話す。
石川氏は交流を促していくためのハブとなる人材の発掘・育成も鍵だと言う。「交流を積極的に促していくリーダーの素質がある地元の人が、声を上げやすいような場をつくっていくのが重要です。そして声を上げた人を見守っていくこともポイントですね」と大塚氏。
交流を促すため、デジタルを活用したコミュニケーションツールについて、大塚氏は「SNSだと同じような属性の人とつながることが多いです。ですから属性の異なる人とつながるには、その人たちが使っているツールに自分から入っていくことがポイントかなと感じています」と話す。
高橋氏は「きっかけはデジタルなどのツールでつくって、その後はリアルでつながっていくような仕組みづくりが重要ですね」とのこと。
"人口をシェアする"二地域居住の可能性
全国二地域居住等促進官民連携プラットフォームは今後、二地域居住推進のための官民連携の場としてさまざまな取り組みを展開していく。施策・事例等の情報の交換・共有・発信、課題の整理、対応策の検討、官民のマッチング、交流の場やイベントの開催などが考えられている。
二地域居住は都市と地方の架け橋となり、多くの人にさまざまな地方の魅力を知ってもらうきっかけとなり、いろいろな人とつながれる可能性を秘めている。そして二地域居住の推進により、人口減少や少子高齢化が進む日本で「人口をシェアする」という発想による新たな魅力づくりが期待される。
全国二地域居住等促進官民連携プラットフォーム
https://www.mlit.go.jp/2chiiki_pf/purpose.html
公開日:


























