離れて暮らす高齢の親が住み替えが必要に―あなたならどうする?

離れて暮らす高齢の親が住み替えが必要に―あなたならどうする?

人が住み替えを経験するタイミングは、進学・就職・転勤・結婚など、ライフスタイルの変化やライフイベントが起因していることが多いもの。
だが、年齢を重ねるにつれ定住志向が強くなるうえ、体力的にも社会的にも、青年期や壮年期のように気軽にとはいかないことは想像に難くない。

独立した子ども世代でも、離れて暮らす親の住まいについてこの先を考える人は少なくないだろう。
とくに持ち家がある家庭では、“家じまい ”の問題も生じてくるため、引越し自体が複雑になるケースが多い。総務省統計局の調査によると、高齢夫婦世帯の住宅の持ち家率は、2018年度(平成30年度)では82.1%、2023年度(令和5年度)では81.6%と依然高い。実際、頭の片隅には漠然とした不安を抱えているものの、腰を上げるのは先送りにしている家庭があるはずだ。

今回、高齢の親の住み替えに直面し、その手配や手続きに尽力した子ども側の体験を語ってもらう機会を得た。実家と別世帯を築いている人たちの参考にしてもらえたら幸いだ。

きっかけは母の転倒。坂の上にある持ち家から移動しやすい土地へ

丘陵地帯の坂の上の家だが、年齢を重ねて足腰が弱くなると外出も一苦労だ(画像はイメージ)丘陵地帯の坂の上の家だが、年齢を重ねて足腰が弱くなると外出も一苦労だ(画像はイメージ)

Aさんの実家は、坂の上に立つ築46年の一戸建て。子どもたちが独立したあとも、両親が住み続けていた。月日の移ろいとともに親子ともに歳を重ね、父親は足が悪くなり、母親も持病を患うように。高齢の親が今の家に住み続けるのは厳しいと考えていたところ、引越しの決定打となる出来事が起きた。

「2022年の冬、母が転倒して骨折し、要介護となったのです。私たち子どもだけでなく父母も『とにかく坂を下りよう!』と、住み替えに踏み切りました。両親の通院がしやすく、実家から近い場所を条件に物件を探すことから始めました」

偶然にもAさんの姉に神奈川県内の不動産会社に勤務の知人がいたため、その知人を介して部屋探しをスタート。姉が窓口となって物件情報を集め、姉妹間で共有し、精査していたそうだ。

「“坂がない・マンション・エレベーター有り・バリアフリー”と希望条件は絞れていたものの、両親は購入を希望し、子どもたちは賃貸を視野に入れるよう勧めていました。持ち家になると将来的に遺産相続も大変そうなので。そのため、お互いに納得のいく物件探しをするべく、当初は購入と賃貸の両面で探しました」

吟味した物件数はおよそ100件!「高齢者の賃貸は難しい」と一蹴されたことも

吟味した物件数はおよそ100件!「高齢者の賃貸は難しい」と一蹴されたことも

売り物件・賃貸物件の両面で、不動産会社から提供された資料に目を通したAさん姉妹。よさそうな物件は子どもたちで手分けしてまず内見し、選んでから両親たちを実際に連れて行ったそうだ。

「先に私たちが内見をしたのは、足の弱い両親を連れて行くのに、体調や気温も考慮してのことです。それに、道中の地形や周辺の段差といったものは現地に行かないとわからないですからね。1日に何件も内見に連れていくことはできないのも苦労しました」

しかし、お住まいだったエリアが元来坂の多い地域だったこともあり、思うように物件は見つからない。
Aさんたちは歯がゆさを感じながら、部屋探しを続けた。当初の範囲であった“実家から近い場所”に限らず、かかりつけの病院へ通いやすい沿線駅も視野に入れて、エリアを拡大。結果として目を通した物件情報は100件、姉妹での内見も30件近くになったそうだ。

「物件が高齢の両親に適切かだけでなく、住む本人が気に入るかも重要」と労を惜しまず探し続けるものの、時間は過ぎていく。「他の選択肢もあるのでは」と考えたAさんは、別の可能性を広げるために賃貸専門の不動産会社にも相談をしてみることにした。

「そこで言われたのが、『たとえ元手が潤沢でも大家さんからOKが出ない』『高齢者の賃貸は余程のことがない限り難しい』『子どもも同居しないと駄目』といったことでした。ではどうすればいいのかと困りましたね…」

高齢者の入居といえばUR賃貸もよく知られた選択肢だ。Aさんたちも見学や説明会に赴いたが、現実は厳しかったという。

「一般賃貸がダメならとURも見て、空きが少ない中、幸いにもいい部屋を見つけて仮押さえまで進めることができました。ですが、親があまり気に入っていなかったのと、『新規入居は年金以外の定期収入がない場合、家賃1年分の一括前納が必須』と言われて。これから家を売る状態のため手持ちがなく、URも断念しました。とはいえこの経験で、じゃあ購入にしようと腹をくくれましたね」

また、住まい探しに切っても切れないのが、お金についてだ。

「お金に関しては、やはり親は子に自分たちの懐事情を見せたくないのが本音だったと思います。お金のことで子に迷惑をかけたくないという親の矜持もわかるので、『今、銀行にいくらあるの!?』とは聞きづらかったですね…。ですが、購入にあたってはそうも言っていられませんから。親子喧嘩も交えつつ、なんとか聞き出してみたら、貯金を切り崩して生活しているのを知って、年金だけで暮らすのは非常に厳しいのだと実感しました」

リフォーム済みのバリアフリー物件を購入。手すり等の追加改修は介護保険でと思ったら…

新築物件と比べ、築古の物件は間口や間取りが広く造られているところも、Aさんご両親にとって良いポイントだったそう。手すりがあっても廊下にゆとりがある(Aさん提供)新築物件と比べ、築古の物件は間口や間取りが広く造られているところも、Aさんご両親にとって良いポイントだったそう。手すりがあっても廊下にゆとりがある(Aさん提供)

親と子によるダブルチェックで物件を10件ほど見て回った末、築古の中古マンションの1階・リフォーム済みの一室を両親が気に入り、無事購入へと事が運んだ。引越しが完了したのは、物件探しから半年後、2023年の夏になっていた。

親の新居についてラッキーだったとAさんが語るのは、引越し先も登録していた地域包括支援センターの管轄エリア内にあったことだという。

「同じエリアで見つけることができたので、定期面談の間隔やケアマネジャーさんを替えずに済んだのはよかったですね。別エリアで新たに登録すると、面談の設定からしなければならず、大変だったと思います」

エリアをまたぐと自治体が変わり、担当するケアマネジャーも変わる。それによってケアプランが変わる可能性もあるのだ。介護認定手続きも条件となり得る点は、高齢者の住み替えならではといえる。

新築物件と比べ、築古の物件は間口や間取りが広く造られているところも、Aさんご両親にとって良いポイントだったそう。手すりがあっても廊下にゆとりがある(Aさん提供)広々とした玄関には備え付けのベンチがあり、靴を履き替えたり買い物の荷物の一時置きにしたりと、ご両親もお気に入りなのだとか(Aさん提供)
段差解消のスロープは購入後に後付けしたもの。物件購入時に前オーナーが施工した内装会社を紹介され、デザインも統一されている(Aさん提供)段差解消のスロープは購入後に後付けしたもの。物件購入時に前オーナーが施工した内装会社を紹介され、デザインも統一されている(Aさん提供)

リフォーム済みの内装は、無垢材のフローリングやデザインクロスを多用するなどスタイリッシュ。前オーナーが残したバリアフリー仕様に加え、自身でも両親に合わせて手すりや段差解消スロープなどを追加設置したそうだ。

「築古の物件で小さな段差があったため、少し手を加えました。改修施工費は20万円弱です。母の介護保険で支給される住宅改修費の補助金で補填しようと考えていたのですが、介護保険が適用されるのは居住している状態でないといけないらしくて。それを知らず、けれど入居してすぐに必要なものだったので、結局自腹を切ることになりました」

引越し後のご両親の感想を尋ねると、「バリアフリーによって生活が向上したそうです」とのこと。「子どもたち側としても長らく家にあった私物を片付けるいい機会にもなって、引越しのおかげでまとめてきれいにできました」と笑顔で語っていた。

親も子どもも、“若いうち”“早いうち”に話し合いを

高齢者の転居は、物件の探しにくさに加え、手続きの種類も多い。親も子も時間と体力を要するため、話し合いで道筋をつけておくとスムーズに進められる(画像はイメージ)高齢者の転居は、物件の探しにくさに加え、手続きの種類も多い。親も子も時間と体力を要するため、話し合いで道筋をつけておくとスムーズに進められる(画像はイメージ)

ご両親の住み替えに、かなり難儀したものの、無事双方が納得する結果にたどり着けたAさんと姉とご両親。「振り返るとかなりシビアな数ヶ月間でした」と語るこの経験から、世の高齢者の住み替えがよりスムーズになるために、不動産業界に期待することを尋ねた。

「不動産会社や賃貸物件のオーナーさんたちに対して1点。これだけ高齢化が進む中で、子どもが独立したあとも夫婦や一人で暮らす高齢者はこれからますます増えていくでしょう。同居でなくても、連絡をまめに取っている、徒歩圏に住んでいるといったことでも、担保にしてもらえたらなと思います。
不動産ポータルサイトには、とくに高齢者向けの物件紹介に関して、足腰の弱い人にも無理のない動線であるかがわかるように、エントランスや建物周辺などの情報も掲載してほしいです」

自分のためではない、一般住宅への親の引越し。高齢者の住まいの選択肢が広がっている昨今、Aさんたちと同じ選択を考える人も少なくないはずだ。同じ境遇の子ども世代に向けて、Aさんに経験者からのアドバイスをお願いした。

「やはり、自分の引越し以上に、親の住み替えは大変です。“近くに住みたい”“住み替えたい”など青写真があるのであれば、1日でも早く、親も子もまだ若いうちに、具体的に話し合うことが大切だと思います。親も子もお互いに大変さをグッと飲み込んで、最終的に『あぁ、ここに住み替えてよかったね』と言われるゴールを想像しながら最善策を見つける努力をしてみてください」

親と子、それぞれの暮らしを尊重した“遠距離介護”には、特にコミュニケーションが重要とされている。転居の可能性も、そうした親子間の議題のひとつになるだろう。
Aさんはご両親の引越しの意味を“暮らしを良くするため”と語っていた。親と子のより良い暮らしに向けて、ひざを突き合わせて腹を割って話してみてほしい。

親も子どもも、“若いうち”“早いうち”に話し合いを

【LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL】は、「FRIENDLY DOOR/フレンドリードア」「えらんでエール」のプロジェクトを通じて、国籍や年齢、性別など、個々のバックグラウンドにかかわらず、誰もが自分らしく「したい暮らし」に出会える世界の実現を目指して取り組んでいます。

公開日: