精神障害の方が賃貸物件を借りるための大きなハードルとは

LIFULL HOME’Sが提供するFRIENDLY DOOR検索には障害者フレンドリーカテゴリがあるが、一口に障害者といっても、身体障害、知的障害、精神障害とその種類もさまざまだ。
障害者は住宅確保要配慮者に含まれる属性だが、とりわけ、精神障害の方は賃貸物件を借りる際に大きなハードルがある。今回は、東京都町田市を中心に精神障害をもつ方の入居支援を行うNPO法人「東京こうでねいと」の佐々木徹也さんに、団体の活動や精神障害者をめぐる住まいの課題についてお話を伺った。

行政書士仲間の声から始まった精神障害者の住宅支援

――行政書士で社会福祉士の資格を持たれているとのこと。かなり異色に感じますが、そもそも福祉に携わるようになったきっかけなどがあれば教えてください。

佐々木さん:行政書士になる前職が国会議員秘書で、当時、障害者自立支援法の改正の問題が上がっていました。その頃の私はそれほど福祉に関して興味関心はなかったのですが、就いていた議員の方が俄然熱を帯びて取り組むことになり、一緒に関わっていくうちに私のほうがのめり込んだのが発端です。そこから、知的障害者に貢献することを目標として、議員秘書を退いた後も行政書士の業務をしながら社会福祉士になるための専門学校に通い、無事資格を取得しました。

その後、宮城県で障害者の入居や就労など幅広い支援活動をするNPO法人みやぎ「こうでねいと」代表の齋藤宏直さんが2009年頃に町田で講演会を開いたことがあり、そのお話を聞いた行政書士仲間が、私に協力を求めてきたのです。それならと私の事務所を拠点にしようと決めたことで、東京こうでねいとが発足しました。

――知的障害者への支援を目指していたけれど、仲間の声かけから精神障害者支援へと舵を切られたのですね。発足当初から精神障害者の居住支援を続けていらっしゃるのでしょうか。

佐々木さん:そうですね。精神障害者の居住支援にのみフォーカスしています。設立当初からこうした支援を行っている団体はみやぎ「こうでねいと」さん以外ほぼないので情報もありませんし、制度もありません。みやぎ「こうでねいと」さんには軽く助言をいただく程度で、運営や支援方法はほぼ手探りの状態から始めました。

事務所でインタビューに応じる佐々木さん
インタビューは、町田市内のマンションの一室にある、佐々木さんの行政書士事務所兼東京こうでねいとの事務局にて行われた事務所でインタビューに応じる佐々木さん インタビューは、町田市内のマンションの一室にある、佐々木さんの行政書士事務所兼東京こうでねいとの事務局にて行われた

当事者からの問合せは年間で100件を超えることも

――では、精神障害者のための居住支援とは、具体的にどんな活動なのか教えてください。

佐々木さん:大きく2つあり、1つ目は入居前の支援です。一人暮らしを希望する精神障害者の方の相談を受けて、一人暮らしのメリット・デメリットを説明し、東京こうでねいとが借主となったサブリース物件「セイフティーアパート」に入居する、といった一連のサポートをしています。

2つ目が、入居後の定期的な訪問です。お住まいのところに原則月2回訪問して、安否確認と困りごとがないかの相談を受けています。当初は、支援している方が部屋に引きこもって孤立してしまうことを恐れて週1回ペースで訪問していたのですが、訪問頻度が多いと当事者の方の私たちへの対応が億劫になりかねない様子だったので、今は2週間に1回の頻度に落ち着いています。

――セイフティーアパートとは、すでに東京こうでねいとが確保しているお部屋ですか?

佐々木さん:いいえ、ご相談者さんからの依頼があって、そこから私たちが不動産会社を回って探すようにしています。そのため、入居までには2~3ヶ月ほどかかります。地方など遠方から勢いで出てきてしまって「今晩寝るところがないんです!」という方に関しては、私どもでは支援が難しいため、他のNPO団体さんが運営する無料低額宿泊所などをご紹介して、別途支援をお願いしています。

――まずはご相談からとのことですが、年間どれくらいの数の相談が寄せられているのでしょうか。

佐々木さん:問合せだけでしたら年間100件ほど、そのうちご相談に至るのは60件ぐらいになります。年代でいうと30代~50代の方、性別比では男性が多いです。それも、町田市に限らず、全国から電話やメールで連絡が来ています。
遠方の方の場合、事務所に来てもらっての相談や、希望物件の内覧、契約と最低3回は上京する必要があるので、その時間とお金を用意できるかも事前に確認を取っています。

――ご相談に見える方は、どういった理由で一人暮らしを希望されていますか?

佐々木さん:希望される理由はさまざまなのですが、ご本人からの問合せで比較的多いのは「家族から離れたい」というものです。東京こうでねいとに限ったものなのかもしれませんが、女性の場合は父親との関係が、男性の場合は姉や妹との関係が悪いとよく聞きます。

次に多いのが、無料低額宿泊所やグループホームの居心地が悪いから出たいという要望ですね。
また、ご本人以外にも支援機関経由で相談を受ける場合も多いです。精神科病棟から退院後の入居支援や、入居期限が迫っている通過型グループホームの入居者の方の次の住まい探しを、スタッフの方と協力して行うこともあります。
ご本人ではなくご家族からご相談が寄せられることも時折ありますが、その場合、ご本人は一人暮らしをする気がないパターンが大半です。そうなるとなかなか支援にはつながりにくいので、話はお聞きしますが、実際にお部屋探しに動くことはあまりありません。

訪問する不動産会社などで配布しているというパンフレット。精神障害者や低所得者が地域で暮らすための公的支援の乏しさの実情も伝えられている
訪問する不動産会社などで配布しているというパンフレット。精神障害者や低所得者が地域で暮らすための公的支援の乏しさの実情も伝えられている

サブリースによる精神障害者向け賃貸「セイフティーアパート」

――入居支援でおっしゃっていたセイフティーアパートについて、詳しくお聞きしたいのですが、入居条件などはあるのでしょうか。

佐々木さん:今に至るまでにさまざまなトラブルを経験して、現在では相談時のヒアリングを重視して判断しています。その中でも最も気にしているのが、リアルな生活ができるかどうか。簡単に言うと、衣食住に必要な“掃除・炊事・洗濯”が一人でできるか、この点は厳しく見ています。

特に男性で相談にみえる方に多い傾向なのですが、地方から出てきて都内での一人暮らしに夢を抱いているけれど、それまでずっと実家暮らしで、家事全般を母親に任せきりの方がいます。自力で家事をやったことがないのに、単身上京し、人付き合いもままならない状態で一人暮らしを始めたことで、途端に生活が崩れて立ち行かなくなってしまうのです。
かつてはそれが原因で、部屋から出られなくなってしまったり、自暴自棄になって行方不明になりかけたりといったこともありました。その点、女性のほうが定着率は高い印象ですね。
そうした日常生活を一人で送ることが難しい方に対しては、グループホームで生活の術や人間関係を築く練習をしてからと促しています。それから、入居後にデイケアや就労継続支援といった日中活動、あるいは訪問看護を受けることをお願いしています。

それらをふまえて、ヒアリング中の様子から一人で暮らしていけるだろうと判断した方に対しては、事前に書いてもらったヒアリングシートや本人の希望を聞き、私たちが本人に代わって不動産会社を回り、希望に合う物件を探して契約をします。

――物件探しの際、留意している点などありますか?

佐々木さん:ご本人の疾患の内容や程度にもよりますが、閑静な住宅街の木造の集合住宅が苦手な方が多いですね。隣に住む交流のない他人の生活音を恐怖に感じるといいます。そのため、あまり積極的にはこういった物件を選ぶことはありません。

紹介する物件の中でも人気なのは、幹線道路沿いの鉄筋コンクリート造物件ですね。車の走行音がガンガン入ってくるけれど、それによって生活音がかき消されて安堵するのだそうです。それと、家賃が生活保護費の範囲内であることは心がけています。

――さまざまな条件を加味すると、2~3ヶ月もの期間を要するのがわかりますね。

佐々木さん:2~3ヶ月は、内見に至るまでの時間です。基本的に、新居探しを私たちが本人に代わって行っているので、不動産会社を1軒1軒訪れて、直接管理物件で希望にマッチするものがあるかを地道に探しています。ただ、精神障害者の入居となると、話を聞いてくれるのも10社に1社程度です。
ですが、その1社で一度成功すると、次も「いいですよ」とおっしゃってくださることが多いです。おかげさまで、「東京こうでねいとです」と訪れると案件として聞いてくださる不動産会社とのご縁が、現在5社ほどになりました。それでも、今でも先入観を持たずに、大手や個人にかかわらずさまざまな不動産会社を訪ね歩いています。

――オーナーさんや管理会社の方と直接会ってお話しする際に気を付けていることなどありますか?

佐々木さん:私たちが借主としての責任を果たします、とお伝えしています。一応チラシなどを見せて説明をして、しっかりと話を聞こうとしてくださる方には詳しく説明しますが、あまり関心のない方は深追いしないようにしています。
不動産会社の方にも同じで、気持ちに余裕があって、いいよと言ってくれる会社にだけお願いするようにしています。そのほうがこちらも頼みやすいですしね。

東京こうでねいとウェブサイト東京こうでねいとウェブサイト

障害者の住まい探しを1社で担うのには限界が。けれど業界全体なら…

――不動産会社との関係構築も大変なご苦労があるのですね。住まいの面において、支援をしているうえで感じる課題はありますか?

佐々木さん:個々の不動産会社が住宅確保要配慮者に特別な準備をして待つことができないことは切実に感じています。現状を見ていて、大手であろうと街の小さな不動産会社であろうと、個々の不動産会社が障害者や身寄りのない高齢者、外国籍の人などに1社だけで対応しようとするのは無理があると思っています。

ですので、たとえば障害者から問合せがあって困ったときに相談できる体制や、障害者の対応方法の公開講座など、そういった支援を行う団体があるといいですよね。東京都など都道府県レベルで業界が不動産会社に働きかけないと変えられないのではと思います。

――その背景には、不動産会社の方々が精神障害者の方を知るきっかけが少ないこともあるように感じます。

佐々木さん:一理あります。ですが、会社を成り立たせていくためには、業務の中で障害者対応に時間をかけることはかなり難しいですよね。お付き合いのある市内の不動産会社に、ご家族に精神障害者の方がいらっしゃる方がいるのですが、その方は「“商売8割、ボランティア2割”の考えでやっているんだ」とおっしゃっていました。業務と人助けを、バランスを取りながら続けていく、なるほどなと感心しました。

――素晴らしいお考えです。では、住宅の領域以外でも、課題に感じることはありますでしょうか。

佐々木さん:精神障害者を取り巻く環境で今最も足りていないのは、高齢者支援におけるケアマネジャー的存在だと感じています。精神障害者向けのケアマネジャーさんがほしいです。
私たちの支援の方法は、住まいの提供という担保でご本人とつながりがあるので、利益相反ではないですが、完全に対等な関係ではありません。あくまでご本人側に立ってサポートをしてくれる人が一人いて、その人が本人に代わって私たちやヘルパーさん、訪問看護などとの間に入って調整をしてくれる立場の人がほしいなと思います。

一応、精神障害者の世界にも制度上は“サービス等利用計画”という、高齢者支援におけるケアプランに相当するものがあり、ケアマネジャー的な働きをする計画相談支援専門員もいます。ですが、高齢者のケアマネジャーと比較してあまりにも報酬が少なく、業務をすればするだけ責任だけが大きくなってしまう状態です。

ケアマネジャーは税金にプラス介護保険料からの報酬もあるので、生活するに困らない収入を得ることができていますが、計画相談支援専門員の場合は国の予算だけです。そういう制度の問題も人材不足の状況を生み出しているように感じます。これは国にもお願いしたい点ですね。

精神障害者を取り巻く環境で今最も足りていないのは、高齢者支援におけるケアマネジャー的な存在だという精神障害者を取り巻く環境で今最も足りていないのは、高齢者支援におけるケアマネジャー的な存在だという

選択肢がもっと増える環境になってほしい

――今後、精神障害者の方をめぐる環境がどう変化してほしいのか、展望があればお聞かせください。

佐々木さん:まずは、グループホームをはじめ、さまざまな点において選択肢がもっと増えたらいいですね。それから、これは当事者の方や彼らを見守る方にお願いしたいことなのですが、人との関わりを持つことを億劫がらないでほしい、という点です。先ほど“リアルな生活”と言いましたが、そうした日常生活を営む能力も大切であると同時に、私どものところに相談に来る方は幼少期から人との接し方に難しさを抱えていることがかなり多い印象です。

それは家庭環境の影響を多大に受けているからなのですが、そこがうまく機能していないと、病気が悪化しやすく、せっかくお部屋を見つけても一人暮らしを継続できませんから。親でなくてもいいので、グループホームや作業所などで他者との関係性を少しでもいいので築いていないと厳しいと思います。

入居の際に日中活動を条件にしたり訪問看護を必ず入れるようにお願いしたりするのは、医療的な行為が必要なだけではなくて、誰かと関わりを持っていてほしいという意図もあってなのです。関係性ができたスタッフさんの存在で、どれだけ救われるか。ほとんどの人は一人では生きていけませんからね。

――最後になりますが、東京こうでねいとで今後取り組んでいきたいことなどはありますか?

佐々木さん:今までどおり、一つ一つのケースを丁寧に対応していくだけですね。ご相談にお見えになる方の状況があまりにも個々で異なるため、それぞれに適切な支援をしていくこと、そして今いる利用者の方を守っていくことに注力していきます。今後も、ケースワーカーとして一貫して取り組んでいくつもりでいます。

当事者への直接的な支援に限らず、自立支援のための専門職に対する仕組みにまで話が及び、精神障害者をめぐる支援の大変さを知ることができた当事者への直接的な支援に限らず、自立支援のための専門職に対する仕組みにまで話が及び、精神障害者をめぐる支援の大変さを知ることができた

精神障害者に関する行政支援が少ない中で、時には自費をかけてまで、相談者に寄り添い自立の道を共に探ろうとする佐々木さん。行政の支援がないからこそ相談が集まり、都度奔走される様子に、精神障害者への社会福祉制度の拡充の必要性と担い手の少なさを痛感した。
「人は一人では生きられない」の一言は、障害者のみならず健常者にも当てはまる。「ボランティア2割」の心持ちは、さまざまな人と手を取り合うハードルを下げてくれるのではないだろうか。

お話を聞いた方

お話を聞いた方

佐々木 徹也(ささき・てつや)
1970年、町田市生まれ。日本大学商学部卒業後、民間企業勤務を経て国会議員秘書を15年務める。2010年に行政書士、2015年に社会福祉士登録をし、町田市鶴川地区を中心に成年後見人・相続・遺言に関することを専門に扱う。東京社会福祉士会権利擁護センター「ぱあとなあ東京」に所属して後見業務を行いつつ、「NPO法人東京こうでねいと」の理事として精神障害者の居住支援にも奔走する。

▼NPO法人 東京こうでねいと https://t-coudeneito.com/

お話を聞いた方

【LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL】は、「FRIENDLY DOOR/フレンドリードア」「えらんでエール」のプロジェクトを通じて、国籍や年齢、性別など、個々のバックグラウンドにかかわらず、誰もが自分らしく「したい暮らし」に出会える世界の実現を目指して取り組んでいます。

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