「私は子どもたちの代弁者」という前広島県教育長 平川理恵氏

公立高校入試に「自己表現」を導入、不登校児童生徒の支援を県教委が直接行う、など、次々と改革がニュースに取り上げられている広島県教育委員会。2018年4月から2024年3月の任期満了退任まで、その先頭に立ってきたのが平川理恵前教育長である。

総合職として株式会社 リクルート入社、教育関係事業における起業、バイアウト、公募による神奈川県内での民間人校長、そして広島県教育長、とその経歴は教育長職にある人物としては実に多彩である。

全国的に公立高校の学校改革が都道府県教育委員会の大きな課題となって久しい。広島においても、公立高校の魅力向上は広島県教委の宿願であり、中高一貫校の設置などの対応を行ってきたところであるが、2023年4月入学に向けた入試では、なんと「自己表現」、つまりプレゼンによる評価を導入し、全国的に注目を集めた。調査書の配点を思い切って圧縮し、自己表現の配点を手厚くした背景には、全国的な大学入試における総合型の拡大も大きいと言われてる。

2023年度松本武洋ゼミ3年生は、広島県教委の改革に着目し、数々の改革を推進する平川氏の発想力の根源を二十歳の頃に遡るインタビューを行った。執筆は堀向優衣菜が担当した。

高校入試改革では自ら説明に立った(広島県教育委員会公式YouTubeより)高校入試改革では自ら説明に立った(広島県教育委員会公式YouTubeより)

どのような学生でしたか?-「就活で100社ぐらい受けて、”リクルート事件”直後のリクルート社に総合職で入りました」

「二十歳の時は同志社大学文学部国文学科の学生でした。学生時代はアルバイトと旅行が多かったです。特にマスコミ関係のアルバイトをしていて、そこで社会人としての振る舞いやいわゆるしきたりを学びました。また、アルバイト先で非常によくしていただき、人にかわいがってもらいながら成長する、ということはこういうことか、と学びました。

そのころはバブル時代で、これでも食べていけるなと思いましたが、やはり一度は就職したいと思い、リクルートに入りました。私が二十歳のころは総合職か一般職かに分かれていたのですが、リクルートは総合職とか一般職とかあまり関係なく扱ってくれる会社でした。100社くらい受けて、先輩に会って話も聞いて。女性でも全然普通に働いているというか、女性の先輩たちが仕事のときは男女関係なく、プライベートのときは女性らしくしていて、魅力的に感じました。

そもそも当時は、将来、何をしたいのかまったく分からなかったんですよ。ただ、ゆるぎない価値基準というか、自分の物差しが欲しいなと思っていましたので、たくさん任せてくれる会社がいい、と考えていました。「これをやって」と指示ばかりされたり、決まっているものをこなすだけではなく、自分の裁量がある、そういう風土は素晴らしかったです」

平川理恵(ひらかわ・りえ) /京都市生まれ。同志社大学文学部国文学科卒業(1991年3月)リクルート入社(1991年-1999年)留学斡旋会社起業(1999年-2009年)全国で女性初の公立中学校民間人校長として横浜市立中学校に着任(2010年-2018年)広島県教育長(2018年-2024年)平川理恵(ひらかわ・りえ) /京都市生まれ。同志社大学文学部国文学科卒業(1991年3月)リクルート入社(1991年-1999年)留学斡旋会社起業(1999年-2009年)全国で女性初の公立中学校民間人校長として横浜市立中学校に着任(2010年-2018年)広島県教育長(2018年-2024年)

教育分野に興味を持ったきっかけは?-「長女を出産したことは大きなきっかけでした」

『子どもが面白がる学校を創る 平川理恵・広島県教育長の公立校改革』(日経BP)では、自らもリクルートの媒体を舞台に活躍した上阪徹氏が徹底的に取材を行っている。『子どもが面白がる学校を創る 平川理恵・広島県教育長の公立校改革』(日経BP)では、自らもリクルートの媒体を舞台に活躍した上阪徹氏が徹底的に取材を行っている。

「私は、20代はリクルートで30代は会社経営をして40代は校長、今は50代で教育長をやっていますけど、30代のときに留学斡旋会社を経営したのが教育の世界にかかわった始まりです。それと娘の出産もすごく大きかったなと思います。

子育ての経験は仕事に大いに活きています。自分が母親になって自分の子どものことってこんなに感情的になるんだと思いますし真剣にもなります。子どもって自分よりも大事なんです。そうやって親は皆、我が子を学校に送り出しているので、保護者の方の気持ちがわかる。保護者の方に何か言われても、自分の子どものことを心配してそうおっしゃっていることはすごく理解できました。いろいろとクレームがあっても共感できることが多く、「モンスターペアレントが…」なんてことは思いもしませんでした。

留学斡旋会社をしているときは、必ず海外の学校に月1回は行って私や社員がホームステイ先を見るようにしていました。校長になったときも必ず授業を見るようにしていました。教育長になってからも学校に頻繁に行っています。県内にも800以上の学校があるので、全部に浸透するというのはなかなか難しいのですが、政策がうまくいっているかな、と現場に行き、しっかり見ています。現場に浸透させることが大切です。学校に行くとその学校の雰囲気、掃除ができているかなどを見ます。校風が良い学校は勢いがあるし、ない学校はシーンとしている。学校は生きものなので、いいときもあればそうでないときもある、これは人間と一緒ですよね」

力を入れている政策は?-「不登校対策School"S"やイエナプランなど多様な学びの場を作っています」

「今、不登校の児童生徒がすごく多いです。SSR(スペシャルサポートルーム)という各学校内のフリースクールがまずあり、そこにも来にくい子は県が運営しているSchool"S"というフリースクールに来る、という仕組みになっています。School"S"には今、220人ぐらい来ています。

また、福山市立常石ともに学園では、イエナプランによる学校運営を行っています。オープンモデルといって、学びのプロセスを共同で構築していくことになっており、1~3年生は一緒のクラスで月曜日の朝1番に1週間分の自分の時間割を決めるんです。午前中は大体読み書きそろばんで午後から社会や理科などの総合的な学習の時間を毎日やっています。午前中は算数をしている子もいれば国語をしている子もいて、クラスの中でバラバラなんです。自律と共生の学びと言いますが、自分に合った学習ができるので、不登校の子がいない、という成果が出ています。アンケート調査でも「私には良いところがある」という質問項目で、100%の子が肯定的な回答でした。「先生たちはサポートしてくれていますか」という質問項目同様です。

そうすると、他の学校でも、あそこまでやって良いならうちの学校ももっと柔軟にやってみようよ、という流れになり、例えば成績表を無くして、これはできなかったけれどこれはできるようになりましたよ、という形で評価する「ポートフォリオ評価」を導入するなど、県内の学校がそれぞれ工夫してくれるようになっています。総合的な学習の時間も、同学年だけでなく、他学年と異学年交流ということで、いろんな学年の子と混じってテーマ別に学ぶようになってきました」

School“S” による支援の概要。オンラインによる支援も実施している(出所:広島県教育委員会)School“S” による支援の概要。オンラインによる支援も実施している(出所:広島県教育委員会)
School“S” による支援の概要。オンラインによる支援も実施している(出所:広島県教育委員会)常石ともに学園では車座になってのシーンが多い(出所:ともにblog)

やりがいを感じる瞬間はどういうときですか-「子どもたちの生の声が嬉しいです」

仕事だけでなく、就活、キャリア形成と話題は尽きない仕事だけでなく、就活、キャリア形成と話題は尽きない

「子どもたち自身による、これ楽しかった、これがあってよかった、という生の声を聴くのが一番嬉しいです。
例えば、夏休みが明ける直前に、School"S"を利用する不登校の子たちが教育委員会に来てくれました。
小中学生5人でした。その子どもたちは『自分たちのような不登校な子へ向けてビデオを撮りたいんです』とのことで、インタビューを受けました。『なぜSchool"S"をつくったのか』などいろいろとお話ししました。5人に『なんでこのようなことをしようと思ったの?』と聞いたら「私たちは世間では不登校と言われているけれど、ずっと家にいるときが一番つらかった。でも今School"S"ができて、そこに仲間がいて何かやろうとしたら周りの子たちやスタッフさんも積極的に参加してくれて、やりたいことも実現していく。普通の学校に戻るわけではないけれど、こんな体験をしていることがすごく良いと感じる。夏休みがもうすぐ開けるこの時期、学校に行きたくない子って絶対にいると思うんですよ。
だけど、だったらSchool"S"来いよってすごく思うので、そうやってSchool"S"が広まるといいな」と語ってくれました。School"S"がなかったらその子たちはずっと家にいたかもしれないし、School"S"があったからこうやってインタビューにも来てくれているのかもしれない、と思うと、すごく良かったなと思います。

子どもには選挙権はないし、親も選べないし、お金もない。だからこそ、与えられた環境や場所でなるべく格差が無いように、と思います。
その子の立場になったときに『すごく嫌だな』と思うようなことは絶対に許さない。とはいえ様々な制度があるのでスムーズにいかないこともあるんですけど、我が事でいるようにしています。そうすると『黙っていられません!』みたいな感じになって率直に言い過ぎてしまうこともあるんですけど、そういうところも含めて私は子どもたちの代弁者だと思って言っています」

仕事だけでなく、就活、キャリア形成と話題は尽きない広島市湯来町の竹下桜(撮影:平川理恵)

【インタビューを終えて】
前平川教育長の改革手法やその姿勢は、リクルート勤務、会社経営、校長、そして母親という豊富な経験から紡ぎだされていると実感した。そして、常に我が事だという意識をもって学校教育を良くしようという強い思いに尊敬の念を持った。(堀向優衣菜)

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