環境省のガイドラインと自治体の取り組み

ペットを飼っていても、災害時に避難所へペットと一緒に逃げることを国が推奨していることを知らない方も多いのではないだろうか。

環境省では、2013年に「災害時におけるペットの救護対策ガイドライン」(以下、ガイドライン)という指針を策定している。

ガイドラインでは、災害時に飼主に対してペットとの同行避難を呼びかけている。同行避難とは、避難所まで飼主がペットと一緒に避難することを指す。誤解しやすい言葉であるが、同行避難は避難所の同じ空間でペットと一緒に過ごせるわけではない。避難所に設けられた飼育場所でペットを飼育することになる。
ペットの避難に関しては、同伴避難という似た言葉も存在する。同伴避難とは、避難所の同じ空間でペットと暮らせる避難のことだ。一般的に同伴避難は認められていないが、自治体によっては盲導犬等の補助犬であれば同伴避難が認められていることもある。

ペットの同行避難が推奨されているのは、2011年に発生した東日本大震災で生じたことが教訓となっている。東日本大震災当時は、飼主や自治体の職員の間にもペットの同行避難に関する意識が薄く、自宅に取り残されて放浪状態となったペットが多数発生している。放浪状態となったペットは衰弱死するか、もしくは繁殖することで公衆衛生や安全面での問題を引き起こす結果となってしまった。

一方で、ペットが共に避難していた場合でも、避難所では動物が苦手な人やアレルギーの人もいるため、ペットの取扱いに苦慮する例も見られた。
このような経緯から、環境省はガイドラインを定め、原則的な考え方としてペットの同行避難を推奨するスタンスを採用している。同伴避難まで推奨していないのは、動物が苦手な人やアレルギーの人への配慮があるためだ。

ガイドラインでは、飼主だけでなく自治体への役割も示している。自治体は関係機関と連携して、同行避難の推進や避難所における必要な飼育支援、放浪動物や負傷動物等の救護活動を行う等のさまざまな役割が期待されている。国の要請を受けたことで、近年は各自治体で避難所におけるペットの受け入れ体制の準備が急ピッチで整備されている状況だ。例えば、東京都目黒区では毎年9月に行われる防災訓練でペット同行避難の体験コーナーを設けている。防災訓練を通じて同行避難の啓蒙を行うだけでなく、実際にペットをケージに入れて飼主が離れることでペットがどのような反応や行動をするのかも確認できるようにしている。

出典:環境省「災害時におけるペットの救護対策ガイドライン」出典:環境省「災害時におけるペットの救護対策ガイドライン」

過去の震災での課題と学び

2013年にガイドラインができたことで、避難所の対応は大きく変わりつつある。ここではガイドラインが制定された以降の2016年に生じた熊本地震を例に過去の震災での課題と学びを紹介する。

・過去の震災でのペット同行避難の実例と課題
熊本市では、避難所そばの屋根付き駐輪場をペット飼養スペースにする、もしくは避難所の一部を同行避難者専用の部屋にするなどして、同行避難を実施していた。しかしながら、受け入れに関する詳細なルールが決まっていないまま無条件で受け入れてしまったため、後からトラブルになるという事例も散見された。

ほとんどの場合、トラブルが起こった後にルールを決めることで解決されたが、「なぜ、あらかじめペット受け入れのルールを決めていないのか」といった指摘を同行避難者とペットを連れていない避難者の双方から数多く受ける結果となったようだ。そのため、今後は、災害時の避難所におけるペット受け入れのルールをあらかじめ設定し、自治会長や校長等の避難所の管理者に平常時から周知を図ることが課題とされている。

・被災地の住民やペットに対する支援の不足点
熊本地震では、各避難所において自治体の職員が犬猫に対して過敏な避難者への対応に苦慮した模様である。実際には同行避難者をとりあえず受け入れてしまった事例が多く、ペットを連れていない避難者への配慮不足も課題となっている。

・それに基づく今後の改善策
同行避難に関しては、まず「飼主」と「ペットを連れていない避難者」「避難所の管理者」の3者の間で認知度が低いことが大きな課題として挙げられる。ガイドラインも十分に浸透しているとは言い切れず、また災害時は余裕のない状態に陥りやすいことから、ペットの問題は二の次になりやすい。

トラブルを回避していくためには、ペットの同行避難の啓蒙活動が今後の対策としては重要といえる。

出典:環境省「人とペットの災害対策ガイドライン<一般飼い主編>」出典:環境省「人とペットの災害対策ガイドライン<一般飼い主編>」

技術の進化と新たな課題

災害時においては、やむを得ずペットを残して避難することも想定される。ペットを残してしまったときに生じる問題は、放浪・負傷動物の発生だ。

放浪・負傷動物の発生を防ぐ対策として、ガイドラインでは飼主に対して平時にマイクロチップ等による所有者明示の対策を行うことを推奨している。マイクロチップには、15 桁の数字(個体識別番号)が記録され、マイクロチップリーダー(読取器)を当てると、その数字が表示されるようになっている。個体識別番号に関連づけられた飼主情報を確認することで、飼主を特定できるという仕組みだ。

マイクロチップは、直径2mm、長さ12mm程度の円筒形で、動物の首の皮膚の下に専用の注射器で挿入するようになっている。一度装着すれば、首輪や迷子札のように外れて落ちたりする心配がないため、災害時に確実な身元証明になり得る。

マイクロチップが普及すれば放浪動物の解消につながるが、課題も残る。現状、マイクロチップの情報は個人情報保護の観点から職員のみしか情報を閲覧できない自治体が多い。プライバシーとセキュリティの両面から、災害時にマイクロチップの情報をどこまで一般市民に開放するかが、今後検討されるべき点として挙げられる。

出典:環境省「災害時におけるペットの救護対策ガイドライン マイクロチップとは?」出典:環境省「災害時におけるペットの救護対策ガイドライン マイクロチップとは?」

未来への展望

ガイドラインが策定されたおかげで、自治体の職員の間にはペットの同行避難の知識が浸透してきている。ただし、飼主やペットを飼っていない人、自治会長や校長といった避難所の管理者にペットの同行避難の知識が十分に浸透していないのが現状だ。

まず飼主に関しては、災害時に同行避難が推奨されているという事実だけでなく、平常時も対策が求められていることを知る必要がある。ガイドラインでは、平常時も飼主に対して以下のような対策が求められている。

【平常時】
・住まいの防災対策
・ペットのしつけと健康管理
・ペットが迷子にならないための対策(マイクロチップ等による所有者の明示)
・ペット用の避難用品や備蓄品の確保
・避難所や避難ルートの確認等の準備

一方で、避難所でのトラブルを防ぐには、特にペットを飼っていない人に対しても同行避難の意義を理解してもらう必要がある。相互理解が深まれば、ペットを飼っていない人からのクレームは大幅に減ることが予想される。
現在、国や自治体ではリーフレットの作成やウェブサイトでの公開、公報や回覧板等の活用、研修会の開催等を行うことで同行避難の知識の普及に努めている。また、自治体によっては防災訓練時にペット同行も含めた避難訓練の実施も行っているケースもある。

ペットの同行避難の社会的な認知度が高まれば、相互理解が深まり、災害時のペットの問題は徐々に解消されていくものと期待される。

出典:「人とペットの災害対策ガイドライン<一般飼い主編> 同行避難のフロー図」 出典:「人とペットの災害対策ガイドライン<一般飼い主編> 同行避難のフロー図」

まとめ

ペットの同行避難は、放浪状態のペットの衰弱死や繁殖を防ぐために重要となっている。
ガイドラインは作成されたものの、まだ一般的な常識とはなっていないため、今後の課題としては社会的認知度を向上させることにある。

被災地の公衆衛生や安全面を確保するには、ペットの飼主に責任があるだけでなく、ペットを飼っていない人の相互理解と協力も欠かせない。
ペットの同行避難の知識が社会全体に普及することが、将来の備えにつながることになるだろう。

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