人口減少、高齢化……「BOOKSライデン」の店主は、大阪からなぜ長崎へ?

大阪から長崎に移住し、小さな書店を開いた人がいる。「BOOKSライデン」の店主、前田侑也さんだ。

書店を構えた場所は、長崎市中心部にある出島町。鎖国下の日本で唯一、西ヨーロッパに開かれていた人工島「出島」のほど近くだ。屋号の「ライデン」も、出島を窓口に活発な貿易が行われたオランダの学園都市からもらった。

長崎市の人口は減少傾向にあり、高齢化率も高まっている。2022年の総務省の人口移動報告によると、日本人の転出が転入を2,284人上回る「転出超過」で、市町村別では3年連続ワースト2位だった。
前田さんはなぜこの地を選び、何をしようとしているのか。訪ねてみると、地方移住の難しさと面白さが浮かび上がってきた。

大通り沿いの歩道に置かれた「本」の立て看板。右奥の階段から店へ大通り沿いの歩道に置かれた「本」の立て看板。右奥の階段から店へ

「本」と書かれた置き看板を目印に、ビルの2階へ上がると「BOOKSライデン」の入り口がある。扉を開けて店内に入ると左手にはカフェカウンター、右側には本棚が並び、テーブルにも新刊が積まれていた。通りに面した窓からは陽の光が注ぎ込み、店内は明るく開放的だ。

新刊は哲学や現代思想、ジェンダーにソーシャルデザインなど、前田さんがこだわって選んだ書籍が並ぶ。一方の古本はジャンルを問わないラインナップで、お客さんが読み終わった本を持ち込んでくれることもよくあるそうだ。

店の半分が本屋で、半分がカフェ。でも、過ごし方は自由だ。コーヒーを飲んで話してもよし、ただ本棚を眺めるもよし。

「僕は本が好きなんです。だから、本に触れるきっかけづくりができたらいいなと思っていて。僕たちの見ている世界なんてとても小さいんだ、こんな世界があるんだぜ、というものを届けたい。その場所がたまたま長崎でした」

大通り沿いの歩道に置かれた「本」の立て看板。右奥の階段から店へ店主の前田侑也さん

「人生を賭けて何がしたいか」を考えた前田侑也さん

前田侑也さんは、大阪府堺市出身だ。
大学時代、「腐るほどある時間の中でいろんな世界を知りたい」という動機から、あらゆる本を手当たり次第に読んだ。1日1冊とハイペースに読み漁る中で「自分の悩みなんて先人たちがすでに向き合っている」と知り、「ならば先人たちの言葉を得た上で考えた方が、より深い領域にいけるのではないか」と気が付いた。
いつかは自分の書店を持ちたいという憧れを持ちつつ、大学を卒業後は塾講師やITエンジニアとして働いた。だが、日々の仕事に忙殺される中で少しずつ違和感を抱くようになる。

「俺は人生を賭けて何がしたいんだろう、世間に何を訴えたいだろう、と思ったら、やっぱり本だったんですよね。過労とストレスで自殺する人がいるこんな社会、ろくなもんじゃない。僕もふくめて、みんなことばに関連する世界を知らなすぎるんじゃないかと思うんです。自分の生きているリアルなんて社会のひとかけらでしかないんだ、ということにいかに気が付けるか。それを、本を通して伝えていきたいと思ったんです」

テーブルにもこだわりの新刊が。陽の光が注いでカバーも美しいテーブルにもこだわりの新刊が。陽の光が注いでカバーも美しい

長崎移住の決め手は「人」、でも暮らしやすさは「0点」

地元でも都会でもなく、どこか好きな街で書店を開きたい。そう考えた前田さんは、開業資金を貯めるために働きながら、休日は各地を旅するようになる。長崎市を含む3つの地域を候補地に絞ったが、決め手は「人」だった。滞在したゲストハウスのオーナーが「長崎に来てくれたらめちゃくちゃ嬉しい」と熱心に誘ってくれ、その後も連絡をくれていたのだった。この人のいる街で挑戦するのが面白そうだ、と、長崎市への移住を決めた。

4年間のサラリーマン生活に区切りをつけ、2021年7月から新天地での生活をスタートさせた。最初はゲストハウスのオーナーに頼ることが多かったが、開店準備を進めるうちに手伝ってくれる人が増えて来たという。

「内装にはほとんどお金をかけてないんです。本棚も自分たちで組んで、色を塗りました。みんなめっちゃ良い人なんですよ、壁塗るぞとか車出すぞ、とか、差し入れもたくさんもらいました。たまたま来た街でしたが、大好きになったしめっちゃ楽しくって」

手作りした本棚は、棚板が少し曲がっている。でもそれも良い!手作りした本棚は、棚板が少し曲がっている。でもそれも良い!

仲間たちの協力も得ながら、「BOOKSライデン」は同年11月にオープンした。大学生やサラリーマン、県庁職員と客層は幅広い。

さぞかし楽しい日々を送っているのだろう。「最高の毎日です」と屈託なく笑う前田さんに長崎市の住み心地を尋ねると、「暮らしやすさとしては0点です、ははは」と返ってきた。え、どういうことですか?

長崎の閉じがちな街に「外側」をつくりたい

「長崎市は、まず給料が低い。最低賃金は全国でワースト10位以内ですし、家賃も高いです。要はすり鉢状になっているから、土地が少ないんですよね」

長崎市の公式ホームページに、「去年長崎市に引っ越してきましたが、他県に比べ国民健康保険と水道代が高い。(中略)なぜ高いのでしょうか。収入とのバランスが悪く、住みにくいです」と訴える市民の声が紹介されていた。これに対して長崎市は、「斜面地が多く、平地が少ない」という土地の特性を上げて家賃の高さを説明。水道代については「河川やダムなどの水源が少ないこと」「坂道が多い地形であるため、山の上まで水を送る必要があること」などを理由に挙げ、理解を求めていた。

なるほど確かに、地形が生活にいくらか影響が与えているようだ。それに加えて、前田さんは街の特徴をこう捉えている。

「閉じがちかな、という印象があります。書店をオープンした頃、長崎に関連する本が結構売れたんですよ。最初は嬉しかったんです、自分たちの街に関心があるって素晴らしいな、って。でも、果たしてこれでいいんだろうか?と思い始めて。観光や移住促進を考える上でも、外側を見ることは大切だと考えるようになりました」

その考えは、地域振興にもつながってゆく。
「長崎は確かに歴史のある素晴らしい街です。ただ、『街を好きになろう』とか『この街の魅力はここだ』とかは一旦置いといた方がいいんじゃないかと。『長崎らしさ』を求め過ぎて、普通にみんなが欲しいものがない。それに嫌気がさして出て行っちゃう人もいるのかなあ、と考えます。これはどの街にもいえることでしょうけれど」

だから、一度足元からピントを外してみてはどうかと言う。
「自分にフォーカスして物事が解決する、なんてことはありえないと僕は思っていて。自分の外側や遠いところを見ることで、初めて立ち位置がわかるのではないでしょうか」

前田さんは、自分が暮らす街に「外側」をつくろうと、東京でしか出回っていないような「ZINE」と呼ばれる小規模な雑誌を店内で販売するようになった。都心の出版社にもあいさつに行き、各地で活躍する人を呼ぶイベントも開いている。長崎県外のものを呼び込むのは、「長崎にはないから」ということ以上の理由がある。

おすすめの本を尋ねると、一緒にじっくり選んでくれるおすすめの本を尋ねると、一緒にじっくり選んでくれる
おすすめの本を尋ねると、一緒にじっくり選んでくれる各地から集めて来たZINE

「部分的に外側をつくりたいんです。遠いところを見てみようよ、と呼びかけたくて。僕は『この街のために!』というよりも本が好きで取り組んでいることが、結果的に街のためになっている、と感じています。それぞれが好きなことを見つけて、違うルートから街に関わっていくことがあっていいんじゃないかなと思うんです」

「文学性」が失われゆく時代に、ことばで思考する場所を

ハード面としての暮らしやすさは「0点」。でも、それ以上の面白さが、この街にはある。

「僕は、この街の規模感が好きなんですよ。だって、東京とか大阪では誰かとすれ違った時、『あ、昼間に会った!』みたいな、トレンディドラマ的な展開はありえないじゃないですか。でも、この街なら結構ある。地域振興でありがちなのは東京のまねごとをしたり雇用を誘致したり……行政はそうならざるを得ないと思いますけれど、長崎には長崎の人との近さやゆるやかな空気がある。そこをふくらませていくことがいいんじゃないかと思います」

独立系の本屋も、県内には少ない。前田さんは、一軒もない地域に自ら足を運ぶ出張販売にも取り組んでいる。
「俺がやらな誰がやるねん、というフィールドが地方は大きいですね。都会ならばよその店がすでにやってるやん、というものも多いですけれど。若者が少ないというのは、裏を返せば若いプレーヤーが少ないということ。地方はチャレンジに向いているかも知れません」

カフェスペースに立つ前田さん。「本の話をしてもいいし、しなくても大丈夫ですよ」カフェスペースに立つ前田さん。「本の話をしてもいいし、しなくても大丈夫ですよ」

そして何より、良い人ばかりなんです――生き生きとした笑顔で、前田さんは強調する。「暮らしにくさ」以上の魅力を、この街に感じているようだった。

各種イベントの開催にも積極的に取り組む前田さん。読書会はもちろんのこと、客が講師となって漫画や歴史について語る講座も開催する。多種多様なフィールドで活躍する人が普段読んでいる本について聞くイベントも好評だ。「本を介して人とつながり、ことばのやりとりができる場所を作っていきたい」のだという。

「本を読むメリットって色々あると思うんですけれど、僕はその人自身の文学性を豊かにすることだと考えています。文学の意味を調べると、作者自身の思想や感情を表現した作品、とあります。要はその人の内面であり、心なんだなと理解しました。それが、他者と付き合っていく上でも重要だと思うんです。話すのが苦手でも、わかりやすく論破ができなくても、文学性のある人は魅力的だしそこが本質だと思っています」

処世術やテクニックが重視され、情報は目まぐるしいスピードで流れてゆく。そんな中で「文学性」が失われつつあるのではないか、という危機感が前田さんにはある。だから、ことばに触れて思考するための場をつくりたいのだ。

「それを長崎で取り組むことにやりがいを感じています。お世話になっている人たちに、本を通じて還元していきたいです。ひとりでも多くの人にことばに触れてもらうことが僕のやりたいことだし、この街のためにできることかなと思います」

前田さんの「文学」は、きっとこの街を良くしていく。


BOOKSライデン
公式HP
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X(旧ツイッター)
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カフェスペースに立つ前田さん。「本の話をしてもいいし、しなくても大丈夫ですよ」人気メニューは手作りのオランダワッフル

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