「Digi田甲子園」でも表彰された自治体DX
北海道の北見市は、玉ねぎ生産で有名な道東の拠点都市。面積は北海道で最も広い1,427.41平方キロメートル(東京都の約65%に当たる)、人口は約11万2,000人で、いずれもオホーツク圏最大である。その北見市の「書かない窓口」という業務改革が、自治体DX(デジタルトランスフォーメーション)の好事例として、大きな評判を呼んでいる。岸田内閣の推し進める「デジタル田園都市構想」のもと行われた「夏のDigi田(デジでん)甲子園2023」では、ベスト4の取り組みとして表彰もされている。それに伴い、行政視察や取材依頼が多数押し寄せていて、今回の取材に関してもスケジュール調整が困難だったほどの評判なのだ。
今回は実にリアルな取材となった。というのも、筆者は先日父を亡くして、それこそ役所の「窓口」にはたっぷりお世話になっていたからである。いくつかの窓口を回り、そこでたくさん「書いた」。それまで覚えていなかった父の住所をしっかり暗記できたほどである。かなり面倒だなとは思いつつも、役所の手続きとはそういうものだと思い込んでいた。その思い込みをDXが軽々と一掃する、非常に興味深い事例だったのだ。
今回の取材では、北見市市民環境部窓口課の髙久直美課長と吉田和宏係長にお話を伺った。
「書かない × ワンストップ」窓口
例えば引越しをしたときの、役所での手続きをイメージしてみよう。
思い浮かぶ必要な手続きは、住所変更、保険年金関係、児童手当などだろう。役所に入ったら、まず住所変更の手続きで、住民係のような窓口へ向かうはずだ。記載台で申請書に必要事項を記入して窓口に提出。記入方法がわからなかったり、間違っていたりして記載台と窓口を往復することもある。役所によっては、申請をサポートする係員が付近にいて説明してくれるだろう。その手続きが終わると、次の手続き窓口を教えてもらう。そして教えてもらった複数の窓口を回って、同じように書類にほぼ同様の必要事項を記載して提出することを繰り返す。それらの窓口は、階をまたがって移動したり、別の建物だったりすることもある。私たちはそれを面倒なことだと思いつつも、諦めている節がある。
そこにメスを入れたのが、北見市の「書かない窓口」なのである。
「書かない窓口」とは、役所の来庁者が各種手続きをする際に、窓口で「書類を書かない」で手続きができるサービスのことを指している。したがって書類の記載台がない。しかも、関連する手続きの多くはひとつの窓口で完結し、住民票などの証明書類もその窓口で交付を受けることができる。つまり、ひとつの窓口でそれらすべてが完了する「ワンストップ窓口」ともなっているのである。ということで、このサービスを正しく表現するなら「書かないワンストップ窓口」ということになる。 北見市がデジタル技術を活用して2016年に導入し、全国に先駆けた取り組みとして話題となったのだった。
北見市の「書かないワンストップ窓口」を支える仕組み
北見市役所は「窓口課」という住民サービスに特化した課を設置している。その窓口課が「書かないワンストップ窓口」となって対応をすることになっている。窓口課で来庁者にワンストップ対応する職員を支えるのは、北見市が独自に開発した「窓口支援システム」である。それは、各担当課のシステムからデータを連携させた共通データベースより受け付けに必要な制度への加入状況を参照し、各種手続きの情報を整理するシステムである。
窓口課の職員は来庁者から必要な情報を聞き取りながら、このシステムに入力する。すると必要手続きが職員に知らされ、順次手続きを受付していくことができる仕組みとなっている。入力したデータの処理には、定型的な作業を自動処理する、RPA (Robotic Process Automation)が使われている。その連携で、 住民票・印鑑証明などの証明書も自動発行できる。もともと受け付け後にバックヤードでマンパワー行われていた作業が、入力と同時に自動で即時処理できることになっているのだ。
デジタル技術を活用したこの業務改革は、まさにDX(デジタルトランスフォーメーション)というべきもので、デジタル庁ではこの「書かないワンストップ窓口」の仕組みを、自治体窓口DXと位置づけて、各自治体での導入を強力に後押し。すでに静岡県浜松市、北海道岩見沢市、埼玉県深谷市などへの横展開が進んでいる。
職員提案の「業務改善」から始まった
北見市の「書かないワンストップ窓口」は、2010年から進められていた「業務改善」への取り組みから生まれた。
窓口業務をもっと簡単で効率的なものしたいという、職員からの提案がスタートだったとのこと。その流れの中で、2012年には「新人職員が市役所窓口を利用してみたら実験」を実施。窓口業務の現状を客観的に把握するために、真っ白な状態で窓口を体験できる新人職員の感覚を利用したという、なかなか鋭い視点の実験である。新人職員の、「窓口を回らされる」「いろいろな種類の申請用紙がある」「申請用紙の記入方法がわからない」「住所や氏名を何度も記入させられる」などという素直な感想から、その背景にある数々の課題が浮き彫りにされた。その課題は対応にあたる職員の業務構造にも及ぶため、仕事の中身や手順が徹底的に分析された。
まずはすぐにできることから取り組みは開始された。予算もかけずにできるアナログなレベルの改善として、来庁者の動線を意識した窓口レイアウトやフロアサイン作り、窓口における事務作業の標準化や簡素化などという業務フローの改善を次々と行った。それらのベースとなる本人確認や押印についてなどのルールを統一、規則として定めることも重要な作業だったとのことだ。このようなアナログな改善を、関係する職員が理想をイメージしながら試行錯誤を積み重ねて形にしていった。
そして、さらなる業務改善を進めるべく、「窓口支援システム」というデジタル技術を導入。「書かないワンストップ窓口」が実現したのである。
BPRでの業務改革が、DX成功の鍵
北見市の「書かないワンストップ窓口」が、うまく運用されている背景には、いくつかの重要なポイントがある。
まず、職員からの提案がきっかけで動き出した業務改善の取り組みは、北見市の「事業計画」に組み込まれ、市長が任命するプロジェクトチームで動くことができた。そのことで組織を横断する大規模な業務改善が実現したといえるのだ。
次にBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)の手法で取り組まれていたことだ。BPRとは、業務本来の目的に向かって既存の組織や制度を抜本的に見直し、プロセスの視点で、職務、業務フロー、管理機構、情報システムをデザインし直すこと(北見市資料より引用)とされる。
北見市の場合は、アナログな改善を始めた段階から窓口業務の中身や手順を徹底的に分析して、理想の形を考え抜いた。しかも来庁者の視点だけではなく、バックヤード業務を担当する職員の視点も合わせて、俯瞰的な視点での業務改善を目指している。これには上記のようなプロジェクトチームの形で動いたことも功を奏している。
そして、デジタルを先行させなかった。デジタル化する前提で業務改善を行うのではなく、業務全体のあるべき姿を考えたうえで、デジタルの力を使う部分を考え、全体最適を目指している。ここが北見市のDX成功の重要ポイントなのだ。
このBPR手法により、職員提案の「業務改善」からスタートした取り組みは、いつの間にか自治体DXの好事例となる「業務改革」というレベルに達したのである。
「書かないワンストップ窓口」でどうなったのか
一言でいえば、「面倒だった役所での手続きが簡単になった」ということ。それは来庁者・職員両方にとってである。
来庁者から、大きな驚きとともに喜ばれていることは、数字の面からも証明できる。回る窓口数、書類を書く手間・時間ともに減るため、大幅な時短効果がある。例えば4人世帯で市内転居したときの転居届の時間は、7分が2分半に短縮される。1ヶ所で対応してもらえるので、移動する時間もなくなり、手続き自体も同様に短縮されるから、トータルでの時短効果は相当なものがあることが自明である。
来庁者への時短効果は、そのまま対応する職員側の時短効果にもなる。加えてバックヤードでマンパワーで処理していた作業が、RPAで自動処理されるため、その分の時短効果も加わる。北見市によれば、2021年度での庁内全体の業務削減時間は、年間約 3,375 分(重複する本人確認や、異動内容の説明、カウンターの移動によって、1 件当たり 30 秒削減されると想定)とされている。そして、対応業務が整理・平準化されわかりやすくなっているため、職員のキャリアにかかわらず担当できるようになっている。RPAの力を借りているのでヒューマンエラーも減る。
北見市では、システムの構築に約7,000万円の予算を投じたが、それを上回るメリットがあったと判断されている。
DXで拓く、ヒューマンな未来
DXなどに見られるデジタル技術の活用は、「人の仕事を奪う」とか「なくなる仕事が出てくる」というネガティブな側面が語られることがある。確かにそうならざるを得ない部分もあるのだろうが、人間側の意識・活用方法次第では逆のヒューマンな効果を実感することもできる。それを北見市の「自治体DX」の事例が語っている。
「職員の時間をつくるとともに、住民(来庁者)の時間もつくっているのです」。取材対応してくださったおふたりの言葉が蘇る。業務効率化の先にある本質的な意義は、時間という絶対的価値を生み出すことでもあるという考え方だ。デジタルの力で業務を効率化したり代替したりすることによって、ヒューマンな価値を生み出すこともできるのだ。
そして、職員と来庁者、両者の目線での改革は、すべての「人」のためであり、「社会」のためである。拝見した自治体向け講演資料には、「誰ひとり取り残さない社会」という言葉が出てくる。北見市はSDGsのキーワードでもあるこのフレーズを、取り組みの未来に据えている。すべて、何ともヒューマンな改革なのだ。
北見市の「書かない窓口」は、新たな行政サービスのあり方を提示しているのだが、それはDXで人間不在・不要の行政サービスとするのではなく、人が生き生きと働き、暮らす地域をつくるためにDXが機能する行政サービスということだ。
そういう意味で、ヒューマンな未来を拓く好事例ともいえる。
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