家を開くことに興味を持つ参加者は74%

みなさんは「住み開き」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

住み開きとは、文化活動家を名乗るアーティストのアサダワタル氏によって提唱された言葉で、自宅の一部を他者とつながりを生むコミュニケーションの場として開放することをいう。

2023年7月3日、LIFULL HOME'S PRESSは「家を開いて創る、魅力ある地域のコモン~CASACO・HandA Apartmentの事例から~」と題したオンラインセミナーを開催。住み開きに興味を持つ人たちが多数参加した。

まずセミナー冒頭で参加者に対し、「自分でも地域に家を開いてみたいか」という質問が投げかけられたのだが、「YES」と答えたの人は、なんと約74%。隣の住人を知らないという人も少なくない現代において、これほどまでに自宅を開くことに興味を持つ人が多いことに、正直驚いた。

本セミナーでは、横浜市の「CASACO」と福岡県久留米市の「HandA Apartment」、2つの事例を紹介。携わった2組に、住み開きに至った経緯や地域との関わり方、実現させた今だからこそ感じることなどを聞いた。今回は、家を開くことによる新たなコミュニティの形について考えてみたい。

上左:コミュニティデザイナー 山崎 亮氏/上中:株式会社トミトアーキテクチャ 代表 冨永 美保氏/上右:合同会社H&Abrothers 半田 啓祐氏・半田 満氏/下左:LIFULL HOME'S総研所長 島原 万丈氏/下右 LIFULL HOME'S PRESS編集長 八久保 誠子氏上左:コミュニティデザイナー 山崎 亮氏/上中:株式会社トミトアーキテクチャ 代表 冨永 美保氏/上右:合同会社H&Abrothers 半田 啓祐氏・半田 満氏/下左:LIFULL HOME'S総研所長 島原 万丈氏/下右 LIFULL HOME'S PRESS編集長 八久保 誠子氏

みんなのための空間は、結局誰のためにもならない

基調講演をおこなったのは、コミュニティデザイナ―の山崎亮氏。

普段、地域の課題を地域住民が自分たちで解決するために、人と人とがつながる“仕組み”をデザインする山崎氏は、「私はコミュニティデザイナーですが、自分の家を開いて地域の人を呼ぼうと思ったことは一度もない」と笑う。

studio-L代表であり、関西学院大学建築学部教授、社会福祉士でもあるコミュニティデザイナーの山崎 亮氏studio-L代表であり、関西学院大学建築学部教授、社会福祉士でもあるコミュニティデザイナーの山崎 亮氏

もともと公共空間の設計を学び、実務をしていたという山崎氏。当時、都市の広場や公園、美術館や図書館などの公共空間の設計で言われ続けてきたことがあるという。それは「みんなのための空間は、結局誰のためにもならない」ということ。みんなのためだから自分は我慢しなければならないと、私的な部分を我慢しているから、結局誰のためにもなっていない公共空間になってしまっていたそうだ。

「それならば公共空間をもっと民営化してはどうか、もっと個人や仲間で何かをしてもいい空間にしたらどうかと、私や私の仲間たちは、公共空間を私的に使うコミュニティデザインをするようになりました」

そうして“誰のための空間なのかわからない公共空間”を脱することができた事例を数多く目にしてきた山崎氏だが、「パブリックな空間ではなく、もっともプライベートな場所である自宅を公的にしていくという取り組みは、どうしても私には理解できない」と再び笑う。

ただ冒頭のアンケートで、7割以上の参加者が『家を開いてみたい』と答えたことに触れ、「私がマイノリティなのかと非常に驚いています。今回のセミナーでは、なぜそんなに素晴らしいことができるのか、どんな感覚なのかを率直に聞きたい」と述べ、基調講演を締めくくった。

【事例1】地域に対してリビングを開く『CASACO』

ここからは2つの事例紹介に移る。最初の登壇者は、株式会社トミトアーキテクチャ 代表 冨永 美保氏。

今回の事例紹介で取り上げる『CASACO(カサコ)』は、横浜市西区の丘の上に佇む築65年の2軒長屋で、子どもと国際関係のNPO法人から、同社が依頼を受けた物件である。

「2階は語学留学中の外国人が暮らす多国籍シェアハウス、1階はリビング。NPO法人の拠点ともなる建物です。お施主さまからは、『日中はリビングをあまり使わないので、地域や子どもたちのために家を開けないか』とご相談がありました。しかしそれまで私は家を開くということを考えたこともなかったのです。『家を開くってどういうこと?』と、そこから考えはじめました」と、冨永氏は当時を振り返る。

「古びた長屋の玄関をただ開けていても、怪しまれてしまい、誰も入ってきてはくれません。家を開くためにはどうしたらいいのか。まずは私たちが、このまちのことをもっと知らなければ…と思ったのです。長い時間をかけ、徹底的にまちの人たちに、このまちのことをヒアリングをしました」そう話す冨永氏は、下の画像を見せてくれた。

このまちの物語を、左から右に昔から今の「時間軸」、下から上は丘のふもとから頂上の「地形軸」として、ゆるくマッピングしている(冨永氏の投映資料より)このまちの物語を、左から右に昔から今の「時間軸」、下から上は丘のふもとから頂上の「地形軸」として、ゆるくマッピングしている(冨永氏の投映資料より)

「ヒアリングをして図にしたことで、昔この場所でこういう出来事があって、それがつながって今こうなっているんだな…とわかってきました。地域の方に見聞きした情報やまちのニュース、そして私たちがやりたいことを新聞にして、300世帯の町内会回覧板に混ぜて回すことにしたんです。怪しさを払拭する狙いもあったのですが、そんなことを繰り返すうちに、いろいろな情報が私たちの元に届くようになりました」こうして徐々に地域に馴染み、応援してくれる人が増え、家を開くことができたそうだ。

地域の人たちの支えによりオープンしたCASACOの日常は、学校帰りに子どもたちが遊びに来て宿題をしたり、2階で暮らす外国人との異文化交流をしたりと、地域の人たちが気軽に立ち寄れるコミュニティスペースとなっている。さらに定期的に地域住民主体のイベントも開催するなど、今ではしっかりまちに根付いているという。

このまちの物語を、左から右に昔から今の「時間軸」、下から上は丘のふもとから頂上の「地形軸」として、ゆるくマッピングしている(冨永氏の投映資料より)近隣小学校のPTA仲良しママさん主催の週末酒場「バーババーズ」には、学校の先生も飲みにきてくれるそう(冨永氏の投映資料より)
このまちの物語を、左から右に昔から今の「時間軸」、下から上は丘のふもとから頂上の「地形軸」として、ゆるくマッピングしている(冨永氏の投映資料より)隔週日曜日には、2階に住むさまざまな国の語学留学生が、自国の朝ごはんをワンコインで振る舞っている(冨永氏の投映資料より)

【事例2】アパート共用部をリノベーション『HandA Apartment』

2つ目の事例は、福岡県久留米市の『HandA Apartment(ハンダアパートメント)』。登壇者は、同アパートの所有者である合同会社H&Abrothers 半田啓祐氏・半田満氏兄弟だ。

HandA Apartmentは、築40年と築20年の2棟からなるアパート。半田兄弟が関わることになった当時、築40年の棟はボロボロで空室が目立ち、一方の築20年の棟は建設会社や管理会社が倒産するなど、どちらも問題が山積していたそうだ。

「当初は予算がなくDIYでプチリフォームをしていました。少しずつ入居率もあがったのですが、ほかの物件との差別化を図るため、敷地内の空きスペースに畑と広場をつくり、家庭菜園付きアパートとして募集をすることに。すると『野菜を育てたい』という人が入居するようになり、次は入居者同士で野菜を交換し、さらに採れた野菜で食事会をするようになり、どんどん入居者同士の交流が生まれたのです」と半田氏。

このような光景を目の当たりにした半田兄弟は、場所や空間を貸すという一般的なアパート経営から、『暮らしを提供する』という考え方に変わっていったそうだ。さらにアパートをもっとまちに開くことで周辺エリアもよくなり、ひいては建物の価値も持続していけるのではと考えるように。

敷地内ではダンボールコンポスト講座やDIYワークショップを開き、敷地外でも地域を知ってもらうため、まち歩きイベントを定期開催。だんだん周辺住民との交流も生まれるようになった。

物件の1階にあった倉庫をコモンルームに改装。入居者の食事会に利用したり、レンタルスペースにしてブックカフェやカレー店などに貸し出して営業したりと、新たな交流の場となっている(半田氏の投映資料より)物件の1階にあった倉庫をコモンルームに改装。入居者の食事会に利用したり、レンタルスペースにしてブックカフェやカレー店などに貸し出して営業したりと、新たな交流の場となっている(半田氏の投映資料より)
物件の1階にあった倉庫をコモンルームに改装。入居者の食事会に利用したり、レンタルスペースにしてブックカフェやカレー店などに貸し出して営業したりと、新たな交流の場となっている(半田氏の投映資料より)もともと駐車場だったスペースにみんなでウッドデッキをつくった。1階に入ってほしい店舗を聞いたところ「パン屋さん」という意見が多く、ベーカリーショップを誘致。まちの人たちからも喜びの声があがっている(半田氏の投映資料より)

最初は大家である自分たち2人からスタートしたHandA Apartmentの取り組み。その後入居者を巻き込み、地域住民を巻き込み、今では顔の見えるつながりが約150人に増えたそうだ。

「HandA Apartmentを運営して、それまでの空間を貸す仕事から、どうしたら入居者さんに楽しく豊かに暮らしてもらえるか考える『暮らしの土壌を耕す仕事』へ大きくマインドが変化しました」と半田氏。

入居者や地域住民に寄り添いながらうまく巻き込むことで、心豊かに過ごせるエリアへと発展させるH&Abrothersの仕掛けは、今後も地域に笑顔の波紋を広げていきそうだ。

物件の1階にあった倉庫をコモンルームに改装。入居者の食事会に利用したり、レンタルスペースにしてブックカフェやカレー店などに貸し出して営業したりと、新たな交流の場となっている(半田氏の投映資料より)ハードとソフトの改善を繰り返すことで、建物の価値が上がり家賃もアップ。入居者との関係性もよくなり管理コストも減。長く住まう人も多くなり、アパート経営の面でも改善しているという(半田氏の投映資料より)

トークセッションのキーワードは「愛ある賃貸」

最後はこれまでの登壇者4名に、LIFULL HOME’S総研所長の島原万丈氏とLIFULL HOME'S PRESS編集長 八久保誠子氏を交えてのトークセッションが行われた。

山崎氏は、「冨永さんも半田さんも、開くことの意味と価値を理解し、不確実な人たちが入ってくる可能性を考えながら、どのように開けばいいのかをうまく活用されていると感じました」と話す。

続いて島原氏は「これまでの賃貸物件は、共用部をできるだけ少なくしてレンタブル率を最大限に取り、利益を上げるのがセオリーでした。しかし今回の事例では、そのセオリーではないやり方で、ビジネスとしてもうまくいっているのが面白いと感じました。そしてCASACOもHandA Apartmentも、見た目がかっこいいですよね」と話し、この言葉には八久保氏も「地域にあっても暗くならないですよね」と激しく同意していた。

これについて山崎氏は「かっこいい・かわいいなど見た目の美しさで、本人たちの気分が上がるのは大切なこと。そしてもう1つ、周りの人たちが『自分も一緒に関わりたい』と思える場所であることも非常に重要なことです。ただし洗練されすぎると、急にハードルが高くなってしまうので、塩梅が大事」と話す。

「CASACOはこれから手を加えていっても個人の趣味が全体に影響を与えず、ちょこちょこ手を加えたくなるような余白を意識して設計しました。今ではたくさんの物が置かれ、どんどん家具が嫁入りしてきています(笑)」と冨永氏。

半田氏は「私たちも洗練させ過ぎないことには意識しています。DIYでみんなに関わってもらいながらつくるので、完成したものがしょぼいとみんなのテンションがあがりません。できた空間が素敵であることでまた人が集まってくるんです」と、入居者や地域住民の反応を話してくれた。

間口の広いcasacoのリビングは、気軽に入りやすい雰囲気。ちなみにテラスの石畳は、撤去される坂道の石畳を譲り受けて地域住民と一緒につくったそう(冨永氏の投映資料より)間口の広いcasacoのリビングは、気軽に入りやすい雰囲気。ちなみにテラスの石畳は、撤去される坂道の石畳を譲り受けて地域住民と一緒につくったそう(冨永氏の投映資料より)

参加者からは「家や共用部を開くには、管理が必要なのではないか」との質問が飛んだ。

それに対し半田氏は「家庭菜園や広場は建物の裏側なので、通りからは隠れています。つまりあえて目的を持っていなければ入らない場所。開いているようで閉じていて、でも開いているという立地にしています。管理の面では、最初は頻繁に通っていましたが、だんだんと顔の見える関係が築けてくると、それほどの回数も必要なくなってきました」と話す。

山崎氏はこう続ける。「ワークショップなどで一緒に何かをつくったり手伝ったりすると、参加した人たちの関係性が強くなってくるんですよね。だんだん“人となり”がわかってくれば、必ずしも常駐しなくてもいい気がします。逆に常駐して手をかけすぎてしまうと、何もかも『やってもらえる』という感覚になってしまう。いい意味で手をかけすぎないことで、自分たちの主体意識みたいなものが生まれてくるのかもしれないですね」

冨永氏は「CASACOでは、『こんなことに困っている』と発信したことで救われたことがあります。ホームステイの子たちに食事を用意しなければならないのですが、まちのお母さんに『夕食を一品多くつくってくれませんか。少しですがお金もお支払いします』と募集したのです。すると『いいよ』と協力してくれる方が現れました。困ったことは上手に伝えられる関係が築けるといいですね」と語る。

CASACOもHandA Apartmentも、最初は地域の人達から見ると「怪しい」存在だったそうだが、少しずつ人と人とのつながりを持てたことで、地域の一員となることができたという。

またトークセッションでは、島原氏が前職時代に発表した『愛ある賃貸住宅』というレポートが話題にあがった。

「『愛ある賃貸住宅』では大家さんにも住んでる人にも愛がないじゃないか。賃貸住宅にはコミュニティこそが大切なのではないかと提唱したのですが、当時は『愛で飯が食えるか!』と言われました(笑)。しかし今日のお話を聞いて、コミュニティは有効な武器であると証明していただいて、とてもうれしくなりましたね」と島原氏。

すると半田兄弟からこんな言葉が。「じつは私たちが地域に開いていくことを考えたきっかけは『愛ある賃貸』という考え方を知ってから。それが支えになっていたので、今回そのキーワードが出てきて非常に感慨深く感じています」

山崎氏も頷きながら「私たちはこれから『愛ある経済』というものを、もう一度模索しなければならないと感じましたね。そして冨永さん半田さんの『デザインにおいて洗練させ過ぎない・個人を出さない』というお話を伺って、建築設計の美しさの評価軸と現場が乖離している、つまり私たちのものさしが少なすぎると感じました。今回のセミナーはいろいろなことを再確認できた時間でした」と熱く総評を述べた。

地域にはさまざまな個性を持った人たちが住んでいる。人と人がゆるやかに関わり合うことでまちが面白くなり、魅力があふれ、そのまちに住みたいと思う人も増えるだろう。プライバシーを重視することは短期的にはニーズを満たすが、長期的に孤独を生む可能性もある。心豊かに暮らすためには何が必要なのかを改めて考える有意義なセミナーであったと筆者は思う。

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