高齢化して寂れつつある団地の取り組みが、全国地域づくり推進協議会会長賞

北本団地内には、5階建ての住居棟が71棟もある北本団地内には、5階建ての住居棟が71棟もある

埼玉県の中央部にある北本市。高度経済成長期以降、東京のベットタウンとして急激に発展する中で北本団地がつくられた。5階建てを中心に71棟・計2,091戸もある大型団地だ。かつてはファミリー世帯が多く暮らし、子どもたちの元気な声が飛び交っていたが、近年は、高齢者の割合が高くなり、空き室も増え、団地内の商店街は閑散としてシャッター通りとなっていた。

そんななか、寂れた現状を何とかしたいと、かつて団地で子ども時代を過ごした人々が立ち上がり、新しい取組みが始まった。2021年にカフェ兼シェアキッチンの「ジャズ喫茶“中庭”」、アトリエ兼シェアギャラリーの「まちの工作室“てと”」がオープン。さらに今年(2023年)、陶芸アトリエ兼陶芸教室ができる予定だ。この取組みは、昨年(2022年)の国土交通省「全国地域づくり推進協議会会長賞」を受賞した。

プロジェクトを進めているのが「きたもと暮らしの編集室(合同会社暮らしの編集室)」だ。メンバーは3人いて、江澤勇介さんはもともと北本団地で暮らし、高校卒業後は東京に出てカメラマンとなった。現在は北本市に家族でUターンして、近隣の一戸建てに暮らしている。岡野高志さんは、北本団地の近くの農家に生まれたが、団地に友人が多かったので子どものころ、団地を遊び場にしていたそうだ。そしてもう一人の若山範一さんは、建築関係の仕事をしている。

「当時は、団地内だけの運動会があって、本当に楽しかったです」と子どものころのにぎわいを振り返る江澤さん。
「自分達のライフステージも変わってきて、20代はどこに住んでもいいと思っていましたが、子どもが産まれて家を買うタイミングで、やっぱり地元が良いとなりました」と江澤さん。「当時と比べて寂れてしまい、であれば面白い場所を自分たちで作ったら楽しいだろうと考えるようになりました」と言う。

北本団地内には、5階建ての住居棟が71棟もあるシャッター通りとなった団地内の商店街。プロジェクトで立ち上げたシェアスペースの外観(写真左手前)が目を引く

かつての団地の子どもたちが「何とかしたい」と立ち上がる

北本市の観光協会と兼務の岡野さん(左)、カメラマンと兼務の江澤さん(右)北本市の観光協会と兼務の岡野さん(左)、カメラマンと兼務の江澤さん(右)

江澤さんと岡野さんは中学校の同級生だったが、卒業後は疎遠になっていた。再会を果たしたのは、「北本ビタミン」という2008年〜2012年頃に行なわれていた地元のアート・プロジェクト。お互いスタッフとして参加していた。その後、岡野さんは北本市で観光協会のスタッフとなり、江澤さんはカメラマンとして一本立ちしていった。
時を経て、北本市が市街地活性化プロジェクトを立ち上げた際、岡野さんは「江澤さんを誘って、一緒に何かをしたい」と考えた。北本市役所近くに人気のパン店があったが2019年に移転が決まり、岡野さんたちはその空いた店舗を活用しシェアキッチンを始めることにした。名前は「ケルン」にした。ケルンとは、山頂や登山道などの道標となるように石を円錐状に積み上げたものを指す言葉だ。時間が積み重なりまちの道標になるようにという願いを込めたそうだ。継続的な取組みにするため2020年4月に法人化し、今に至っている。

「ケルン」のプロジェクトがスタートしたとき、中学校の同級生が集まって、北本団地が寂しくなってしまったという話題になった。
江澤さんによると、「団地出身者は団地に愛着があります。地域コミュニティがあって、集落のようなイメージです。また子ども時代の思い出が詰まっているのです」と言う。

そして、誰ともなく「北本団地のために何かできないか?」と言い出し、実行に移すことになったのだ。

北本市の観光協会と兼務の岡野さん(左)、カメラマンと兼務の江澤さん(右)北本駅前にある最初に手掛けたシェアキッチンの「ケルン」

団地の活性化案をプレゼンし、「MUJI×UR」が実現

岡野さんたちは、「MUJI」で知られ、団地でのリノベーションの実績がある株式会社良品計画と意見交換する機会を持った。北本市とともに良品計画を訪ね、団地の活性化プランを数点プレゼンして関心を持ってもらった。そして今度は良品計画と一緒に団地の所有者であるUR(都市再生機構)に企画を持って行ったところ、提案した1階で商売をしながら団地で暮すスタイルは面白いと前向きに検討してもらえることになり、プロジェクトがスタートすることになったのだ。

一方、暮らしの編集室では北本団地の自治会や一般住民にも参加してもらい「団地未来会議」を開催した。岡野さんたちは「北本団地を昔みたいにするわけではなく、住んでよかったと思える人を少しでも多く増やしたい」と訴え、「いろいろな人が自分のやりたいことをできる場所を目指す」と伝えた。
会議では住民からは、要望や意見を聞くこともでき、お茶ができる場所がほしいなどのコメントがあったという。

団地未来会議のために作成したチラシ団地未来会議のために作成したチラシ
暮らしの編集室のスタッフもシェアスペースのリノベーション作業をした暮らしの編集室のスタッフもシェアスペースのリノベーション作業をした

2020年、北本市、暮らしの編集室、良品計画、MUJIHOUSE、URの5者連携プロジェクトが始まり、北本団地商店街の活性化を暮らしの編集室が中心となって担うことになった。北本市も関与したうえで地域のコミュニティ活動をするという条件で、URの減額制度を活用したほか、コミュニティスペースの改修費用として、ふるさと納税型のクラウドファンディングで200万円の支援金を集めた。かつて別の団地に住んでいたか人らも共感を得ての支援があり、「団地にノスタルジーを感じる人たちがいるのだと実感した」と江澤さん。そして2021年6月に「ジャズ喫茶“中庭”」は全面オープンした。

なお、コミュニティスペースの2階はMUJI×URブランドでデザインし、それを暮らしの編集室が借りたうえで、コミュニティスペースの管理人が住むこととした。ちなみに、MUJI×URブランドでリノベーションを行った数戸の一般の住居は、すぐに埋まる人気ぶりだという。

団地未来会議のために作成したチラシ完成後、にぎやかな雰囲気になった。団地の住人が持ち寄った作品も展示している

団地の新しいスタイルに共感して、著名なジャズミュージシャンも演奏

岡野さんと江澤さんは、自然に役割分担ができてきて、お互いに得意なことをしているので負担はないそうだ。岡野さんはシェアスペースの整備や外部との交渉、また農家や役所など地元をつなぐ。一方、江澤さんは自身のアーティストとの人脈を北本団地につないで、新しい風をもたらしている。

新しくオープンしたコミュニティスペースの「中庭」では、管理人として若い夫婦が東京の西荻窪から2階に引っ越ししてきた。江澤さんの紹介だ。夫はプロのジャズベーシストで、西荻窪からグランドピアノも持ってきていた。昨年(2022年)はそのピアノを活用し、サックス奏者の坂田明氏のジャズライブを開催して盛況だったという。ほかにもプロジェクトを面白がってプロのジャズ奏者が来て演奏したこともあった。団地の住民をはじめとした観客は、このオープンな雰囲気を満喫していたようだ。

「中庭」のジャズライブには多くの観客が集まった。外と中が有機的につながる空間だ「中庭」のジャズライブには多くの観客が集まった。外と中が有機的につながる空間だ
2022年、シャッター通りとなった団地内の商店街に完成したシェアスペースは、外観が個性的だ2022年、シャッター通りとなった団地内の商店街に完成したシェアスペースは、外観が個性的だ

「中庭」はジャズ喫茶という機能だけではなく、シェアカフェやシェアキッチンとしても貸し出している。例えば子ども食堂をやりたい人など、いろいろな希望を実現する場となっているそうだ。「今後は、お年寄りが同年代の人向けのカフェなどをやれば楽しいでしょう」と岡野さん。

また、「中庭」を見た作家が、自分たちのアトリエがほしいと思い、空き店舗をリノベーションしてギャラリーも兼ねたスペースを作ることになった。こちらもふるさと納税型のクラウドファンディングで200万円の支援を集め、工事は大工さんにお願いしたほか、壁塗りには暮らしの編集室のメンバーやその仲間も挑戦した。ここは「まちの工作室“てと”」という名前で2022年5月にオープンした。

「中庭」のジャズライブには多くの観客が集まった。外と中が有機的につながる空間だ「まちの工作室“てと”」は、布やジュエリー等の工芸品を扱うクリエイターたちのシェアアトリエとして利用されている

活動の幅を広げ、いずれは若い世代に引き継ぎたい

暮らしの編集室も企画に関わった団地のお祭りは、盛況となった暮らしの編集室も企画に関わった団地のお祭りは、盛況となった

団地内の広場で催される毎年恒例のお祭りがあるが、コロナ禍で中止が続いていた。2022年10月には縮小版で開催されることになり、自治会から暮らしの編集室にも声がかかり、企画についての話し合いがなされた。お祭り本番ではキッチンカーや野菜の直売会が行われ、住民からも好評で、その後は自治会と暮らしの編集室の連携ができていった。「打ち合わせにも呼んでもらい、一緒に企画を考えることができてうれしかったです」と岡野さんは振り返る。

団地に若い世帯が減っていることで、内需が失われ、商店街の活気がなくなってしまった。今後は、団地に新しい流れを作りたいという。そのためには外からやって来る流れが必要だ。
今年オープンする陶芸アトリエで開催する陶芸教室は、団地以外の人もターゲットにしている。

岡野さんは「この場所を人の結節点にしていきたい」と抱負を語る。自身では、このプロジェクトでシェアできることが幸せだと思っているが、それは町に住んでいる誰もができることではないという。「単身で引越してきたら、なかなか友達ができないでしょう。郊外では子どもがいれば、ママ友つながりなど、地域との接点がつくりやすいですが…」と岡野さん。つまり誰もが気楽に地域とつながれる場所を目指すのだ。

岡野さんたちは今後、若い世代もこのプロジェクトに巻き込んでいきたいそうだ。自分たちだけではいずれジリ貧になると思っているからだ。そのためにも世代を超えて継続的に続くプロジェクトでありたいと先を見据える。

暮らしの編集室も企画に関わった団地のお祭りは、盛況となった地元の産直野菜を売りに来てくれる農家の人。暮らしの編集室の人脈が生かされた

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