明治期以降の建築36が参加。特別公開やガイド付きツアーなどが行われた
2022年11月11日から13日までの週末3日間、「京都モダン建築祭(以下、建築祭)」が初開催された。明治期以降に建てられて、現在まで大切に守られ、使われ続けている建築の一斉公開イベントだ。中京、御所西、岡崎の3エリアを中心に、京都の都心部で計36の建築が参加。専用の「パスポート」の発行数は約5000枚を数えたという。近畿圏はもとより、北海道や沖縄など遠方からの参加者もいたようだ。おのおの、建築との出会いに心躍らせながら、京都のまちを巡った。
建築の公開方法は、パスポート提示による特別見学と、事前予約によるガイド付き特別ツアー。さらに、カフェやレストラン、宿泊施設を持つ建築では、ドリンクサービスなどの連携企画も実施された。特別ツアーには希望者が殺到し、事前抽選の倍率は平均7倍、最高で10倍超に達したという。ガイドなしで巡る参加者のためには、建築祭実行委員長の京都工芸繊維大学助教・笠原一人さん、委員の大阪公立大学教授・倉方俊輔さんによるオーディオガイドアプリを用意。スマホさえあれば、誰でも臨場感ある解説を聞きながら見学できるようにした。
筆者も、12日と13日の土日に参加。運良く3つの特別ツアーに当選し、通常非公開の建築を見学することができた。以下、公開可能な範囲でレポートしたい。
明治時代の校舎と礼拝堂を今も大事に使う平安女学院
今回の公開範囲では北西部にあたる「御所西エリア」では、同志社大学(特別ツアー)と平安女学院(特別見学とツアー)の2大学が参加。後者では学生たちが自ら展示やガイドツアーを行い、順路案内に立つなどして見学者を気持ちよく迎え入れてくれた。公開建築についてのオリジナルの資料も製作・配布している。
平安女学院は日本聖公会に所属するミッションスクールで、1894(明治27)年に大阪から京都に移転して以来、150年近くの歴史を通じてつくられた、様々な時代の建築を擁している。中でも、1895(明治28)年竣工の明治館と1898年(明治31)献堂の聖アグネス教会は、それぞれ国登録有形文化財、京都市指定有形文化財になっている。
聖アグネス教会は、京都に現存する最古の教会建築だという。烏丸通に面して堂々たる鐘楼を備えた、ゴシック様式の建築だ。設計者のJ.M.ガーディナーは日本聖公会の教会を数多く設計した建築家で、円山公園にある「長楽館」の設計者としても知られる。
内部は木の構造を現した三廊式バシリカで、幾何学的でありながら愛らしいデザインのステンドグラスがいくつも配されている。やさしい雰囲気の空間が「乙女の守護者」と呼ばれる聖アグネスの名にふさわしく思えた。
聖アグネス教会の背後に建つ明治館は、今では校舎に囲まれて、通りからは見ることができない。学外者にとって、この建築祭は貴重な見学機会となった。外観の特徴は緩やかなカーブを描くオランダ風の妻飾り(ダッチ・ゲーブル)で、赤レンガの外壁に、白い石の帯とペパーミント・グリーンに塗られた窓枠が映える。
この建物は老朽化と1995年の阪神淡路大震災の影響で取り壊しも検討されたそうだが、2004年から2009年にかけて耐震補強と復元工事が行われた。今も現役の校舎として、ゼミやクラブ活動に使われているそうだ。
モダニズムの先駆け、シンプルな箱型の建築「旧西陣織物館」
1914(大正3)年に「西陣織物館」として建設された建築は、現在は京都市考古資料館となっており、1階・2階の展示室は入館無料で公開されている。加えて建築祭では、通常非公開の3階・旧貴賓室を見ることができた。
この建築は、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)の教授として招聘された建築家・本野精吾のデビュー作。様式建築の名残を留めつつも、ほとんど装飾のない四角い建物は、竣工当時、人々を驚かせたらしい。「まるでマッチ箱のよう」と揶揄されたともいう。
特別公開の貴賓室の装飾も極めてシンプルではあるが、分厚い木のドアは重厚で気品を感じさせる。壁に貼られているのは西陣織のクロス。ドアの欄間には円と四角の幾何学的なデザインが施されている。ドイツ留学から戻ったばかりの本野が、ヨーロッパの最先端を採り入れたのだろうか。
御所西エリアではヴォーリズや藤井厚二の建築の特別ツアーも開催
このほか、御所西エリアでは京都府庁旧本館(1904(明治37)年)の旧議場・旧知事室・中庭の特別公開が行われたほか、特別ツアーでW.M.ヴォーリズ設計の大丸ヴィラ(1932(昭和7)年)、藤井厚二設計の太田喜二郎家住宅主屋兼アトリエ(1924(大正13)年)の見学会などが開催された。
さながら建築史博物館のような一大文化ゾーン、岡崎
「岡崎エリア」は、東大路の東、三条通の北側の一帯だ。このあたりは明治に入って博覧会場として発展した。平安神宮は、1895(明治28)年に「平安遷都千百年紀年祭」の中心事業として建設されたものだ。ほか、現在では、京都府立図書館(1909(明治42)年)、京都市京セラ美術館(1933(昭和8)年)、ロームシアター京都(1960(昭和35)年)、京都国立近代美術館(1986(昭和61)年)などが建ち並び、一大文化ゾーンを形成している。前3者は近年大規模なリノベーションが行われており、そのことも含めて、さながら建築史博物館のようでもある。
図書館も美術館も開かれた施設だが、建築祭では通常非公開のスペースに立ち入ることができ、いつもとは違う一面を見ることができた。
京都府立図書館は、1995年の阪神淡路大震災で損傷し、2001年に地下2階地上4階の新館に建て替えられた。このとき、1909年建設時の外壁正面を保存している。当初の設計は、“関西近代建築の父”と称される武田五一。フランス・ルネサンス風でありつつも、凹凸を抑えたあっさりとしたデザインだ。
建築祭では通常立ち入り禁止の外階段に上り、金色のテラコッタの飾りを間近に見ることができた。遠目には気付かない、色合いや装飾のバラツキに人の手のあとが感じられる。さらに、通常は非公開の3階家具展示コーナーも見学。ここには武田が自らデザインした肘掛け椅子やコーナーボード、机などが保管されている。
さらに、槇文彦設計の京都国立近代美術館では、裏動線を通って2階ブリッジへ。見慣れたはずのロビーも、視点が変わると違って見える。吹き抜けの上から見渡すことで、空間のつながり方を再発見できた。
京都市京セラ美術館では昭和初期の重厚な貴賓室を見学。いつもは外から見ている玄関上の、印象的な三連窓の内側はこうなっていたのかと感じ入る。その窓から玄関越しに神宮道を見下ろす、貴重な体験だった。
かつて琵琶湖疏水から引いた水力で精麦していた工場のあと「時忘舎」
京都市京セラ美術館と京都国立近代美術館の南側を流れる水路は琵琶湖疏水である。琵琶湖疏水ははじめ、水力によるエネルギー利用を目的としてつくられた。白川に面して建つ「時忘舎」は、琵琶湖疏水から引いた水で水車を回し、精麦を行っていた工場の跡である。敷地内には今も水路が残り、建物はカルチャーサロンとしてリノベーションされている。水路をまたぐ入り口に、大水車の痕跡をしのぶことができる。建築祭ではカフェが出店し、大勢の見学者でにぎわった。
京都モダン建築祭にはもちろん、中京エリアでも多数の建築が参加した。こちらは稿を改めてレポートしたい。
取材協力 京都モダン建築祭事務局(まいまい京都)
参考文献 『モダン建築の京都100』石田潤一郎、前田尚武編著 Echelle-1発行
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