インキュベーション施設として機能するシェアハウス

起業家は身近にいるだろうか。起業家とは、社会課題に自分のアイデアや能力を生かし、その解決策を自ら事業として興す人のこと。昨今、官民共にさまざまな起業家支援プログラムやサービスも増えており、起業しやすい環境も整いつつある。学生起業家の数も増加傾向で、なかには中学や高校の在学中に起業する人もいる。

しかし実際のところ、日本にはまだまだ起業家が少ないのが現実だ。日本の開業率は、2001年〜2015年まで開業率が約5%前後の中、英国やフランスはともに13%前後。起業意識についての国際比較では、「周囲に起業家がいる」「起業するために必要な知識、能力、経験がある」といった項目をはじめ、いずれの項目においても、日本の回答割合は欧米諸国に比べて10〜30%程の開きがあり、わが国の起業に対する意識水準は欧米諸国に比べて特に低いことが分かる(※中小企業白書、2017年、2-1開業率の国際比較、2-2開業意識の国際比較、中小企業庁調べ)。

若手起業家や起業志望者を育成する「シェアハウスEVER」が、2022年9月に京都府京都市左京区に誕生した。運営するのは、不動産開発などを手がけるワットエバー株式会社(代表取締役 楪葉 文彰氏)とEVER株式会社(代表取締役 土屋 耕喜氏)だ。2人が共同事業者となって、プロジェクトを進めていく。

シェアハウスEVERの外観。「新建築 2019年8月号」の表紙を飾ったこともあるシェアハウスEVERの外観。「新建築 2019年8月号」の表紙を飾ったこともある
シェアハウスEVERの外観。「新建築 2019年8月号」の表紙を飾ったこともある共用ゾーンと居室ゾーンが左右に分かれている。2階へとつながる鉄骨階段は幅800mmと広い

京都市左京区は、京都大学、京都工芸繊維大学、同志社大学などが集まっている文教エリアだ。「シェアハウスEVER」も、京都芸術大学に3分あれば着く、住宅街の中にある。もともとシェア型集合住宅として使われていた建物で、二層吹き抜けの太陽光を取り込む開放的な共用空間が特徴的だ。1階はキッチンなどのある共用スペースと個室6室、建物を緩やかにつなぐ鉄骨階段を登ると、2階は作業用カウンターテーブルと個室6室。梁や柱などの木製の構造躯体がむき出しで現れており、ガラスや鉄骨からなる異素材の組み合わせがユニークな建築だ。

シェアハウスEVERの外観。「新建築 2019年8月号」の表紙を飾ったこともある1階の共用廊下。左側が居室部分。右側が共同のトイレ・シャワールーム
シェアハウスEVERの外観。「新建築 2019年8月号」の表紙を飾ったこともある開放的な共用ワークスペースは、2階の廊下部分を活用

5回の起業経験を生かして、Z世代を起業家に導きたい

「シェアハウスEVER」の運営を行う土屋氏は、なんと今回で5回目の起業になるという。最初の起業は高校生の頃。プログラミングを相互に学び合える教育ツールを開発した。以降、声を売買できるサービスや動画教育サービスなどの3社を起業。4回目はLINEbotを使用してのタスク管理アプリケーションを高校生起業家と共同開発し、この株式会社Reizoukoは現在も副社長として携わっている。

「楪葉氏に誘われて最初に物件を見たとき、アメリカ留学時に利用していた、Berkeleyのシェアハウス(アイハウス)にイメージが重なりました。ここで起業家を育てるのはどうかと僕が楪葉氏に提案し、じゃあ協業という形でやってみようと動き始めました。大きくは、主に楪葉氏が物件開発や対外折衝などのハード面、僕が内部構築などのソフト面という役割分担です」

EVER株式会社 代表取締役 土屋 耕喜氏。1996年生まれのZ世代EVER株式会社 代表取締役 土屋 耕喜氏。1996年生まれのZ世代

スタートアップ企業を生み出す起業家の支援を行う上で、自身の過去の経験を基に、起業時に必要な要素は「シェアハウスEVER」にすべて詰め込んだ、と土屋氏。起業家が成長できる仕掛けがさまざまに用意されている。

まず、起業家たちが直面するであろうさまざまな負担の軽減がある。金銭面では、家賃は共益費込みで、個室部屋の1階が6万円、2階が5万5,000円。電気・光熱費は不要。起業準備に専念できるよう、生活を維持するための設備はすべて整っている環境だ。土屋氏が最も気に掛けているのが、起業家同士のコミュニケーションだ。

「孤独が、日本で起業家が育たない理由だと思っています。僕が起業をしたときに、一番にぶち当たった壁がそれでした。目標は違えど、志は同じ仲間がいるだけで乗り越えられる。この場所で本気で頑張る12名の仲間と切磋琢磨して、起業家としての青春を過ごしてほしいです」

EVER株式会社 代表取締役 土屋 耕喜氏。1996年生まれのZ世代2階の居室の様子。定員12名。全室冷暖房やベッド、収納棚やデスクなどは完備。入居したその日から仕事に専念できる
EVER株式会社 代表取締役 土屋 耕喜氏。1996年生まれのZ世代1階のキッチンスペースは自由に使うことができる。冷蔵庫もある

ハブとなり、起業家と投資家をつなぐ新システム

「シェアハウスEVER」が行うのは、起業家のモチベーション維持だけではない。起業家と投資家をつなげる強力なハブとしての役割も担っていく。ちなみに起業家は、スタートアップを経て、ある程度の成果を得ることによって、個人投資家やベンチャーキャピタルから資金を調達し、ビジネスを拡大するなどの次の段階へと移るというのが一般的な流れだ。近年、PC一台で立ち上げられる、時間・設備・人材などのコストが比較的かからないIT業界でのスタートアップも増えており、これらの起業家は、エンジェル投資家と呼ばれる個人投資家やベンチャーキャピタルの投資対象として注目されているからだ。

「投資家の知りたい情報は、起業家がどんな人柄か、です。シェアハウスでの投資家の活動状況を見ながら、投資家やベンチャーキャピタルなどに情報を伝えます。私たちが間に入り、相互の意見を聞いたりプロジェクトでつまずいたりしている点を洗い出たりしながら、投資先の選択についても併走していきたいです」

「シェアハウスEVER」のビジネスモデル図。画像提供:EVER株式会社「シェアハウスEVER」のビジネスモデル図。画像提供:EVER株式会社

事業後継者を求める人と起業家のマッチングも行っていきたいと考えている。「後継者が決まっていたとしても、エコシステムの構築は必須です。起業経験のある人を求める中小企業もあります。起業家のアイデアやサービスが役立つ場所は無限。相互がWin-Winになるマッチングに力を入れていきたいです」

「シェアハウスEVER」のビジネスモデル図。画像提供:EVER株式会社1階の打合せスペースにはプレゼンができる環境が常時整っている。画像提供:EVER株式会社
「シェアハウスEVER」のビジネスモデル図。画像提供:EVER株式会社「企業の代表に求められるのはコミュニケーション力。高い頻度で入居メンバーと顔を合わせるので、気軽に情報交換しやすい関係性が築けると思います」と土屋氏。画像提供:EVER株式会社

シリコンバレーになりうるポテンシャルが京都にはある

スタートしたばかりの「シェアハウスEVER」だが、京都大学起業部との連携やバイオベンチャーを育てるために特化したラボなど、2022年11月、2023年と次の複合施設の計画も進んでいる。今後も継続的に左京区を中心に拠点を増やしていくことで、地域の存在感も示していきたいと考えている。

2022年8月28日に開催された、SEVEN & EVER株式会社合同イベント-第1回高校生起業家ピッチイベントの様子。Chatwork創業者の山本敏行氏も参加。このようなオープンなイベントも定期的に開催していく。画像提供:EVER株式会社2022年8月28日に開催された、SEVEN & EVER株式会社合同イベント-第1回高校生起業家ピッチイベントの様子。Chatwork創業者の山本敏行氏も参加。このようなオープンなイベントも定期的に開催していく。画像提供:EVER株式会社
2022年8月28日に開催された、SEVEN & EVER株式会社合同イベント-第1回高校生起業家ピッチイベントの様子。Chatwork創業者の山本敏行氏も参加。このようなオープンなイベントも定期的に開催していく。画像提供:EVER株式会社2022年8月28日のイベントには、京都府の山下晃正副知事も訪問。「これがきっかけとなり、京都府内でも話題に上がり始めています」と土屋氏。画像提供:EVER株式会社

「シリコンバレーには、世界各地から優秀な人材が集まり、先進的かつ革新的なものを創造しようという雰囲気があります。それと同じものが京都には感じられます。京都には伝統芸能が根付き、ものづくりの根幹が培われている場所。その文化を守りながらも新しいものを創造しようとする風土が、産学公を中心に育っています。異文化や異分野の人が自然と集まるこの町で、起業家がつなぎ目となることで、本当の意味での産学公連携が成し遂げられるのではと考えています」

まず左京区に起業家が集まる拠点を点在させることで、起業文化の土壌を耕していく。優秀な起業家に関しては、ファンドを作って、シェアオフィス利用を無料にするなどのサービスも検討している。起業家が巣立つ家であり、一つ目の拠点となる「シェアハウスEVER」がどのような動きを見せるのか。拠点ごとの動きが相乗効果を生み、社会への新しい起爆剤になるかもしれない。起業家たちの熱意が、京都の町に広がっていく日も近そうだ。

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