大家さんの心を動かした、若き店主の熱き想いとは

かつてはどこにでも街の本屋さんがあった。目的もなくふらりと入った店内で気になる本を見つけ、時間を忘れて立ち読みをしてしまった…そんな経験がある人もいるだろう。近年はネットで書籍を購入する人も多く、街の本屋さんは減少の一途をたどっている。筆者の住む街にあった小さな本屋さんも次々に閉店してしまった。

そんな現状に危機感を抱いていたのが「TOUTEN BOOKSTORE(トウテンブックストア)」の店主・古賀詩穂子さんだ。

笑顔でインタビューに答えてくださった店主の古賀さん(写真)。幼いころから本が好きだった古賀さんは、大学卒業後、出版流通の会社に勤めていた。出版社と書店を繋ぐ仕事をするなかで、書店がどんどん減っていく現状を目の当たりにしたそうだ笑顔でインタビューに答えてくださった店主の古賀さん(写真)。幼いころから本が好きだった古賀さんは、大学卒業後、出版流通の会社に勤めていた。出版社と書店を繋ぐ仕事をするなかで、書店がどんどん減っていく現状を目の当たりにしたそうだ

「経営難や後継者不足で書店はどんどん減っている。でも書店は自分と向き合える大切な場所だと思うんです。それなら私が!と開業を目指すようになりました」と古賀さんは話す。

しかし29歳という若き店主・古賀さんが開業するには、物件探しや資金調達などさまざまな問題もあったはずだ。

「私は“さかさま不動産”という空き家のマッチングサイトを利用しました。私のように借りたい人が、どうして借りたいのか、どのように利用したいのかといった想いをアピールするんです。その想いに共感した大家さんが物件を紹介してくれるのですが、私はこのサイトを通じ素敵なご縁がありました」と古賀さん。

「大家さんから連絡をもらい、今の物件を内見しました。街の雰囲気や立地、物件の佇まいも理想的。家賃なども直接交渉して当初の計画に近い金額で借りられることになりました。即決したかったのですが、実はその時点では資金不足だったのです。大家さんに正直に話したところ、少し待ってくださることに。その後融資が通り、またクラウドファンディングで皆さんにご支援いただき、オープンに向け動きだすことができました。あとから大家さんに聞いたのですが、私が開業を決めるまでに貸してほしいという要望が何件かあったそうです。でも大家さんは“古賀さんに本屋さんをオープンしてほしい”と、私の答えを待ってくださいました」

大家さんをはじめ多くの人に支えられ、古賀さんの書店開業の夢は少しずつ前進していったのだ。

(以前当サイトに掲載された「さかさま不動産」の記事はコチラ

小さな商店街に佇む、築約50年の空き家を改装

かつてこの辺りには銭湯やシネマもあり、多くの人で賑わっていたのだそう。これも地域のお年寄りが店に立ち寄った際に、古賀さんに教えてくれた情報だかつてこの辺りには銭湯やシネマもあり、多くの人で賑わっていたのだそう。これも地域のお年寄りが店に立ち寄った際に、古賀さんに教えてくれた情報だ

「TOUTEN BOOKSTORE」は金山駅から南へ徒歩7分ほどの場所沢上商店街という小さな商店街の中にある。現在は数店の店舗を残し、一戸建てやマンションが立ち並ぶ閑静な住宅街となっている。

建物は築約50年で、もともと時計店だったそうだ。廃業してから倉庫として利用されていたこともあったが、数年前から空き家となっていた。

雨漏りをしている箇所もあるほど老朽化が進んでいたが、古賀さんがこの物件に決めた理由のひとつが路面店であることだった。

外から声をかけてもらえるようなお店の雰囲気、地域に根ざしたお店にしたいという古賀さんのイメージにぴったりマッチしていたのだ。

かつてこの辺りには銭湯やシネマもあり、多くの人で賑わっていたのだそう。これも地域のお年寄りが店に立ち寄った際に、古賀さんに教えてくれた情報だ街に馴染む佇まいの同店。レトロ感ある手描きの文字は、知人のグラフィックデザイナーによるもの。多くの人が手伝ってくれるのも古賀さんの人柄だろう
かつてこの辺りには銭湯やシネマもあり、多くの人で賑わっていたのだそう。これも地域のお年寄りが店に立ち寄った際に、古賀さんに教えてくれた情報だ古さが目立つ改装前。しかし古賀さんは内見の時点で「古いものも生かした店内にしよう」とイメージが膨らんだそうだ
かつてこの辺りには銭湯やシネマもあり、多くの人で賑わっていたのだそう。これも地域のお年寄りが店に立ち寄った際に、古賀さんに教えてくれた情報だ工事費用を抑えるため、できる限り自分たちの手で改装しながら準備を進めていった。壁の漆喰を塗ったりタイルを貼ったり、自分でできるところは積極的にDIY。古さと新しさが共存するほっこりした店内となった

誰もが入りやすい、間口の広い書店を目指して

店内には多くの本の中から古賀さんがセレクトした本がズラリ。他店ではあまり見かけない本も並ぶ。雑誌「IWAKAN」(写真)は、世の中の当たり前に店内には多くの本の中から古賀さんがセレクトした本がズラリ。他店ではあまり見かけない本も並ぶ。雑誌「IWAKAN」(写真)は、世の中の当たり前に"違和感"を問いかけるマガジン。お客さまに紹介してもらい、今ではお店になくてはならない本となっているそうだ

SNSの影響もあり、TOUTEN BOOKSTOREには本好きな同世代が集まるのはもちろんだが、近所のお年寄りや小学生、ファミリー層、サラリーマンと幅広い年齢層の方が来店する。

だからこそ店内には、小説や絵本、コミックや雑誌、旅の本やレシピ本、デザイン本や哲学書、詩集やビジネス書など、さまざまなジャンルの本を並べるようにしているのだとか。思わず手に取ってしまうオシャレな装丁の本や気になるタイトルの本も多く、ワクワクする店内だ。

またおいしいコーヒーやクラフトビール、こだわりの焼き菓子などもある。店のあちこちにある椅子や2階のカフェスペースで、本と一緒に飲食を楽しむことができるのも嬉しい。

※ただし飲食しながら読書する場合は、購入後または持ち込みの書籍のみ可

店内には多くの本の中から古賀さんがセレクトした本がズラリ。他店ではあまり見かけない本も並ぶ。雑誌「IWAKAN」(写真)は、世の中の当たり前に店内奥には絵本コーナーも。椅子に座り子どもに読み聞かせできるスペースがあるのも嬉しい。子ども向けのものだけでなく、大人が読んでもグッとくる絵本も多い
店内には多くの本の中から古賀さんがセレクトした本がズラリ。他店ではあまり見かけない本も並ぶ。雑誌「IWAKAN」(写真)は、世の中の当たり前に昔ながらの急な階段を上がると、古さを残したなんとも味のあるカフェスペースがある。ゆっくりと読書を楽しむことができる落ち着いた静かな空間だ
店内には多くの本の中から古賀さんがセレクトした本がズラリ。他店ではあまり見かけない本も並ぶ。雑誌「IWAKAN」(写真)は、世の中の当たり前に同じく2階にはギャラリースペースがあり、トークショーやワークショップなどのイベントも開催予定だという。今後の展開が楽しみだ

生活の中の“読点”のような書店になりたい

店名の「TOUTEN」は、読点(とうてん)、つまり「、」のことだ。読点は文中の切れ目につかう記号であり、文章を整理したり、息つぎしたり、時にはアクセントとして使われる。

生活の中の読点のような、ほっと一息ついたり、視野を拡げてリフレッシュできる場所になりたいという想いから“TOUTEN BOOKSTORE“と名付けられたそうだ。

取材に訪れたこの日も、近所に住む常連のIさんとHさんが古賀さんと談笑していた。聞けばIさんとHさんは初対面だというが、そう思えないほど話が弾んでいた。TOUTEN BOOKSTOREの魅力を訪ねると「居心地がいい」「古賀さんが聞き上手」「ふらっと寄りたくなるこの雰囲気」との答えが返ってきた。古賀さんの想いがカタチになっているのではないかと感じた取材に訪れたこの日も、近所に住む常連のIさんとHさんが古賀さんと談笑していた。聞けばIさんとHさんは初対面だというが、そう思えないほど話が弾んでいた。TOUTEN BOOKSTOREの魅力を訪ねると「居心地がいい」「古賀さんが聞き上手」「ふらっと寄りたくなるこの雰囲気」との答えが返ってきた。古賀さんの想いがカタチになっているのではないかと感じた

「本屋さんは、自分の知らないことに気づかせてくれる、自分が意識している枠の外に連れて行ってくれる場所。街の本屋さんって、ふらっと立ち寄って店内をウロウロし本を眺める。ただそれだけなのになんだか元気になれる…そんな場所だと思うんです。私にとって本屋さんはメンタルヘルスを保つための場所です」と笑う古賀さん。

「地域に根ざした書店をつくりたい」という若き店主の本屋に対する愛は、少しずつ地域に根を張り始めている。

■TOUTEN BOOKSTORE(トウテンブックストア) https://touten-bookstore.net/

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