コロナ禍で1年以上にわたり外出が制限

近所の公園やレストランなど、これまで以上に自宅や自宅周辺で過ごす時間が増えた1年近所の公園やレストランなど、これまで以上に自宅や自宅周辺で過ごす時間が増えた1年

2020年2月に日本でクラスター対応チームが設置されてから早くも1年以上が過ぎた。全国の新規感染者数は2021年1月中旬以降、減少傾向にあったものの、2月以降は減少が鈍化。ワクチン接種の開始など明るいニュースはあるものの、まだ新型コロナウイルスの収束が見通せる状況には至っていない。

外出がままらない1年で、自宅の周辺を以前より歩いてみたり、レストランを探してみたりと普段とは異なった時間の過ごし方をした人も多いのではないだろうか。ただ仕事の後に帰るだけだった自宅周辺で、知らない店との出合いや新しい発見があったり、より地域のことや人を知りたいと思うきっかけになったかもしれない。

2021年2月22日、『豊かに歳を重ねるための「つながり貯金」』をテーマにしたWEBセミナーが開催された。コロナ禍の今だからこそ始めたい、つながり貯金とは? セミナーの様子をご紹介する。

人生を逆算する老年学

人生を逆算して今からできることとは人生を逆算して今からできることとは

イベントを主催したみま~も(おおた高齢者見守りネットワーク)の発起人である澤登久雄さんは冒頭で、「私たち医療・介護の専門職が地域に暮らす人と出会うときは、その方が医療や介護が必要になったときです。そのときに初めて出会ってすぐに心を開いてくれるかというと難しい。地域とともに高齢者の方と関わり、寄り添いながら支えることができればと、みま~もを起ち上げて13年がたちました。これまで、みま~もは高齢者を対象にしてきましたが、すべての世代の方たちとつながりたいと思いセミナーを企画しました」と挨拶した。

同様に、冒頭セミナーのテーマとなっている社会とのつながり貯金の必要性について、老年学の研究者である澤岡詩野さんはこう話す。

「人生100年時代をより豊かに生きるため、備えが十分にできているかといえば、万全ではないという方がほとんどではないでしょうか。老年学という豊かに年を重ねるための研究を続けるなかで、60歳で自宅に閉じこもっている元企業戦士の方、かたや90歳の高齢者でも他者とつながりがある元気な方といろいろな高齢者の方たちを見てきました。人生の先輩たちを見ることで、健康や経済的な健康ではなく、社会的な健康のために人生を逆算して、現役時代の今やっておくべきことは何なのかが見えてくると思います。まず最初に自分の人生を逆算することをしてほしい」

このまま仕事を退職したらどうなる?

今まさに働き盛りの人にとっては、仕事をしていない自分が想像がつかないかもしれない。定年退職経験者である奥井千波さんの経験はとても参考になるだろう。奥井さんは自身の経験をこう振り返った。

「病院の看護師として非常にタイトなスケジュールで働いていたこともあり、退職後は好きなことをして楽しく過ごそうと夢見ていました。退職後は、旅行したりジムに通ったり夢にまで見たような生活をしていたのですが、ふと『これでいいのか?』と疑問が湧きました。用事がないときに一人で家にいると満たされない、充実感や達成感が感じられず、『世の中から必要とされていないのかな?』と思うことも。同じ世代の専業主婦の方は特技があったり、人間関係もすでにできているんですよね。私は子育ても終わり、家庭の中の役割も終わっていましたので、何を目標にして生きていけばいいのか? と、完全に方向性を見失いました。定年後の自分を受け入れるのに1年はかかりました」

右/看護師として28年間勤務。その後、定年退職したときの体験を語った奥井千波さん<br>
左/公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団・主任研究員、公益財団法人東京都防災・建築まちづくりセンター理事。老年学の研究者である澤岡詩野さん右/看護師として28年間勤務。その後、定年退職したときの体験を語った奥井千波さん
左/公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団・主任研究員、公益財団法人東京都防災・建築まちづくりセンター理事。老年学の研究者である澤岡詩野さん

そんな奥井さんが変わったのは、新型コロナウイルスがきっかけだったという。

「昨年4月の非常事態宣言のとき、自宅にいる時間が圧倒的に多くなったことで自分としっかり向き合えるようになり俯瞰してみることができました。できないことばかりにフォーカスしていたと気がつけたことで、家にいてもできることはいっぱいあると感じ、ふっきれました。今は友人からの紹介で一般社団法人me&nurseの会に参加し、メンバーとオンラインなどでつながって時間を共有することで癒やされています。第一線を離れたら勉強しなくていいかなと思っていましたが、生涯学び続けようという気持ちに変わりました」と、奥井さんは現在はとても前向きに人生を楽しんでいると笑顔で話す。

今から始める社会的なつながり貯金とは

年を重ねるにつれ外に出たり新しい人と出会うことが億劫になってしまう年を重ねるにつれ外に出たり新しい人と出会うことが億劫になってしまう

さて、奥井さんの話を聞いて自分も同じ状況になってしまうのではないかと感じた方もいるだろう。それについて澤岡さんは、今からできる備えについてシェアした。

「セカンドライフというと、健康やお金に関連したお話を多く耳にしますが、社会的なつながり、つまり社会的な健康は自分でプロデュースできる要素が大きく、またやりがいもあります。社会的健康度の高い人は、心や体の健康度も高いという統計もあります。全く外に出なくなってしまうと、時間も気にせず服装も気にしなくなってしまいます。さらに、人と会わずにいるとコミュニケーション力が低くなり、人の話が聞けなくなり、自分以外の人の立場を考える想像力が弱くなってしまいます。これは、シニアだけの話ではなく、コロナ禍で人と接する機会が減った私たちにも一部当てはまるかもしれません。現役世代である私たちはまだ外に出る機会がありますが、高齢期になると家の外に出たり、地域デビューなども、もっと億劫になってきてしまいます。だからこそ今が重要なのです」

知っておきたい社会とのつながりを考えるポイント3つ

澤岡氏は、中年期から社会のつながりを持続することが幸福な高齢期につながると話す。ポイントは「近場」「つながりの質」「プロダクティブ」だ。

「男性の7割、女性の9割が70歳ごろから虚弱化(フレイル)が始まってきて、外出圏が近場になってきます。自宅中心の近場が生きる場になっていきますので近場でのつながりが特に重要になります」

つながりの質については、「社会とのつながりの種類や量が多い」「社会とのつながかりを介して受け取る支援が多い」ライフスタイルは、長寿によい影響を与えるという。だが澤岡さんは「単に量や種類を増やせばいいわけではなく、自分が心地いいかどうか、量ではなく質も重要」と付け加えた。

「先ほど奥井さんのお話にもありましたとおり、自己完結な行動のみでなく、自分は誰かのために役に立っていると感じられることも必要です。代表的なプロダクティブは就労、地域貢献、ボランティア、家事などです。どんな小さな行動でもいいので、周囲の人に情報をシェアする、発信するなど、できることを自分が楽しくゆるやかに続けていくことが大事です」

澤岡詩野さんスライドより「社会的健康を考えるポイント」澤岡詩野さんスライドより「社会的健康を考えるポイント」
澤岡詩野さんスライドより「社会的健康を考えるポイント」澤岡詩野さんスライドより ポイント1「近場」
澤岡詩野さんスライドより「社会的健康を考えるポイント」澤岡詩野さんスライドより ポイント2「つながりの質」
澤岡詩野さんスライドより「社会的健康を考えるポイント」澤岡詩野さんスライドより ポイント3「プロダクティブ」

近場で顔見知りをつくる方法

近所で始めるつながり貯金。方法はいろいろありそうだ近所で始めるつながり貯金。方法はいろいろありそうだ

澤岡さん自身も、コロナ禍でつながり貯金の種まきを始めたと話す。

「玄関先に本棚を置いて、読まない本を地域の人に無料で貸し出すのを始めてみました。そうすると、近所の子どもたちから『図書のおばちゃん』と呼ばれるようになったり、子どもだけでなく大人からも声をかけられるようになったりと、うれしい出会いがありました」

そのほかにも、犬を飼っているなら挨拶をしみてる、お酒を飲む習慣があるなら、たまに地元のお店で飲んでみる、花が好きなら休みの日に鉢植えを玄関に出して世話をしてみる、ゴミの当番をしている近所の人に会釈をしてみる、同じ会社の人で近所の人を探してみるなどのアイデアを紹介した。

「これはあくまで一例で、その人ぞれぞれやり方はたくさんあると思います。コロナ禍の今は、まさに種まきをするチャンスなんだと思います」と締めくくった。

内閣府に「孤独・孤立対策担当室」が新設

コロナ禍の今、感染予防に配慮しつつ、つながりをどう維持していくか、つくっていくかは課題でもある。
現在、社会的なつながりの真逆の状態である「社会的な孤独」が問題になっている。政府は2月、コロナ禍で深刻度が増す孤独や自殺問題に対し、内閣府に「孤独・孤立対策担当室」を新設した。孤独は非常に身近な問題であると感じる。

ちょっとしたつながりの貯金を始めることは、自分自身の生活を少し豊かにし、自分が住む地域への愛着にもつながるし、またそのつながりは、自分の周りにいる人にもよい影響を与えるかもしれない。仕事中心の生活を送る中年期の今こそ、あらためて考えるべきときなのかもしれないと感じた。

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