Xに加えて、instagram、Google Formsでも投票できるようになった「みんなの建築大賞2025」

建築というと、建築家やデザイナーといった専門家じゃないとわからないような難しい領域だと思われる方もいるのではないだろうか。実際、建築賞をとった建物も、一般の人へ伝わっていないという課題がある。こうした課題を受け、一般の人に建築の魅力を知ってもらうことを目的に「みんなの建築大賞2025」が開催された。今年で2回目となるみんなの建築大賞は、編集者や建築史家、ジャーナリストといった「伝えること」の専門家によって推薦された建築物のなかから、10の建築を選出。そのなかからSNS等を通じて、一般の人の投票によって賞が決められた。一般の人に建築賞を知ってもらいたいのなら、一般の人に賞そのものを決定してもらおうというものである。

対象となる建築は、2024年1月から12月までに完成もしくは雑誌発表された建築・住宅・リノベーション。2025年の1月27日から2月5日の間、X、instagramの「いいね」数とGoogle Formsによる投票が行われた。総投票数は、1万2,963票。最後の最後まで順位の変動が大きく結果の予測が難しかったみんなの建築大賞2025。受賞作品と選出作品を紹介しよう。

大賞・推薦委員会ベスト1ともに、伊東豊雄設計の「おにクル」が受賞

茨木市文化・子育て複合施設 おにクルを設計した伊東豊雄建築設計事務所の伊東豊雄さん(右前)と神崎夏子さん(右後ろ)、竹中工務店の國本暁彦さん(左)(写真:長井美暁)茨木市文化・子育て複合施設 おにクルを設計した伊東豊雄建築設計事務所の伊東豊雄さん(右前)と神崎夏子さん(右後ろ)、竹中工務店の國本暁彦さん(左)(写真:長井美暁)

最も投票数が多かった「大賞」、選考過程で最も評価の高かった「推薦委員会ベスト1」ともに、伊東豊雄建築設計事務所と竹中工務店JVが手がけた、茨木市文化・子育て複合施設「おにクル」が受賞する結果となった。得票数は4,160票と、全体の3割ほどをおにクルが獲得した。

おにクルは、茨木市の子育て複合施設。7階建ての建物には、「きたしんプラネタリウム」「おにクルぶっくぱーく(図書館)」「屋内こども広場 まちなかの森 もっくる」をはじめとした文化施設に加えて、2階にはこども支援センターが入っている。施設名称にひらがなが多用されていることからも、子育て世帯に特化した施設だということがうかがえる。

審査員からも「とにかくにぎわっていた」という声が挙げられていたおにクルは、開館1年で200万人以上が来場しているという。茨木市の人口が30万人であることを考えると、地域外からも訪れる人がいるのだろう。

伊東豊雄建築設計事務所の神崎さんは、おにクルに人が集まる理由について、①誰でも入りやすい ②縦の道でつながる ③子どもの遊び場がいたるところにある ④大人にもたくさんの居場所がある ⑤市民が育む という5つの点がポイントだと授賞式で話した。全フロアが縦横無尽に通るエスカレーターでつながる「縦の道」や、絵本の読み聞かせのための可愛らしい「おはなしのいえ」、各所に設置される居場所スペースなど、人が集まる工夫が凝らされている。

茨木市文化・子育て複合施設 おにクルを設計した伊東豊雄建築設計事務所の伊東豊雄さん(右前)と神崎夏子さん(右後ろ)、竹中工務店の國本暁彦さん(左)(写真:長井美暁)みんなの建築大賞2025を受賞したおにクル。広い芝生や開かれた軒下空間、ガラス張りで中の様子が見えやすいなど、入ってみたいと思わせる外観だ(写真:森清)

年間来場者数200万人以上のおにクルのにぎわいを支えるのは、設計での空間づくりの他にも、自治体の協力と市民の関わりが大きい。「設計の良さ以上に、自治体の素晴らしい協力体制のもとで建築ができたことがよかった」と伊東豊雄さん。

市の担当者が熱心にイベントに参加し、市民と行政の距離が近づいているという。また、市長も協力的だ。たとえば「縦の道」は、当初の設計を見た市長から「もっと商店街のようなイメージにならないか」という意見があり、現在のような縦横無尽に走る形になったのだとか。

市民の関わりしろ創出も積極的に行われている。施設名は市民から公募し、6歳の男の子の案、怖い鬼でも楽しそうで来たくなるという意味の「おにクル」が採用された。開館イベントでは、市民を含めた100人による100mのテープカットが行われたが、その100mのテープも市民とともにつくりあげたという。

こうした市民を巻き込んだ場づくりの結果が、みんなの建築大賞の投票に表れる結果となった。実は、大賞をとった背景にもおにクルらしさが表れるエピソードがあったと神崎さんは話す。
2月5日までの投票期間のうち、2月2日までは僅差で2位だったおにクル。半ばあきらめかけていたという神崎さんだったが、自治体や市民側から投票を盛り上げる動きが沸き起こった。たとえば、おにクル近隣の茨木高校には「いば高生、おにクルに恩返ししませんか?」という投票ポスターが張られたそうだ。「恩返し」という言葉がつかわれるほどに、高校生の日々の生活に密接しているということだろう。Google Formsでの投票数が群を抜いて高いことからも、対面でのつながりによって票を得られたことがわかる。

市民みんながおにクルという空間づくりに関わっているという意味でも、みんなの建築大賞にふさわしい建物であるといえるのではないだろうか。

おにクルについて、過去に取材記事も掲載しているので、詳細が気になる方はこちらもぜひご覧いただきたい。
■ホール・図書館・子育てをシャッフルした茨木市「おにクル」、建築家・伊東豊雄による“敷居の低い公共建築
https://www.homes.co.jp/cont/press/buy/buy_01670/

茨木市文化・子育て複合施設 おにクルを設計した伊東豊雄建築設計事務所の伊東豊雄さん(右前)と神崎夏子さん(右後ろ)、竹中工務店の國本暁彦さん(左)(写真:長井美暁)「縦の道」は、エスカレーターに乗ってどこに連れていかれるのかわからないようなワクワク感がある(写真:森清)
茨木市文化・子育て複合施設 おにクルを設計した伊東豊雄建築設計事務所の伊東豊雄さん(右前)と神崎夏子さん(右後ろ)、竹中工務店の國本暁彦さん(左)(写真:長井美暁)おにクルの図書館。図書館ではきちんとしなければいけないという印象を持つ方も多いと思うが、おにクルの図書館ではのびのびと過ごす人の姿が印象的だ(写真:宮沢洋)

特別賞は日本設計の「ジブリパーク 魔女の谷」

授賞の様子。日本設計の大山政彦さん(左)と、みんなの建築大賞推薦委員会委員長代理の倉方俊輔さん授賞の様子。日本設計の大山政彦さん(左)と、みんなの建築大賞推薦委員会委員長代理の倉方俊輔さん

ジブリパークは、ジブリの大倉庫、青春の丘、どんどこ森、もののけの里、そして魔女の谷からなる公園施設だ。2022年11月にオープンして以来、多くの来場者でにぎわい、チケットをとるのも難しいくらいの人気ぶりであるから、ご存じの方も多いだろう。今回受賞となった魔女の谷は、2024年3月にオープンした。

スタジオジブリの宮崎吾朗さん総指揮のもと、7年かけて実現した公園施設は、愛・地球博記念公園をリノベーションする形で建築された。みんなの建築大賞2025で得票数2位、特別賞を受賞したのは「魔女の谷」のエリアだ。テーマパークが建築大賞の特別賞を受賞と聞くと新鮮だが、日本設計の大山政彦さん、西村拓真さんからは「公園リノベーションの新しいありかた」であるとの話がされた。

テーマパークというと、すべての建物、世界観が「新しくつくりあげられたもの」という印象が強いのではないだろうか。しかし、ジブリパークは、エレベーターやプール、トイレなどは愛・地球博記念公園の既存施設を活用し、自然や地形をいかして設計されている。ジブリ作品には登場しないオリジナルの建築物を配置することで、公園の既存施設や自然とのつながりが演出され、また、異なる作品の建築物を同じ空間に調和させている。ジブリ作品の忠実な再現が、公園という現実世界やオリジナルの建築物と共存することで、作品世界と現実世界を行き来するような体験ができる。

スタジオジブリ作品は、作品の時代背景や歴史、植栽にいたるまでを忠実に再現していることが大きな特徴であるが、そうしたアニメーション制作の理念に基づき「本物をつくる」ことをテーマに設計された。

例えば、「ハウルの動く城」は、実際に住めるような建築基準を満たした設計がされている。あの特徴的な外観からは、実際に人が住めるようにつくることは想像しがたいが、たしかに劇中ではハウルたちの住処だ。意匠性と性能を両立した、ただの演出に限らない「本物」の空間なのである。

また、外部空間においても、本物のマテリアルを使用することを重視した。荒地エリアへ向かうにつれて、町並みから景色が徐々に変化していくが、がれきの積み方や植栽にこだわることで、景色の変化をリアルに再現している。

宮崎吾朗さんと綿密なやりとりを経て完成したジブリパーク。テーマパークが建築賞を受賞という新しさも、一般投票によるみんなの建築大賞ならではだ。

授賞の様子。日本設計の大山政彦さん(左)と、みんなの建築大賞推薦委員会委員長代理の倉方俊輔さん忠実に再現されたジブリパーク「ハウルの動く城」。劇中で見えない部分は想像しながら作り込んでいったという(写真:宮沢洋)
授賞の様子。日本設計の大山政彦さん(左)と、みんなの建築大賞推薦委員会委員長代理の倉方俊輔さんひとつひとつの建築だけでなく、エリア全体の世界観が考えられて設計されている(写真:ロンロ・ボナペティ)

明快なコンセプトが表れた作品が推薦委員会から選出

上位5つの得票数。おにクルはGoogle Form、ジブリパークはinstagram、グラングリーン大阪はXの得票数が多く、投票ツールによって異なる傾向となった(提供:みんなの建築大賞推薦委員会)上位5つの得票数。おにクルはGoogle Form、ジブリパークはinstagram、グラングリーン大阪はXの得票数が多く、投票ツールによって異なる傾向となった(提供:みんなの建築大賞推薦委員会)

1位のおにクル、2位のジブリパーク 魔女の谷に続き、3位はグラングリーン大阪、4位はエバーフィールド木材加工場、5位はテラッセ オレンジ トイという結果となったみんなの建築大賞2025。投票期間中の2月1日には、10の選出作品の「プレゼン総選挙2025」がオンライン配信された。各発表者から自分の作品について説明があったが、建築家から建築の話を聞く機会もなかなか貴重だ。ノミネートされた他の8つの作品もご紹介する。

テラッセ オレンジ トイ/東京大学今井研究室、日本工営都市空間
「海とともに生きる津波避難複合施設」であるテラッセ オレンジ トイは、静岡県伊豆市土肥地区の観光と防災をかけあわせた全国で初めての津波避難複合施設。南海トラフで津波の危険性が高く、津波災害特別警戒区域「オレンジゾーン」に指定されたことを機に建設がはじめられた。防潮堤で景観を壊すのでなく、むしろ景観をいかして観光資源としながら高台をつくることで住民を守る。東京大学今井研究室、日本工営都市空間が手がけた。

エバーフィールド木材加工場/アトリエ・シムサ、kittan studio、3916、山田憲明
アトリエ・シムサ、kittan studio、3916、山田憲明によるエバーフィールド木材加工場は、「美しく新しい木造大空間をつくる」ことが求められたプロポーザル。木材は生きているから、建築も生きているようにつくりたかったという。レシプロカル構造により壁から屋根に連なる、生きているような動きある壮大な空間となっている。

小千谷市ひと・まち・文化共創拠点 ホントカ。/平田晃久建築設計事務所
図書館複合施設「ホントカ。」は、書架を含め動く家具「Float」、人々が集まる場所「Anchor」、3mの積雪に耐える屋根「Roof」の3つが特徴。実空間であり、情報空間でもある図書館。情報という目に見えないものの移動を、書架の動きとして実空間に可視化している。本の島が移り変わることで、異なる分類の本の出会いがうまれる。雪深く、越後三山が望める立地に馴染むような外観も特徴的だ。

グラングリーン大阪/日建設計、三菱地所設計、大林組、竹中工務店、SANAA、GGN
大阪駅再開発。グラングリーンという名前の通り、大阪という大都市のど真ん中にも関わらず、緑が広がり、人が思い思いに過ごす光景が広がっている。ひとつの公園をつくるように設計されたグラングリーン大阪は、S字のランドフォームや「ひらめきのみち」により、既存のビル・街とのつながりが意識されている。グラングリーン大阪は、投票数では3位となっており、Xのいいね数は1番多い結果となった。

上位5つの得票数。おにクルはGoogle Form、ジブリパークはinstagram、グラングリーン大阪はXの得票数が多く、投票ツールによって異なる傾向となった(提供:みんなの建築大賞推薦委員会)

2m26 Atelier/セバスチャン・ルノー、メラニー・へレスバック/2m26
フランスから日本に来て活動するセバスチャンさんとメラニーさんは、京都の古民家を改修して、自宅兼アトリエとしてセルフビルドした。鶏小屋や牛小屋を建てて動物との共生がされていたり、近隣からススキを集めて茅葺き屋根にしたりと、美しい川や落葉樹の山といった自然に囲まれた立地が生かされている。自然や風景の共存という日本らしさのなかに、フランスの新しさの混ざった新たな伝統を感じられる建築となっている。

豊田市博物館/坂茂建築設計
豊田市美術館に隣接する形で建てられた豊田市博物館。豊田市美術館が金属とガラスの20世紀モダニズムの傑作である一方、豊田市博物館は、21世紀の環境問題を反映した、木をふんだんにつかった設計だ。美術館のランドスケープをデザインしたピーター・ウォーカーにより、2つの施設が調和するようなランドスケープ設計がされた。

ポーラ青山ビルディングおよび土浦亀城邸復原・移築/安田アトリエ、久米設計
ポーラ青山ビルディングの公開空地に、モダニズム住宅である土浦亀城邸を移築。ポーラ青山ビルディングは、設計初期からアーティストとともに計画を進めることで、建築とアートのよい関係が表現されている。ガラス張りの壁からは、土浦亀城邸を見ることができ、新築高層ビルと、戦前のモダニズム住宅が調和しながら共存している。現地から中継形式でプレゼンが行われ、よりリアルに建築の魅力が感じられた。

まちの保育園 南青山/ALTEMY
ポーラ青山ビルディングのビル内の保育園。「レッジョ・エミリア・アプローチ」という、アート活動を通じて子どもの感性や創造力を伸ばす先進的なイタリアの保育方針を採用しているまちの保育園のコンセプトにならい、白く滑らかな起伏のある床で「感性のランドスケープ」を表現。床の起伏や壁の局面など、カーブの多い空間は、光の陰影や自作の投影映像により、さまざまな表情の見える保育園となっている。

上位5つの得票数。おにクルはGoogle Form、ジブリパークはinstagram、グラングリーン大阪はXの得票数が多く、投票ツールによって異なる傾向となった(提供:みんなの建築大賞推薦委員会)

投票が建築を知る第一歩に。次回に投票してみては?

みんなの建築大賞推薦委員会委員長代理を務めた倉方俊輔さんは、おにクル、ジブリパークともに、クライアント側が思いをもって大きな役割を果たしているという点で、従来の建築賞と異なる内容だったと総評を述べた。おにクルでは茨木市の自治体が子どもが暮らしやすいまちづくりを、ジブリパーク・魔女の谷では宮崎吾朗さんが作品の世界観の忠実な再現を目指し、それを建築というアプローチで実現した。これからは、建築家以外の関係者も積極的に設計や空間づくりに携わり、作り手が拡大していくのかもしれない。

個人的には、今年の上位3位は、誰でも訪れることができるパブリックな空間であるという共通点が挙げられると感じた。しかし、4位にはエバーフィールド木材加工場がランクインするなど、訪れる機会の少ないような建築も脚光を浴びたのもよかったと思う。普段知る機会や訪れる機会のないような建築を知り、魅力に気づく機会となるみんなの建築大賞。来年度の大賞を決めるのは、あなたの一票かもしれない。建築は、知れば知るほどおもしろい。読者のみなさんにも、投票を機に建築の奥深さを知ってもらえればなによりだ。

みんなの建築大賞2025 授賞式にてみんなの建築大賞2025 授賞式にて

公開日: