お坊さんがレゲエミュージシャン、そしてカフェのオーナーに

秋田県の北部にある三種町は、男鹿半島の付け根あたりにある田んぼの多い場所だ。近年では「ジュンサイ」の産地としても知られるようになってきた。

同町の鹿渡地区にある松庵寺が、敷地内にカフェを経営していると聞き訪ねてきた。店名の「terra café(テラカフェ)」の「terra」は、ラテン語で「地球」という意味で、“カフェでありながら地球のすべてが詰まっている”という思いが込められているという。また、寺とterraをかけ合わせたのだろう。

松庵寺は曹洞宗の禅寺であり、開祖は450年前の古寺だ。羽州街道に面した参道を上がっていくと小さな山門がそびえている。歴史の重みを感じるたたずまいだ。昔ながらの地域にあるお寺のひとつとして、檀家が多く、住人の心の拠り所となっている。

松庵寺の山門をくぐると本堂や墓地がある。カフェは本堂の裏にあり、路地に面していて、境内を経ず直接入ることができる松庵寺の山門をくぐると本堂や墓地がある。カフェは本堂の裏にあり、路地に面していて、境内を経ず直接入ることができる

terra caféの中に入ると、カラフルな店内で、まったく寺の要素がない。楽し気な雰囲気だ。法事を終えたばかりの副住職である渡邊英心さんが出迎えてくれた。

副住職は、実は現役のレゲエミュージシャンでもあるという多彩な顔を持つ。レゲエ音楽をベースに仏教の世界観を織り交ぜた楽曲を制作し、カフェでも演奏する。子どものときからピアノなど音楽を経験し、大学時代にはバンドを組んでレゲエに目覚めたそうだ。ラテン文化に興味がわき、仏門修行時代には志願してブラジルの寺へと派遣されたほどの熱の入れようだった。

店内がラテン的なのも、副住職の世界観が影響しているのだろう。

松庵寺の山門をくぐると本堂や墓地がある。カフェは本堂の裏にあり、路地に面していて、境内を経ず直接入ることができる副住職である渡邊英心さん。法事の直後なので袈裟の姿だ

お寺と地域の新しい関わりを模索した結果、カフェになった

副住職は2020年、コロナ禍で「ステイホーム」が推奨された期間中、SNSに「仏具でボブマーリー」という動画を投稿し、反響を呼んだという。それ以前にも秋田弁で歌うレゲエ音楽が人気となるなど、ユニークな活動をしていた。

住職である父親の渡邊紫山さんも音楽好きで、若いときからトランペットを吹いていた。現在は地元の仲間とジャズバンドを組んでいるが、学生時代はオーケストラに参加して、当時カラヤンに指揮してもらった経験もあるというほどだ。副住職の音楽好きは父親譲りだろう。

修行から松庵寺に戻ってきた副住職は、寺と人との関わり合いが仏事だけになっていることに気づいた。そして、この状況が続くと寺の先行きがジリ貧になると考えた。人口減少により檀家の数も減少しているからだ。

松庵寺。旧羽州街道から階段を上がっていくと境内が広がる松庵寺。旧羽州街道から階段を上がっていくと境内が広がる
曹洞宗の坐禅は、壁側を向いて行う曹洞宗の坐禅は、壁側を向いて行う

海外の寺での修行では、ヒントが得られたという。坐禅を大事にしている曹洞宗には、坐禅のマインドや考え方に興味を持つ人が多く集まっていた。これは、米・ロサンゼルスの寺での修行を経験した住職との共通認識でもあった。また、そういう人たちとは仏事で関わるよりも生きることそのもので関わり合うことが多く、そこに寺の可能性があるのではと副住職は考えた。

そして今後の寺の在り方を模索するなかで、カフェに行きついた。寺という垣根を取り払い、外に開くことで、いろいろな人と生きることそのものでの関わりを作り、最終的には仏教活動とリンクさせていきたいと副住職は意気込む。

松庵寺。旧羽州街道から階段を上がっていくと境内が広がるカフェの入り口は、一般的な民家のスタイルのままだ

副住職の直感によるリノベーション

terra caféのプロジェクトが具体的に動き出したのは、2020年の始めのこと。寺に隣接している建物を居住用に貸していたが、そこが空き家になったタイミングだ。当初はぼんやりとした構想だったが、まずは手をつけ始めることにした。

「純和風の家に、土足で入れたら楽しいだろうな」など、行き当たりばったりで、その場のインスピレーションで進めることも多かったそうだ。設計図も何もなしだった。大工には一人だけ来てもらい、ペンキ塗りなどは副住職やその友人でDIYをした。

壁のペンキ塗りは友人が手伝ってくれた壁のペンキ塗りは友人が手伝ってくれた
副住職と息子さんが一緒になってDIYを楽しんだ副住職と息子さんが一緒になってDIYを楽しんだ

玄関から入って右奥はキッズスぺースにするため、既存の畳を活用している。その一角では、子どもが靴を脱いで元気に走り回ることができる。近所の子育て世代に、親子で遊びがてらterra caféに来てもらうことをイメージしたそうだ。現在は子ども向けの玩具もいっぱい置いてある。

開業は翌2021年の7月となった。かなりゆっくりした工事だったと振り返る副住職。カフェを運営したいと家族に話をした時、誰からも反対の声はなかったが、リノベーション工事をゆっくり進めていたことに母親から「早くしなさい」と注文があったそうだ。母親は今ではカフェを盛り上げる重要なメンバーだ。

壁のペンキ塗りは友人が手伝ってくれた「ファミリーで楽しんでもらいたい」と畳を残し、子ども向けの遊具も置く

運営には家族が協力。誰もが楽しめるカフェに

カフェは母親が中心となり親戚で切り盛りしている。彼女たちは飲食店の経験はほぼゼロだったが、ケーキ作りなどもともと得意だったことを生かし、楽しんで運営している。ランチを出したほうがもっとお客さんが来るのではないかと考え、カレーなどを出し始めたところ、ランチ目当てに来るお客さんも増えていったそうだ。

地域には単身高齢者が増えていることもあり、そういう人にとっても楽しい場所にしたいという。また、食事をしっかり食べてもらうことは、健康にもつながる。

毎日のようにランチを食べに来ていた高齢者がいたが、ある日ぱったり来なくなった。後で、亡くなったと聞いた。カフェでのコミュニケーションや食事が日々のささやかなサポートになっていたかもしれない。「やすらぎの時間になってくれていたなら良かったと思います」と副住職。

バーカウンター、円卓、大テーブル、そしてソファーと、バラエティーな雰囲気。手作り感が心地よいバーカウンター、円卓、大テーブル、そしてソファーと、バラエティーな雰囲気。手作り感が心地よい

副住職がカフェで活動するのは、主に月1回のバータイムだ。 普段は夕方の営業はしていないが、この日は副住職がカウンターに立ち、お酒を提供する。夜7時からスタートし、12時ぐらいまで。店に置いてあるギターは、英心さんが演奏することもあるし、お客さんに弾いてもらうこともある。たまたま居合わせた人たちでセッションが始まることも。

また、あらかじめライブイベントとして企画することもあり、その際にはバンド仲間もやってきてカフェはレゲエの世界になる。周辺に居酒屋はあるが、若い人が盛り上がれる音楽バーのような場所はなかったので、お客さんも楽しみにやって来る。居合わせた人たちが新しく知り合いになることもあり、お客さん同士の交流の場にもなっている。

バーカウンター、円卓、大テーブル、そしてソファーと、バラエティーな雰囲気。手作り感が心地よいバーカウンターにはお酒が並ぶ。黄色い壁に並ぶレゲエ音楽のジャケットが印象的だ

昔のお寺ような地域の集会所的な「場」にしたい

真夏に開催される「松庵寺郷土まつり」では、副住職も参加し墓地をバックに音楽で盛り上がる真夏に開催される「松庵寺郷土まつり」では、副住職も参加し墓地をバックに音楽で盛り上がる

カフェに来る客は、女性のグループが一番多いという。また、近所の一人暮らしの高齢者にとっても、誰かと話を楽しんだり、のんびりしたり、心落ち着ける場所になっている。

また、相談ごとをしたいという人も来るそうだ。副住職が同じ目線に立ちアドバイスをする。「悩みを打ち明けられたとき、自分にとっても新しい気づきがありました。自分自身の救いになったこともあります」と副住職は言う。

一人でも来やすいようなカウンター席、親子で来やすいキッズスペースなど、思いつきの施設内容でありながらそれぞれが効果的に機能している。

カフェをやっていく中で、新しい気づきや友達ができて、イベントのアイデアにもつながってきたそうだ。副住職は「みんなのアイディアから新しいものを作り上げていきたい」と考えている。terra caféを、人の交流と新しいアイデアが生まれる場所としたいという。真夏に境内で開催される松庵寺まつりは、音楽フェスでもあり、開かれた寺の象徴ともいえそうだ。

従来のお寺にある坐禅や写経と、カフェの魅力が一つにつながっていくのが理想だと副住職。お寺を、昔のような地域の集会所的な「場」に戻していきたいと考えている。今後の発展が楽しみである。

真夏に開催される「松庵寺郷土まつり」では、副住職も参加し墓地をバックに音楽で盛り上がる暗くなってからもにぎやかな音楽フェス。近隣の音楽好きも詰め掛けた。提灯や山門が舞台装置のようにマッチしている

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