名古屋から「歩きたくなるまち」を目指す

日本全国で「居心地がよく歩きたくなるまちなか」の取り組みが進められている。車中心から人中心の空間へと転換することで、豊かな生活空間を実現するとともに、地域課題の解決や新たな価値発見につなげることを目指している。

しかし、名古屋市は全国でも有数の「車社会」のまちだ。全国の政令都市の中でも、道路率(※)は18.41%で、東京都の16.51%を抜き1位。人々の交通手段も車が約40.8%を占め、大阪市12.8%、東京都区部8.0%を大きく引き離している。(出典:名古屋交通計画2030)

※道路率……自治体の面積に対して道路が占める割合

道路率が高く、車利用が多い特徴がある名古屋市(出典:Nagoya まちなかウォーカブル戦略〈Nagoまち戦略〉令和6年3月名古屋市)道路率が高く、車利用が多い特徴がある名古屋市(出典:Nagoya まちなかウォーカブル戦略〈Nagoまち戦略〉令和6年3月名古屋市)

「道路が広く、空間にゆとりがある」ことが名古屋の魅力であり、同時に課題でもあった。広い空間を活用し切れていないのだ。

さらに近年、名古屋駅周辺や栄エリアは開発が進み、魅力あるまちとして整備されてきたものの、その間をつなぐまちの魅力が不足していることも課題だった。魅力あるまちが点在し、つながりが生まれていなかったのだ。

そんな折、2020年に「都市再生特別措置法等の一部を改正する法律」が制定され、全国で「ウォーカブルなまちづくり」への取り組みが始まった。名古屋市でも、ウォーカブルなまちづくりができるようにと、2022年にウォーカブル・景観推進室を新設。2024年には「Nagoyaまちなかウォーカブル戦略(以下「Nagoまち戦略」)」を策定した。

今回は、名古屋市住宅都市局都市計画部 ウォーカブル・景観推進課の近藤さん、小川さん、細井さんに話を聞いた。

道路率が高く、車利用が多い特徴がある名古屋市(出典:Nagoya まちなかウォーカブル戦略〈Nagoまち戦略〉令和6年3月名古屋市)取材にご協力いただいた名古屋市住宅都市局都市計画部 ウォーカブル・景観推進課の細井さん(左)、小川さん(中央)、近藤さん(右)

Nagoyaまちなかウォーカブル戦略が目指す「サードプレイス」

Nagoまち戦略が目指すことの一つに「サードプレイスあふれるまち」がある。家でも学校・職場でもない、第三の居心地のいい場所がまちにあることを目指している。

スペース<空間>を人々が利用することで、プレイス<居場所>に変わり、それらが連携することでエリア<地域>に拡大していく。こうして都市全体にウォーカブルで居心地のいい場所を作っていくことを目標としている。

実は、名古屋市ではNagoまち戦略を掲げる以前からウォーカブルなまちを目指すという視点はあった。その一つに久屋大通公園のリニューアルがある。広いエリアにまたがる久屋大通公園の大規模改修により、居心地のいい空間を作り出した。

2020年にリニューアルされた久屋大通公園「Hisaya-odori Park」(写真提供:名古屋市)2020年にリニューアルされた久屋大通公園「Hisaya-odori Park」(写真提供:名古屋市)

小川さん:「国の提言がある前から、居心地がいい場所を創出していくことは大事だよねという話はずっとあったんです。ただ、それぞれの取り組みが単発で、久屋大通や名古屋駅という地域だけでつながりがありませんでした。それら単発のものをつなげていこうと、私たち行政だけではなく民間も一緒になって共有できる骨太の方針ということで、今まであったものを取りまとめてウォーカブルな戦略としてまとめていきました」

都心部のオープンスペースを利用する新制度「Nagoまちスペース制度」

Nagoまち戦略を掲げて取り組んでいる事例として、まちなかのオープンスペースを有効活用する制度がある。

都心部の高層ビルは開発の際に、日常一般に公開される空地を設けた場合、容積率や高さ制限などが緩和される制度がある。この制度により設けられた公開空地は通行などのために常に開放しておかなければならず、限定的な一時使用はできるものの、商取引を目的とするものは原則禁止されている。

要するに「場所が空いているから」といって、キッチンカーなどを入れた商取引を目的とする占用はできなかったのだ。

しかし、この空間を活用して憩いやにぎわいを創出することはできないか?ということで、2023年に「Nagoyaまちなかオープンスペース制度(通称「Nagoまちスペース制度」)」を新設。オープンスペース内で、憩いや安らぎ、交流やにぎわいを生み出し、まちの魅力・活力の向上に寄与する活用など(オープンカフェやキッチンカーなど)が行えるようになった。

まずは社会実験として、都心部のオープンスペースを使ってキッチンカーなどを入れたところ、手応えがあったという。

細井さん:「アンケートを実施したところ、偶然通りかかったからという方もいて、思いがけず足を止めて寄り道したくなるようなイベントができたのかなと。また、ベンチやテーブルなどの休憩スペースへの需要の高さもわかりました。今後はイベントばかりではなく、憩いの場になるようなスペースづくりを促進していけたらと思っています」

都市部の公開空地を活用して行われたマルシェ(写真提供:名古屋市)都市部の公開空地を活用して行われたマルシェ(写真提供:名古屋市)

しかし、課題もまだある。名古屋駅から栄エリアにかけて、公開空地は70ヶ所以上あるが、「Nagoまちスペース制度」を利用し、オープンスペースに移行してイベントなどを継続的に実施しているのはまだ10か所程度に留まる。

電源がない・建物内のレストランとバッティングする・住宅街なので騒音が気になるなどの理由が挙げられるが、今までできなかったことを、いきなりできるようになったと言われても……という戸惑いもあるようだ。周知の課題もある。

そもそもイベントやマルシェなどは行政だけではできない。ビルの持ち主である企業や、マルシェの運営会社などの民間企業と連携して、どれだけまちににぎわいを作っていけるかが鍵となる。

個人を対象としたまちづくり講座「Poc up スクールNAGOYA」

座学だけではなく、まちをフィールドにした「Poc up スクールNAGOYA」(写真提供:名古屋市)座学だけではなく、まちをフィールドにした「Poc up スクールNAGOYA」(写真提供:名古屋市)

まちづくりは行政や企業だけが行う取り組みではない。市では個人レベルでのまちづくり機運を高めようと、2023年に実践学習型まちづくり講座「Poc up スクールNAGOYA」を開催。まちづくりに関心がある個人が対象で、社会人や学生も参加した。

講座は、空き家活用のユニークな取り組みを行う「さかさま不動産」を展開している株式会社On-Coと連携した。さかさま不動産については以下の記事に詳しい。

「“物件”ではなく借りたい“人”の想いが並ぶ空き家情報サイト「さかさま不動産」。空き家活用のプロ(!?)が手掛けるさかさまなサービスが始動した」

講座の参加者は、まちづくりのノウハウを学ぶだけではなく、まちをフィールドにした社会実験を実施。名古屋駅そばでの都市農園や空き地でのサウナイベント、港区で昔からある盆踊りと若者カルチャーを掛け合わせたイベントなど、さまざまな取り組みが行われた。

座学だけではなく、まちをフィールドにした「Poc up スクールNAGOYA」(写真提供:名古屋市)港区で行った盆踊りイベント(写真提供:名古屋市)

小川さん:「官民のパブリック空間においてサードプレイスを作ることが目的ですが、居場所はハードを作っただけではできません。ハードを使いこなすことで、サードプレイスにしていくプレイヤーの発掘や育成もしなければいけないと感じています」

講座を開催したことで市民のまちづくりへの関心の高さもうかがえた。募集人数10人のところ、大幅に上回る約30人が集まったのだ。

さらに、講座内の社会実験としての取り組みだったが、その後もメンバーによって自主的に継続しているプロジェクトもある。講座は今年も開催される。

小川さん:「まちづくりは一過性のイベントで終わらせてはいけません。費用面の課題もありますが、自主的に継続しているプロジェクトもあり、やってよかったなと思っています」

まちづくりはハードからソフトへ。そして個人レベルまで

Nagoまち戦略は今年3月にできたばかり。今回ご紹介した取り組み以外にもエリアリノベーションやシェアモビリティの活用など多くのことに取り組んでいるが、まだまだ課題もやりたいことも山積みだ。

シェアサイクルポート。市の公共ポートも増え始めている(写真提供:名古屋市)シェアサイクルポート。市の公共ポートも増え始めている(写真提供:名古屋市)

小川さん:「名古屋市だけで、約40のまちづくり団体があります。地域によって特性が違うので、地域のことをよく知っているこれらの団体と連携していくのが大事だと思っています。そして団体レベルだけではなく、個人レベルでも、なにかをやりたい人を応援していきたいですね」

近藤さん:「道路や公開空地などは使わなければただのスペースです。私たちがやっているのは、それを居場所に変えていくこと。そういう居場所がたくさんできればいい都市になると思っています。

道路を作ったり、区画整理をしたり、行政主導のまちづくりは結構やってきたのかなと。だからこそ整備された空間があるわけですが、今後はそれらを使ってくれる人を育てていかないといけないなと感じています。まちづくりに関わる人を増やし、ハードからソフトへ移行している段階なのかもしれません」

印象的だったのは「官民連携」と「個人レベルまで」というキーワードだった。まちづくりは当然行政だけでできるものではないが、企業との連携だけでもまだ不足している。個人レベルまでまちづくりを考え行動する人がいてこそ、居心地のよい「サードプレイス」がたくさんある魅力的なまちになるのかもしれない。

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